ら閻魔様に舌を抜かれる、という脅しの教育があったでしよう。 今の心理学者は子供に恐怖心を植えつけるのはよくないといいますが、昔の子供は、怖 いものの存在を知らされて育っていきました。恐れを知るということは必要なんじゃない かと、今の世の中を見ていると思いますね。 少くとも人間を超えた力を恐れなければならない、敬わなければいけないという気持は育ち ますよね。 今は、誰も神様なんて信じていないんじゃないのかしら。 だけど、人学試験になると思い出したように神社に絵馬をあげに行くでしよう。そんな 自分勝手な願いが叶うわけがないってことぐらいわかりそうなものなのにね。 臓器移植などというのも、同じところに根があるのかもしれませんね。 要するに、今の人々は科学信仰なんです。科学さえあれば、大丈夫だと信じきっている。 もし太陽がなくなったとしても科学は太陽に替わるものを作ることができる、とさえ思っ ているんじゃないかしら。 北海道の浦河の漁師が私に、「太陽はありがたいよう、太陽は海のどてらだよ」といっ たことがあるんです。夜通し漁をして、明け方に沖から帰ってくる時のものすごい寒さ。 224

普通の人には小説は書けませんが、老人の知恵を伝えるということならできそうですね。 でも、生きてきた現実が違うし、価値観も違ってきて、最早かみ合わないんですよ。若 い者は老人の知恵なんか必要としていないんです。 私たちの時代は、大社長の子供でも、一等車に乗るのはお父さんだけで、子供は三等車 に乗ったんです。それが教育だったんです。 でも今そんなことをしたら、差別だと憤慨したり、親だけいいところに乗り子供は、な どと非難されると思いますよ。親は努力して一等に乗れるようになったんだから、子供も 一等に乗りたければ努力しなさい、ということですが、そんな考え方は今はとても理解で きないでしよう。 確かに今、それをやれといわれてもできませんね。 私たちの世代は、女学校時代に戦争が始まって、やっと戦争が終ったら食うや食わずの 生活でしよう。なんとか生活が安定したのは、東京オリンピックの頃で、その時はもう四 十過ぎですからね。 だから、かって楽しめなかった分だけ、今楽しんで死にたいという思いがあるんでしょ うね。しかも若い頃は舅姑に仕えるという我慢を押しつけられた最後の世代です。 196

藤木最近、また女子高生の " 援助交際。が話題にな 0 ています。 " 援助交際。を含め、今の 子供たちについて伺いたいのですが : 。その前に、今の子供たちについてどう思っていらっ しゃいますか ? 佐藤例えば昔の子供は、野球が好きだからや 0 ていました。楽しいからや「たんです。 ところが、今は、好きは好きなんだろうけれど、ただ好きなだけではないんですよ。プロ を目指している。つまり野球選手になって大金をもらうようになりたいとかね。必ず目的 があるんです。こんなことをいうと、目的意識を持つのはいいことだ、なんて反論がくる んですけど、おかしいのは子供の野球に親が介在してることですよ。 昔は、日が暮れるまで野球をや「ていると、親は、「いつまでも遊んでないで、早く帰 日本の子供たち 158

日本人は幸福か ? 佐藤今の日本人は、もうすでに十分に幸福で、自分が不幸だなんて思っている人は、ほ とんどいないのではないでしようか。 藤木そうでしようか ? 私は、何か逆に不幸であるような気がしてならないんですが : いや、多分に皮肉を込めてそういったんです。でも、昔の生活から比べれば、今の日本 人の生活は幸福になったといわざるを得ないですよ。食べるのに困って、家族のために娘 を身売りしなければならないなんてことはありませんし、戦争で息子を失うなどというこ ともない。いいたいことをいい、したいことができる。頑固親父も、心配性でロうるさい お袋もいない。男女は平等。幸福であるといわざるを得ないですよ。 物質的な豊かさを目指している人々にとっては、今の世の中は、かってないくらい満ち 日本人は幸福か ? 147

あなたが今、最も尊敬する人は ? と訊かれた時、これまでの私は答に迷ったものだっ たが、今は迷わずに答えることが出来る。 「それは河野義行さんです」と。 河野義行さんは松本サリン事件の被害者で、サリンの発生を最初に通報した人である。 あたか そのためか河野さんは警察によって犯人の疑いを受けた。そしてマスメディアによって恰 さら も真犯人であるかのような報道に晒された。 「あの報道を見た限り、みんなそれを信じたと思いますよ。私も信じました」 という人が少くない。だが自慢するわけではないが、私は信じなかった。といっても河 野さん犯人説を否定する論拠があったからではない。否定も肯定もしない。「保留」とい う気持だった。これは私のマスコミ報道への基本的な姿勢である。 今、最も尊敬する人

