社長 - みる会図書館


検索対象: 花園への咆哮
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1. 花園への咆哮

614 田沢は黙念としていた。腕を組み何か考えている様子であった。 「会長にそれだけの力があるでしようか ? 」 と当舎はもう一度尋ねてみた。田沢はやっと重い口を開いた。 「分らないね、ただ、前の闘いの時は、社内にも社外にも社長につく者が多かった、ことに金 融筋が総て社長に味方したのが、社長の勝利の決定的な原因となったわけだ、だが、今回の場合 は、事情が違う、はっきりいって、各メーカーとも資本の自由化におびえて、自社株を金融筋に はめ込むのに懸命になっている時だろう、会長としては当然、うちと取引の各メーカーに働き掛 けるに違いない、そういう取引先が金融関係に、現社長の退陣を迫ったとしたら : : : 銀行が前の ように桜川社長につくとはいい切れないね、ただこの場合、うちの主力銀行の銀行は、たとえ 山吹会長のバックや世論がどうであれ、山吹会長の社長返り吹きは認めないだろう、山吹会長は 銀行側だからね、だから、かりに銀行が、桜川現社長の退陣に同意したとしても、社長は 山吹会長以外の人間ということになるだろう、問題の難しさはここにある。銀行側の人間とい えば、みな桜川社長の息の掛かった人物だし、山吹会長としても、それでは納得しないだろう、 もし、山吹会長が、桜川さんの追い出しだけに執念を燃やして、後任社長は、銀行側の意見に 同意するということにでもなれば、これはひょっとすると、前の闘いよりも、山吹会長に有利に なるんじゃないかな」 さすが 流石に田沢は、当舎よりも大局的な見方が出来るようであった。 当舎としては、山吹会長が再び桜川に闘いをいどんだ以上、自分が社長への返り咲きをねらっ

2. 花園への咆哮

方した。銀行と会長は、因縁が深かった。会長が社長時代、銀行は銀行と共に西東貿 易のメイン銀行だった。ところが現社長桜川時代になってから、銀行が一歩後退したのだ。 そういう点、桜川にはワンマン的なところがあった。だから周囲に敵も多いが、その実力は業 - 界でも定評があり、もう七年も社長の地位にあった。 当舎は社長派でも、会長派でもなかった。ただ彼は西東貿易の忠実な中堅幹部であった。仕事 が生き甲斐といえた。当時、当舎は東京にいたのだが、大きな仕事をかかえていた。 それは豪洲から輸人した羊毛を極東紡績に入れる仕事であった。大体西東貿易は世界毛織と取 引があった。だが極東紡績は積極経営で、毛織部門の拡大を計っていた。 ただ取引するには一つだけ問題があった。というのは、極東紡績の取引銀行は銀行であり ' 銀行とはライ、、ハル関係にあったのである。会長はこの銀行を、、ハックに、社長を蹴落とそう としている最中だった。 こういう時、無理に極東紡績、銀行に喰い入ることは、誤解を招くおそれがあった。 会長派と眺められる危険があったのだ。 咆だが当舎はそういう権力争いを無視した。俺は会社のために仕事をしているんだ、何等恥じる へところはない、という信念があった。 花当舎にはそういう一徹なところがある。部長の田沢は気にして、この場合強引にことを運ぶつ は止した方がルい、と二、三度忠告した。 ドの責任者は当舎だったが、部長という地位から、将来のことを怖れたのだろう。

3. 花園への咆哮

築川は頷いた。実業家には、英雄色を好むというたとえの通り、その方面にかけての豪傑もい るし、また常識では考えられないほど真面目な人間もいる、といった。 「うちの桜川社長なども、真面目な方だよ」 「そうですね : : : 」 当舎は現社長を余り好かない。近江商人上りの桜川は事業の鬼で、会社を大きくすることだけ が生甲斐のようであった。桜川に敗れた山吹会長は、桜川とは正反対で、新橋、赤坂などで、か なり浮名を流した。だが、桜川と会長との闘争で、会長が敗れたのは、矢張り女色という弱点が あったためかもしれない。山吹会長は赤坂の女に料亭をやらしていたが、それが会社の秘密資産 なのか、会長個人の金なのか、はっきりしていなかった。 桜川はこういう点を、銀行とタイアップして、徹底的に追究したのだ。ルーズな経営者という わざわい 弱点を押した。会長側についた銀行が、社長側の銀行に敗れたのも、こういう点が災した からだともいわれている。 ただ昨年の暮、一億七千万円の手形が詐取され、経理課長が自殺したが、それも原囚は会長時 咆代からのものが尾を引いているのではないか、という噂も一時流れたこともあった。ただ、これ へは一時の噂だけで直ぐ消えたが。 花当舎は築川に、大日化学との提携は、矢張り系列化の目的だけか、と尋ねた。ことが成立した 以上、それくらいのことだけは知っておきたかった。築川は徴笑した。 「君も内心色々と疑ったことと思う、しかし、系列化ということで納得しておいてくれ給え、

