「仕方ないよ、もう一度メガネをかけているほうが似合うぜ」 久はそういってテニスコートのほうへ向かって急いでいってしまった。久の姿が見えなくなる 初子ははっと気がついた。そうだ、コンタグトレンズどころではないのだ。なんとかしないと久」 岩山にのばされてしまう。 初子はホシ柿の宮司のところまでかけもどってきた。 「ごめんなさい、ちょっと電話拝借」 しやむしょ そういうなりかってに社務所へかけあがった。電話帳をめくって図書館を呼びだす。 「すみません、大至急テニスコートにいる渥美弓子さんを呼んでください」 「なに ? テニスコート、 冗談じゃない。あんなところまで呼びに行けませんよ。ここをなんだ、 思ってるんです」 「図書館だと思ってるわ、テニスコートのとなりの。だから頼んでいるのよ。渥美弓子さんに大宀 件が起きたんです。渥美久蔵の孫の弓子さんですよ。その図書館を建てた渥美久蔵さんよ、そのー のおかげであなたは月給をもらって暮らしているんですよ。もし久蔵さんがいなかったら、あな、 章 序なんか、いまごろは : 小「わかりましたよ、呼びます、呼びやあいいんでしよ」 っ やっと弓子が出てきた。 せ お「あっ、弓子さんですか。たいへんなの、すぐ岩山三次をどこかへ連れてって、ごまかしてなだ」 てちょうだい。大庭グンが・ハドミントンの羽根にされてしまう」
289 おせつかいの序章 ショップへ行きました。そ めに、岩山さんに話しかけて、誘われるままに図書館地下のコーヒー れで岩山さんはすっかり誤解して、毎日のようにつきまとうのです。 そんなことでずーっとテニスにも行かずにいましたが、日曜日の朝、ひさしぶりにテニスコート へ行ってみようと思います。九時には行っています。よろしくお伝えください。 弓子からそんな手紙が来たのはそれからまもなくである。 九時に行っています。よろしくお伝えください : : 初子はそこをくり返し読んだ。弓子はそ の時間にテニスコートで大庭グンに会おうというのだ。男ギライを看板にしていた弓子が、久に会 おうというのだ。それは初子の手紙の力なのだろうか、それとも弓子も前から久に好意を持ってい たのだろうか ? 同封の手紙をよくよく読んで、テニスコートへ行ってください。 に行くべし。もし素直に行動しなかったら、あとがひどいわョ そう書いて送った。 おせつかいやきの初子だが、その日曜日だけはおせつかいをやかすに、家でおとなしくしていよ 、つと田 5 った。 だがその日になってみると、目がさめたときから足の裏がムズがゆい。 よけいなことは考えすに、素直
にはなやかに見える。息をはずませているやわらかそうな唇の間から白い歯がのぞいているが、同 ーの二本歯とはだいぶんおもむきがちがうのである。 じ白い歯でもビー 初子はおもわず息をのんでそんな弓子を見守ったが、弓子のほうではチラと初子を見たきり、す ぐに目をそらして相手の女の子に向かってポールを高く打ちあげると、さっさと走って行ってしま っ・ ) 0 「ああ、おハッちゃん、こんなところにいたの、あっという間に消えちゃうんだもの、ガラッ八は なかなかすばやいのねえ」 いいながらあらわれた。 安べ工がふうふう 「安べ工、油断しないでよ。このへんにテキはいるらしいわ」 テニスコートのまわりは、桜の木にかこまれている。 「テキ ? 大庭グンのこと ? 」 師・んかく ことの輪郭がわかってきたでしよう ? 」 「あすこで弓子がテニスをしてるのよ。ね ? だいたい、 「なるほどね、まだしつこくアルバイトやってるのね、彼は : : : 」 しようきやくろ 「あっ、安べ工、見てごらん、テニスコートのむこう : : : ゴミ焼却炉の右 : ・・ : 」 ・じこまへモリ / ド・ : : ・ 「ゴミ焼きの右 ? 「よにいってるの、広告じゃないのよ。その横にいる人間よ」 「あっ、大庭クン ! 」
