聞い - みる会図書館


検索対象: 虹は消えた
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1. 虹は消えた

236 けていった。 「。ヒリカニサって馬、片田育成牧場の馬なんですって」 片田育成牧場の馬 ? ということはカズオの馬ということなのか ? それも訊くのが億劫だった。 「函館で初出走するんですって。明日 億劫というよりショックを受けて黙っていた。 「。ヒリカニサって名前、アイヌ語で美しい朝って意味なんですって」 千鶴は麻見が使い易いように、化粧品を並べながらいった。 「なんだか、イミシンですわね」 鏡の中に映っている麻見の横顔に目をやっていった。 こじつけかしら ? ・ : 。ヒリカニサ」 「美しい朝 : : : アサ 「誰に聞いたの ? そんなこと」 窓の方を向いたまま麻見はいった。 「ジロさんですわ。ジロさんってどこで聞くのかこういうこと、よく知ってる人ですわね え。この馬、買主がついても売らないんですって。。ヒリシリカっていうのが今日はいい日 だ、という意味で、。ヒリカトーは美しい今日という意味ですって。ピリカニサより、。ヒリ カトーの方がいいって片田さんがいったんだけど、カズオさんはビリカニサにしたんです

2. 虹は消えた

114 うれ 「輝いてるね。嬉しいことでもあったの ? 」 と伊東がいう。 「あら ? そう ? 嬉しいわ : : : 」 麻見は隣りのテーブルにつき、メニューを取った。 「日本を離れると女優はみんな輝く。解放感があるのかなあー 「そうかもねえ」 麻見は言葉少なにいって微笑した。昨日の午後から胸の中に脹らんでいるものがあって、 そのためにあまり人とはしゃべりたくない。 輝いてる ? そう ? ・ 麻見は思う。嬉しい 昨日の早朝ホノルルに着いて十時頃にマウイへ来てから、二時間ばかり眠った。眠りか ら醒めて、まだいくらか眠気の残っている・ほんやりした頭で窓から海を眺めていると、と ころどころ白波が噛んでいる紺碧の海に、浦河のあの日の海が重なってきた。カズオの思 い詰めたような暗い目が浮かび、突然、カズオに電話してみよう、という思いっきがきた。 電話をして何をいうというのか。ししたいことはあるようでなかった。ただカズオの声を 聞きたくなっただけだ。そういってカズオを驚かせてやろう。少女の頃、麻見に憧れてい る男の子に突然そんな電話をかけて、相手がヘドモドするのを楽しんだものだった。あの こんべき あこが

3. 虹は消えた

「わかってるわ、あまりしゃべれないんでしよう ? でもいいの、声を聞いただけで。あ、 呼んでるわ、じゃあ といって電話は切れた。カズオはぎごちなく席に戻ったが、順子は何もいわなかった。 あの電話は短か過ぎて、どこか変だったにちがいない。しかし順子は、 「どしたの ? もう食べないのかい ? といっただけだった。 麻見がバンコクから帰って来ると、北海道から青森へ渡り十和田湖に数日滞在した後仙 台へ寄って、三日前に帰って来たという環がにこにこして出迎えた。 「マミ、有難う 麻見が旅装をとくのを待ちかねるように着替室へ来ていった。 「マミちゃんのおかげで病院がキレイになるんだって ? 邦彦さんから聞いたわ。なんて うれ 嬉しいんでしよ。お父さまも天国できっとお喜びになってるわ」 「何のことかと思ったらそんなことなの ? 麻見は冷やかにいった。 「あたしは保証しただけよ。月々の返済を負担するんじゃないのよ」 「わかってますよ。それくらい。邦彦さんだって、マミを泣かせるようなことはしないで しようよ。でも、この際、もしマミがいやだっていったら、どうすることも出来ないんだ

