「頼みがあって来たんだけどな」 ってごらん」 「頼み ? なんなの、 にしやまけい - 一く 「西山渓谷へキャンプに行こうって話があってね、有志をつのってるんだけど、なかなか集まらな いんだ。それでおムツにもぜひ行ってほしいんだよ」 「キャンプに ? だれがいいだしたの ? 」 「それがその、宮本グンに頼まれて : : : 」 「宮本クン ? 士郎さん ? 」 「いや、実春ちゃんのほうなんだけど、でも目的は士郎さんのためなんだ」 「よにいってるの、ハッキリしてよ。かったるいひとね ? 」 運平がモタモタと説明したところによると、宮本士郎はメアリとの仲を両親に気づかれて、大さ わぎになった。勉学ちゅうの身で何ごとか、と士郎の父は怒り (r まったく同感よ』とそのとき、 睦子は強くうなすいた ) ふたりは会うことができなくなってしまった。メアリが日本を出発せねば ならぬ日は、あと数日に迫っている。 そこで妹の実春は兄に同情した。なんとかして兄とメアリにゆっくり話をさせてやりたい。兄と メアリとの間が高校時代のある夏の小さな思い出としてとどまるだけにせよ、あと味のいい美しい 思い出として残してあげたい そこで実春は西山渓谷へキャンプに行くことを考えついた。二年 の有志で行く。 丿ーダーが必要なので士郎について行ってもらいたいと頼む。そうすれば両親はあ やしまない。むしろ下級生にそれほど信頼されているかと思えば、メアリとの件で少し落ちた士郎
と美緒の母はプライドの高いところを示した。 ひん きりようだって、アタマだって、ガラだって、品だって、大ちがいてしト 「見てごらんなさい。 う。あんな四角い色の黒い子なら、男の人といっしょにあそんでも安心です。でも、美緒はちが、「 美緒はそうおだてられては毎年、母の反対に服従してきたのだ。 いろじろ くら色白で だが美緒はことしはどんなことがあってもキャンプに行こうと思いきめていた。い っぺたのふくらみようが愛らしく男心をそそるとか、ロのいささか大きいのは新しい美人の条件 とかおだてられても、もうその手に乗らない。 - 一うりやく 美緒は五月のはじめごろから、キャンプ行き決行の意を固めていて、誇り高き母の攻略にとり かっているのだ。そうしてあの手この手と攻め寄せた結果、母はとうとう、美緒が自分でキャン。フ 、た。たが、母がそういう条件で許可したの 行きの費用を作って行くのなら、行ってもよい は、じつは美緒のこづかいは、もう九月分まで前借りになっていて、もっか財布には三百十八円ー かないことを知っているからなのである。 「ねえ、おサキ、キャンプのおこづかいってどれくらいいるの ? 」 美緒がそうきいたとき、咲子は、 「そうね、五千円もあれば十分ね」 と答えた。五月の終わりごろのことである。五千円、五千円ーーそれ以来、美緒は五千円の捻山 法ばかり考えているのだ。考えているうちに六月になり、七月が近づいてきた。 ねんしゅ
めんどう よ。注文どおりにしてやる」 「面倒くさいやつだな。いい 「サンキュ 、だからおじさん大好き : : : 」 と背中をなぐる。何かにつけてなぐりあうのが、美緒とおじさんのあいさつなのだ。 ないしょ 美緒はこのことを咲子に内緒にした。咲子は美緒がキャンプに行くことをあまり喜んではしオ い。美緒はそれを知っている。咲子は雄策がキライなのだ。雄策が咲子を・ハ力にしていると思いこ なまいき んでいる。その生意気でキザな雄策に、美緒が、ひそかに思いを寄せているらしいことが、咲子は シャグにさわってたまらないのだ。咲子は、美緒と雄策が親しくなるのがイヤなのだーーそのた め、美緒をキャンプに行かせたくないのだ。 そう思うと美緒はますます、キャンプに行きたくなる。咲子にだまって、いきなり、 よういばんたん 「さて、五千円もできたし、用意万端ととのったわ」 といったら、どんな顔をするだろう。美緒はそのときが楽しみでしようがない。 七月の第一木曜放映のテレビ寄席のビデオどりは土曜日の六時からはじまる。美緒はテレビ へ出かけていった。きようの演しものは落語と漫才とものまねである。美緒は仲間の笑い屋と一団 になって、ほば真ん中へんの席にすわらされた。笑い屋は美緒のほかに二十人ほどいる。たいて 勤め帰りのらしく、夕食がわりのアンパンやサンドイッチを食べながら話している。 「この前、あなた来なかったわね ? 」 「うん、デートだったのよ。千円、惜しいと思ったけど、彼がどうしてもそれ以外に当分のあ 都合がっかないというものだから : : ビアホールで彼と飲みながら見たわよ。あなたったら、
