奥さん - みる会図書館


検索対象: 虹は消えた
122件見つかりました。

1. 虹は消えた

裏切ったヌマさんのことを、普段は何のかの悪口いってても、やつばポスはヌマさんが 好きなんだ、とカズオは思う。大野先生の奥さんとのことがなかったら、今頃はオレでは なくヌマさんがこの育成牧場の責任者になっているところだ。 行かねでけれ ! ヌマさん : そういって追いかけた雪道を、カズオは忘れない。 「このこと誰にもいわねから行くのはやめてくれ」 「そんなことじゃないんだってば、わかんね野郎だな」 沼田は雪の中に仁王立ちになってカズオを睨み据えていた。 「人のことなんかどうでもいいんだ。このオレが問題なんだ。いなくなるよりしようがね んだ。わからねのか、このからつぼやみ ! 」 そんな憎々しげな沼田の形相をカズオははじめて見た。 「ここにいるとな、引きずられるんだよう : : : 」 わめ 沼田は「大野の奥さんーという名前を抜いて喚いた。 大野家が片田牧場の大馬主であり、別荘がこの町にあるからには、沼田はあの奥さんか ら逃れることは出来ない。それはわからないではないが、「だから」とカズオはいった。 「だから、引きずられないように頑張ればいいんだべ」 「それが、そういかねえんだよ。わかんねえのか、この野郎 ! 」 にらす

2. 虹は消えた

100 忘れろっていったべよ」 「覚えてる」 うつむ カズオは俯いたままロの中でいった。 お前とアサミさんのことをおいらが邪魔するのはな、お前もオイラみたいに引きず られてどうにもならなくなるんでないかと心配するからだ。あの女の娘だからな。何とい ましよう っても魔性の血、引いてるべよ : マーケット その言葉をカズオは忘れていない。イギリスへ向う飛行機の中でも、ニュー のサンライズ牧場で働いている時も、その言葉を思い出しては麻見を忘れようとした。 だがその一方で魔性の血って何だべ、という疑問は消えなかった。魔性の血に引きずら れたのはヌマさん自身の責任ではないのか ? ヌマさんはあんなに信頼してくれた大野先 生を裏切った。自分を責めながら裏切ることをやめれなかったのは、ヌマさんが悪いんで なしの力い ? 魔性の女なんている筈がない。ヌマさんはあの奥さんに惚れたんだ。惚れたのを奥さん の魔性のせいにしてる。あの時ヌマさんがああいったのは、カズオの身を思ってのことで とら はなく、女に引きずられてどうにもならねえヌマさんの、ワナにかかった虎の叫び声みた いなもんだったんでないか ? カズオは時々そう思う。そして今でもそう思っている。 だがカズオは沼田に向ってそうはいえなかった。今も何もいえない。

3. 虹は消えた

「そうか、それはよかった」 きゅうす ゅのみ 沼田は座卓の上のポットの湯を急須に入れて湯呑に注いだ。 「お前がイギリスへ行ったことは聞いたけど、うまくいってんだな ? 「ま、どうにか」 カズオは答え、これではまるでオイラがヌマさんに呼ばれたみたいじゃないか、と思う。 「ハブルが弾けて牧場もきついべよ」 「きついことはきつい。大野先生が亡くなったもんで、やつばりポスのショックはゆるく きゅうしゃ ないよ。もう美浦の佐久間厩舎にも先生の馬は一頭もいないし、奥さんは馬、やめてしま ったし。あすこもゆるくねえのかな、あの別荘も売りに出してるんだ」 沼田の目が光ったのを見て、あ、大野先生の奥さんのことはいってはいけなかったんだ、 と気がついた。だがあの奥さんは馬をやめたと聞けば、沼田はポスのところへ戻ってもい いという気になるかもしれない。 「別荘、売りに出してるフ 沼田はいっこ。 「あの娘、女優になったべ。スターだべよ。金に困ってるわけないべや」 「それはよくわからないけど、この間来て、ポスやら町長やらに頼んで行ったんだよ」 「お前、会ったのか」