4. 虹は消えた

169 進まないんだが、妻木君が話してみてくれというものだから : : : 」 ジロさんもいていいんでしょ ? 「何なの ? 「若杉さんの意見も聞ければ有難いんだが」 邦彦が説明をするのを、麻見はプランデーを飲みながら聞いていた。聞き終るといった。 ししわ。なりますよ」 「つまりあたしが保証人になればいいのね。、、 かえ あまりに簡単に答えたので、邦彦は却って心配そうにいっこ。 「よく考えてからでいいんだよ。一週間でも十日でも。お母さんにも相談して、了承を得 なくちゃね」 「考えたって同じよ。いつだってオッケイよ。ママになんか相談することないわ」 若杉が横からロを出した。 「マミちゃん、感情で決める問題じゃないよ」 「じゃあ何で決めればいいの ? 素人のあたしにどんな判断力があるっていうの ? 邦彦 たさんが大丈夫だと判断したのなら、それを信じるしかないじゃない ? 」 消「そりゃあそうだけど : : : しかし万が一の場合を考えておかなくちゃね。保証人になるつ てことは、これは一生を左右することになるかもしれないことなんだから。勿論、そんな ろ、つしん ことはあってはならないことだけど : : : 邦彦さんには失礼だけど、これは・ほくの老婆心よ。 わかってくれますね」

5. 虹は消えた

178 としているーー。麻見は絶望した。 やっとの思いで終了した二時間ドラマの打ち上げパーティが終り、会場のレストランを おうのうふく 出ようとした時、麻見はふと入口の電話の前に立ち止った。懊は脹らむだけ脹らんで、 これ以上ほうっておけば破裂して昏倒しそうだった。無我夢中で麻見はカズオの電話番号 をブッシ = していた。呼出音を十回数えた時、受話器が外された。 「遠山です 低いカズオの声がいた 「カズオ : : : カズオさん : : : 」 声を殺すことも忘れて麻見は叫ぶようにいっていた。 「ママから聞いたわ。あたしに近づかないように努力しますって、いったってこと : んとなの ? カズオさん」 カズオの声は聞えない。 うそ 「どうしたの ? なぜ返事してくれないの ? ほんとか嘘か、それだけでいいから、今は つきりいってちょうだい」 「いいました」 声を押し出すようにカズオはいった。 「それが正しい道だと思ったから , ) 」んとう

6. 虹は消えた

にするが、万一急用でいない時は沼田の代理の者だといって、部屋番号を伝えておいてほ しい、とカズオはいっこ。 その朝、麻見は病院へ出勤しようとしている邦彦を玄関に見送っていった。 「今日、ファンクラブで札幌へ行きます」 「そうか、ご苦労さん」 「予定は明日の夜、帰ることになってるんだけど、もしかしたら都合で浦河へ寄って来よ うかとも思ってるの」 「別荘の話かい」 「そう」 「それもいいかもしれないね。ついでだから。とにかく気をつけて行っていらっしゃい。 北海道はもう寒いだろうから」 そういって邦彦は出かけて行った。 麻見はジーンズの上にチェックのワイシャツを重ね着し、居間の壁鏡の前で帽子のかぶ り具合を験し見ていると、若杉と一緒に環が入って来た。 「ジロさんに聞いたんだけど、札幌へ行くんだって ? 」 「そうよ 「あたしも行こうかしら」

7. 虹は消えた

194 「それでは明日」 仕方なさそうにカズオはいった。 「こっちからかけます」 「そうしてくれる ? じゃ何時頃 ? 」 「夜の九時丁度に , カズオは若杉の番号を聞いて電話を切った。 翌日の夜、九時きっかりに電話がかかってきた。「もしもし」というカズオの声は沈痛 だった。その声でこれからカズオがいおうとしていることの見当がついた。カズオは麻見 とこれ以上、関りを持っことを自分に禁じようとしているという意味のことを詰り詰りい 「アサミさんの気持を : : : それを思うと : : : 何もいえなくて : : : 中途半端のまま、ズルズ ル日が経ってしまって、早くいってしまわねばと思うんだけれども : : : こういうことは電 話じゃうまくいえないから、会って話そうと思うんだけども : : : 会うと、自分に負けてし : どしたらいいのかもう、わからなくなってしま まうから : : : 会ってはならないと思い 「君の奥さんはこのことを知ってるの ? 」 「知ってます : : : けど女房のことはどうだっていいんです。オレがとっちめられればそれ

