息子 - みる会図書館


検索対象: 裁きの家
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1. 裁きの家

202 O 女「どうしてって、お恥すかしいんですけれど、嫁がふしだらでしてね。男と寝ていたのをわ たしが見つけましてね。息子が子供可愛さにひかれて、嫁を許しましたが、わたしがその時、騒 いだのを嫁は根に持ちましてね」 男「そんな、ばかな話があるかい。ひでえ女だ」 O 女「それからすっと別居なんですよ。いえ、別居だけならまだしも、わたしが訪ねて行きまし ても、一歩も玄関にも入れてくれませんでね」 女「入れないったってあんた、自分の息子の家でしよ。遠慮することはない、ずかすか入れば O 女「入ればいし 、っておっしやっても無理ですよ。ドアを開けすに小窓のカーテンを開けて、じ ろっと見るだけですよ。たまに、息子が連れてってくれても、嫁も孫も顔を見せません。孫は顔 を見せたくても、あとで叱られるからってねえ」 男「そんな女に尻にしかれてる、あんたの息子も息子だよ。追い出せ、 O 女「、 しいえ、息子は気が優しいんですよ。社会的に地位もありますしね。やはり体面があって、 離婚はできませんって、わたしに手を合わせて謝まるんですよ」 男「冗談じゃないよ。体面があるから、おふくろは別居、家にも入れん、そして養老院送りか ね。何がやさしい息子なもんか」 O 女「、 しいえ、あなた。それは、うちの嫁をご存知ないからですよ。わたしの連れ合いの葬式の 時さえ、顔を出さない女でしてね。何か息子がいうと、家に火をつけるとか自殺するとかってわ めくんですよ」

2. 裁きの家

もする。 謙介を誘惑したふしだらな女と思っていたクメにとって、このいち早い妊娠は不快だった。あ るいは、他の男の子供ではないかなどと、クメは意地悪く勘ぐって見たこともあった。こんな中 に生れた修一を、すなおにかわいがることはできなかった。 博史の息子の清彦は父親似であった。当然、孫は息子に似ているものと決めていたクメにとっ て、謙介にどこ一つ似ていない修一は、孫という感情を呼び起さなかった。修一は、あまりにも 優子にのみ似ていた。それは、優子の罪でも、修一の罪でもなかった。だがクメは、そんな修一 を生んだ優子が、憎くさえあった。それはすべて、自分に無断で結婚を決めた謙介への憤りから 発したものだった。 クメは知らなかった。母親というものは、自分の息子が選んだ女性は、 いかなる女性であって も、気に入ることの少ないものであるということを。だが、自分が選んだ嫁ならば、少なくとも、 その当初だけはあまり不満がないものらしい。それは、自分の見たてた服を息子に着せるような 満足感に似ていた。 滝江は博史と見合結婚であった。ひと目見ただけでクメは気に入った。明るい顔立ちゃ、愛き ようのあるものの言い方。決してクメを無視しない態度などが、博史よりもクメが先に気に入っ た。しかも滝江は、かなり名の通った時計屋の娘なのである。結婚して当分の間、滝江をクメは 誇りにしていた。 そんなことも手伝って、優子はクメにとって万事に不足であり、優子の生んだ孫の修一までが、 愛されることのない結果になったのだった。こうしたクメにとって、祖父に似た弘二は、やはり

3. 裁きの家

きに持って来たという桐のタンスは、四隅が鉄の飾りでとめてあり、色が黒ずんでいるだけで、 まだがっしりしていた。 そのいちばん上の引き出しをあけ、クメは生菓子を弘二の前においた。 「おなかが空いたろう」 「ペコペコさ」 弘二は、ニコッと笑って、ギューヒを一口頬ばった。 「そうかい、そうかい。おばあちゃんがね、さっき街へ出たとき、買って来たんだよ」 「へえ、たった三つかい」 「いいや、まだ明日の分残っているよ」 クメは満足そうに、弘二のロもとを見つめた。博史も謙介も、こうして何でも食べさせてやっ たものだと思う。二人共素直ないい息子だと思っていた。人にもほめられてきた二人だが、今と なっては、何の役にも立たない息子のような気がする。どの息子も、妻の機嫌を取ることだけに 汲々として、満足に自分の話をきいてくれないと、クメは思う。何か話しかけても、 「わかったよ、おかあさん」 のなどと面倒臭そうに言ったり、 「いまちょっと、にしいから」 と、すばやく自分の部屋に引っこんでしまう。子供のときには、学校から帰って来て、何でも 話してくれたものだと、すぐに子供の頃のことが目に浮かぶ。

