さて、細胞が老化のモデルとなり得ないのなら、組織や器官ではどうでしよう。 老化は器官できまるのか 古くから「人は血管とともに老いる」といわれていました。すなわち、年をとれば動脈硬化 などの障害がだんだんと進み、これが老化の原因となるという考え方です。 一方、前節で、「細胞を材料としての老化研究には限度がある。それは試験管内ではまだ分 裂できるはすの細胞が、器官となると分裂できないからである」ということを論じてきました。 そうなれは、今度は器官というものに着目して、老化を考えるというのが妥当でしよう。 私たちの身体の細胞は、受精卵が分裂を重ねる度ごとに、ある目的の役割を果す器官を構成 えするように分化してゆきます。ですから、それぞれの器官を構成する細胞は、先祖は同じであ うってもその性質は互いに異なります。中には細胞そのものが、器官の性質の一部を示す場合す 誌らあります。例えは心臓の細胞をとり出して来ると、細胞一個だけでも拍動を一小します。しか 老し、血球のように一細胞だけで一器官となっているものは例外として、多くの器官は多数の細 胞が集合することによってはじめてその機能が発現できるわけです。
第 > 章で精しく説明します。 このように、個体によるバラッキが非常に大きいのですが、それでもやはり年齢は老化の。ハ ラメーターとして最も普遍的なものです。 まず専門用語としても「老化」と「加齢」とが同意語に使われていることが多いのです。私 の勤めていましたのは「老人研究所」でしたが、同じ目的の研究をしている愛知医科大学の研 究所や最近東北大学にできた研究所は「加齢研究所」と呼ばれています。 これは老化という一一 = ロ葉の英語が Ag 一 ng であることによります。これは当然 Age すなわち年 をとるという一言葉の名詞形ですから、年をとること、すなわち加齢という訳が妥当なように思 われます。しかし Ag 一 ng というのは決して「古くなる」という意味だけではありません。材 料関係の辞典を調べてみると「劣化」という訳もついています。ゴムバンドなどが古くなると 弾力がなくなり、切れやすくなるのがやはりこのエイジングなのです。私はしたがって、老化 を「加齢に伴う生理的機能の低下」と定義することにしています。 最近ェイジレスという一言葉を目にするようになりました。これは本来「老化防止」と同じ意 味なのですが、「老化」が何となく暗いイメージを与えるので、しゃれてエイジレスというの です。ここでもしもエイジングを単なる加齢と考えたなら、エイジレスとは年をとらないと、
次 目 アルッハイマー病は遺伝するか 老人斑とは 神経原線維変化とは タウのリン酸化 アルッハイマー病はどうして発症するのだろうか > 疫学的研究・ 長寿の秘訣はあるのか 疫学とは 亠名化の。ハラメーター 老化のリスクファクター 老化防止は自らの手で エピローグ , ・ーー高齢化社会を暮らしやすく 亠の A 」が・ 176 168 183 1 め 165 167 199
向に進行する」のですから、時間はエントロピーによって規定されていると考えられます。一 方、「老化」というのは体外の時間ではなく、体内の時間が進んでゆくことに違いないと考え ました。すなわち体内にそれぞれの生物固有の時計があり、これで計測される時間が進むので す。 それでは老化に伴って体内のエントロピーが増大してゆくのでしようか。そう考えると都合 のよいことがたくさんあるのです。一つは死の問題です。試験管内の化学反応はエントロピー の増大する方向に進行しますが、やがて平衡状態に達して、それ以上反応は進行しなくなりま す。生物における平衡状態は死です。生老病死という一一一一口葉があるように、「老化」は死という 平衡状態を目指して進んでいるエントロピー増大現象と考えることができるのです。 次に私が考えたのは、「試験管内の反応はすぐに平衡に達するのに、生物ではなぜあのよう に長時間を要するのか」ということでした。これについては、「体内ではエントロピーの増大 を防ごうとする制御機構が働いているためである」ということに気がっきました。本文の中で 「ホメオスタシス」として説明した制御機構です。そして、「高齢になると、この制御機構が 劣化し、エントロピー増大が急に進行するようになる。これが老化現象である」と解釈したの でした。 214
老化は寿命で推しはかれるか 寿命という概念は老化とは別のものであるはずなのですが、両者が混同して用いられること が専門の学会ですらたびたびあり、これが混乱のもとだと思います。 寿命とはある個体がこの世に生をうけてから死ぬまでの期間または死んだ時の年齢をいいま す。個々の寿命をある集団について平均したのが平均寿命であり、その集団中最も長命の個体 の寿命を最大寿命といいます。 老化の研究によく用いられるのは平均寿命の方です。典型的な例を図 2 に示してあります。 この場合マウスにつき生後各月齢 ( マウスの場合年齢でなく月齢で示すのが一般的です ) におけ る生存率を求め、この生存率をその月齢に対してプロットしたもので、生存率曲線とよばれま す。図の中の点線で示したように、生存率が五十。ハーセントになった時の月齢がマウスの平均 寿命ということになります。 この図に示されるように、平均寿命は餌の与え方によって大きく変化します。この場合、生