8. 虹は消えた

「そんなところだ、ま、仲よくやってくれよ 「だいじよぶだ。仲よくやるよ」 「お前の声聞いて安心したよ。昔のまんまの順ちゃんだもんな」 「ヌマさん、かしいねえ。 いっぺん、うちへ来てもらいたいわ。勝吾もいるし。勝吾は 一所懸命やってるよ」 「厄介かけてると思うけど、よろしく頼むよ 電話を切ると帳場へ酒の追加を注文して沼田は部屋に戻った。 「かけてきたそ。機嫌よかった。カズオが頼んだのかいって笑ってた」 いいながら炬燵に入った。 いいたかなけりやいわねでもいいが、なにあったんだ、カズオ」 沼田は徳利に残った酒を湯呑にあけて飲み乾し、 ・ : あの女か ? 」 といった。カズオは心を決めたようにはじめて正面から沼田の目を見た。 「ヌマさん、怒らねでくれ。 ( ルシアが死んだ時、オレはそばにいてやれなかったんだ : ・ : 家にいなかったんだ : : : 別荘へ行ってたんだ : : : 」 まゆ 沼田は眉を寄せてカズオを見た。 「ハルシアが死んだのは夜明け前だべや」

9. 虹は消えた

カズオはそういし 、麻見の応答を待たずに一息にいった。 「この間、オレ、つまらないことをいってしまって、あれからずーっとそのことが気にな って : : : なんも手、つかなくなったもんだから、こんな電話かけてはいけないんじゃない かと散々迷ったんだけど、やつば、いわねばなんないことはいった方がいし 、と思って : カズオの混乱が手に取るようにわかった。だが麻見の応答をルリや若杉が聞いている。 しかし今更、寝室の電話に切り換えるのもおかしい。 「オレはどうしてあんなこといったのか、自分でもわからないです」 「わかってるわ。大丈夫。心配しないでー オレのキモチ 「二人の子モチだなんていってしまって、そんなこと、関係ないのに : と関係ないことです : : : 」 「ああ、カズオ ! 」と叫んで「愛してる」と いいたかった。これがカズオの愛の言葉だ。 マージャンテーブルを囲んでいる四人の人間が邪魔たった。よりにもよって、こんな時に え 四人がいるなんて ! 麻見が何もいわないので、カズオは気を兼ねる声になった。 虹「それたけいいたくて : : : こんな時間に迷惑だと思ったんだけど、どうしても、今、いわ ねばという気になって : : : 明日になったら、いえなくなるような気がして : : : 迷惑かとは 思ったんだけど」

10. 虹は消えた

てるけど、ほんとは。ヒイピイだとか、因業ばあさんが会計握って放さねえとか : 「そんな話、聞いてただけなの ? 」 「そうなの、それで色紙書かされて、記念写真とか、握手してくれとか」 「だろうと思ってたんだ」 千鶴がそばで笑いながら、 「麻見さんの顔がだんだん引きつっていくんですよ。わたし、ハラハラするやらおかしい やら」 さすが 「だからさっさと切り上げてきたのよ。でも流石に町長は気にして、出来るだけのことを しますっていってくれたわ」 「ま、何とかなるさ。今回はまあ挨拶しに来たようなもんだから」 「そうよ。そんなにすぐに買手が見つかるってものじゃないわ」 麻見はコーヒーを持ってテラスへ出た。本当をいうと別荘の買手を見つけることが目的 というわけじゃなかったんだ。十年間引きずって来たものの行方を知りたかっただけなん 麻見は海を見渡し、なんて海、と呟いた。もの心つく頃から毎夏暮していたこの丘の上 こんべき なのに、こんな海が向うにあることに気がついたことはなかった。まさに紺碧とはこの海 の色だった。それはポスターの海のように動かず、波頭も見せず舟の姿もない。ただべっ つぶや