「ご、ごめんなさい。許して : : : 」 しいから、ほんと、つかど、つかきいてるんだよ」 「か、かんにんして : : : 」 「ええい。じれったいなあ、そっちの人、大庭はどこで弓子さんと会ってるんだ ? 」 安べ工は岩山に迫られて、仕方なくいった。 「テニスコートで : : : 桜ヶ丘の : : : 」 そういうなり岩山は体育館を出ていってしまった。初子と安ペ工はばう然とそのうしろ姿を見 ~ 「おハッちゃん : : : 」 「安べ工 : 初子はそこにしやがみこんでしまった。 「大庭グンはやられるのね」 序「そうねえ、あの岩山クンのようすじゃあねえ : : : 」 の 「大庭グンはなにも知らないで、きようも行くわね、あそこへ」 びより つ「、いお天気だからねえ、風はないし、テニス日和だものねえ」 お 大庭グンは弓子さんの前で、・ハドミントンの羽根にされるのね」 「そうねえ、岩山クンに勝てる人っていないからねえ」
「大庭クンはわたしたちが裏切ったとは夢にも思わないわねえ」 「そうねえ、こどものころからの友だちだったものねえ : : : 」 「安べ工 ! 」 初子は、突然、大声を出した。 「そうねえ、そうねえですむと思ってんのあんた : 「ど、どうしたのよ、おハッちゃん : : : 」 同級生が下級生にひどい目にあうのに、そうねえ、そうねえですましていられるの、おそろしい 人ねえ・ : あなたって : : : 」 「なにをいうのよ、おハッちゃん、このことはそもそもあなたがいいだしたからこそ : : : 」 「わたしがいいだしたからって、なぜあなたが同調するのよ、あなたはやめてやめてってわたしに げしゅにん いってたじゃないの。そのくせ、テニスのこと教えたのはあなたよ。安べ工は、直接の下手人みた いなものだわ」 「どうすればいいのよ、おハッちゃん、わたしにどうしろっていうの」 「わかんない人ね。罪ほろばしをするのよ、大庭クンに知らせるのよ、岩山クンがテニスコートで 待ちぶせしているから、きようは行くのをやめなさいっていうのよ : : : 」 「わたしが ? ・ 「そうよ、あなたがやらなかったらだれがやるの ? 大庭クンが岩山クンにのばされたら安べえの せいよ」
久が桜ヶ丘へ行くことはもう明らかである。 「するとやつばり図書館へ行くのかしら ? 」 と安べ工がつぶやしオネ 、こ。刀子はものもいわずに久のうしろ姿をにらみすえて歩いている。久の足 はだんだんいそぎ足になる。ときどき腕時計を見る。やがて走りだした。 「早く、安べ工、いそがないと見失うわ : : : 」 「待ってよ、そんなにいそがないでよ」 「いそがないでったって、むこうがいそいでるのよ、さあ、ノソノソしないで走るのよ」 「走る ? ダメよ、そんなこと。わたしが走らないことを知ってるじゃないの。わたしは学校を遅 刻してもゼッタイ走らないという主義を立てて、きようまで通算十二年間の学校生活を : : : 」 初子は安べ工をおきざりにして走りだした。雑木林を通りぬけ、丘への坂道をかけあがる。そう とうきゅうな坂だ。のばったところは図書館の裏手だ。久の姿はない。静かだ。久はどこへ行った のか。あたりを見まわしているとふとラケットでポールを打っ音がきこえてきた。 渥美家のテニスコートだ。そこでだれかがテニスをやっているらしい 「わ、すごい、スマッシュ という明るい声が響いた。引きよせられるようにそっちのはうへいってみると、白いスカートに プルーのセーターを着た少女が、転がったポールを追いかけて、こちらへ走ってくるところだっ た。弓子だ。ポールをひろって顔をあげたその目と目があった。初子はハッとした。弓子をこんな
ぜんちょう これはおせつかいをやきたくなるときの前兆なのだ。 朝食をすませると、とうとう初子は桜ヶ丘へ向かって歩きだしてしまった。 テニスコ ートへ着いたが、時間が早すぎて久も弓子も来ていない。日曜日なので図書館の戸も閉 まっている。ふと見るとテニスコートのほうへ向かって歩いていくのは岩山三次である。初子は思 わず例の焼却炉の穴のなかにかくれた。岩山は人待ち顔にそのへんをうろうろしている。 図書館の大時計が九時を打った。と同時に弓子がやってきた。 「やあ、おはよう」 岩山は上きげんで弓子に近づいた。 