あとがき の A 」〕か去」 私が老化という問題をはっきり意識したのは、今を去る十六年くらい前だと思います。東京 都老人総合研究所の開設五周年記念式典で講演を頼まれた時でした。本命の方が他におられた のですが、この方が断られたものですから急にこちらにお鉢が回ってき、うつかりお引き受け したのが運のつきでした。 それからが大変でした。「老化とは何か」を必死に考え、夜もろくろく眠れない有り様でし た。それだけに、当時のことはよく覚えています。現在でもそうですが、当時はもっと「老 化」と「加齢」との区別がはっきりしていませんでしたから、まずこれを区別し、「加齢」か ら考えました。加齢とは、読んで字のごとく、齢を重ねてゆくことです。もう少し平たくいえ ば、時間が経過してゆくことです。それでは、この時間の方向は何によって規定されているの だろうか。これを考えていたときに、エントロピーという概念が浮かんできました。本文のな 3 かで説明いたしましたが、熱力学によれば「すべての自発的変化はエントロピーの増大する方
アルッハイマー病はどうして発症するのだろうか この章では、アルッハイマー型老人性痴呆のことにつき、長々と述べてきました。それは私 自身これに携っているということもありますが、むしろここ数年、これほど飛躍をとけた分野 は、老化研究の中にはないからでもあります。 それは結局、二十世紀の初頭、アルッハイマーが報告した三つの特徴の中、老人斑と神経原 呆線維変化の二つが、分子のレベルで明らかにされたことによるのであります。 性老人斑と神経原線維変化、これらのうちいずれがアルッハイマー型老人性痴呆の発症の原因 老になっているのでしようか。現在でも論が二つに分かれています。 この問題に対し一つのヒントを与えるのが図です。すなわち、老人斑は四十歳から ( 正常 マ 人の ) 脳に現れ始め、六十歳を超すと急激にその蓄積が顕著になってゆきます。これに反し、 」神経原線維変化の方は、六十歳すぎてから少しずつ現れ始め、七十歳から八十歳にかけ急上昇 ア します。これはまさに、図の曲線とよく一致しています。このことから見れは、前にもいっ Ⅳ たように、神経原線維変化の発現とアルッハイマー型痴呆症の発症とがよく一致していますの 163
女男 出 20 現 率 15 mentia は「精神を失った病気」という意味なの 齢年人老 年各老局です。精神を失ったことは、痴呆患者にみられる す度祉 示年福幻覚、妄想、情動障害、人格の変化などにはっき 軸和京 り見ることができます。 横昭東 若い頃は立派な紳士だった人が、いったん痴呆 、朝既 . 書 す告 になると、家族の顔もわからなくなる。自分のお 出示報 、 . 9 痴軸調金をとられたと騒ぎたてる。さらには自分の排泄 る卩ー ナを専物を食べたりするなど、まさに精神を失った状態 ョ率る こ現すを呈したりします。痴呆になるのが恐しいのは、 ー 4 ( 出関 老 物忘れより、このように人格が一変してしまう点 者康制 宅 在 患健円にあるのです。 簡、・の痴よ課 、のお画一方、脳の老化に属する部類の症状では、この 京人態計 東老部ように人格が一変するなどということはありませ の活祉 層生福ん。これから見ても痴呆と脳の老化とは別物なの 図齢の人 です。 120
次 目 目次 プロローグーーー高齢化社会にむかって : 老化をどう捉えるか 老化は寿命で推しはかれるか 個人の老化は年齢できまるか 老化は細胞のレベルで理解できるか 老化は器官できまるのか Ⅱ個体の老化・ 老化のペースメーカー ホメオスタシス 神経内分泌系 免疫
長寿の秘訣はあるのか これまでは、老化というものに真正面から取り組み、その原因を考えるということで終始一 貫してきました。しかし、アルッハイマー型老人性痴呆の研究はむしろよく進んでいる方で、 一般の老化になるとその解明は前途ほど遠しの感じです。 最初に述べましたように、老化と寿命、老化と加齢が混同されている。細胞老化と器官老化 あるいは個体の老化まで同じ次元で議論されるといった具合です。この中にあって、私はでき るだけこれらを整理し、どれとどれは同じ次一兀で議論してよいし、これを議論するには、この 仮定が必要だなどと、筋道をつけるようにしたつもりではいます。 それでも老化の原因究明はまだまだ先のことになりそうです。そうなると、前途は暗くなり ます。原因がわからない以上、とても老化防止法など確立できそうもないからです。 それでもそう悲観する必要もないのです。昔は老人というものは尊敬されたものでした。な ぜかといえば、経験がきわめて豊富ですから、まさかの時に的確な判断ができるからです。コ 168