从芻した。 れ、ほんとうにいやになったからですの。三木さんの英 十月の初め、茂呂は宮内総務部長から、三木事務所の語演説も、社長が計画した作戦だったんです」 」原登が来訪し、広告料を要求したが、いったん、居留「ほほう。三木の英語演説まで : : : 」 ようかん 斗を使って帰ってもらった。あすの十時に、もう一度、 茂呂は、吸いかけのたばこを、羊羮の上にねじ消すほ = 社へ来ると聞いたとき、上原逮捕の作戦を思いつい どびつくりした。 」。すると、宮内総務部長が、 「先生、アサヒ石油が、アラビア政府に、総売上高の五 「この話は、社長さんに報告してあります。社長は、日 こ存じ ーセントの領海使用料を、払っていることは、・ ル谷署へ連絡をとったらいいだろうーーと申しておりまでございましよう」 「年間の売上げが、三百五十億円以上だから、毎年十七 、報告した。茂呂が、日比谷警察の捜査係長を訪ね、億五千万円以上の金を払っているわけだな。会社の一年・ 亠原が広告料を強要してきたが、あす、もう一度会うこ月 Ⅲの収益が、二十億円そこそこだったから、率にすれ U になっているが , ーーと話したとき、捜査係長は、茂呂ば、収益の九十パーセント近くにもなる。なるほど、領 ) 話を全部聞き終わらぬうちに、二つ返事で、「逮捕し海使用料は、アサヒ石油にとって、痛い金だね」 よしよう」と言ってくれた。 「ところが、五人の外人重役は、まるで税務署の役人の 茂呂は、そのとき、〈警察官はのみ込みが早い〉と思ように、会社の売上げを調べ、全然、ごまかす余地がな 一たのだが、千夏の言葉を聞けば、すべては浜尾社長かったのです。どこの会社でも、多少の裏があって、売 段取りをととのえていたものとわかったのである。 上げ額を、適当に減らしているようですが、アサヒ石油 「浜尾の人物を、いまさらのように見直したよ。やり手の場合は、これがまったくできなかったのです。 すごうで 」あることは承知していたが、凄腕たな」 株式六千万株のうち、一千万株をアラビア政府が持っ 「先生、私、何もかも洗いざらい中し上げる気になりまているだけで、重箱のすみをほじくるように、売上げに レたのは、社長の人間の裏側を、まざまざと見せつけら目を光らせられていたんでは、会社としても動きがとれ 252
「こんちわ。サンエス金庫からきました。経理部のロッき、うちの会社へ、お立ち寄りになり、あすじゅうに カーの鍵を直しにきたんですが、部屋は、どちらなんでは、まちがいなく直しとくようにと言われ、この名刺を しようか」 置いていかれたんです」 小太りの男が、帽子をとって、ペコリと頭を下げた。 小太りの男が、もみ手をしながら言った。浅見は答え 鼻下に髭をたくわえた、白髪頭の大男が、窓口に寄ってず、三畳の畳敷で、心配そうに眺めている相棒のところ きた。 へもどり、小声で相談をしていた。小太りの男と、美男 なまつば 「なんだって、経理部のロッカーの鍵だって、そんなこ型の男が顔を見合わせ、生唾を飲みこんだ・ 浅見がもどってきた。 とは聞いとらんよ」 「わしらは、なんにも聞いてないんで、せつかくだが帰 守衛はロをとがらせ、つつけんどんな言い方をした。 あさみ 「失礼ですが、守衛長の浅見さんでしようか。徳山経理ってもらいたいな。責任問題になると困るからね」 浅見は腕組みすると、二人の顔を交互に見まわした。 部長から、依頼状を持ってました。これですが」 小太りの男は、ポケットから、大洋通連株式会社常務美男型の男が、とっさに脇の引戸をあけ、中へはいっ た。男は、ズックの袋の中から、新しい鍵を三個取り出 取締経理部長、徳山武行と印刷された名刺を取り出し、 窓枠の上にのせた。