気 - みる会図書館


検索対象: 結構なファミリー
190件見つかりました。

1. 結構なファミリー

と満子はいうて立ち上る。 「ふん、この先で」 わたしはそれだけいうて長椅子に腰をかけ、見るともなしに実彦を見ると、いつもの白 あご い、顎のすぼまったナンキン豆顔が、平気で満子がぬくめてきたシチューを食べてますの ゃ。 おばあちゃん、頼むよ。おふくろにいわないでね。 くらい内緒でいうかと思てたのに、なーんもいわんと、 「うめえな、このイモ」 というてる。シチューの分量を増やそうとじゃが芋を仰山人れるのが満子のいつものや り方で、それでわたしはシチューが好かんのですけど。けど、道端でキッスしてるとこ見 つけられて、ようまあ平気で「イモうまい」とかいうてられますなあ。 「おばあちゃん、どうでした ? お加代さん : : : 」 しき 何も知らん満子は頻りにお加代さんのことを聞きたがっていうんです。 「武林センセからは一日も早う来てほしいというてきてはるとか : : : 」 「そんなら、うまいこといったんですね ? 伊東で : : : クリームで ? 」 と好奇心丸出しの薄笑い。わたしも好奇心の強い方やけど、こう丸出しにされると話し てやりとうないという気になって、

2. 結構なファミリー

うず ろか、と好奇心が疼いたんでした。 いちご 二人で炬燵に向き合うて、お加代さんの好きな苺だいふくに煎茶を香ばしゅう淹れて、 しみじみと話を聞く姿勢になりました。 「ああ、静かやねえ。ええわねえ。こうして自分のお城持って、お庭眺めながら炬燵に人 っていられるなんて : : : 静ちゃんは幸せやわ : : : 」 うらや わたしを羨ましがるのがいつものお加代さんの挨拶ですよって、わたしはとりたてて気 に止めず、「さて」という気持で、 「で、どうやった ? 」 ニャニヤと笑うてみせたんです。 「どうやったといわれても : : : 何からいうたらええか : : : 」 とお加代さんは勿体ぶってゆっくりお茶を飲む。 「とりあえず、あのこと : : : アレ : : : 夜のこと : : クリーム、使うた ? 」 そういうと、いややわア、と一応シナを作ってから、 「三晩四日の予定が六日もいることになってしもて : : : 」 という。 「えーツ、六日も ! そらさぞかし楽しいことがあったんやね ! 」 「それがねえ : : : はじめは腰が痛んではったのね。それを一所懸命あんまさんして、大分

3. 結構なファミリー

題も家を離れてる人みたいなこといって : : : 」 と嬉しそう。機嫌が悪いまんまの声でわたしは「ふーん」というてました。なにが「み んな元気か」や、とお腹の中でいうてました。 今まで、旅行先から連絡してきたことのない人が、わざとらしゅう電話かけてきたりし てからに。男ちゅうもんは後ろめたいことしてる時に限って、家族に優しゅうしたりしま みやげこ すのや。土産買うて来たことのなかった人が、急に買うて来たりしたら怪しい。ニコニコ して元気よう帰って来る時も怪しい。浮気して帰って来た時に限って、ムリして女房の寝 床へ人って来たりする。そもそも男のニコニコ顔というもんはこれ、人さまに見せるよそ つくろ いきの顔ですよって、それを自分の妻に見せるということは、何ぞ取り繕いの気持がある のやとわたしはニ一フんでます。 けど満子は何も気がっかんと、電話で何をいわれたんやら、急に浮き浮きして圭彦のこ とも忘れたようなんが面白うないんでした。