4. 虹は消えた

「片田牧場にいるかもしれないけど」 「あたし、大野といいます。昔、片田さんの所で馬を何頭か預かってもらってたんだけど、 あの頃、カズオさんは十七、八だったわ」 「ああ、大野さん : ・ と順子はしげしげと環を見た。順子がスナックで働いていた時、片田牧場の牧夫たちが 来てよく噂をしていた、これが「大野の派手な奥さん」かと思いながら、 「悪いですねえ。留守にして」 「いいの。それより赤ちゃん、元気 ? 」 そんなことまで知っているのか、というような顔で、「はい」といった。 「三人目だって ? 」 「はい、 男二人で女の子が欲しいと思ってたもんだから : : : 」 「女の子 ? そりゃあ嬉しいわね」 え 消ふと順子は思いついたようにいオ 虹「うちの主人知ってられるのなら、沼田さんも知ってるっしよう」 「ヌマさん ? 知ってるわ」 「あすこに馬曳いて来る子、ヌマさんの子です。

5. 虹は消えた

をいたしましたが、四歳の時のマミちゃんにはもう、スターの片鱗がありました。マミち ゃんは女優になるときっと成功するわ、とマミちゃんのお母さまーーその頃の大スターだ った朝川環さんこ、 冫しいました。お母さんを凌ぐ演技者になるかもよ、って。そうしたらお 母さんは大スターらしく、鼻の先をこう上向けて『そうかしら』って : : : 」 笑い声が波のように起る。 「『あたしは凌げないでしようよ : : : 』四歳の時にマミちゃんはもうお母さまのライ。ハル だったんですの : : : 」 笑いを呼んだことで調子に乗った植村夫人は上気した顔を入口の方へ向けて、 うわさ 「あらあら ! 皆さん。噂をすれば何とやらですわ。マミちゃんのお母様、朝川環さんが いらっしゃいました : : : 」 環はツ。ハ広の黒い帽子に大きな真黒のサングラスをかけ、燃えるような真紅のスーツを えんぜん 着て婉然と歩いて来た。赤いハイヒールを履き黒いス トールを膝の所で蹴上げるようにし たながら、注視の中を植村夫人の前まで行くと、大仰な身ぶりで夫人と抱き合った。それか いちゅう ら夫人の紹介でどよめいている会場に向って一揖した。 虹チャリティショウは始まった。麻見は環と並んで、品物がせり落されて行く光景を眺め ている。植村夫人の素人くさいせり方が面白がられて拍手や笑い声がひっきりなしに起っ ている中で、麻見は環への憤りで張り裂けそうになっていた。どんなことがあってもママ しの へんりん

6. 虹は消えた

224 ひざ と勝吾の膝に手を置いた。 「ヤマさんのいった通りだわ。あなたはインデアンの乱暴者の強い若者。馬に乗って平原 を駆け廻って白人と戦う : : : 」 勝吾は乾肉を齧って、 「こんなもの食うの、はじめてだ」 し / 「あたし、あなたのお父さんのこと、とても好きだったわ。あなたのお父さんもインデア ンの若い酋長みたいだったわ」 環は乾肉を噛んでいる勝吾の顎に手をかけて自分の方へ向けた。勝吾はされるがままに 環に顔を向けて、ロをモグモグさせながらしげしげと環を見返した。 「奥さんは年、幾つですか」 といっこ。 「あたしの年 ? どうしてそんなこと聞くの」 「六十三つてほんとだべか」 環は答えに詰った。 「さっきヤマさんがいってたんだけど、六十三だけどせいぜい五十にしか見えないべって。 でもこうして近くで見ると、やつば : : : 」 しゅうちょう