名前の下に、徳山の印鑑が押してあすと、畳の上に置いた。 り、余白に ぼくの部屋のロッカー三本の鍵を、至急「守衛長さん、うちの社長は、徳山経理部長さんと、長 しばにしくぼともえ 取り変えるため、あす、サンエス金庫の者が参るから、年のゴルフ友だちなんです。うちの会社は、芝西久保巴 ちょう よろしくたのみますーーと、万年筆で書いてあった。 町の電車通りにあるんで、部長さんは、芝公園のゴルフ 浅見守衛長は、名刺と二人の顔を見くらべてから、机の練習場へ出かけるとき、うちの社長を誘うため、ちょ 、ちょい寄っているくらいです」 の上の電話のダイヤルを、回そうとした。 「徳山経理部長さんなら、きようは、社長と箱根のゴル美男型の男が、しゃべっていると、小太りの男が、は 7 ってきて口をはさんだ。 フ場へ出かけて宿守ですよ。きのうの午後、出かけるとい はこね
議長が、喉にからんだ声で、「どうそ」と言って、三 ろうか。ちょうどいいあんばいだ。茂呂さえいなければ、 木に発言をゆるした。脇村会長とささやき合っていた浜 おれの一人舞台だ。おもしろいことになりそうだそ〉 三木は、笑いを噛み殺した。そのとき、進行係が、「尾が、はじかれたように上体を起こし、三白眼を三木に かとうたけいち イクを通じ、開会を告けた。副社長の加藤武市が、議長向けた。 席についた。十数名の重役連が、いずれも強ば 0 た表情「私は、たたいま、ご説明をうけた決算報告について、 で、ならんでいる。社長の浜尾五郎は、取締役会会長協大きな疑問を抱いております。ご列席の株主諸君は、は 村多吉と、議長の隣りにすわり、しきりにささやき合 0 たして会社の決算について、調査をされたのでしよう ている。その右隣りに、一見してアラビア人とわかる外か。会社側が作成した数字を鵜のみにして、いたずらに 異議なし、賛成を繰り返していては、株主大衆の利益 人重役が五人、胸を反らしていた。 くらやみ 議長が、型どおり、経理部長の田中俊治に、決算報告が、暗闇に葬り去られる危険が : : : 」 書の説明をやらせた。田中は、十五分ほどかけて、手慣三木が、演説を進めていると、場内は、たちまち騒音 れた調子で、数字の説明を終えた。もちろん、三木がのるつぼと化してきた。 んだ、貸付金、未収金、仮払金については、表面どおり「引っ込め」 「でたらめを言うな」 の説明があっただけだった。 「持株を売っちまえ」 「異議なし」 「雑誌ゴロめ」 「賛成い」 「ばかやろう」 の声が乱れとんた。 その騒音が静ま 0 た瞬間をとらえ、三木は、「二百九と、いすれも総会屋とわかる男が、やじをとばした。そ の合い間を縫って、 十一番、異議あり」と、よくとおる声で発言を求めた。 とたんに、場内に無気味な静寂がみなぎり、ついで、ざ「演説を進めろ」 「騒ぐな、静まれ」 わめきが起こった。 つど
「徳山さんは、部長室のロッカーの鍵を、えらく気にしと、後ろに近づいた守衛の一人が、浅見に声をかけた。 、 8 ておられましてね。合鍵で開くような鍵じゃ困るからと浅見の表情がゆるみ、「じゃあ、そうするか」と言って 7 心配しておられたんですよ。株主総会が近づき、いろん黄色い歯をみせた。 二人の男は、浅見に連れられて四階まで、階段をの・ほ なやつが会社の経理の秘密をぎとろうと、うろっき回 った。「経理部」と袖看板の出ている前までくると、浅 ってるそうです。会社は昼間の時間は、だれでも自由に 出入りができるし、いつなんどき、ロッカーを合鍵で開見がドアの鍵を開けた。広い部屋に、三つの課の机がな けられるかもしれない。