4. 裁きの家

窓を閉めた清彦は、冷えた掌を額にあてた。深いむなしさだけが感じられた。 ( 死ねばいいんだ、このおれも ) 今清彦には、生きることの意味を見出すことができなかった。と、その時、清彦の頭に一つの ことが閃いた。それは、・フレーキのきかない車を運転する滝江の前に、不意に飛び出して行くこ とだった。あわてて滝江がプレーキを踏んだ所で、プレーキはきかない これから男と逢うため の車で息子を轢いたのでは、さすがの滝江も、ようやく人間らしい苦しみを覚えるにちがいない。 そうだ。本当の人間らしさを母が取り戻すためには、自分はその車に轢かれて死ななければなら いや、死んだほうがいいのだ。その時初めて、人の苦しみを思うことができる人間に、母 は変るかも知れない ( とんだ親孝行な息子だ ) 清彦は自嘲した。笑うつもりが笑えなかった。吾にもなく涙がこみあげそうになって、清彦は 倒れこむようにペッドの上に横たわった。 しばらくたって、清彦は、傍にあるノートにペンを走らせた。 「清彦死す」 唯そのひとことだった。それは、自分に確かに死ぬ意志があったことを、滝江に知らせるため の言葉だった。 頭に靄がかかっているように疲れながら、目だけが異様に呀えていた。 五十一

5. 裁きの家

りもの一つにしても、優子と反対の置き方をすることによって、クメは自己主張しているにちが いない。優子はいささか心おだやかではなかった。 と、その時、ロの中でムニャムニヤふしをつけて読んでいたクメの声がびたりと止んだ。 「優子さん、ちょっとこれを読んでごらんなさいよ」 優子は空布きんをかけていた手をとめて、クメのそばに行った。クメのかさかさの手の指さす 記事を、優子は受けとって読んだ。 「今もある姥捨山、某養老院の座談会」 という見出しである。 優子はクメを見た。 「滝江さんとそっくりの女がいますよ。とにかく読んでごらんなさいよ」 優子は言われるままに読み始めた。 司会「今日は皆さん、ふだん胸の中に巴っていることを、存分にお話し合って下さい す ? 養老院にきてよかったとお思いでしようか」 男「養老院がいいわけないよ。おれは、やつばし息子の傍がいし」 男「いやいや、わしは家より、何ばええかわからねえ。第一、嫁の鬼みたいな顔見ないだけえ 家 のえ。家の嫁は、わしの貯金をとり上げて、ごはんもろくにくれなかったもんな」 O 女「同じですねえ、どこも。わたしの息子は気だてはいいんですよ。でも嫁が、どうしても同 、ましてね。同居するなら子供を連れて出て行くっていうんですよ」 居はいやだといし 川司会「どうして、そんなに嫌がるのでしようね」 ゾ」 , つで

6. 裁きの家

「考えてみるとねえ、おばあちゃん。おばあちゃんが痛い目に会ったのは、商業主義のせいだね」 「何です、その商業主義って ? 」 「いや、そんないかがわしい写真を売っているのもそうですけどね、それを買いたいように煽っ ているのも商業主義ですよ。テレビだってそう、映画だってそう。俗悪な週刊誌や雑誌もそう。 とにかく奴らは金さえもうけりゃあいいんですからね。売れりゃあいいんだ。それを見て、ふら ふらと人が悪いことをしたくなってさ、小さな女の子が毒牙にかかったってさ、奴らはかまやし ないですよ」 「なるほどね、迷惑な話だね」 「そうですよ、おばあちゃん。これがねえ、金もうけより人間が大事だ、と思えばですよ。そう やたらに裸の写真なんか使わないはすですからね。日本中が、自分の娘や息子だと思ってごらん なき、し しカカわしい写真を売るわけはないですよ。とにかく商業主義が悪いんですよ。人より も金が大事、これが商業主義ですよ、おばあちゃん」 「ハハア、わかりましたよ。藻岩の滝江さんみたいだねえ。あの人は、自分の亭主や息子より、 お金が大事。亭主の親のわたしよりお金が大事なんですからねえ。あの人は商業主義ですよ」 「おかあさん、そんなことおっしやっちゃ : 優子はあわてた。北野が大きく手をふって、 「いや大丈夫、大丈夫。ばく藻岩に行っても、そんなこと言いませんからね、奥さん心配しな、 でください じゃ、おばあちゃん、そろそろ弘二君の帰る時間だから、向こうに行ってますから ね。辛くても我漫して、大事にしてくださいよ」