4. 結構なファミリー

国文の大学教授ということで、健夫さんは時々テレビに出て、万葉集の話をしたりして ましたが、どういうきっかけでこうなってきたんか、だんだんテレビ局へ行く回数が増え てきて、この頃は身の上相談の回答者になったり、クイズ番組にまで出たりするようにな って今回、教授タレント「好感度ナン・ハーワン」に選ばれたんやそうです。 「いやあ、どうも : : : マイったねえ」 と機嫌がよろしい。 ーワン、おめでとうございます」 「好感度ナン・ハ こちょうらん と書いたカードをつけて胡蝶蘭を送ってくるチョ力の女もいて、わたしはアホらしいて ものもいえません。この好感度調査の相手は主婦とやそうで、満子は「奥サマ、気を 「おつけにならないと、心配よ」といわれて、 フ な「あらア、オホホホ」 結なんて喜んでいますのや。 日曜日に里美はルイを乳母車に乗せて健夫さんと散歩に出たついでに、坂の下のラーメ

5. 結構なファミリー

と呼び止める。圭彦はわたしを見て、 「何してんの、おばあちゃん」 特ににびつくりした顔もせずシラーと寄ってきました。 「あんた、お腹空いてない ? 」 「ハラ ? べつに」 という。 「おばあちゃんな、おひる食べそこのうたもんで、ここでおそばでも食べよかなあと思て たとこ、一人で食べるのもナンやし、あんた、つき合わへんか ? 」 「そばか」 圭彦は気の乗らん返事をして、 「ラーメンならっき合ってもいいけど : : : 」 「そんなこといわんと、つき合うて : : : な、つき合うて : : : 」 いうなり障子を開けて、圭彦の背中押して人ってしまいました。中は薄暗うて、椅子席 が五つほどある店です。石油ストープがついてるだけで見渡しても客は一人もおりません。 構確かにあの人が人って行く姿を見たのに、お便所へでも行ってるのやろかと思うて、人口 を背中にして店の奥まで見渡せる椅子に腰かけました。五十がらみのおかみさんがのれん の向うから出て来て、品書きをさし出しながら、愛想よう注文を聞きます。天ぶらそばを

6. 結構なファミリー

216 と話を味噌汁のアサリに移します。 「そうですか。でも実も圭もおみおつけが嫌いなんですよ」 満子が受けます。 「味噌汁を飲まなきやダメだ。味噌は日本の食文化の中でも最高の食品だよ」 「タバコ吸う人は、必ず一日に一度は味噌汁を飲んだ方がいいっていいますわね」 「アサリもうまいが、豆腐に葱もいいな」 「大ばあちゃんはお揚げに大根が好きやわねえ ? 」 なす 「そうですなあ、けどあっさりお茄子だけ、というのんもわたし好きでっせ」 これも浮世の義理。わたしも話を合わせます。 「地方によっては芋やら人参やらゴボウやら、いろいろ沢山人れる所があるが、あれはど うもうまくないねえ。味噌の味を殺すような気がして」 「納豆も案外おいしいですよ」 「納豆 ? わたしは大阪人やさかい、納豆はちょっとなあ : : : 」 「いや、オッなもんですよ、納豆は」 なにもたかが味噌汁のこと、そないに熱心に話し合わんでも、と思うんですけど、つま り、そんなよそごというて、心の中ごま化し合うてるんでした。 ジッケイ ねぎ

7. 結構なファミリー

い「普通の主婦」というもんなんやろな。 健夫さんは恋の悩みの印のように、鬢に白いもんが増えてきて、それがいちだんと男ぶ りを上げてきてるのんがシャクやけど、この頃は夜も早う帰って来て、晩ご飯も家族と一 緒に食べるように努力しているらしい。健夫さんは健夫さんなりにこの問題を解決の方へ 持って行ことしてるのやなあ、と思います。けど、解決しよと努力しながら、心の中には うわ あの思いこの思いがトグロ巻いてるのんか、時々上の空になったりして、それからはっと 気がついたあんばいで、 「圭彦はこの頃、何してるんだ。今日もいないのか」 と父親らしゅういうたりしてる。 「サッカーはもうやめたんだろ ? 剣道を勧めておいたが、やってるのか ? 」 と実彦を見る。 「やってないよ」 実彦は例によってモノいうたら損、という顔でポソボソと答える。 「じゃ何をしてるんだ」 「知らねえ」 それでその話はオワリ。健夫さんは仕方なく、 「アサリはやつばり、澄し汁より味噌汁の方がうまいね」 びん

