第一部親の老いをめぐる 10 のケース・スタディ りがちなもの。そして、家族は家族で預けているという引け目がある分、その患者さんの言 い分を全て鵜呑みにし、施設への不満を膨らませていくし、このような中では、預ける側と 預かる側のいい関係など、成立しようがありません。 これは、その施設の側の人間である私の分析なので、差し引いて聞いていただいていいの ですが、このような構造が、預ける側と預かる側を、大きく引き裂く一因であるのは確から しく思われます。 そして、このような現実が分かっているからこそ、私は、いざ預ける側になった時の自分 に、自信がありません。いつも患者さんの家族からやられて悲しいこと、言われて悲しいこ とを、同業の方々にしないという自信が、どうしてもないのです。 かくして私は、親たちを、なるべく施設には預けたくない。 当の親たちは、「別に施設でかまわない」と言ってるんですが・ いざとなればもちろん、私もどうなるかは分かりません。それでも、一度は親たちがこれ まで暮らしてきたところに連れて帰って、頑張ってみないと、自分の気がすまないことだけ は、確かだと思うのです。 うの 129
と香織さんは言います。 確かに、みんな手がかかるなら、せめて同じ場所でまとめて面倒を見るのが能率的。しか し、相手が暮らしの歴史を背負った人間であれば、暮らしの場をそうそう簡単に変えさせる わけにはいきません。ましてや、これまで暮らしたことのない人と暮らすとなれば、なおの こと。こればかりは本人だけの問題ではなく 、相手との相生も関わるので、さらに難問で す。 同居から約一年、大きな問題なくきている双方の親は、お互いの努力もさることながら、 それなりに相性がいいのかもしれません。 「でもね、年寄りが増えたことで思いがけない効果もあったのよ。三人が、それなりに助け 合って、これまでよりも元気みたいなの。年齢が若い分、うちの両親のほうが少し元気だか ら、むこうのおじいちゃんのことを気にかけてくれてね。最初は、もう親三人を見るために 家庭に入りきりかって覚悟を決めてたんだけど、もうしばらくの猶予はもらえそうなの 確かに、これは新しい発見。 お年寄りを若い人間が見る、という以外にも、お年寄り同士の助け合いというものも存在
ばなりません。これまでの十年よりも、この先の十年のほうが、身近な人を亡くす確率は高 くなる。そしてそれは、年を重ねるごとに、確かさを増していくのです。 内科で働いていた時に出会った高齢の患者さんは、よくそのことを口にしていました。 「みんなのおかげで長生きできてありがたいことだが、長男を見送った時は、先に逝ってい ればと思ったよ」 とおっしやった男性は、九十五歳。息子さんは去年、七十三歳で亡くなったそうです。 「若い女房をもらえば、死に水とってもらえると思ったが、家内のほうが先に逝ってしまっ と妻の死のあとで男泣きした男性は、八十八歳。亡くなった奥様は、七十六歳でした。 「人生八十年ーといわれる今、七十代での死はやや早い印象はあるものの、やはり決して短 命とは言えないでしよう。 長生きの時代は、親より先に子どもが死ぬ確率が高くなる、いわば″逆縁みの時代。友や 配偶者だけでなく、子にも先立たれ、一人で生きていく確率は、長生きするほどあがってい くことは確かです。 2 ろ 6
第一部親の老いをめぐる 10 のケース・スタディ か押しつけたいのは、仕方ないんだよね。誰か一人が最終的には、割食うのよ。その意味で は、宮子さんみたいに最初から一人のほうが、いろいろあとから一一一一口う人が少ない分、あとは 楽だよ」 もちろん、これは一人っ子の私への気遣いも多分に入った言葉ではありそう。でも、こう した一面も確かにあるし、要は人の境遇と自分の境遇を引き比べても仕方ないんだと、改め て思ったのは確かでした。 「長男だから」の風潮はまだ強い また、兄弟がいてもなんの助けにもならず、かえっていさかいになった救われない例もあ ります。 四十代半ばのある女性編集者は、子どもはなく、ずっと夫婦二人で暮らしてきました。し かし、四十の時、夫の母親が弱ってきたため、長男である夫が弟や妹から同居を迫られ、や むなく母親が一人で暮らしていた郊外の一軒家に引っ越しました。 「義母も今はなんとか寝たり起きたりしながら一人でいられるから、仕事は続けられるけど
人生の春は短い 年をとっていくのは、見だけじゃない 第一部では、主に、子どもの立場から見た親の老いの問題を見てきました。 ここからは、親の老いを通して、嫌でも直面する、自分自身の老いについて、考えてみた いと思います。 私は今年三十四歳。老いというものを感じるにはまだまだ若い年齢だとは思います。それ でも、二十代の時と比べると、″自分に残された年月〃というものを意識するようになった ことだけは確かです。 例えば、親に七十の声が聞こえるようになってくると、″親にもしものことがあったらど うするか〃について、考え始めます。これについては、前半でいくつもの実例を通してお話 ししてきましたので、繰り返しませんが、自分のことだけにかまけていられる時間の終わり 1 ろ 4
