じゃないでしようか」 「何を、笑ってらっしやるの」 「・ほくは、女性に対し、こんな気持ちになったの、はじ 「千夏さんの手ほど、美しい手を見たことがないんだ。 とうごうせいじ 東郷青児の絵を初めて見たとき、こんなきれいな女の手めてなんだ。それに仕事のこともあってね」 なんか、あるもんかと思ったんだが、目の前のあんたの「仕事と異性問題は、別にしなくちゃ」 手は、まさに東郷青児の絵の女とおんなじなんだ。男「茂呂は、関急の防戦についちゃ、何を考えているんだ が、女にある種の欲情を感じるきっかけは、人によってろう」 「着々、固めてるって、感じね」 まくは、どうやら、手に弱いらしい。 ちがうだろうがを 「たとえば : : : 」 あんたの手を見ていると、頭へ血がの・ほってくる」 「三木さんて、即物的なのね。私、恋愛の経験ほとんど「近いうちに、総会屋のクラス十人ばかりを、那須の ないんですけど、男性に二つのタイプがあるようだわ」浜尾社長の別荘へ連れていくらしいわ。夏枯れどきに、 「ぼくみたいに即物的に 、ハッスルするタイ。フと : : : 」陣営強化策ってところでしようよ」 「ほほう、那須へ十人 : : : で、いつなんです」 「情感というか、ム ] ドというか、そんなものから愛情 千夏は、三木の顔をみつめたまま、しばらく黙ってい が湧くタイプと : : : 」 たが、意を決したように口を開いた。 「茂呂逸平は、どっちのタイプなんです」 「明後日の十日、十一日の予定よ」 千夏は、さも驚いた様子で目をみはった。 「えつ、明後日 : : : 」 「先生は、。 こらんのとおりの白髪の老人 : : : 」 ふすま その時、襖の外で、コトリと小さな音がした。三木 「老人はひどすぎるようだな。五十五といえば今が働き は、鋭い目を襖に向けると、耳を澄ました。だれかがし ざかりだし : : : 」 「先生はあくまで先生よ。いくらなんでも私が : : : 」 る気配が感じられると、三木は、手をひろげ、黙ってい てくれーーというような動作を示し、襖に近づいた。何 「信用していいんだね」 「おかしいわ、三木さんたら。今夜は、どうかしてるん秒かの間、息を殺していたが、三木は、突然、襖を開け 133
を考えないときは、あんたが、かわいくてたまらない気せ、みどりの体にぶつかっていった。 持ちになって、胴ぶるいがしそうなんた。ふんぎりがっ 「私といっしょになってくれる ? 」 かないというのが本音さ」 荒々しい行為が終わったあとで、みどりがつぶやくよ みどりはおかしそうに笑った。 うに言った。 「赤岩さんて、正直でいいわね。それでよく、総会屋が 「きっと女房にするぜ」 っとまると思うくらいだわ。三木社長から逃げ出すつも赤岩は、真剣な気持ちで答えた。 りだと言ったでしよう。私、うそなんかっかないわ。赤 岩さんみたいにいい人を騙すなんて : : : 」 以上が、赤岩が酔った勢いで、茂呂に語ったあらまし まね みどりはそう言うと、赤岩を睨む真似をした。赤岩である。 は、夢をみているような気持ちになった。現実と夢幻の「夫婦約東をしたんだな」 けじめのつかない、ふわふわした気持ちだった。 茂呂が、眉間に縦皺を寄せてきいた。 赤岩は、手をのばすと、みどりの手を擱んだ。小さな「ま、そうなんで」 手だった。普通の女の手よりも、はるかに小さく、それ「近日中にはいるといった三木の大金、どうなったん が赤岩のたなごころの中で、生きもののようにうごめい た。赤岩は手を引き寄せた。みどりは、みずからの力「たぶん、もう三木の懐にはいったはずです。みどりは、 で、赤岩の膝の上に、体を投げかけてきた。赤岩は、み三木から百万円、もらってますから」 どりの首に左腕を回すと、唇を重ねた。右手は、はたけ「わかった。赤岩君、信濃町のアパート へ行ってやれ た胸もとから、すべりこませ、乳房をまさぐった。 よ。みどりさんが待ってるだろうから」 みどりは目をつむり、呼吸をあらげ、全身をこきざみ茂呂が言うと、赤岩は、出っ歯をむき出して笑い、何 にゆり動かした。久しく女体に触れていなかった赤岩は度も頭を下げて出ていった。 うっせき 体内に欝積したエネルギ 1 を狂気のようにほとばしら 180
