うらや 無邪気に羨ましがってるんでした。わたしは何も聞えんふりしながら、 なにがや : : : 空とぼけて。 と思てました。飯沼夫人と一緒に行くことを、わざと隠さずにサラーツというておくと ころなんか、なかなかのもんやおませんか。 けど満子は欺されても、このわたしは欺されまへんで , にら 昔とった杵づかや。そんな気持で健夫さんを睨んでやったんでしたが、イロごとしてる にじ 男というもんは、太々しい中にどことのう色気のようなもんが滲み出てるもんですなあ。 べっこう いっ買い替えたんか、鼈甲縁の老眼鏡かけて、渋い顔して新聞を読んでる横顔見てると ( 特別にええ造作の顔でもないのに ) 初老の魅力とはこういうもんなんやろなあ、とつい 思わせられるんでした。 うちの晩ご飯の時間は七時と決ってます。けど昼から勉強部屋にずーっと人っていた実 一フへったと騒ぐもんで、三十分ほど早いけど健夫さんも留守のこと 彦が、ハラへった、ハ やし早目にご飯にしましよというて、おでんの土鍋をテープルの真中に据えました。 「圭彦はどこへ行ったのかしら。そろそろ試験やというのに」 勉満子は時計を見ていうてます。 「新宿へ行くというてたけど : : : 何やしらんけったいなセーター着てからに、人がみな見 かえ てたがな。ぼくは試験になると却って遊びとうなるとかいうてたけど」 きね ふてぶて
ロポットみたいな人間になっていくんです。まだロポットの方が、きちんと首尾整うた せりふ 台詞をいうてますがな。 この前の日曜日、里美がルイを連れてリチャードとディズニーランドへ行き、健夫さん は会合で、満子はクラス会へ出て行った後、わたしは留守番を頼まれて一日、母屋のリビ ングにいたんですけど、朝から晩ご飯までの間に実彦がいうた言葉は、「うめえ : : : 」の 一言。自分で台所に立ってなんやしらん、野菜やら肉やらチーズやらゴチャゴチャ人れた お好み焼を作って、立ったまま一口食べていうた言葉です。 それからそうそう、そのお好み焼をフウフウ吹きながら一人で食べ、わたしがじーっと 見てるのに気がついて、 「食う ? 」 と顎をしやくったのが二言目でした。顎の先はわたしに向いてましたから、これをホン ヤクすると、 「大ばあちゃん、ぼくの作ったこのお好み焼、うまいよ。食べる ? 」 と、まあこういうことになります。わたしはついムカついて、 「いりません ! 」 というてやりましたけど、ホカホカ湯気の立ってる焼きたての、玉子を仰山人れてぶ厚 う焼けたお好み焼は、つい一口食べてみたいほどおいしそうなんでした。
年中サカリがついてて、「する」とか「した」とかいう話ばっかり。好きも愛もなくてす ぐに「する」。「して」から愛がはじまったとか平気でいうてる。 学生の身として学業にいそしむべき時に、アメリカ人と仲ようなって妊娠してしもうた やっかい ふしだらを恥じもせんと、当り前みたいな顔して子供連れで親の厄介になってる , 扇は我が孫にも飛ばしたい。 アメリカ人はアメリカ人で、父として夫としての責任を取ろうとせず、ケロケロしてや って来ては大飯を食う。これもハリ扇で叩いてやりたい。 庭で草むしりをしていると、 「貘は夢を食うて生きるというけど、うちの大ばあは文句いうことを食うて生きてんだ よしひこ と圭彦がいい、 「長生きするわけだ」 さねひこ と実彦がいっているのが、聞こえました。圭彦と実彦は高校一一年生のふたごで、ややこ しくなってはやっかいというので別々の高校、圭彦は私立、実彦は公立へ行っています。 二人は仲がええのか悪いのか、わたしにはさつばりわかりません。二人とも何が気に人ら んのか、ムスーとしてわたしらおとなとは滅多にしゃべらず、ご飯の時でもだまーって食 べてるだけ。 な」 ばく
