行、系列会社と、がっちり手を握りましてね、吾々のような野武士は、しんどいです」 いうまでもなく、戦前の日本の財閥といえば、三井、三菱、住友、安田などで、財閥持株式会 社の株は、敗戦後、証券処理調整協議会を通じて一般に売り出された。 これが証券民主化の始まりである。 財閥解体はこれだけではなく、財閥本社の解散が行なわれ、更に昭和二十二年には、集中排除 法によって、財閥会社は小会社に分割された。い うまでもなく、日本財閥の特徴は商業資本であ り、商社のウェイトが非常に大きい。そのため、戦前、世界に類を見ない総合商社といわれた三 井物産、三菱商事は、徹底的に解体され、三井物産は二百社に、三菱商事は百三十九社に細分化 されたのだ。 ところがこの財閥解体は、日本経済の復興と共に有名無実になってしまった。なんといっても、 解体を命じたのが独占資本国であるアメリカである以上、占領政策の使命が終ると共に、何時ま でも敗戦国に反資本主義的な政策を押しつけるわけにはゆかない ことに東西の冷戦の激化と共 に、資本主義陣営の一員として、日本を共産支配からの防壁にしなければならない。だから財閥 解体政策が骨抜きになったのも当然であろう。経済復興にはどうしても巨大資本が必要である。 一のものが十に分れているよりも、一に纏まった方が、カが大きい。こうして解体されたかの如 く見えた日本の財閥は、それそれ株を持ち合い、系列化することで、新しい巨大勢力として、よ みがえったのである。細分化された三井、三菱の両商社も、昭和三十年頃には統合し、昔に近い 状態に戻ってしまった。
506 「勿論、マーロン・キャソ . リンが承諾したからといって、それだけで、彼女を直ぐ日本に連れ て来れないわ、彼女は今大変な人気でスケジュールもつまっているし、ギャラなども大変、マネ ジャーにしてみれば、なにも日本まで行かなくても、もう少しアメリカで稼いだ方が得だ、とい ークレイが旨く都合をつけてくれたわけなの、 マックや、ジョン・・、 うわけ、それを、ヘンリー・ だから、マーロン・キャソリンは、波恵子のために、多大の犠牲を払って日本に来るわけよ」 長行みずみは、王女ムードは日本のような国では絶対受ける、といった。王女という言葉には、 今迄の外国の歌手にない特別の魅力がある。ことに日本人は、そういうものに、好奇心と感激を 覚えるのだ。 「大当たり、間違いないわ、あの轟さんも太鼓判を捺したんだもの、初めは私の身体に興味を 持ったらしいけど、今は完全に儲かるというので、ビジネスとして大乗気になっているわ、勿論、 私がそういう風に持っていったんだけど」 話しているうちに、長行みずみは、何度か楽しそうに笑った。それは波恵子のことを口にする 時に出た。 「旨し計画だ、立派なものだよ、それで波恵子は、本当に国皇帝の落し種かい」 「そんなこと、知るもんですか、多分偽せ者でしよう、偽せ者だろうと、本物だろうと、私に は関係ないわ、私に取って大切なのは、マーロン・キャソリンが、滅びた国の王女にノスタルジ アを感じてくれたということ、それで充分よ : : : 」 当舎はふと、長行みすみの言葉に、今迄分らなかった別な人間の姿を見たような気がした。そ
長行みずみが案内した店はミナミにあった。そこは地下室になっていた。それは異様な雰囲気 であった。ビートルズのように髪の毛を長く伸した男や、髭を生やした若者達が狭い店内にとぐ ろを巻いていた。狭いフロアでモンキーやゴーゴーを踊っている女達も汗みどろになっている。 当舎がことに好奇心を覚えたのは、壁により掛かっている外人の女達であった。彼女達はスラッ クスをはき、けだるい表情で日本の若者達が差し出すビールを飲んでいた。席は分れていない。 壁際にクッションを置いてあるだけなので、隣りの客達と身体が触れそうであった。今の日本に こういう店があるのを当舎は初めて知った。 「十分ほど我慢してね」 と長行みずみは当舎にいった。多分当舎がこういう雰囲気を好かない、と思ったからであろう。 長行みずみはこの店では顔であった。何人かの男がみすみに挨拶した。 ことに、みずみは、隣りの外人女と英語で話を始めたのだ。遊んでいるなら働き口を世話しょ うか、というようなことをいった。 外人女のロに、せっせとビールを運んでいた若い男が、 「長行さん、駄目なんですよ、メリーは僕にいかれちゃって、働く気がないらしい」 彼は髪も伸さす髭も生やさず、普通の若者だった。みずみが手を伸し、メリーの胸に触れると、 メリーは急に活々した表情になって、 「前よりも大きいでしよう、日本の技術は素晴らしい、日本は素敵な国です」 と英語で答えた。この時になって当舎は、メリーが、本当の女ではなく、ブルーポーイである