「大和町から、東村山にかけた、百二十万坪のようでりなんか、擱めるかもしれないよ」 三木は、首をのばし、オフィスの片隅で、タイ・フを打 っている金森みどりの後ろ姿を眺め、声を落とした。み 「資金計画は ? 」 「やはり三星銀行から、九十億円、小きざみに借りる方どりとは別れ話が成立したが、手切金の三百万円は、わ ずかに三十万円払っただけで、今年じゅうに必ず清算す 針が決定した形跡です」 「経理係長が、飲み屋で、仲間としゃべっているわけだると、言いくるめたものの、寝返りを打ち、茂呂側と通 謀する心配があったからである。 「そうです。第一回の借入れが、どうやら今月下句のも「なんですか、・ほくにできることならやらしてくださ ようです。額は、わかりませんが、十億前後 : : : 」 「浦辺君、その聞き込みだけじゃ、手の打ちょうがない 浦辺は、勢いこんでしゃべった。三木が、手を広げ、 な。三星に手を回して、確実なところを擱まにや : ・ : 」「声が高い」というようなゼスチャーを示した。 三木は、目をつむって考えこんだ。 「やるか。のるかそるかの勝負だな」 「社長、確実なところというと、何日にいくら貸すとい 三木は、自分に言いきかせるように、低い声で言う うことですか」 と、一人で頷いていた。 「その前の段階で、融資の交渉が、どこまで進んでいる 一時間ばかりすると、三木は、銀座の三雲ビルの角田 かということだな。月の下句ごろ、金を出すということ法律事務所を訪ねた。 いつわ は、目下、話がすすんでいるのかもしれないな」 「先生、うちの社員を、身分を偽って、ある会社へ乗り 「社長、いったい、どんな手を考えているんですか」 込ませ、経理の裏を、聞き出したいと思ってるんです 「まあ、まてよ。銀行というところは、融資の申込みが が、もし、ばれた場合のことを考え、ご意見をうかがっ あると、相手の会社の業務計画や、資金繰り状況を調べておきたいと思ったわけなんです」 るものなんだ。うまくやれば、あんがい、経理のからく三木は、角田と向き合うと、いきなり用件をきり出し 143
子で、三木のなすがままに任せていた。三木は、唇がし手切金の残金については、あと五十万円もやって、 びれるまで、そうしていたが、やがて、静かに千夏の体ざこざなく、辞めさせたいと考えていた。三木は、みど りがいつなんどき、茂呂の手に落ちるかもしれない不安 を、畳の上に横たえた。 三木は、千夏の浴衣の胸をはだけ、やわらかい小さながあったので、手切金の全額を払わず、金で釣っておい 乳頭を、手の先でもてあそんだ。千夏は、それだけで四たのである。 したがって、関急の源田から、三千万円の大金を受け 肢を強ばらせ、詰まったうめきをあげていった。 三木のうずきは、波打ちだし、狂暴なまでに、千夏の取った後、三人の配下には、それそれ二十万円ずつ特別 体を責めさいなんだ。女の白い肌が、螢光灯の光にさら賞与を出したが、「金森には内緒だそ」と言って、ロど され、四肢が光を乱しながら、青畳にのた打ちだしめしておいた。 〈みどりなんて女は、ろくでもないやつだ。千夏のほう 狂乱の時間がすぎた。 が、はるかに女らしいものを持っている。ロの利き方、 「千夏さん、ゆるしてくれ、ぼくは、あんたが好きなん動作を見てると、千夏は、インテリらしい堅い感じがす るが、抱いたときは、女の持っ弱さを、出しきってい 三木は、千夏の頬に、自分の頬を当てがいながら言っ た。なんとみずみずしい女だろう〉 たが、心の中では、〈千夏は処女ではなかった。・、、 カ千そう思うと、三木は、みどりの顔を見ただけで腹が立 夏はおれの女になった。これでアサヒ石油との戦いも、 ってきた。 勝ったそ〉と思い、冷たい笑いを浮かべていた。 「みどりちゃん、どうだい、あと五十万円でけりをつけ ようじゃないか。あんただって、いつまでここにいナ て、おもしろくないだろうし、この辺できまりをつけた 三木は、金森みどりに対し、三百万円の手切金のうほうが、双方にとって、得策じゃないのかね」 三木は、三人の配下が、アサヒ石油の内偵のため出払 ち、最初の三十万円のほか、百万円を払った。