だから、きようの日曜のうちに、 らび、窓ガラスから陽が射し込み、なっとするような空 三本のロッカーの鍵を、合鍵が使えない鍵に取りかえて気がよどんでいた。 おけと、厳重に言われたわけなんです」 この部屋の右手の奥が、経理部長の部屋だった。浅見 浅見は、困惑したような表情で、相棒をかえりみた。 は、部長室へはいると、窓を開けた。カーテンがはため 美男型の男が、追いうちをかけるように、まくし立てき、風が流れてきた。浅見は、部長の回転椅子に腰をお ろすと、たばこに火をつけ、「さあ、どうぞおやんなさ 「守衛長さん、もし、お疑いがあるなら、一時間たらずい」と言って二人を眺めた。 二人は、壁の前にならんでいる三本のロッカーをにら で、取付けが終わりますから、そばで見張ってれば、し いじゃないですか。私たちだって、せつかくここまで仕むと、合鍵で扉を開けた。美男型の男が、鼻唄をうたい 度をして出てきて、はいそうですかと言って、帰るわけながら、開けた扉に、新しい鍵をあてがい、寸法を調べ だした。 いきませんよ」 美男型の男はそう言うと、浅見の肩を軽く叩き、刈り「守衛長さん、いま開けたのは、合鍵ですよ。こう簡単 に開いたんじゃ、徳山さんが心配なさるのも、当たり前 立ての職人刈りの頭を、二、三度つづけて下げた。 「浅見さん、一時間なら、三十分ずつ、わしらが交替でですね」 見張ってれば、、、 じゃないかね」 小太りの男が、浅見に軽口をたたきながら、ロッカー
社長に身売りしたほうが、あんたのためにもあたしのた めにもなるとね。だからなのよ」 赤岩は、みどりの笑い顔に大きく頷いた。 三木の三人の配下は、それそれ知恵をしぼり、アサヒ 「三木さん、みどりさんの言うとおりなんだが。私とし石油の内偵を続けていた。当初は、上原登がアサヒ石油 ては、なかなか、ふんぎりがっかんで、いつもみどりさんを、佐伯賛治が大洋通運を、浦辺守一が関急を分担し、 と、言い合いをしてたわけなんです。けど、ここまでく聞き込みに回り、あるいは潜入したりして、情報を集めて りや、五十歩百歩。三木さん、味方になってもいいんだ 。が、大洋も関急も陥落させてしまった現在では、 が」 上原担当のアサヒ石油だけが残ってしまったわけだ。 「どうやら二人の腹ん中は読めたよ。ところで茂呂のほ 上原はあせった。 うじゃ、十二月の総会に備え、どんな対策を立てている 上原は、三人の中ではいちばん年長だったし、給料も んだね」 他の二人より、一万円だけ上まわっていた。会社のよう に、部長、課長、係長というような階級はなかったが、 三木が、赤岩の腹の中を見きわめるため聞きだすと、 みどりが、手を広げて、赤岩の発言をおさえた。 それでも、上原は、佐伯や浦辺から、「上原さん」と呼 「だめよ。まだ、取引きはすんでないでしよ。ただで情ばれていた。上原は、二人を「きみ」と呼んでいたの 報を売ることになるわ」 で、おのずから目上と目下という関係が生まれていた。 三木は、苦笑を噛み殺した。 三木社長に対する財界の評価が、日増しに高まり、収 「ここまで踏みこみ、後ろを見せるのもどうかと思う入も増えていくにつれ、上原は、〈これでやっと、生活 あと よ。決めたよ。百万出そうじゃないか。みどりの後金ものメドがついた〉と思った。 上原は、医科大学を中退した医者くずれだった。三木 三木は、小切手帳を取り出した。 に拾われるまでは、文字どおり食うや食わずの、苦しい 生活を経験してきた。保険の外交員、薬品プローカー 200