7. 裁きの家

博史の息子の清彦は、勉強は一番だという話だが、々。 少こむつつりとして、何のかわいげもない 中学の頃から、いつも手に教科書を持っている清彦だった。菓子も小遣いもふんだんに与えられ ている清彦には、祖母のクメが愛情を示してやる余地はなかった。 謙介の息子の修一も小さいときからクメになっかす、クメもまた修一を抱こうと巴ったことが なかった。それが、タンス一つ持たすに嫁いだ、親のない優子に対する自分の侮蔑のせいだとは、 クメは思いたくない。 ところが弘二だけはちがうような気がする。弘二は小さいときから、 「おばあちゃん、お小遣いちょうだい。おばあちゃん、何か食べたい」 と、クメの顔さえみれば、すぐにねだった。それがクメにはかわいかった。自分の好意を受け いれてくれるのは、この弘二一人のような気がする。物をやる相手がいる、やれば喜ぶ相手がい るということは、クメの大きな慰めだった。 「弘二、 、昨日の晩は何をしてたんだい。 どこへ行ってたんだい。おばあちゃん心配し 「うん、友だちとね。狸小路をぶらついたんだ。おばあちゃん五百円くれたろ。だからさ、友だ ちにソフトクリームを一つすっ食べさせたろう。それから、タイ焼きを二つずつ食べてさ。あの タイ焼きうまかったなあ。後はパチンコ屋で遊んでたんだよ」 「ふうん、そして五百円みんな使っちゃったのかい」 「冗談じゃないよ、ばく三百円しか使わなかったよ。。ハチンコ屋でキャラメル当ったしさ」 「お前、パチンコ屋なんて、子供が入ってもいいのかい」 いいか悪いか知らないけどさあ。入って叱られたこと一回もないよ。ねえ、おばあちゃん。ば

8. 裁きの家

「ああ、わたしの姪と、こちらの息子さんとが同級だとかって」 「まあ、そうでしたの。すてきなお嬢さんね」 滝江はニッコリと関子に笑いかけた。関子は立って。へコリと頭を下げた。 「あなた、何年生 ? なにか、お気に召したバッグがありました ? 」 関子は、 「ありません」 と答えて、そのまますわった。それは明らかに敵意を感じている少女らしいしぐさだった。 「まあ、それは残念。お気に召したのがあったら、さしあげましたのに」 どうぞごゆっくりと、吉井に挨拶して立ち去ろうとする時、再び滝江は鋭い一べつを優子にく れた 「それじゃそろそろ失礼しましようか」 謙介が立ち上がり、吉井も立ち上がった。弘二と関子が先に立ち、吉井と謙介が肩を並べた。 少しおくれてクメと優子が従った。 「肩がこりましたね」 クメが小声で言った。 家 の「うつかり、何も言えませんわね」 優子も、あいづちを打った。弘二が、ヌード写真を学校に持ち出していると聞いて、優子は、 目まいがするよ , つな思いた / ( こともあろうに、この人の前で : : : )

9. 裁きの家

、性格の穏和な兄を持っていることは、苦 たしかに、弘二にとって修一のような、成績のいし 痛かも知れない。自分だって、もし、自分より美貌の、万事に秀でた姉か妹を持っていたら、や はり嫉妬したかも知れないのだと、優子は思った。 しかし、だからといって、弘二のように劣等感に陥ってしまうことが正しいとも思われない 「弘二ちゃん、それはね、おにいちゃんは優等生よ。でもね、弘二ちゃんだっていいところがあ るじゃないの」 しいところなんか、ありはしないよ」 「ばくに、兄幽貝より、 「そんなことはないわ」 「どこき、、どこがいいの」 : ほら、スケートが上手よ。それに・ 「それに何さ、スケートだけじゃないか」 「人なつつこいでしょ ? おばあちゃんだって、かわいがってくれるじゃないの」 しいよ、おかあさん。ばくは万事、兄貴よりおそいんだ。ばくのガールフレンドだって、兄貴 ハンサムね、なんて をみたら、あら、あの人あんたのおにいさん ? はんとうのおにいさん ? さ、いやなことをいうんだ。どうして、ばくが兄貴で、兄貴がばくでなかったかって、腹が立づ 「そんな : 「これが赤の他人ならいいよ。同じ兄弟でもねえ、なんていわれると、全くやりきれないよ。 つか新聞でさ、代議士の息子が弟を殺したって、出てたでしよ。わかるな、あの気持」

10. 裁きの家

った。クメは自分と同じことをしているのだ。だがなぜか、それは同じことに思えなかった。同 、、ツキリとク じ行為が、なぜクメの場合だと許せないのか。ふしぎに思いながらも、優子は今ノ メの行為をんでさえいた。 「おかあさん、弘二の机の中はあけないことに約束をしてありますの」 咎めるように優子は言った。 「何を言ってるんですよ、優子さん。母親というものは、息子の机の中ぐらい、何が入っている のか調べてみるのが勤めというものですよ」 「でも : : : 約束なんですもの」 自分が既に、机の中を調べたことは、忘れたかのように優子は言った。 「何が約束です。弘二なんて、人と約束を守るような子じゃないですからね。平気で約束を破る 子と、何を約束したって無駄ですよ。そんな甘いことを言ってるから、ほら、この漫画の本にだ って、ヌードの写真をこんなにべタベタ貼ってるじゃありませんか」 「まあ」 突きつけられた漫画の本をみて、優子は息をのんだ。漫画の本とばかり思っていたそれらの雑 誌には、写真がべタベタ貼りつけられてあったのだ。 「いやらしい この写真 ! 」 クメのさし出した写真に、優子は思わす目をつぶった。 「みんな燃やしましよう、優子さん。これもみんなあんたの不注意からですよ」 「すみません」