西山川はこの町と隣町との境を西から東へと流れている川である。睦子たちの町をかこんでいる 西山山脈から流れ出た川は、激流となって山あいを走り、曲がりくねって急流となり、この町には ってからは、急に川幅をひろげ、悠然としたおおらかな流れとなって西山平野をくねって行く。 その西山川の上流にある西山渓谷は、近郷の学生たちの間で絶好のキャンプ場として知られている のである。 八月十六日の午前四時、キャンプの一行は西山橋に集合した。なす紺色の晴れた夜空に光ってい た星がしだいに光を失うと同ー 孑こどこからともなく朝霧が流れてきた。朝霧の中を ( 志津子は睦子 にあおられて、気が進まぬながら行く気になったのだ ) 西山橋に集まったメン / ・、ーは睦子、志津 つかもとともよ 子、節子、運平、実春、士郎のほかに、白ズボンの神田グンと実春の親友塚本友代である。 「これでやっとそろったわね、出発しましよう ! 」 睦子はいった。わざとである。実はメアリがまだ米ていない。だれも口に出さないが、みんなメ ああキャンピング
171 かなしき笑い屋 あらしゅ・つさく 金森咲子には嵐雄策というイトコがいる。この四月に北海道から美緒たちの高校三年に転校し一 きた。咲子はからだがズングリしていて色が浅黒く、キンツ・ハのようにぶ厚く四角い感じだが、 トコの雄策は驚くはどノッポでやせている。足と首がやたらに長く、咲子は、 いちもん 「まだ一文もアテがないのよ、困ったわ」 美緒が咲子に泣きつくと、咲子はのんびりと、しかし冷淡にこういうのである。 「じゃ、来年にすればいし 、じゃないの : : : 」 「来年だなんて、いやアよオ、あたしはどうしてもことし、行きたいの、どうしてもどうしても きたいのよオ」 ムリいうんじゃない。ノーマネーで」 とどこまでも咲子は冷淡だ。 美緒はその咲子の冷淡さのなかに、どことなくいつもとちがうニュアンスがあることを感じる。 おもしろ半分のイジワルやケンカのまねごとではなく、あきらかに咲子のなかには、ことしに、 って美緒がキャンプに行くことを歓迎していない感じがある。 「おサキ、あんた、あたしをキャンプに行かせたくないのね」 美緒はいった。もはや得意のケンカ腰だ。すると咲子はジロリと美緒を見て、ズ・ハリといった。 「ことしにかぎって美緒もあきらめが悪いのね。なぜあきらめないか、あたしは知ってるよ」
の信用も回復するだろう 「なるほど、そうして西山渓谷へはメアリも連れて行くってわけ」 「そうなんだ。彼女はなかなかアタマがいし」 っていっても、ワル知恵のほうね」 「ふんアタマがいし と睦子はプンとした。 「だけどさ、かわいそうじゃないか。二泊三日のキャンプだよ。つきあってやれよ」 きょげん 「するとウンちゃんはあたしにウソをつけというのね。宮本グンのご両親に虚言を吐けと : 「大ゲサだなあ、虚言だなんて : : : 」 運平は困っていった。 「そうイジワルいうなよ。ばくが頭をさげて頼むんだ。横山くんも誘って、ぜひ行ってくれよ」 「おねえちゃんが行かなきゃあたしが行く ! 」 そのとき突然、横から節子がいった。節子は勉強するふりをして話を聞いていたのだ。 「世界の平和は、人びとのこうした小さな心づかいや励まし、同情から大きくひろがっていくもの るだわ。あたし、ふたりの味方をします。ふたりの美しい愛のために力を尽くしたいと思います : : : 」 わ どうも睦子は引っこみのつかぬことになってしまった。士郎とメアリのためにカ添えすることは イヤだ。だがいくらイヤだとがんばっても、賛成者はふえてみなは意気揚々とキャンプに出かける 青だろう。運平と節子も行ってしまう。そして睦子は、ひとり寂しく二段べッドの上で、 借りよかナ。