「裏金利を稼ぐのが目的でした。会社としても、表に出収の見込みがないというわけじゃない。半年さきになれ せない金が出るもんですから、こうした方法をとったわば、市況も回復するし、二社とも、鋭意、努力しとるわ幻 ゅうしん けじゃ。そこで、わしの腹としては、三星銀行、友信銀 けです」 「五億六千七百万円の裏金利ははいったが、かんじんの行、第五銀行から、十五億円ずつ借り人れ、穴を埋め、 ともかくも東海石油をこしらえる腹なんじゃ。ま、こっ 元金が戻らんというわけだね」 ちのほうは、なんとかなるメドもついておるんじゃ。た 「そういうわけです」 が、問題は、十二月二日の総会だ。六月の総会で、三本 茂呂は、目をつむり、何かを考えている様子だった。 忠男が、だいぶ噛みついてきよったし、上原とかいう社 総務部長の宮内が、ロをはさんだ。 「会社としては、内々、顧問弁護士と相談し、調べても員をぶちこんでおるんで、死にもの狂いで、三木が報復 らったのですが、製紙業界が不況のため、担保権を実行手段をとることが予想される。そこんところの、見とお しは、どうなんじやろう」 しても、ほとんど、効果がないことがわかりました」 つよ 「ということは、担保に取った物件が、貸金に相当する浜尾は、しゃべりながら、隙間だらけの歯の間から をとばしていた。 だけの価値がないというわけだな」 茂呂は、目をぎよろりと光らせた。無価値な物件を担「三木が、奥羽製紙と東洋パルプへ潜人しているかどう ・ほくには、わかっちゃいない。が、少なくとも、う 保に取り、大金を貸し付け、これを焦げつかせたとすれか、 ば、社長以下、担当者の背任罪を構成するので、三木忠ちの会社に関するかぎりは、心配ないと思っとります。 男に嗅ぎつかれたら、たいへんなことになると思い、目問題は、二社から秘密が洩れた場合ですな」 田中経理部長が、眉をくもらせて口をはさんだ。 を光らせたのた。 いわて 「先般、奥羽の経理部長が岩手から上京してきましたお 浜尾が、しわがれた声を出した。 り、貸付金は極秘だから、絶対に社外に洩らさないよう 「茂呂君、そこなんだよ。わしとしても、会社のため、 よかれと思い、貸付をしたわけさ。しかし、全然、回に注意してくれと頼んでおきました。ところが、きの
「広告料をもらいに、アサヒ石油の総務課へ出かけ、き 角田は、そう言うと、あわてて部屋を出ていった。 警察官が、犯罪容疑者を逮捕すると、まず被疑者に対のうはまず、課長と会いました。総務部長が不在だった し、「弁護士をつけることができるが、だれか知ってるんで、きようまた、午前十時に出かけたんです」 弁護士でもいるのか」と聞くことになっている。これ「で、だれとだれが相手だ」 は、刑事訴訟法で定められた、捜査の段階における被疑「話し相手は宮内部長でしたが、課長は、遠くはなれ て、私たちの様子を見てたんです」 者の弁護権があるからである。 デカ長根津弥之助が、調べに当たったとき、上原に弁「脅かしたんか」 護士をどうするかと聞いたので、上原は、自宅へ電話で「宮内が、小馬鹿にした態度で、五万ぐらいなら出そう 逮捕の事実を知らせたのだ。上原としては、妻へ知らせと言ったんで、腹が立って : : : 」 れば、三木社長と連絡をとり、角田弁護士を頼んでくれ「なんと言ったんか」 「三木忠男を知らんか。十二月の総会で、三木が一声吠 るものと判断したのである。 角田は、日比谷署の捜査係へ出向くと、「上原登の弁えたら、総会はつぶれちまうそと、どなったんです」 護人選任届をとるため、会わしていただきたい」と、中「金をとったか」 し出た。根津巡査部長が席を立っと、太い眉毛の間に深「結局、宮内は、いったん部屋を出ると、百万円の小切 い皺をきざんで角田に近寄った。根津としては、弁護士手を持ってきたんです。