8. 結構なファミリー

シかもしれんなあ、と思うてしまいます。 わたしはお加代さんに電話をかけて、この問題をいわんとおれません。満子みたいに親 にも娘にも愚痴こぼさんと、健夫さんにも文句をいうてるのかいうてないのんか、何もか も胸に納めて一人で辛抱してることなんか、わたしには出来んのです。 お加代さんは「ふん、ふん、はーあ、えらいこっちゃねえ」と身を乗り出さんばかりの 声で聞いてくれましたけど、あらましを聞き終ると、 「やつばりねえ : : : 」 なんやしらん、嬉しそうにいうたんでした。 「静ちゃんのお宅みたいな幸せそうなお家でも、やつばり悩みって起きるのねえ。とうと う起ったんやねえ : : : 」 なにもそないに感極まっていうことはないやろ、といいたいくらいの声でした。人の不 みつ あふ 幸は蜜の味なんですなあ。今まで溢れるほどの蜜の持主やったお加代さんは、はじめて他 構人の蜜を味わえるようになったんで我を忘れてチュウチュウ吸うてるというあんばいで、 「お宅がそんな問題抱えてはる時に、こんなこというの気がひけるんやけど、わたしねえ、 とうとう心、決めたんよ」

9. 結構なファミリー

それなりに幸せになったかもしれへんなあと、わたしはつくづくお加代さんが気の毒です。 純真なお加代さんは今は武林センセを好きになってしもたようです。けどセンセの方は どうやろ ? センセはお加代さんにどの程度愛情を持ってはるのやろ ? 床に人るなりイビキをかいて寝てしもたということは : : : 愛はあるけどアッチが利かん、 ということやろか。それとも結婚するまでは清い仲でいなければ、と堅う考えてはるのん か : : : 。堅う考えてるわりには、手工握ったりあんまさせたりして遠慮はしてない。武林 はん、何考えてはりますねん、といいたい。 「それでお加代さん、いつまでそこにいる気 ? 」 と訊くとお加代さんは、 「そうやねえ。いつまでいるのやろ。わからへんわ」 というのです。「わからへん」ということはつまり、武林センセの都合に従う、という ことなんですわ。 「わからへんって、あんた : : : 」 そんなもん、あんまさせられるばっかりならさっさと帰って来なさいよ、と口まで出か けんしようえん かりましたが、抑えました。お加代さんはあんまで腱鞘炎起しながらでも、センセのそば にいたいのですがな。何とのうわたしにはそれがわかったんでした。 わたしは母屋へ出かけて行きました。お加代さんへの同情と情けなさがゴッチャになっ

10. 結構なファミリー

地獄に仏、という気持でした。金茶の髪に赭ら顔。ラムネ玉みたいなうす碧い目玉。い つもは気に人らんその顔が懐かしゅうて、迷い子が親の顔見た時みたいに、わっと泣きそ うになりましたけど、はっと気がついて、この男も黒メガネで見たらガイコツかもわから ん、と思い、気持引き緊めてじーっと睨んでやったんでした。リチャードは、 「どちらへ ? おばあさま」 優しさの薄皮で包みこむようにいうんです。ガイコツのエイリアンかもしらんけど、こ の際、とりあえず信じるふりをしよ、と思て、 「リチャードはん。わたし、家へ帰りたいんやけど、道がわからんようになってしもうた んですがな。あんた、知ってはる ? 」 といいました。 「家に帰らはるんですか」 リチャードは大阪弁が好きやというて、わたしと話す時はけったいなアクセントの大阪 弁を使います。 「「ほな、電車に乗りはらんと」 な「その電車の乗り場がわからんのですがな」 結「はアはア、オッケイ、オッケイ」 というてリチャードはわたしの腕を取りました。 あか あお