す。持ってくるから教室へ取りにきてくれる ? 」 美緒はまだほはえんだままだ。ほほえむ以外に美緒に何ができよう。「わが思索のあと』など聒 名を聞いただけで気分が悪くなりそうだ。だが、それをすすめてくれる雄策の、何というノープ。 な細い鼻すじ。スマートな身ごなしーーー美緒の心はチヂに乱れて微笑するほかに何の考えも浮か 1 そのころから美緒の心は急速に雄策に傾いていったのだ。 「ことしのキャンプ、雄策さんも行くの ? 」 それとなく咲子にきいたことがある。 「そうなのよ。あんな気どり屋のくせして、いっしょに行く気でいるらしいのよ。人を・ハ力にし きょむしゅ るくせに、その・ハ力といっしょに行きたいんだから、あの虚無主義もニセモノだわ」 ふんぜん と咲子は憤然といったのだ。美緒はだまって何もいわなかった。 そのとき美緒はどんなことをしてでもキャンプへ行こうと思いきめていたのである。 七月にはいって、まもなく美緒の父の一番下の弟で、テレビのディレクターをしているお さんがやってきた。おじさんといってもまだ若い。三十前の独身青年だ。 「よオ、ミオ、ど、つしてる ? 」 そういって、理由もなく頭をコツンと叩くのが昔からのくせだ。すると美緒は、 たた
と美緒はもうプリプリしはじめる。 なか 「八月のはじめに行くのか、中ごろに行くのかで、こっちは予定の組み方があるんたから : しいじゃないの、そんなにせかなくたって、 : まだひと月さきのことよ」 と咲子はわざとノンビリいう。咲子はそんなとき、わざとノンビリということで、美緒がいっそ うイライラすることを知っているのだ。知っているのでよけいそんないい方をする。それがふたり の友情の・ハランスというものなのだ。つまりふたりはケンカをすることによって、友情を深め合っ ているようなところがある。 かなもりみ、き - 一 ハトコ連れだって、長野県の高原へキャンプ 金森咲子の家では、毎年、八月になると、イトコ、 に出かけるという習慣がある。咲子の家は大家族で、おじいさん、おばあさん、両親のほか、ふた りの兄貴、ねえさん、弟、妹など、ゴミゴミとひしめいている家なのだ。よほど多産系とみえて、 母方の親戚にもこどもがウョウョいる。 そこでせめて夏休みのあいだだけでもおたがいに風通しよくしようという願いが、おとなとこど も間で一致して、一族のこどもらが集まって、夏になると避暑に出かけるのが年中行事となったの 中学のころから毎年、咲子はキャンプの季節が来るたびに美緒を誘った。 とべみお たがかなしいかな、戸部美緒の家は咲子の家のようなウョウョゴミゴミ型ではないのだ。美緒は ひとり娘である。大事な大事なひと粒ダネ、といわれて育った。 そせいらんぞう 「咲子さんのところみたいな粗製濫造とはちがうのよ」
ぼん、一、 運平のへやは盆栽の並んでいる縁側ぞいに奥へ行ったっき当たりの四畳半だ。 「狭いんだよ。ガマンしてくれな」 そういって運平が案内したへやヘはいって、睦子と志津子は「あツ」と叫んだ。そこにニコニコ すわっているのは実春である。 「ちょうどよかったわ。キャンプの写真ができてきたの」 実春はいっこ。 「あとで運平グンと持って行くつもりだったのよ」 睦子と志津子は写真を見た。魚釣りをしている連平と実眷。並んで笑っている士郎とメアリ。食 器を洗っている神田クンと友代。そうして岩の上にアグラをかいてがんばっている睦子と志津子。 「よくとれて . るでしよう ? ホラ、これなんかケッサグじゃない」 実春が指さした写真は、睦子が川のなかでアップアップしているところである。 おそろしくもかわいい
八月までにあと一カ月しかないと思うと、このごろ、美緒はあせりはじめた。あせると美緒は怒 りつばくなる。試験勉強が間に合わないときなど、美緒は何度、咲子にケンカをふつかけたかしれ よい。美緒はきようだいがないので、ケンカがしたくなると友だちを相手にするよりしようがない のだ。運よく咲子という中学のときからの美緒のケンカ相手がいて、これまた、ノンビリと美緒の ケンカの相手になってくれる。美緒と咲子はケンカをしたいときにしたいようにできるという、得 がたい友だち同士なのである。 けさも学校へ行く途中、美緒は咲子にこういっこ。 ったいキャンプはいつ行くのよう ? 早くきめなさいよ」 「ねえ、おサキったら、い っ 1 一う 「それがねえ。なにしろイトコハトコ、ワャワヤと行くでしよ。いろんな人間の都合を考えてる と、なかなかきまらないのよ」 「そんなノンビリしたいい方しないでよ、あたしのほうの予算の都合があるんだから」