「きのう、卓三クンからねえちゃんはけさ、九時にテニスへ行くってきいたもんだから : : : 」 弓子は何もいわずに、途方にくれて岩山の顔を見つめている。 「どうした ? ばくの顔に何かついている ? 」 岩山はいやになれなれしい そのとき、むこうから久がやってくるのが見えた。弓子の顔が急に輝く。岩山は弓子の視線を追 って、歩いてくる久を見て顔色を変えた。久のほうも岩山に気がついて立ちどまった。と、同時に 岩山が久にとびかかっていった。 焼却炉の穴のなかから、初子は夢中ではいあがってきた。岩山と久は上になり下になりして、と っ組みあっている。ふたりのまわりを弓子がうろうろまわりながら、やめて、やめて、と叫んだ。 はじめは予想以上に機敏で強かった久は、だんだん疲れてきて、とうとう岩山に組み敷かれてしま
初子は大声で呼んだ。その声にギョッとしたように久はふりかえったが、初子を見てはっきりう んざりした顔になった。初子は走り寄っていった。 「大庭グン、行っちやダメ」 「なんのことだい、いきなり」 「テニスコートへ行っちやダメ。岩山三次が待ち伏せしてるわ」 「岩山が ? 」 「あなたにヤキモチをやいてるのよ。大庭グンのこと弓子さんのポーイフレンドだと思ってるの よ。行けば・ハドミントンの羽根にされるわ」 するとすぐさま久はいっこ。 「・ハドミントンの羽根か。こいつはおもしろいや」 「ふざけてる場合じゃないのよ。岩山三次は真剣よ」 「だけどへんだなあ、岩山はなぜばくが弓子さんのポーイフレンドだなんて思うんだろう」 久はいった。 「ばくはただアルバイトをやってるだけなのにさ」 「アレ・、イト ? ・ それはほんとうなの ? 口実じゃないの」 へんなこというなよ」 「口実 ? なんの口実だい ? 久はそういうと、クルリと向きをかえて歩きだそうとする。 「大庭グン、どこへ行くのよ ? 」
「ばくが ? 「テニスコートでさ、焼却炉の中できいてたのよ、わたし : 「あきれたやつだなあ、立ちぎきしてたのか ? 」 「立ちぎきってことないけれど、ひとりでに耳にはいってきたのよ」 「おハッ、ちょっと話がある。表へ出てこいよ」 久はあらたまった調子でそういうと立ちあがった。 「なによ、こわい顔して、なんの話 ? 」 そういいながら初子も表へ出ていった。なにがし氏のことをいわれて気分をかえた久は、やつば り初子の思ったとおり、なにがし氏だったのにちがいない。 表へ出ると久は待っていて、何もいわずにさきに立って歩きだした。 うすれ日のさしている、ものがなしいような冬の午後である。 「おハッ、たのみがある」 久は突然低い声でいった。 「お願いだから、ばくのことはほうっておいてくれないか。ばくが何をしようと、受験に失敗しょ うと、岩山にのばされようと、きみには関係のないことじゃないか。たのむからばくのまわりでウ ロウロするのはやめてくれよ。たのむよ、ばくのことはほっとくっていってくれ、さ、約束してく れよ」 「ダメ、約束できない」
4 「テニスコートへさ。アル・ハイト、アル・ハイト」 「ダメよ、岩山が待ってるわ」 「待ってたってしようがないよ。引き受けた仕事はあくまでやりとおすよ」 「大庭クン、お願い、行かないで ! 」 初子はいきなり久に組みついていった。どんなことがあっても久を行かせてはならない。弓子 ( ドミントンの羽根にされるなんてとてもかわいそうで見ていられない。 見ている前で、久がパ 、つるさいな」 「なんだよ、ケンカする気かい。 組みついていった初子を、久はひじではらった。と、その拍子に久の手が初子の左の目の上に たった。初子は叫んだ。 「あつなくなった ! 」 「え ? なに ? なにがなくなった ? 」 「コンタグトレンズ、左のレンズ、とんじゃった」 「なんだって ? コンタクトレンズ ? 」 ふたりはそのへんをさがしたが、どこへとんだのか、影も形もない。 「女のくせに組みついてきたりするから、こんなことになる」 「よにいってんのよ、男のくせに、女をなぐったりして」 「なぐったんじゃない、手が当たっただけだ」 「ど、つしてくれるのよ、コンタクトレンズ」