思い - みる会図書館


検索対象: 結構なファミリー
145件見つかりました。

1. 結構なファミリー

「ご馳走さま」 「ご馳走さま」 と二羽の九官鳥みたいにいうて、テレビの前の長椅子の端と端に腰をかけてジィーツと 見てる。番組の感想をいうわけやなし、世の中の事件に興味を示した様子もなく、つまら なそうにだまーって目だけテレビに向けている。 十七になったというのにニキビも出さんと、顎のすぼまった細長い瀬戸もんの狐みたい な白い顔が二つ並んでるのを見たら、我が孫ながら、なんやしらん、情けないような、文 句いいたいような、笠かぶったような気持ちになります。二人とも小さい頃はかわるがわ るヒバリみたいにピイピイしゃべって、ほんに朗らかな子供でしたのに、声変りした頃か らだんだんしゃべらんようになってきて、この頃は朝、顔合せても「おはよう」もいわん ようになってます。 「今はどこもみな、こうらしいのよ」 と満子は息子のためにいいわけをしてます。 ハ「おい、お前たち、どうだい。そろそろ将来の夢は固まったかい」 な健夫さんが訊いてるのに、 結「うん ? うーん」 と一人がいい、もう一人はあっちが返事したからこっちは返事せんでもええやろ、とい ちそう きつね

2. 結構なファミリー

「大ばあちゃん、そんなこといったってルイはこの歌大好きなのよ」 わら と笑います。この「笑う」は「嗤う」と書いた方がええかもしれません。 「今の子供はわたしらの子供の時分とちごうとりますねんよ、大ばあちゃん」 と満子もいいます。 「ハツネッとはなんですねん。なんで、そんな固い熟語使わんならん。そんならせめて 『ネッのでた夜』とでも歌いなはれ ! 」 とわたしは怒ってしまう。 「子供でも与えればちゃんと理解するのよ。子供だからといって幼稚にする必要はないん だわ。おとなが考えた勝手な思い決めを子供に押しつけてると、進歩が遅れるの」 りくっ 里美は今、児童心理学とやらを勉強してるせいか、理窟しゃべり出すと止らんのです。 何やらしらん、しゃべりまくって、それから、 「こよいフラフラフラメンコ 一オレイ ! 」 調子にのって足、踏み鳴らしたりしてからに。 なけど、ルイは母親の真似して、 結「オレイ ! オレイ ! 」 と喜んでますのや。

3. 結構なファミリー

たた 「それでわたし、タオルを熱うして、それで絞っては痒いとこ叩いてあげたんよ。そした らセンセ、えらい喜んでくれはって、あなたのような優しい献身の女性がまだ今の時代に 存在していたとは、まさにマダガスカル島でシーラカンスの一群が発見された時と同様の 感激です、て : : : 」 「それでジンマ疹は治らはったん ? 」 「そっちは治ったけど、痒い痒いで二晩寝てないから、あとぐったりして丸二日、寝ては った。そしたらあんまり寝過ぎて背中と腰がこわばって : : : 」 「それでマッサージしてあげた ? 」 お加代さんは頷いて徴笑む。 「やれやれ : : : 」 思わずそういうて、わたしは話聞いただけでどっと疲れが出た気持でした。 「そんならお加代さん、伊東へは看病しに行ったようなもんやったんね ? 」 お加代さんは笑うて、 「けど、そのおかげで気持がびったりとより添えたようなんよ。身体で結ばれるよりも心 で結ばれた方が、なんぽかよかったと思うんやわ」 「ふーん、それやったらよかったけど : : : 」 けど、とわたしは釈然とせん思いで、 ほえ

4. 結構なファミリー

のやない ? 」 「そうやろか : : : けど・ : うちの近所の酒屋のおじいさん、おばあさんがさせへんもんや から、欲求不満で八十四やけど公園へ行っては痴漢してるて」 「そらまあ、人それぞれやから、年で決めることは出来へんやろけど : : : 」 「武林センセはどうやろ ? 」 「どうやろって、わたしよりあんたの方がよう知ってる筈ゃないの」 「今まではそんな気ぶりなかったわ。面白うない冗談に笑うてあげるだけでよかったんや けど : : : 」 ほーっと深い溜息をつく。 「とにかく行ってきなさいよ。いざとなってダメやったら、それはその時のことやね」 「けど : : : わたし : : : 」 そしてお加代さんは泣かんばかりにいうのでした。 「武林センセを失いとうないの ! 」 失いとうないの ! となんぼカ籠めていわれても、このわたしに何が出来ますやろ。 フ 構電話を切った後思いあぐねて満子に相談しました。満子はふん、ふんと熱心に聞いてか 「はーん、ナンギゃねえ。それは : : : 」 ら、