放った。 女中頭のお松が、お盆を片手に、飛石伝いに行きかけ 三木は、結局、千夏を抱くこともせず、阿佐ヶ谷の自 「お松つあん」 宅までおくった。もし、お松の立ち聞きがなかったら、 三木は、声をかけると、その後ろまで駆け寄った。 と田う 何かのはすみで、千夏を抱けたかもしれない 「何かご用でも : : : 」 お松と呼ばれた中年の女が振り向くと、ゆがんだ笑顔と、惜しい気がした。 を見せた。三木は、女の表情から、あやしいものを感じ暗い住宅街で、千夏が自動車からおりるとき、進んで 手を差しのべた。三木は、その手を握りながら、千夏の 取ると、いきなり、肩のあたりを擱んだ。 心の動向を、さぐり当てたような気がした。それは、三 「あんた、立ち聞きしてたな」 三木は、擱んた腕を引き寄せた。お松の目尻の下がっ木自身の欲望が生んだ虚像だったかもしれぬ。しかし、 かん 三木は女に関しても、自分の勘を信じる男たった。が、 た目に、今にも、泣きだしそうな気配が感じられた。 千夏は、暗がりの中で花が音もなく開くように、かすか 「おい、言ってみろ。だれに頼まれたんだ」 な笑みを浮かべると、手を引っ込めた。 三木は、お松の顔へ、噛みつくような声をあびせた。 たもと お松は、大きな口を堅く結び、涙を滲ませ、体を震わせ千夏の和服姿が、袂をひるがえし、引戸の中へ消える ていた。 と、三木は、千駄ヶ谷へ向かって車を走らせた。時計を 見ると、九時を指していた。 「茂呂逸平たな。そうだろ」 がいえん 千駄ヶ谷駅前広場から、原宿へ向かった。外苑中学校 三木は、両手でお松の襟もとを締め上げた。その時、 の前を右折すると、樹木の多い屋敷街に出た。大谷石を 「およしなさいませ。おとなげないじゃありませんか」 と、後ろから千夏の声がした。三木は、お松から手を離めぐらした大きな邸宅があった。三木は、その前で車を し、振り向いた。千夏の白い顔が、やわらかく笑ってい止めると、門柱を見上げた。白い瀬戸物の表札に、大久 134
「というと、むりやりに広告を取られたんですかね」 会社から出るのは、ぼくだけだ。で、あんたいっしょに い「て、いろいろ準備をしてもらいたい。別荘には、社「むりやりというわけでもないんですよ」 「で、いくら出したんです ? 」 長の奥さんと、お孫さんたちがいってるようだから、・ほ 「たしか、五十万でした : : : 」 くといっしよと言っても、心配はいらんと思うが : : : 」 茂呂は、宇津木のあいまいな態度から、会社のほう 茂呂は、千夏の顔を撫でるように眺めた。 で、手を差しのべたものと判断した。 「はあ、参りますわ」 なかやま えどばし 千夏は、右頬のえく・ほをく・ほませ、白い歯をちらりと江戸橋ぎわの、極東精塘では、中山社長に会 0 た。三 十八歳の二代目社長の中山は、茂呂の質問に、なかなか みせた。 「十二日の朝、お客さんたちを発たせる予定だから、そ答えようとせず、話をそらそうとした。 「社長、どうなんです ? 三木忠男と手を組んだんです したら、奥日光でも回ってきたいと思ってるが : : : 」 か」 「すてきですわ。・せひ : : : 」 白い顔から、なまめいた愛敬がこぼれ落ちた。茂呂「敵を作りたくなかっただけですよ」 は、千夏の肩を軽く叩くと、外へ出た。会社の自動車を「社長がすすんで手を握ったんですか」 「いや、向こうから来たんです : : : 」 出させると、まず、日本橋の日新貿易へとばした。 三階の役員室へ顔を出したが、社長は不在だった。専茂呂は、憤然とした表情で社長室を出た。 築地の関東建設では、経理部長の岡義雄に会った。 務の宇津木が、愛想よく茂呂を迎えてくれた。 「宇津木さん、つかぬことを聞くようだが、日新貿易じ「三木さんが、やって来ましたんで、びつくりしたんで や「財界新論』におっきあいをさせられたんですかね」す。何かやられやしないかと思いましてな。社長に相談 茂呂が聞くと、宇津木は、禿げた頭を手で撫で上げてしたら、社長は自分で会うと言われたんです。広告料 は、百万円出しときました。なにしろ、三木さんは、爆 から、明きらかにとまどった表情を示した。 弾みたいな男ですからな」 「やむをえませんので : : : 」 102