・ほくは、領収書を渡しました」 の来訪が、あまりにも早すぎたので、渋面を作ったのか「どなったのがいけない」 もしれない。 「先生、ぼくがエレベーターでおりてくるとき、その中 角田は、狭い接見室で、上原に会った。 に茂呂逸平がいたんです。全部、テープで録音してある 「何をやったんだね。社長が心配してとんできたんだ」と言ったんで、てつきり罠にはまったと感づきました。 角田は、まん中の金網に額をくつつけるようにして、玄関の広場に、日比谷署の刑事が二人、待っていて、逮 声を沈めた。 捕されちまったんです。先生、・ほくはどうなるんでしょ 207
ると思うか。分割にしてやろう。とりあえず、百万円出この取引きは、、 しちおうの成功を納めたと思った。 したらどうだ」 エレベーターでおりるとき、後ろから、軽く肩を叩か 「なんとか、お許しを : : : 」 れた。振り向くと、見覚えのある茂呂逸平の顔が、笑っ 「と・ほけるな。あんたの一存じゃ、まかなえんと言うなていた。 ら、ここで待とうじゃないか。すぐ行って、社長の決裁 上原は、目のやり場にとまどいながら、「どうも」と、 をもらったらどうだ。三木忠男の雑誌の広告料だと言えとってつけたような挨拶をした。 ば、浜尾社長も、二つ返事で承知するはずた」 「玄関まで送りましよう。せつかく三木忠男君の名代で 宮内は、最初の横柄な態度とはうって変わり、何度も来られたようだから、敬意を表する意味でな」 頭を下げると、谷口といっしょに部屋を出ていった。 そう言うと、茂呂が、今度は大口を開けて笑いだし 上原は、長い間待たされた。何度も腕時計をのそい た。上原は、〈ばかにしたやつだ〉と腹を立てた。エレ た。ちょうど三十分たったころ、宮内部長が、一人で戻・ヘ 1 ターが、一階へ止まった。 ってきた。 上原は、大股でとび出そうとした。 「あいにく社長が不在でして、やむなく、私の一存で、 「上原さん、そう急ぎなさんな。三階の応接じゃ、だ、 とりあえず百万だけ、おっきあいさせていただきます。 ぶ派手に、宮内部長をおどかしましたな。録音テープが 総務部長としては、三木忠男先生に睨まれますと、総会仕掛けてあったんで、全部、聞きましたよ。百万円の恐 の運営ができなくなりますんで : : : お帰りになりました喝じゃ、一「三年、刑務所へはいってもらうことになり ら、どうそ三木先生に、よろしくお伝えねがいあげまそうだな。三木社長の共犯も、まぬがれないだろう」 上原は、後ろから、冷水をあびせられるような思い で、茂呂の声を聞いた。そのとき、目つきの鋭い中年の 宮内は、百万円の小切手を、震える手つきで上原の前 男と、頭の禿げた初老の男が、上原に近寄ってきた。 へ差し出した。上原は、ちらりと額面の数字を睨むと、 「上原登だな。百万円の恐喝容疑で、現行犯で逮捕す 領収書に百万円と書きこんで、宮内に渡した。上原は、 205
とだった。少額の借入れなら、調査部がつねに集めてい こちらへ」 清水は、何度も頭を下げながら、二人を左手の応接室る資料と、会社から出された、事業計算書、返済計算書 などを、書面で審査すればよかった。 へ案内した。おし・ほりと、冷たい紅茶が出た。 関急としても、九十億円の借入れは、前例がなかった 「経理部長は、あいにく、本日は出張しとりまして、申 しわけありませんが、私から、お答えさせていただきまし、直接、本店の審査部員が、来訪したことはなか 0 た のである。 清水は、名刺を出した。関急電鉄株式会社経理課長清二人は、紅茶を飲んでから、数分、当たらずさわらず まっさふろう の雑談をしていた。 水松三郎と書いてあった。 「課長さん、うちの銀行としては、宅地造成計画の資金 「いや、部長さんにお会いしなくとも、結構なんです。 