4. 花園への咆哮

「そうか、君は証拠を握っているか」 山吹は嗄れた声を出した。 「ただ会長、もしこの件で、桜川社長を退陣させることが出来たとしましても、会長の社長就 任には、銀行が反対すると思うんですが」 田沢としても、山吹の胸中を知りたいに違いなかった。 山吹は大きく頷いた。 「田沢君、その件は分ってるよ、わしが、今更、社長になってみても、どうすることも出来ん よ、もう十年若かったら別じゃがな、だがわしの目的は、社長になることじゃない、桜川を追い 出したい、築川もな、わしは、可愛いがり引き立てた桜川に裏切られた、そして負けた、だがな、 わしとしては、このままでは、死んでも死に切れないんじゃ、このチャンスを逃したら、もう二 度とチャンスはないだろう、桜川追い出しに成功したら、社長は、取引先、法人筋、銀行とも 話し合って、中立的な人物を据える、外部から入れても良いじゃないか、君には、絶対悪いよう にはしない、必ずむくいる積りだ、君が三東産業に移った事情も良く知っている、田沢君、もう 咆一度、お互の人生に花を咲かせようじゃないか」 へ 山吹が田沢に手を差しのべた。 花 田沢は一寸、当舎の方を見たが、山吹の手を握った。 当舎はそれを見て、ある感慨を抱かずにはおれなかった。 山吹が桜川と対決するのは、民族資本を守るという大義名分からではないのだ。

5. 花園への咆哮

社会人の常識を持ち合せていない男であった。 当舎はその轟に明日会わねばならなかった。このたび東連商事が輸入した文芸大作を、チ エーン劇場でロードショーを行なうことを頼みに行かねばならなかった。 当舎は石室に対して返答すべき言葉がなかった。 この時彼はふと数年前の、突然の辞令を思い出した。 左遷の理由 たざわ べっこう 東連商事への出向命令を告げたのは部長の田沢であった。鼈甲の眼鏡が良く似合う温顔の田沢 もその表情には固いものがあった。 ここ東運商事で暫く頑張 当舎への同情か、去り行く者への冷視か、それは当舎にも分らない。オオ って欲しい、といわれただけであった。当舎には直ぐ理由は分らなかったが、良く考えてみると、 一つだけ理山らしきものがあった。 当時、東運商事の親会社である西東貿易では、会長と社長が次期社長の椅子をねらって泥仕合 を展開していた。マスコミにも取り上げられたほどだから、その争いは大変なものであった。社 長方の形勢が良いことは分っていたが、勝敗は最後まで予断を許さなかった。幹部達は一部を除 いて、どちらにもっかずに静観していた。この社長対会長の争いには取引銀行も関係していた。 西東貿易の取引銀行は数銀行あったが、主要なのは銀行だった。ところが銀行が会長に味

6. 花園への咆哮

先年の会長と社長の凄惨な闘いが今更のように思い出される。歴史は繰り返すというが、当舎 には十年先の、桜川と築川との関係が眼に見えるようであった。築川は有能な直系の部下を欲し がっている。 。いいたくないが、さっき、社長が一寸洩らされたように、君が東連商事に来 「こういうことよ たのは、社長が会長との闘いで、神経をとがらせていたためだと思う、僕も長い間、君のことは 気に掛けていた、分って欲しい」 築川は、当舎を東連商事に追いやったのは社長で、自分ではない、と説明している。 それは或る意味では、築川が思わず人間的な弱さを露呈したことにもなる。 十一時半まで当舎は築川とその店にいた。 「常務、明日別府に参りますので、私はこれで」 「いや、それなら僕も帰るよ」 築川はホテルに泊っている。当舎は築川をホテルまで送ってから、自宅に戻った。 築川と宗近正子の関係は、当舎の疑い過ぎだったかもしれない 翌日、当舎は飛行機で大分に飛んだ。瀬戸内海には雲がなく美しかった。 大分から別府まで、車で三十分ほどである。別府の街は、一大観光温泉街らしく俗化されてい る。浅草の場末に似ている。街を出ると風景は開け、右手に国東岬が青く細長く突き出ていた。 間もなく左手の山の中腹に、別府八湯の一つである鉄輪温泉郷が見えて来た。当舎がこれから 訪れる旅館もそこにあった。昨夜のうちに電話で部屋を予約してある。