「五十万のことですか」 「少ないか」 っ ! きりゅうご 三木が、西北電鉄の社長権竜吾に会ったのは、前月の 「私は、社長以外の男性を知らなかったのよ」 末である。大洋通運の総会における、三木の突っ込み 「百かい」 が、流会のうき目を与えたことは、椿も耳に入れている 「三年間よ」 はずだった。三木は、その好期をとらえ、紹介状も持た 「きみは、おれを恐喝するのか」 ず、西北電鉄の本社を訪ね、椿社長に面会を求めた。玄 「まさか、社長が私みたいな女に : : : 三百万ください。 関払いを食わせられることはないだろうと、三木は自信 一年百万とすれば、それでも安いと思うの」 三木は、答えず、みどりをみつめた。うつかりしてるを持っていた。 三、四十坪もあると思えるような、応接間で、三木は と、各社から入金のつど、この女にビンハネをやられる 椿竜吾に会った。まだ四十代と見える若さで、どこかに かもしれないと思った。 おんそっし 「月給五万二千円、手切金三百万円で手を打つわ。もち御曹子らしいゆったりした気品が感じられた。 たばこを持つ手も、女のように白く、ふつくらとやわ ろん、たれにも情報を洩らすことはしないし、社長が、 石渡千夏と、どんな関係になろうとも、おかまいなしらかく見えたし、涼しげに微笑を送る目鼻も、歌舞伎役 よ。おまけに、仕事ならなんでもするわ。ス。 ( イだって者のように、美しかった。 「三木忠男さんですね。あなたのお名前は、前々から耳 尾行たって : : : でも、泥棒たけはごめんだわ」 にしていました。先日、関急電鉄の総会で、三木さん みどりは、ケラケラと笑いだした。屈託のない、明か が、固定資産の評価問題で食い下がり、西生田、矢野 るい笑いたった。 ロ、町田地区の二十一万四千坪について、はげしく切り 「わかった。全部要求をのもう」 三木は、みどりの。ほってりした手を握ったが、黒水仙込まれたことを聞いて、同士のような親近感さえ、感じ ていたところです」 で待っている新平の顔を、頭の中で追いかけていた。 124
るのはいやだわ」 はなぜ、おれの秘密を知っているのだろう〉三木は、 千夏は、三木を見おろしながら、叫ぶように言った。 」ななく手で杯をんた。 「・ほくがわるかった。ふだん、あまり飲めない酒に酔っ 「千夏さん、どうしてそれを : : : 」 「私も、三木さんに興味を持ちましたので、いろいろとたようだ。かんべんしてください」 三木は、千夏の心の動きをおそれながら、ペこりと頭 三木は、杯を二、三杯、干しながら考えた。〈おれとを下げた。 レたことが、なんと手ぬるい回り道をしているんだろ千夏は、そういう三木を冷然と見つめていたが、やが 。女はねじ伏せればいいんだ。それで男が勝つんだ〉てがらりと調子を変えた事務的な口調で言った。「三木 一木は、突然、立ち上がると、身軽にテーブルを飛び越さん、私、取材費のたた取りはきらいよ。だから、いた んた。千夏の右側に立ったとき、三木の両腕が、彼女のだいたお金の対価たけは、お払いします。アサヒ石汕が しずおかしみず 幾年も無配をつづけてきた理由は、静岡県清水に、石油 一つの乳房を押さえこんだ。 千夏が、その手をもぎ取ろうとした。三木は、千夏のコンビナートを造る計画があるからなんです。資本金 ル」′ノ・ルし ふともも 津を抱き倒した。スカートがめくれ、太腿があらわにな七十五億円で、東海石油株式会社を設立する計画が進ん ' た。が、次の瞬間、三木は、右手首に激痛を感じ、手でいますの。つまり、日本の石油業界が、アサヒ石油の 画離した。千夏が、手首に噛みついたからである。千夏油に難癖をつけ、値段を叩いてくるので、浜尾社長 とび起きた。 も、それならこちらで、自分の会社の石油を原料にし 「三木さん、暴力は男らしくないわ。私だって女よ。好て、石油化学工業を起こしてみせるーーというわけなん を持っている男性から、愛の言葉をささやかれれば、 が熱くなることだってありますわ。でも、三木さんと 三木は立ち上がると、千夏の手を掴んだ。 〔は、まだ、そこまでいってないと思うのよ。それには「千夏さん、それ、ほんとうですね」 間がかかるはずよ。突然、猛獣みたいに襲いかかられ「資本金七十五億のうち、六十パーセントの四十五億円 なんくせ
