足りて、幸福なのだと思いますよ。 ただ、幸福というものはそれだけではないと考えている人々には、心のどこかに満たさ れないものがあるのではないでしようか。この間の新聞に、「今の日本を見ると、悪いニ ュースばかりで、いいことは一つもない。いったい我々はどうしたらいいのか」という高 校生の投書が載っていました。若くても真面目な人は、世の中や国の行く末についてシビ アに考えているのだなあと思い、胸打たれました。 今は、幸福の価値観が、人によってパラ。ハラになっているのでしようね。 幸福と感じられる条件は整っているはずなのに、何かが足りない。だから、幸福と感じられ ないということではないでしようか。それとも、ノドの渇いた人がポートで海を漂っている。 周りは水だからいつでもノドを潤すことができるはずなのに、海水だから飲むことができない。 そんな状況なのでしようか。 ですから、そこには本当の幸福はないわけですね。物質的な幸せというものは、それを 求めていっても、これでいいということはないんですね。際限がないんです。海水を飲ん だら、ますますノドが渇いて渇きが癒されることはないでしよう。 そこで、これではダメだと気づき、精神的な価値を求める若い人々が出てきはじめてい 148
「さあ、イプ、答えておくれ。ぼくらの結婚はうまく行くかどうか」 しかしイプはいつまでたっても答を出さない。彼は叫んだ。 「いいよ、イプ、わかったよ ! どうせもうお別れだ。オレのことなんか忘れるがいい。 オレもお前のことなんか忘れてやる ! 」 彼に代って彼の妻が仕事に就いたが、イプは沈黙したまま、何を問うても執拗に答を出 さない。国中の技師が呼び集められてイプを点検したが、イプのどこからも故障は発見さ れなかったのである。 「彼と彼の妻はとびきり上等の幸福というわけにはいかないにしても、まあまあ普通の夫 婦並の幸せというべき結婚生活を全うした。その結婚生活は前の三回の結婚と大して違い のない喜びや悲しみや怒りや失望に満ちたものであったにせよ、彼はこの世のすべての夫 たちと同様にそれを幸福だと思うことにしたのである。そうしてイプは彼の妻が出産のた めに職を退いた時以来、再びその怜悧で明哲な活動を開始したということである」 と、まあ、こういったものを書き、「悧ロなイプ」と題をつけて送ったのだ。まあまあ 満足の出来だった。ところがである。宗薫の昔の文学友達という編集者から、ポロクソに 罵る手紙が来た。その手紙を取っておけばよかったと残念に思うくらいのポロクソさであ 104
に対する対策は豊かさと科学の進歩が着々と進めてくれる。我々は科学の力によってかっ て苦しんだ人々が夢見た幸福の殆どを手にし、更に不老不死へと向おうとしているかのよ 科学が宗教に取って代りつつある。意味のわからないお経よりも、分析解明してくれる 科学を人々は信じる。仏教が形骸化していくのは時代の趨勢であろう。話がそこへ辿り着 いた時、子はいった。 「じゃあ、これでいいのね。仏教が必要でなくなったってことは、皆が幸せの道を歩くよ うになったってことなんだから」 幸せの道 ? ・ : 苦しいことがなくなった ? なくなったわけじゃない。我々が苦しまなければならないことは、新しい形でもうそこ に来ているのではないか ? 本当は老いも若きも皆、この合理主義、科学万能に浸りなが らその一方で人間としてのあるべき姿の喪失に絶望しかけているのではないか ? だがそ の絶望の形があまりに複雑で、いったい何が不安なのか自分でもわからないままにただイ ライ一フして、文句と要求ばかり口にしている。その一方、現実生活は豊かで便利快適だか ら、これを捨て失うのもいやだ : : : そんな矛盾が混乱を生んでいる。浄土があるから安心 しなさいといわれても、浄土がある ? その証拠は ? ということになる。仏教は人を救 うことも導くことも出来なくなった。
そうなるともはや、幼い子供以外、誰も家庭の幸福など求めていないのかもしれませんね。 いや、多くの人々が今の状態が幸福だと思っているのではありませんか。この平穏無事 な生活が。だけど本当は、そこには失われたものがあるということです。 本当の幸福を得るために、それを取り戻さなければ : 幸福は、その人の価値観の問題でしよう。だから何が幸福かは、その人が決めればいい ものだけれど、ただ私から見ると、今の幸福には、少くとも欠けているものがあるという 福 幸 気がします。何年か後にはそれが大きな問題になってくると思うんですけどね。つまり人 は 人間としての基本というか、大切な感性というかが : 日 157
日本人は幸福か ? 佐藤今の日本人は、もうすでに十分に幸福で、自分が不幸だなんて思っている人は、ほ とんどいないのではないでしようか。 藤木そうでしようか ? 私は、何か逆に不幸であるような気がしてならないんですが : いや、多分に皮肉を込めてそういったんです。でも、昔の生活から比べれば、今の日本 人の生活は幸福になったといわざるを得ないですよ。食べるのに困って、家族のために娘 を身売りしなければならないなんてことはありませんし、戦争で息子を失うなどというこ ともない。いいたいことをいい、したいことができる。頑固親父も、心配性でロうるさい お袋もいない。男女は平等。幸福であるといわざるを得ないですよ。 物質的な豊かさを目指している人々にとっては、今の世の中は、かってないくらい満ち 日本人は幸福か ? 147