はは汁食った ! 」 「やアい、やアい、ばば汁食った、。・ はや と囃しながら逃げて行ってしまう。 わたしらの子供の時分の絵本は、そこから話が始まっておりました。そこを読んで、 「悪い狸めが ! 」という気持が高まったもんです。ただおばあさんを殺しただけやなしに、 「ばばア汁」というところがものすごい。それを何も知らんとおじいさんがうまいうまい くや と食べてしまうところが、もうひとつものすごい。おじいさんの口惜しさ、悲しさ、狸へ の憎しみは、それ読んだ子供らの胸にもメラメ一フと燃えたもんです。 そうやからこそ、その後で兎が出て来て狸の背中に火イつけたり、親切ごかしに背中の ャケドに辛子を塗って痛がらせたり、揚句の果は泥舟に乗せて沈めて溺れ死させた時に、 わたしら子供はスカーツとしたんですがな。悪いことしたらいかん、こんな目に遭う。狸 もこんだけ悪いことしたんやからこんだけの目に遭うてもええのや、という気持になった んですがな。気持のつじつまがピシーとついたんですがな。 それが今は「ばばア汁」が残酷やからいかんという。子供に残酷なもん見せたらいかん という。なんでいかんのか ? カチカチ山の話読んで、ばばア汁食べてみたいな、と思う フ もと 子供が出来たら困るとでもいうんですかいな。カチカチ山の話聞いたんが原因で、殺人鬼、 結ふくしゅうき 復讐鬼になった人がいたとでもいうんですかいな。 カチカチ山やら舌切雀を残酷がってるくせに、テレビでは平気で人殺し見せてます。男
まいし、小腰かがめて。男の子が ! けれど満子はその時、 「おばあちゃん、それがしつけというもんですよ。人の家へ上る時は『お邪魔します』と いうのが常識でしよう」 といい、筧くんのお母さんはそれはキチンとした方で子供のしつけにも厳しいのよ、と 肩を持ち、お盆に紅茶とケ 1 キを載せて運んで行きました。 いちご 子供のおやつがケ 1 キ ( しかも苺がのってる ) に紅茶ー わたしらの子供の時分は苺の載ってるケーキは誕生日しか食べられんもんでした。子供 のおやつはカリン糖が上等の方です。食。ハンのミミを油で揚げて、塩をまぶしたもんとか、 いも さつま芋を切って生乾ししたもんとか。 植木屋の熊野さんなんかは、ご飯のおかずの魚の骨をダルマストープの上に朝、載せて おくと、学校から帰った頃にはカリカリになってる。それをおやつに食べたというてます。 熊野さんは北海道の漁村の出で、そんなおやつを食べてたおかげで、七十近いのに髪はく ろぐろ、歯も丈夫、腰も背骨もズイと伸びて、若い衆の倍は働きますと自慢してます。 「ケーキなんて、あんな頼りないもの、ちっともうまくねえスよ。胃にはたまるけど、ハ やっ ラにたまらねえ。今の若い奴がハ一フに力が人ってねえのは、あんなもの食ってるからス よ」
いに開いて、 「そんなこと : : : 死んでもいえへんわ ! 」 つまり、それをいえるかいえへんかが、わたしとお加代さんの人生の違いになってるみ たいでした。 そんなことを考えながら家へ帰って来ました。満子は好奇心マル出しという顔で、 「どうでした ? 」 という。 「どうて、べつに、たいしたことおません」 とわたしはいうてやりました。お加代さんに会いに行く前は、わたしかて好奇心ィッ。ハ イで、あの浮かぬ声、何があったんやろ、破談になったんやろか、あのセンセに何ぞ秘密 があったんやろか、と楽しみなような気持になってましたけど、こんな悲しい打ち明け話 を聞いた以上、満子なんぞにペラベ一フしゃべることは出来ません。 「武林センセが冗談ばっかりいわはるんで、疲れてかなわんとか : : : 愚痴ともノロケとも つかん話ばっかり」 あいみたがい 構それだけしかいうてやりませんでした。「武士は相身互」というような気持でした。 満子はこの頃、テレビづいてしもうて、明日もテレビに出んならんというて、着て行く 洋服、何にしよ、アレにしよか、コレにしよかと、晩ご飯の間中、里美に相談かけてます。