百万坪ばかりの土地を買収、宅地をこしらえようとして 椿が口をきいた。 、るんだ。この計画は西北電鉄へ攻撃をかけるためらし 「三木さん、書面なりなんなり、物を持ってきてくれまし 。末端の社員たちの噂にのぼっているくらいだから、 せんか。高く買いましよう。それから、さっきお話ししい た広告料の件、宣伝課のほうへ伝えておきますから、おおそらく、重役会の決定はすんでるはずだ。とすると、 何かの書類が、会社にあると思う。計画書とか、そのた 宅の社員をよこしてください」 椿は、立ち上がると、 = 一木の手を強く握 0 た。三木めの資金計画案、あるいは土地の青写真とか、何か一つ が、新平をそそのかし、宅地造成計画書を盗ませようと手に入れたいんだが」 「そうすると、盗んでくるんだな」 した作戦は、こうして決意されたのである。 新平は、三日おきぐらいに、三木の事務所へ顔を出し「盗むのはいかんよ。社員を騙す手もあるし、リコ。ヒー ていた。来ると、三十分間くらい、むだ話をして帰ってをこしらえる女子社員を手なずけて、一枚もらってくる 方法も : : : 」 いく。浦辺とは、特に親しく口をきき、金森みどりに、 きようさ 冗談口を叩いたりした。ことに大洋通運で、別途積立金三木は、自分が窃盗教唆罪に問われるのを警戒して、 ことさら、「盗むのはいかん」と言ったのである。 の秘密を盗むとき、消防士に化け、一役買ってから、三 「ヤパイ仕事のようたが」 木事務所の者と親しさを増したようだった。 「もちろん、ぼくだって、ただでそれを新平君から、受 三木は、西北の椿社長と会った翌日、新平と事務所で け取るつもりじゃない。二十万や三十万は出す腹だ」 出会った。 「いい山だ。やってみましよう」 「新平君、仕事があるんだが」 三木は、新平のポロシャツの肩を軽く叩きながら、顔この話があってから四日たった。三木は、自分の留守 中、新平が訪ねてきて、「今夜九時、新宿の黒水仙」と をくつつけるくらい近づけ、低い声でささやいた。 いう連絡を、みどりから聞いたのである。 「仕事って : : : 」 とうとっ 三木は、唐突なみどりの別れ話に、一時は驚いたが、 「実は、関急電鉄が、立川から狭山にかけての田園に、 127
ぎんに挨拶した。三木は、かって知った足取りで、千夏化が現われず、平気で杯をあけていた。 とともに、奥へ進んだ。廊下のはずれで、いったん、庭「千夏さん、あなたとお会いするのは、これで六度目、 もうをうちく 下駄に履き替え、飛石伝いに進むと、孟宗竹に囲まれた ぼくは、だんだんあなたにひかれていく自分をどうしょ 離れ座敷へ出た。 うもないんです」 とう、つ , ノ 那智の黒石を敷きつめた入口。足元燈籠がぼんやりし 三木が、生ましめぶりをよそおい、おずおすした語調 できりだした。 た光を放ち、歯朶の繁りが、打ち水で光っていた。 玄関が三畳の間、次が六畳の間になっていて、竹の床「三木さんほどの人物が : : : 」 だいとくじ 千夏は、ロもとに手をあてがい、声を忍ばせて笑った。 柱の奥に、大徳寺のものらしい五言絶句の茶掛けが下が っている。床には、むらさき色の濃い、鉄線花が一輪、 「ぼくは一介の雑誌屋ですよ。これからなんとか世に出 たいともがいている小僧っ子です。もちろん、三十八歳 青磁のつる首にいけてある。 力あなたほ お茶とお菓子が出ると、まもなく女中が、酒肴をととの今日まで、何人かの女性を知りました。 : 、 のえた。三木が、千夏の杯に酌をしようとすると、千夏どの女性にお目にかかったことはありません」 の手がのびて、三木の手を押さえた。あたたかなやわらか「まあ、おロのおじようすなこと」 はず 「いや、ほんとです。あなたさえ承知してくれれば、妻 い手だった。一瞬、三木は、千夏の裸の弾みを想像した。 千夏は、三木の杯に酌をすると、自分の杯にも注いだ。 と別れてもーーーと思っていますが」 かけひ 懸樋の水が、気の遠くなるような音をつづけているだけ「三木さん、そんなこと、おできになるひとじやござい ませんでしよ。八重夫人は、東西映画の大林社長さんか で、都会の騒音から隔絶されたしじまがあるだけだった。 三木は、おもしろおかしく世間話をしながら、千夏をら、お名ざしで、おもらいになった奥さんじやございま 観察していた。三木は、あまり酒が飲めないたちたったせんか」 ので、二人で三本の銚子をあけたころ、酔いがまわって千夏は、上目で三木を睨むまねをしながら杯をあけ くるのを意識しだした。 : 、 カ千夏の顔は、いっこうに変た。三木は、一瞬、息を殺し、千夏をみつめた。〈この こんにち