あれ買ってくれ、これが欲しい、お小遣い頂戴といわれる心配はない : 家庭は、いかにも幸福な形だけれど、それぞれが問題を抱えているのではないでしようか。 父親は父親で幸福な家庭だと思い、母親は母親で幸福な家庭だと思っている。子供は : 比較することができないので、そういうものだと思っているんでしようね。 家族がバラバラで、それぞれが「家族のため」と称して、自分の幸福だけを追い求めている のかもしれませんね。 だんらん 幸 しかも今の家庭には、昔のように食卓を囲んでという団欒がありませんからね。テレビ は 本も、団欒を妨げています。だから、遊園地に行ったり、ドライプをしたり、海外旅行とか 忙しく外に向うことが仲よし家族のサンプルになっているんでしよう。 いじめられた子供は親に迷惑をかけると思い、自分がいじめられていることをいわない。家 族は、困った時こそ支え合うものなのに。家族というのは、迷惑をかけ合う関係ですよね。 共同体ですからね。最近は夫婦ゲンカも少くなっているそうですね。みんな仲よしクラ プ。どうですか ? 155
日々是上機嫌 ノブの幸福 蚊取線香事件叩 悧ロなイプ 可哀そうなおばあさん サッチー中毒 いいたくないかいわねばならぬ 日本人は幸福か ? Ⅱ 8 126 147
日本人は幸福か ? 勉強していい学校へ人ってほしいと、それだけです。 その家なりに子供を育てる。いろいろな育て方があっていいわけですね。 そうです。ところが、今はお父さんが働くことで精一杯で、家庭をふり返る余裕もない んでしようね。 そうまでして、いったい何のために働いているのでしよう。 家族の幸福が豊かさにあると思っているからでしよう。 でも、父親が家庭にいなければ、その家族は寂しいですね。幸福にするために、家族を不幸 にしているようです。父親に何を望むかという子どものアンケートで、「もっと父親と遊びた い」という希望があるそうです。 でも私は、父親と遊びたいなんて子供の気持は理解できませんね。だって、子供は友達 と遊ぶのが一番楽しいはずですよ。なぜ、父親と遊びたいなんていうんだろう ? 父親に求めることというアンケートだからでしようかね。 151
個人の平和幸福しか考えない、だから、その幸福感に空虚さがあるのかもしれませんね。 わが子が、いじめられている子供を助けようとすると、「そんな余計なことをして、自 分がいじめられるからよしなさい」と、母親はいうそうです。他人のことをかまうよりも 自分の平和を守れ、とね。これを母性愛だと思っているお母さんが多いのです。 「他人を助けるな」と教えることは、逆の立場になった時、助けてくれなくてもいいというこ とを容認することですね。 そこまでは考えてないんでしよ。これまでは、災難に遭っている人を見て見ぬふりをす るのは人間として恥ずかしいことだという考え方がありましたけど、今は、すべて「自分 がよければよし」ですよ。損得勘定ここにきわまれりという気がします。自分の安穏平和 は確かに幸福といえるでしよう。しかし、安穏平和でゆとりがあれば、弱い人困っている 人のことを考えよう、そう子供に教えてほしいです。 子供の精神的なバックポーンは、母親や父親のそういう一一一一口葉で作られていくんですから。 昔は、家には、頑固親父がいて、その家の家風というものがありましたよ。「よその家 は、どうか知らんが、うちではそういうことは許さん」と。 今はそういう親の信念がありませんね。だから子育てに理念も何もないですよ。ただ、 150
す。お金を見せつけられても、やせ我慢をして : 欲しいのは山々だけれど、見栄を張って、「馬鹿にするな ! 」と怒鳴ってみせる ( 笑 ) 。 ところが、やせ我慢をしないで、欲望のままに走り始めてしまったんですね。 欲望に素直に生きることが人間らしい生き方ということになってしまったんです。でも そんなのは、人間らしい生き方じゃありませんよ。本能や欲望を制御して、より良く生き ようとするところが、人間が他の動物と違うところでしよう。 ところで、今の父親が思う家庭の幸福とはどんなものでしよう。子供がスクスク育って よく勉強してくれる。そこそこに会社で昇進していく。休日はどこかへ遊びに行く。それ が多分幸福なんでしよう。 母親も同じようなことで、それに経済的なゆとりがあればいいんでしよう。最近は、母 親も外で働いていますから、経済的にゆとりもあり、家にいるよりは仕事が楽しいという 人もいるんでしようね。両親共に忙しいから、子供の顔色を見て、学校でどんなことがあ ったかを察してやる時間もない。子供も学校から帰ると塾に行かねばならないし : それぞれが、ただ忙しく毎日を送っていて、平和安泰のうちに子と親は離れていく。 娘が援助交際をしているとわかっても、「誰にも迷惑をかけていないんだからいいじゃ ない」といわれると、親は何もいえずに引き下ってしまう。確かに援助交際で稼ぐから、 154