てきた。回虫がアレルギーの元になる抗体を抑えていたということが近年わかってきたら 。今、回虫を養殖し しいんですね。だから昔の子供にはアトピーなんかなかったとか : ている人がいて、望めば卵をわけてくれるという話を聞きましたけどね。 ええっ ! 回虫の卵を売っているんですか。 一個単位かグラム単位か、知りませんがね。でも、今の子供の腸内は清潔過ぎて、回虫 が育っかどうか、それが心配だという ( 笑 ) 。 昔は回虫のために栄養失調になるというマイナスがあった。いなくなると、アトピーが 現れる。過ぎたるは及ばざるがごとしというけれど、適当に不潔であった方がいいんでし 私たちは何でもわかったような顔をしてこれはイイ、これはムダといいますけど、回虫 も思わぬところで役に立っていたんですからね。もしかしたら今、目のカタキにしている ゴキプリも、どこかで人知れず役に立っているのかもしれませんよ。神さまは、この世に ムダなものはお創りにならないんじゃないか。苦痛や不快もムダではないし、病気だって そう。私たちは、そのことに気づくべきでしようね。 190

男が理想や志を失って、現実の利益だけを追い求めて生きるようになった。その結果が、今 の社会なんですね : 男が理想や夢を持っことは、今やいけないことになってしまいました。男は女房と理解 し合って、仲良く家庭平和のために尽さなければならない。 しかし私の意見は女房はしつかり家庭を守って、男が理想に向って走っていくのを助け といいたいの。 い っ でも今では、それではいけないんです。かって『ソクラテスの妻』という小説を書いて 中芥川賞候補になったんですが、これも質屋をやりながら小説を書いているロマンチストの 世夫とリアリストの妻の話で、男と女の間に横たわるどうにも埋めようのない隔絶がテーマ 今でした。 小説の夫は、全く経済観念がなく、ひたすら高邁な哲学を振りかざして生きている。女 房は夫の文学仲間にキリキリ腹を立てながら、なんとか店を支えていくのですが、質屋は 傾き、やがて廃業に追い込まれる。そういう小説でした。 でも、今やああいう小説は成り立たないんでしようね。 男はみんな働き。ハチになってしまった。何のために働くか ? といえば、家庭のためで す。 235

も、農家の人たちは、人間にとって害のある薬品を使ったブドウを、決して自分の子ども たちには食べさせないという。そういう話を聞いたことがあります。 人体に害のあるブドウを作るのはいけないことである。誰もが承知しているでしよう。 でも消費者の無知もあって、そうしなければブドウの売れ行きが悪い。もっと儲けたいか ら、いけないと思いながらやっている。 赤信号、みんなで渡れば怖くない、ですよ。それが、今の世の中全体の流れになってい てるんです。 つ新聞社の人に、この頃のジャーナリズムのいい加減さを批判しましたらね。わが意を得 中たりとばかりに、「大いに賛成です」っていうんです。 世「あなたもジャーナリストの一人じゃないの」といったら、「いやあ、」といって頭を掻 今いてニャニヤ笑っている。 ふざけてごまかしているんですね。ふざけている人を、真面目に怒れないでしよう。ケ ンカを売ることもできない。今の世の中では、ふざけてイナすのが一つの生きるテクニッ クになってるんですよ。 でもね、インテリでない素朴な人たち、親の代から八百屋とか肉屋とかをやっている人 たちは、みんな健気に一所懸命に、テクニックなんかなしで働いていますよ。我々は日曜 日を休んでいたらおつつかない、と休みなしです。 233

んですが、その応答に何だか力がなかった。 すると矛先が校長に向いて、「なんだ ! あの校長は」ということになり、マスコミは 教師の暴力があったことにしてしまいました。あの学校のも総会を開いて校長を吊 るし上げたといいます。 問題は校長の応答がモタモタしていた、というそれだけのことなのに短絡して、暴力が あったのにごまかしているというふうに決めつけられた。 とにかくみんなよく考えなくなっているんです。あの校長先生も教育について平素から て つよく考えていないから、信念をつちかっていないから、モタモタした態度になってしまう。 に 中 今の世の中、真剣に考えたら、いったい誰を責めていいのかわからないというのが実情 世でしよう。しかし、簡単に誰かを犠牲にして、その人の責任を問い詰める。そうすれば、 今自分には責任がないように思えますからね。 今の世の中で楽に生きるためには、理想や理念を捨てて、ものを考えずに生きる方がい いんですよ。 山一証券の場合なら、かっての重役が総会屋と癒着していたのが悪いんだ、と批判すれば、 自分はまるで正義漢になったような気になりますね。 山一が倒産した時、テレビのインタビューを受けて、「上が。ハ力だからこうなったんだ」 227

藤木先生は、かってエッセイで、何の健康法もしていない、とお書きになっていましたね。 今も、何もしていませんか ? 佐藤生れてからこの方、今にいたるまで健康法などというものは一切やってません。 栄養ドリンクの類も一切飲みません。 でも、散歩ぐらいなさるんでしよう。例えば大を連れて。 何もしませんね。うちにも犬がいますが放ってあります。大は犬の好きなように、人間 は人間の好きなように。互いに余計な干渉はしないんです。 それに、犬の糞拾いなんて私はイヤですよ。どうして万物の霊長たる人間が小さな袋と 健康について 180