7. 花園への咆哮

622 どういう理屈をつけても、それは桜川や、築川に対する憎しみ、つまり私情であった。 そして、田沢の場合も、そうかもしれないのだ。 だが、当舎はそれを責める気にはなれなかった。 寧ろ、人間的なものさえ感じた。 ことに山吹が、私情を率直に告げ、社長の椅子に坐る積りのないことを告白したのは、立派で さえあった。 田沢の築川への裏切りも、保身のためだけではない。保身のためなら、暫く様子を窺った方が 安全だった。 山吹が勝っとは断定出来ない。 桜川の力は、西東貿易の内部に行き渡っている。 「会長、会長のいった秘書役は、西岡さんでしよう」 と田沢がいった。 「ほう、よく分ったな」 「ただ、西岡さんの場合は油断しない方が良いですよ、西岡さんが、この前、会長を裏切り、 桜川社長についたことは、よく御存知でしよう」 山吹は頷き、 「よく分っとる、そろそろ年だから、金で買収出来たんじゃ、わしは、西岡を味方につけるた め、千万以上の金を使った、それじゃ田沢君、これから、わしと同行してくれんか、電機の佐

8. 花園への咆哮

624 会長と社長の再度の暗闘、財界は現社長に批判的 そういう見出しの記事が、新聞の経済欄に登場し始めたのは、当舎が大阪に戻って、一週間め 頃からであった。 それと同時に、西東貿易の株価が下り始めた。百三十円前後だったのが、百十円まで下ってし まった。田沢が心配したように、西東貿易の信用が失墜したわけであった。 西東貿易とも取引のあった某自動車メーカーが、西東貿易との取引を停止すると発表もした。 世論というものの怖ろしさを、当舎は身にしみて感じた。 状況は日がたつにつれて、桜川社長に不利になって行くようであった。 桜川社長は、大日化学の株を集めたのは、化学部門のシェアを確保するためで、それも本当の 買本尊は自分のところではないが、決して外資ではない、と苦しい弁解をしていた。今のところ、 田沢の名前は出ていなかった。 また新聞は、山吹側の株主が、臨時株主会議を招集するだろう、と述べていた。 総会屋も入り乱れて、大変な総会になるに違いなかった。山吹側と桜川側の票が、どちらに有 利なのか、当舎には見当もっかない。 確かに世論は、山吹に有利だが、実際の票はその場になってみなければ分らない 田沢は、東京に行き通しで、自宅には余りいなかった。 社長退陣を目的とする臨時株主総会が開かれる前に、何等かの話し合いが出来ないものだろう

9. 花園への咆哮

とすると、もし桜川が社長を辞めたなら、築川の連命はそれで終り、ということになる。 「だから築川君は必死なのだ、桜川社長にあくまで、闘って貰いたいのだ、サラリーマン重役 の築川君の悲劇がここにある、つまり桜川社長は財界で通用する人物だが、築川が通用するのは 西東貿易内部だけだ」 田沢はゆっくりいった。 当舎は新しい眼を開かれたような気がした。西東貿易では絶対者と思われていた築川も、所詮、 勤め人の悲劇から逃れることは出来なかったのか。 「今日、築川君に会うんだろう、僕が会いたい、といっていた、と伝えて欲しい、君も立会っ てくれ、自宅がいいね、午後八時以降なら、何時でも良い」 「田沢さん」 当舎が心配そうにいうと、 「大丈夫だよ、私にまかせておいてくれ給え、西東貿易の内部には、ロにこそ出さないが、若 い築川君が余りのさばったので、内心、苦々しく思っている連中が、かなりいる、こういう連中 咆が、僕の考えでは反社長派につく、築川君を怖れる必要はなに一つないのだ」 へその時、東京から電話が掛かって来た。 花戻って来た田沢は、 「僕の身分については、山吹会長が保証してくれたよ、問題は今夜だな、才人、才に溺れる、 今夜は築川君も、自分で墓穴を掘ることになるよ」

10. 花園への咆哮

感受性の強い娘も困りものだ。 「恋人はないね」 「恋人っくったら、ぎっとサービスしなくなると思うわ、そこが、お母さんと理恵との違うと ころよ、だから、気兼ねしなくっても良いのよ、お父さん」 理恵はまた勉強室に戻った。遊びざかりの妹の方は、十時になると眠ってしまう。 この方は理恵と違って勉強が嫌いであった。蒲団に入ってから、当舎はなかなか寝つかれなか った。理恵の言葉を考えてみた。 この頃、当舎は家庭に戻っても、気持がやすらかにならない。会社に行っても同じだ。 だから毎晩、酒を飲んでしまう。 もし恋人を持ったらどうだろうか。中途半端な、壁がないのに行き詰ったような今の気持から 救われるのではないか。 だが当は、自分の年齢を考えておかしくなる。この年で恋人のことなど思う男は、社の同僚 こよ、よ、 中年の男性に取って、妻以外の女性関係とは情事を意味する。ことに大企業の部課長連中はそ うであった。彼等は女よりも自分の地位を愛していた。 ちくかわ 西東貿易の営業第一部長築川は取締役である。社長のブレーンの一人で、彼は会長、社長の権 カ争いの時も、自分は社長のために働いていると旗色を明らかにしていた。