5. 結構なファミリー

178 「しようがないわねえ : : : 」 満子は実彦を見て、 「圭彦はどこへ行ったの ? 」 「新宿」 実彦はさっきからはんべんばっかり食べてます。お大根もおいしいで。お薯さんもおあ がりとなんぽいうても、だまーってからに鍋の中、はんべん選ってる。 「新宿はわかってるわよ。新宿のどこへ何しに行ったの ? 」 満子がじれて、強いいい方になったんで、面倒くさそうに、 「知らねえよ」 と答え、それからはんべんをベロッと口に押し込んで、もぐもぐしながら、 「オレの代りにセータ 1 のおばさんと会ってるんだと思うよ」 「セーターのおばさん ! それなに ? 」 何も知らん満子はそういいましたけど、わたしにはだいたいがわかりました。 「ねえ、何なのよ、セーターのおばさんって」 実彦はいくら満子にいわれても、知らん顔してはんべん食べてます。 「もうないの ? はんべん : : : 」 「なによ、はんべんばっかり食べて。男のくせにはんべんが好きゃなんて、いやな子 ! 」 だいこ

6. 結構なファミリー

大ばあちゃんの時代まで受け継がれてきた人間としての素直な感情を、次代に伝えるこ となく頭で押さえ込んできたツケが目の前の無気力白狐たちなのかなあとしみじみ思う。 そして、自分たちには、おばあちゃんのような老後はもはやないと覚悟するしかなさそう だ。白狐たちに、親の老後はまかしておけなんて器量があるわけない。器量とは何ぞやと いうことを教え忘れたのだから確かだ。 満子さん世代は、イヤなことは認めないとばかりの勢いで理屈づけをしては勝手に納得 してきたけど、これからはそうもいかないだろう。必死で作り上げた若さと明るさで元気 を装う前に、気持ちの奥で本当に感じている思い、老いていくことの哀しみ、しんどいこ とが増える生活などと、たったひとりで向き合っていける落ち着きと強さを身につけるし かない。いいといったらいいのだというヒステリックな明るさではなく、どんなことにな ろうとも、静かに笑って受け止められる人間になるしかないのだなあ : : : なんて、やけに 神妙な心持ちになってきた。結構なファミリーは、結構危うい。満子さんと健夫さんもこ のまま幸せな老後とはいかないような : : : 白狐ふたりは生きていけるだろうか : : : 家族は どこまで形があるのか : : : きっと大ばあちゃんがいなくなった途端に個に空中分解して、 家族の継続性はなくなってしまうような気がしてきたからである。

7. 結構なファミリー

「それがねえ、ほんとに心から笑えるような冗談やったらええのよ。けど、ちっとも面白 うないの」 とお加代さんは溜息まじりにいうんでした。 「なにも無理に笑うことないわ。自然にしてたらええのよ。お加代さんは真面目過ぎるか らいかんのやわ。声上げて笑わんと、ちょっとニッコリする程度でええやないの」 「けど、面白そうに笑わんかったら、同じこと何べんもいわはるんやもん」 「そのたんびにニコツニコッとしてるんよ」 「そんなこと出来へんわ ! 」 まゆね お加代さんは眉根を寄せて、 「向うが大笑いしてほしいと思てることがわかってるのに、そんないい加減にあしらうよ うなこと、失礼ゃないの ! 」 「そんなこというたって、あんた、無理に笑うからへトへトになってるんでしようが。今 からそんなことでヘトへトになってたら、先が思いやられるわ」 「けど、センセはいわはるの。ああ楽しいなあ、こうして女の人の笑い声を聞くのは何年 構ぶりだろう、て : : : 」 つまりお加代さんは武林センセに楽しい思いをさせてあげたい一心で、それで無理笑い をしてへトへトになっているというわけなんでした。