は、子どもがいてもいなくても同じことだと思います。 そして、誰かの手を借りて生きるといった時に、手を差しのべてくれる人がいるかどうか は、そこまでの生き方に関わっているのです。 きれいな人ほど老いるのは大変 この顔だからこその哲学だってあるー え 見た目の美しい人、と言った時にどんな人を思い浮かべるかは、人それぞれの好み。しか を し、世の中には、しばしば「美しい . 「きれい」と形容される人と、決してそのような一言葉 老 の では語られない人がいることは確かです。 私 の しオし力なる救済も入り込めない、過酷な現 これは、「個性」とか、「内面の美しさ」とゝっこ ) ゝ 来 実。女生にしろ、男生にしろ、この二つのカテゴリーのどちらに自分が入るかは、大きな人 部 第生の分かれ目になると思います。 169
親の老いから自分の老いへの道は、実はそれほど距離がないのです。 親の老いに追われて、はっと気がつくと自分もなんの心構えもなく老いていた、なんてこ とにならないために : : : 。親の老いを考え始めるその時から、自分の老いについても考え始 すす めることをお勧めします。 その結果、考えても仕方ない、という結論が出るかもしれない。それでも、意識に一度の ばせておくのとおかないのとでは、後の後悔に違いが出るのは確か。 親の老いについて、そして自分の老いについて。 漠然とした不安を持っ若い世代のために、私自身が仕入れた情報から何を考えたか、の道 筋をお話ししたいと思います。 これによって、少しでも気が楽になる人がいてくだされば : 私の、何よりの喜びです。 ばくぜん 一九九六年十一月
工ビローグ 最後に一言どうしてもお伝えしたいのは、人間はやつばり、老いたり病んだりしないと分 からないことが絶対ある、ということです。それぞれが弱いところをいたわりながら暮らし ている、親たちを見ていると、そのことがしみじみ分かります。 人間の想像力にはやはり限界があります。実際自分が気弱にならないと分からないことっ て、確かにある。老いたり病んだりがなければ、きっと人間の中には、優しさなんて生まれ ようもないでしよう。 この本は、そこに至るまでの右往左往した私自身の心の記録でもあります。この本が、こ れからの多様な困難を迎える同世代以下の人たちにとって、何かの参考になれば、こんなに 嬉しいことはありません。 最後になりましたが、この本を出すにあたってお世話になりました編集者の横山三代子さ ん、そして多くの体験をお聞かせ下さいました友人の皆さんに深く感謝いたします。 一九九八年二月 245
くれます。ある友人曰く 「還暦を超えたばかりで父が亡くなったのは悲しいけど、やはり、母親に先立たれるより は、父にとってもよかったと思うの。父は、母がいなければ全く暮らしていけない人だか ら」 さらに、看護婦として働いてきた経験からいっても、一人になった父親が子どもに引き取 られていくケースは、母親が一人になった時よりも、多いように見えます。 もちろん、例外もあるでしようが、私の周囲を見る限り、〃家事のできない父親が、母親 ス に先立たれる〃ことが、子どもが最も恐れるシチュエ 1 ションであることは確かなようで ケ の す。 女性の家事能力も落ちている現実 を 老 しかし、働く女性が増えている今、この問題は、実は男性だけの問題ではありません。 の 親 私も、働く女性として実感するのは、できれば家事を人に任せて働きたいということ。夫 部 第婦二人の生活だからこそそれなりに何とかやっていますが、これが誰かに任せられるとなっ
十三歳までの、足掛け八年。本当に若いいい時期を、家にこもって終わっちゃったって感じ ね。この八年を、どの時期に割り振っていいと言われたら、私は絶対、もっと年をとってか らにしたわよ」 これに対して私は、ただただ聞くことしかできませんでした。確かに、彼女はまだ三十三 歳。子どもも小学生になって手が離れる時期であれば、これからまだまだやりたいことはい くらでもできる可能性があります。 しかし、今の彼女にそう言ったとしても、それは受け入れられないどころか、自分のこれ までの苦労を否定するようにさえ受け取られかねません。 私は浮かんでくる気休めの言葉を、全て飲み込みました。 何より彼女はこの八年の間、自分のことを考える時間を持てずにきたのです。そして、こ れから先のことを考えられないくらい疲れ切っている彼女に、未来を見ろというのは、突き 放すのに等しいことだと思ったのです。 「お嫁さん的立場」は看護婦も同じ ?