各国に駐在している大使公使の連中は遊び廻っているし、観光客の日本人に威張って判を捺す のを仕事だと思っている、と憤慨した。 共産圏から大量の注文があっても、なにかというと戦略物資だといって産業省あたりで難くせ をつけるのは、不届きだ、と怒鳴った。 「今の日本に取って、資本主義国も共産主義国もありませんそ、あるのは商売相手だけですぞ、 そうじやろう、当舎さん、戦後の経済が復興した、世界でも驚くほど復興したと、日本人は自慢 にしとるが、私にいわせると、なにが復興だといいたいですな、日本のサラリーマンの平均給与 は一体幾らです、五万というところでしよう、ところがアメリカは二十万じゃ、ドイツは十万じ や、せめて日本人の平均給与が十万にならなくちゃ、日本は復興したといえませんぞ、復興しと るのはビルと、女共の装身具だけですわ、今は日本人総てが儲けなくっちゃいけない」 会っている間、当舎は呆然として土肥啓太郎のロを眺めていた。身体が小さいので、顔も小さ そのくせ、ロだけが嫌やに大きく見えるのだ。そのロが閉じる時がない あっという間に面会の時間が過ぎた。 秘書がやって来て、車の用意が出来た旨、土肥啓太郎に告げた。 すると、土肥啓太郎は、当舎を見て、にやりと笑ったのだ。 残念でしたな、といった笑い方であった。 「そうそう、あなたのところと、銀行は取引がありますか」 「はあ、ありますが」
しかし、そこまでは私達の知ったことじゃない」 「 <<cc モータースに取っては、日本に進出する橋頭堡のようなものですね」 と田沢がいった。 築川は眉をひそめた。 「そこまで疑っていては、吾々は何も出来ない、外資、外資とおびえて、これに協力すると民 族の敵のような騒ぎ方だが、十年もたったら、日本には外国資本の会社が沢山、出来ている、多 分、日本人の協力でね、吾々のしたことは、少し時期が早かったというだけだ、今の社会はね、 企業どうしが血を流して闘っている。今の敵は外資じゃなく、日本のライ。 ( ル会社だよ、大きな 利益を見せつけられちゃ、外資にも協力するだろう、田沢さん、あなたは西村産業の社長に就任 していただけますね、明日にでも」 築川は田沢に大きな利益を見せつけている。田沢は頷いた。 「今夜、もう一晩、考えさせて下さい」 「今夜、じゃ、今夜一晩だけ期限を置きましよう、分っていますね、もし良い返事が貰えなけ 咆れば、明日にでも、当舎君を恐喝容疑で訴える」 へ 築川は待たせていた車に乗ると帰って行った。 花二人だけになった時、田沢は呟いた。 「当舎君、勝ったそ、築川の口からモータースに協力した事実を聞いた」 田沢は録音テープを取り出したのだ。
それはなんといっても、戦後二十年たち、昔のように日本の民衆が外人タレントに憧れること が少なくなり、余ほどの大物でなければ飛びつかなくなって、採算的に合わなくなったことが第 一の原因である。 それと同時に、アメリカの有力タレントを握るエージェント が、シンジケート化されて、日本 で余ほど儲かると睨まなければ、タレントを日本に寄こさなくなったことなどがあげられる。長 行みずみが、今まで新人の有力なタレントを呼べたのは、アメリカの大マネジャーであるヘンリ ーマックと親しかったためであるが、最近では彼も第一線から引退しており、最早、長行みずみ 個人のカでは無理だ、というのであった。 「たとえば、ポビュラー歌手のなんか、向うで出演すると一日百五十万から二百万になるの だけど、こっちに呼んで、そんなにギャラを出していては、到底採算に合わないの、どうしても 一日、百万位で連れて来なければならない、それで、百五十万以上の売り上げを出せなかったら、 赤字というわけ : : : 」 長行みずみは、当舎に、自分の仕事の内容を話した。宣伝費なども、まともに宣伝していては 咆足が出るので、新聞社の主催にしたりして、新聞広告や、新聞社系のテレビスポット代を浮かさ へねばならないことなど、話すのだった。聞いていて当舎は、なんという危険な、旨味のない仕事 花だろう、と思った。これでも、終戦から十年位の間は、外人タレントに対するもの珍らしさも手 伝い、客達が押し寄せたので、なんとかやっていけたらしい。勿論、大赤字で、一度限りで姿を 消した呼び屋は無数にいる。
。ハリや、シスコ、リオなどと異って、この国の人々は閉鎖的であり、若い駐在員達は孤独のあ まり、ノイローゼにかかるのだ。 だから、何年かに一度は、仕事でアムステルダムに行き、そのまま戻らないという事件が起こ 当舎は、内海照一からその命令を聞いた時、長い冬の暗い灰色の空を思い浮べた。 この年でただ一人、そんな国に行って、一体どんな生活が送れるというのだ。 まだ、日本の地方の支店に飛ばされる方が、すっと増しであった。日本なら、そこが北の果て であろうと、 ーに行けば、心をなぐさめてくれる歌が流れている。 もし当舎が二十歳台なら、冬の空を思わす、青い空を夢見て喜んでその国に行ったかもしれな い。だが、当舎はすでに四十の半ばに達している。 エネルギッシュな異国の女に、興味はなかった。異国の女への興味は、若さがある時にのみ成 立するのだ。 そういうことよりも、この突然の赴任命令には、明らかに作為があった。それは、当舎が日本 咆にいては困るという、西東貿易の意向が反映されていた。築川の意向が : へ豪放磊落な内海照一も、困惑したような表情だった。当舎はぼんやり、窓外を眺めた。 花ビルは白く、陸橋を渡る人々は人形のようで、大阪の街は何時ものように活動していた。 だが当舎には、それ等の見慣れた光景が初めて見る街のように思えた。 残された自分の人生を左右する運命の岐路に立ちながら、当舎は何故、この大阪の街が違った る。