を、お貸しする方針は決めておるんですが、ただ、返済 三日ほど前、うちの杉下が、こちらへ上がりまして、 ろいろおうかがいしておりますから、きようは、簡単な計画について、二点ばかり確かめておきたいことがあり ますから : : : 」 ことだけなんですから」 上原はやわらかな態度で言うと、三星銀行本店、審査上原は、たばこをつまみながら、静かにきり出した。 部第一課太田正雄という名刺を出した。浦辺は、名刺を「はあ、うちの部長も、三星さんのご好意には、たいへ 出さず、「第一課の植木と申します」と、つつましい態ん喜んでおりました。返済計画というと、どの点でござ いましよう ? 」 度で言った。 一一人とも、品のいい銀行員になりすまし、お 0 とりと「課長さん、今度の宅地造成計画のほんとうの狙いは、 構えているが、経理課長は、税務署の調査でも受けるよどこにあるんです ? 関急の路線から離れた地区に、百 万坪以上の土地。いちおう、計画書には、一ータウン うな、おどおどした態度を示していた。 元来、銀行の本店の審査部員が、取引先の会社へ出向の建設、・ ( ス路線の延長となっていますが、いわば西北 き、経理課長に会うなどということは、めったにないこ路線の心臓部でしよう。敵を利するために、多額の資金
明に、異議なし」 として、増資含みの会社事業に、関心があったからだ。 大久保が着席しないうちに、「十八番」、「百五番」、調べてみると、二万三千四百坪が、会社名義で登記ずみ 「三百十七番」というように、十数人の総会屋が立ち上であった。残り十八万何千坪かは、たしかに会社名義で がって、「異議なし」と、どなるように発言した。その仮登記がしてあった。私は、地主に当たって調査した。 ざわめぎが、いったんしずまると、三木は三度目の発言ところが、一割の手付金をもらっているだけで、残金は を求め、立ち上がった。 未払いになっていた。したがって、このぶんは、まだ会 とごう 「一部の怒号によって、公正であるべき議事が、うやむ社の所有になっていないから、資産に計上していないこ やに葬り去られてはならんです。経理部長は、二十一万とがわかった。・ハランスシートは、企業の財政状態およ 坪のうち、二万数千坪だけ、会社が買収したと言ったび、経営成績に関して、真実の報告を提供するものでな が、私が調べたところによると、二十一万坪全部につい ければならない。手付金を払っただけでは、会社の財産 て、関急の名前で、売買予約の仮登記がしてあった。こ には、なっていないのである。また、その評価について れでも、会社は買ってないと言うのか」 も、金融引き締めの現況をみきわめ、やや下回る評価を 三木は、かん高い声で叫びながら、いならぶ重役たちしたという、経理部長の説明は、会社の健全性を示すも を睨んだ。源田社長が、経理部長の顔をちらりと眺めてのであって、われわれ株主には有利といわねばならな から、腰を上げかけた。その瞬間、茂呂の長身が、ばね い。以上の見地から、議長は、すみやかに、出席株主各 ではじかれたように立ち上がった。 位の議決を取っていただきたい」 「三百番、発言を求めます」 茂呂は、終始、三木忠男の後ろ姿をとらえながら、大 茂呂の声は、会場の窓ガラスが、ひび割れるほど、強声をあびせかけた。 さび く鳴り渡った。錆のある、腹の底からほとばしり出るよ 三木が立って、「手付金の一割は、どこから出た金 うな声だった。 だ。経理不正だ。脱税だ」と、わめくように叫んだ。 「私は、問題の土地について調査をした。もちろん株主議長が、「決を取ります。ご賛成のかたは手を上げて