8. 結構なファミリー

といって有名なのよ」 伯母さんが道々、自分の店のことみたいに自慢そうにいうもんですから、食べる前から もう日本一のおいしいカレー、という思いが染みこんだせいか、ほんまに泣きたいほどお いしかったんです。なんせその頃、うちの母親が作ってくれたカレーというたら、カタク リでトロミつけたうす黄色いドロドロでしたから。 そんなことをいいながらチキンカレーを注文しました。お加代さんは、 「そんな安モンやのうて、コースで食べましよ。今日はささやかなお礼のつもり。遠慮せ んといて」 という。けれどわたしは「カレーは中村屋」へ来た以上、やはりカレーを食べんことに は折角はり切って百年もカレー作って来はった中村屋さんに対して悪いという気持で、や つばりカレーにしたんでした。それよりも早うお加代さんのその後を聞きたい。 「それで ? どないやの ? 」 水を向けるとお加代さんは、目を伏せて、 「わたし : : : 何やしらん、だんだんしんどうなってきて : : : もうへトへト : : : 」 何がヘトへトのもとかというと、例えば武林センセはあまりに元気がようて、冗談をい うてはワハハワハハと自分から大笑いに笑わはるので、礼儀上、お加代さんもオホホオホ ホと笑てると、しんどうなってくるのやそうです。 わろ

9. 結構なファミリー

と里美はいい、だからマダムが離婚したのよ、という。 「そんなら飯沼はんは健夫さんと結婚するつもりかいな」 「さあ ? そこまで考えてるでしようか。私は彼女は覚悟のほどを示したいんだと思いま るい すよ。とりあえず塁に出ようという気持でしようね。ここで積極策に出るところなんぞ、 なかなか強気の選手ですねえ」 わたしはあの目鼻立のくつきりと大きい、飯沼夫人の顔を思い浮かべ、あの人が覚悟決 めたらこれは怖いなアと思います。 健夫さんの方はどうかというと、思いあぐねたような沈んだ横顔にやつれが出てて、五 十男の魅力とでもいうか、陰影のあるえらいええ男になってますのや。影の出てる頬から あご 顎にかけての線をちらちらと見て、わたしはこれは難儀なことになりそうやなあ、と心配 おなご になってきました。死んだ主人なんか、なんぼ女とっき合うても、「やつれる」やなんて、 そんなこといっぺんもおませんでした。いつつも調子よう冗談いうて、ニコニコと機嫌よ う浮気してました。 つつおう 「なんぼ外でご馳走食べても、やつばりうちの茶漬が一番や」 とかいうて、わたしの寝床へゴソゴソ這いこんでくるのんを、蹴飛ばしてやったこと何 べんあったか・ 健夫さんの思い詰めたような顔を見てると、こんなんなら、うちのあの狸親父の方がマ

10. 結構なファミリー

ないのよ。狸がおばあさんを殺すでしよう。そしたら兎が狸を欺して泥舟に乗せて殺すで しよう。残酷すぎて、子供を傷つけるというの」 何いうてますねん。もうわたしは呆れてしもてロモゴモゴさせるばっかり。雀がなめて しもた糊は、おばあさんが毎日お釜にこびりついたご飯粒を捨てんと溜めといて、それを 練って作った糊ですがな。昔の人は一粒のお米も捨てんと、糊にしたり乾して炒ってお菓 子代りにしたりして、倹約に倹約を重ねて貧乏所帯の切り盛りしたもんです。その大事な わがまま 糊を雀がペロリとなめてしもた。この雀、おじいさんが可愛がるもんやから、我儘いつば い、ええ気になってたにちがいない。おばあさんが怒るのん、当り前やおませんか。 「だいたいがね、この頃はやれ残酷や、やれ乱暴や、子供の心を傷つけるからいかんとい うことが多すぎます。殿さんの息子やあるまいし、むごたらしいこと、危いこと、辛いこ と、何も経験させんと真綿に包んで育てて、そんでからどんだけ立派な人間が出来てます ねん」 つい大きな声になっていうたんで、満子は慌てて、 ハ「おばあちゃん、わかったからそんなに興奮せんといて下さい。里美に聞えたらまた難儀 構なことになるから」 つまり大論争になって迷惑するというのんです。このことなかれ主義のおかげでこの家 の平和は保たれているのやと満子はいうけれど、平和は保たれてるかもしらんけど、はっ たぬき うさぎ