良い値段で引き取りはりましたな」 土肥啓太郎は、当舎にそんなことをいっている。土肥啓太郎がいうように、外資の餌食になり そうな優良会社は、安定株主工作に懸命であった。外資にねらわれる優良会社は、自動車、電機 会社などであった。 とくに自動車会社は、アメリカの巨大資本が虎視たんたんとねらっており、一流自動車会社は 去年あたりから、その対策のために自社株を法人筋にはめ込むのに懸命であった。アメリカの巨 : ( の自動車会社を如何に征服したかは、全世界の自動車メーカーの語り草に 大資本が、ヨーロ、 までなっている。 そのためか、最近では自社株には無関心であった、日本のトラック、単車メーカーなども、株 主安定工作を始めているのだ。 現在の日本は、自社株の持株会社は禁止されている。そのために、西東貿易のように、秘密会 社が株を持 0 たりしているが、自由化諸国に危険を感じたためか、政府筋や日銀筋まで、持株会 社の禁止を解くような発言をしている。だから、外資にねらわれそうな優良会社は、安定株主に 咆はめ込む一方、秘密資産として、自社株を持っ傾向にあった。 へ ところが、上肥啓太郎は、自分のところは、そういう心配がない、と頭から思い込んでいる。 花 当舎はこういう土肥啓太郎に、或る時代感覚の古さを感じて仕方なかった。 確かに大日化学は、外資がねらうような会社ではない。世界に秀でた技術がある訳でもなく、 全世界が欲しがる自動車、電機メーカーでもない。日本でいえば、二流の化学会社であった。と
8 て来るから妙であった。 丁度三時頃は瑕であった。 長行みずみは新幹線で来るといった。 「新大阪駅まで迎えに行きましようか」 「あら、本当、嬉しいわ、大歓迎よ」 長行みすみは本当に嬉しそうにいった。みずみは自分の感情を素直に現わす女であった。 わざわざ、長行みずみを迎えに行くことに抵抗はあったが、当舎としても理由みたいなものを つくり上げていた。 というのは、長行みずみが、轟と今後親しくなりそうだ、ということだった。 轟と土肥啓太郎は親密である。 とすると長行みすみと交際することは、仕事の一環であるという考え方も成り立っ訳であった。 こういう理由でもなければ、長行みすみを迎えに行ったりすることは出来ない。 意外にも長行みずみは一人ではなかった。濃い化粧の金髪の女性を同伴している。 一見してアメリカ人のようであった。 長行みずみの紹介によると、金髪女性は、キャソリン・ダーナーといって、アメリカのジャズ シンガーだという。中央プロと契約して日本にやって来たのだが、日本に来てから、中央。フロと の間に金銭的な問題でこじれて、契約破棄となったので、長行みすみが引き受けたのだ、といっ た。キャソリン・ダーナーは、中央プロに対して、三百万の損害請求を行なっている。
412 社の方でやってくれる。 「テレビでも歌って貰わなければ採算が合わないでしよう、だからスポンサーを見付けること までやらなければならないの、本当に寝る時間がないほどいそがしいわー 長行みすみは、自分の計画や夢を、機関銃のように喋った。 初めは、まだ外国に行ったことのない、アメリカボビュラー歌手の偶像的な存在ともいえるフ ランク・ポーンを呼ぶ積りだったが、この方は矢張り無理であった。 「だから、マーロン・キャソリンに切り換えたの、その方が良かったわ」 「マーロン・キャソリンが良く応じたね」 「毎日手紙を書いたの、私が若い女であることが、彼女の気に入ったのかもしれないわ、それ には色々と手を打ったけれど、それと、マーロン・キャソリンには、まだシンジケートがついて いないのよ、そのため、意気と意気が合って、旨く行きそうなの」 マーロン・キャソリンも、東洋の君主国日本にかなりの興味を持っているらしかった。アメリ 力では、大人気だが、マーロン・キャソリンの名は、日本では最近知られて来たところらしい 芸能週刊誌のグラビアにも、掲載され始めているという。 冫弓しのよ、轟さんも、その素性を知る 「王女というところがみそよ、日本人はこういうのこ、号、 と、これは当たる、と無条件だったわ、あの轟さんの感覚は、案外大衆の感覚よ : : : 」 「あの男には、そういうところがある」 と当舎は答えた。