まゆ お加代さんは薄うなった眉を曇らせて、ちょっと溜息をつき、 もん 「うちの者がねえ : : : 何のかのと難クセつけるようになったんよ」 「喜んでくれてたんやなかったの ? 」 「息子はねえ、お母さん、体のええ家政婦ですよ、ていうの。ぼくは自分のおふくろを家 政婦ナミにあっかわれたくない、て : : : 」 それはその通りやとわたしも思うけれど、けど、息子のヨメ、孫は家政婦ナミより以下 のあっかい、お加代さんにしてるのとちがうのかいな ? 「ヨメはヨメで、おばあちゃんがそんな上流のお家へ行って勤まるの、ていうの。やつば り駄目だったっていって帰ってこないでね、とか」 あんたにコキつかわれるよりはマシやろ、といいたい。 「大学生の孫は孫で、おばあちゃん、ヤレたの、たら、ひからびてなかったの ? たら、 そらひどい下品なこというのん : : : 」 ( けどそれはわたしも知りたいことや ) 「静ちゃん、わかるでしよ、わたしの気持」 「さっさと武林センセのとこへ行ってしもたら ? 」 「センセは一日も早う来てくれというてきはるのやけど : : : 静ちゃん、どう思う ? これ アイやと思う ? 」 てい ためいき
224 「あんたら、お母さんどこへ行ったか、知ってるか ? 」 まっ 実彦と圭彦にいうと、それまでお稲荷さんの祭壇に祀ってある瀬戸もんの狐さんみたい に、対になって向き合うてた二人が、一緒に、 「二階」 といいました。 「二階 ? 」 健夫さんもいぶかしげにふり返ります。 「掃除してますのんか ? 」 二階の掃除は里美の受持ち区域ですよって、わたしはちょっとムカつく。ほんまに満子 は子供に甘い。なにもリチャードが来たからというて、代りに掃除をしてやることはない んです。責任は責任。それをまっとうすることから、一人前の社会人として立っていくの やおませんか。 そう思た時、圭彦と実彦の口からまた一緒に、 「ファミコン」 という言葉が出てきて、わたしは、 と叫んで我が耳を疑うたんでした。
たんそく と歎息する。 「お医者さんへ行って、診てもらったらどうでしよう ? 」 という。 「お医者はんなあ : : : けど、どう説明しますのんや ? お医者はんに : : : 」 「わたしの身体で結婚出来るかどうか、調べて下さいっていうたら ? 」 「お加代さんみたいな恥かしがりが、そんなことよういわんやろ」 「そんならおばあちゃんがついて行って、お加代さんは何もいわんでもええように、おば あちゃんが先に説明したら ? 」 そんな下品なこと、わたし、よういいませんわ。 いつの間にやら里美が聞きってて、 「長いことしてなくてもね、潤滑液さえ出ればいいのよ。それが出ないと、痛くて人らな いっていうから。出るか出ないか、自分がかき廻してみたらいいのよ。駄目ならクリーム とかを使えばいいわ。薬局で売ってる」 わたしと満子はシーシー声で話してるというのに、あたり構わん大声でこともなげにい いますのや。 「そんなのちっとも恥かしいことじゃないわ。武林先生の方だって、もしかしたら、いざ となってタッかタタヌか、今から悩んでるかもしれないじゃないの。八十二と七十二 :
閉「夫婦の危機でっせ ! 」 というてやりたいけど、まだ何も証拠のないことを、わたしのピンカンだけでいうわけ にはいきませんよって、健夫さんと満子をかわるがわる観察しながら鍋焼を食べてました ら、電話が鳴りました。里美が受話器を取って、「。ハ。ハ、飯沼さんて方から」というてま す。健夫さんは立って行って受話器を取り、 「お待たせいたしました。児玉です」 穏やかにいうてます。 ( わたしの耳はそばだっ ) 「はあ、はあ、ああそうですか。いや、今日は珍らしく暇でおります。 : : : 結構ですよ。 お待ちしています、では」 といって受話器を置き、席に戻って箸を取る。態度も顔色も落ちついていますけど、そ の時、ピン ! カン ! がきたんです。 「一時すぎにお客だよ。飯沼夫人だ」 満子の顔を見るでなく、誰にいうともなしにそういうて箸にからめたうどんを高う上げ てズルズルとすすり込む。その落ちつきようがですな、何というたらええか、いつもより も落ちつきすぎてる、という ( ちょっとわざとのような ) 感じがせんでもない。ピンカン の根拠を強いていうとしたら、そんなとこやろか。 「あーあ、これで今日の日曜もフィになっちまったなあ」 はし