7. 虹は消えた

「麻見を : : : 愛してるの ? 麻見に引きずられているだけじゃなくて ? 」 思わずいった。 「でも我に返ったら、やつばり奥さんや子供さんの方が大切でしよう ? 」 カズオは顔を上げて眼窩の底からじっと環を見返した。 「麻見のために家庭を壊すなんて : : : いくら何でもそんなことは思ってないでしよう ? 」 環は迫った。 「ねえ、どうなの ? いってちょうだい。麻見との関係をどう考えているのか りくっ 「オレは理窟のいえない男ですから」 カズオはいっこ。 オナいえることは正直 : : : ただ : : : 」 「ただ ? 」 「今はアサミさんとのことで頭がいつばいで、何も考えられなくなっている : : : それだけ たしかいえません : : : 」 消環は絶句した。カズオの暗い目には、麻見への想いがどうにも整理出来ずに詰っている。 虹「そんな無責任な : : : 十代のコドモじゃあるまいし : 思わずムッとしていいかけるのを抑え込むように、カズオはいい切った。 ・ : 自分の中にこんなにな 「でも、そうなんだから : : : 先のことなんか何も考えられない :

8. 虹は消えた

170 若杉は邦彦を見た。 「勿論よくわかりますよ。・ほくだって本当はそう、 しいたいくらいです」 「自信がないの ? あなた」 「あってもなくても、やらなければならなくなってる、ってことなんだよ。このままでは ジリ貧だから」 「イチかバチかね ? 麻見はいった。 「邦彦さんがそうしてほしいというなら、そうするわ。とうちゃんのためならエンヤコー ラよ 麻見は陽気な声を出した。その声を分析しようとするように若杉がじっと見ている。カ おそ ズオへの愛情でいつばいになっている今は、どんなことでも怖れずに出来るわ、と麻見は 思った。 そんなこと、どの口からいえるんだ、という軽蔑の思いはあるが、大野の奥さんのいう ことは正しい、とカズオは思った。

9. 虹は消えた

194 「それでは明日」 仕方なさそうにカズオはいった。 「こっちからかけます」 「そうしてくれる ? じゃ何時頃 ? 」 「夜の九時丁度に , カズオは若杉の番号を聞いて電話を切った。 翌日の夜、九時きっかりに電話がかかってきた。「もしもし」というカズオの声は沈痛 だった。その声でこれからカズオがいおうとしていることの見当がついた。カズオは麻見 とこれ以上、関りを持っことを自分に禁じようとしているという意味のことを詰り詰りい 「アサミさんの気持を : : : それを思うと : : : 何もいえなくて : : : 中途半端のまま、ズルズ ル日が経ってしまって、早くいってしまわねばと思うんだけれども : : : こういうことは電 話じゃうまくいえないから、会って話そうと思うんだけども : : : 会うと、自分に負けてし : どしたらいいのかもう、わからなくなってしま まうから : : : 会ってはならないと思い 「君の奥さんはこのことを知ってるの ? 」 「知ってます : : : けど女房のことはどうだっていいんです。オレがとっちめられればそれ

10. 虹は消えた

「この雪に、帰られるんですか」 しゆったっ 片田は急な出立に驚いたようにいオ 「何か急用でも ? 」 「そうなの」 と環は答えた。昨夜受けた屈辱は、勝吾の悪意から出たものではなかった。たた礼儀を 知らないだけの無邪気な一一一一口葉た。それが却って環を打ちのめしているのだった。 よろいど こんな所にもう一日もいたくなかった。厳重に鎧戸を下ろし、各部屋のドアーをロック と思った。 して廻った。おそらく二度とここへ来ることはない、 間もなく千歳空港まで送るようにと片田にいわれたといって、山本が車を運転して来た。 うれ 「まあ、ありがと。ヤマさんが送ってくれるの ? 嬉しいわ」 必要以上に愛想よくいって車に乗り込んだ。助手席に手伝いの雪子が乗る。 「寂しくなるなあ」 山本は運転しながらくり返しいった。 「オレらとしては、どうか売れないでくれと祈るような気持だったですよ」 山本はいった。 「奥さんや麻見さんが来ても来なくても、別荘がここにあれば、それだけでオレらの気持 が違うもね。長いっき合いだったから、それこそ、こういっちや失礼かもしれねけど身内