ぜんちょう これはおせつかいをやきたくなるときの前兆なのだ。 朝食をすませると、とうとう初子は桜ヶ丘へ向かって歩きだしてしまった。 テニスコ ートへ着いたが、時間が早すぎて久も弓子も来ていない。日曜日なので図書館の戸も閉 まっている。ふと見るとテニスコートのほうへ向かって歩いていくのは岩山三次である。初子は思 わず例の焼却炉の穴のなかにかくれた。岩山は人待ち顔にそのへんをうろうろしている。 図書館の大時計が九時を打った。と同時に弓子がやってきた。 「やあ、おはよう」 岩山は上きげんで弓子に近づいた。 「きのう、卓三クンからねえちゃんはけさ、九時にテニスへ行くってきいたもんだから : : : 」 弓子は何もいわずに、途方にくれて岩山の顔を見つめている。 「どうした ? ばくの顔に何かついている ? 」 岩山はいやになれなれしい そのとき、むこうから久がやってくるのが見えた。弓子の顔が急に輝く。岩山は弓子の視線を追 って、歩いてくる久を見て顔色を変えた。久のほうも岩山に気がついて立ちどまった。と、同時に 岩山が久にとびかかっていった。 焼却炉の穴のなかから、初子は夢中ではいあがってきた。岩山と久は上になり下になりして、と っ組みあっている。ふたりのまわりを弓子がうろうろまわりながら、やめて、やめて、と叫んだ。 はじめは予想以上に機敏で強かった久は、だんだん疲れてきて、とうとう岩山に組み敷かれてしま
叫んだのは睦子である。 「ウンちゃん、本気 ? 」 「無理だよ、馬場クン、岩伝いなんかとてもできやしないよ」 「泳いで行くよ、中州まで」 「そんなムチャな」 神田グンがいた 「この雨で川の流れがどうなってるか、わかってるのかい」 運平はしばらく何もいわなかったが、やがてまた、ノソリと立ちあがった。 「とにかく ~ 打ってみるよ」 「馬場クン」 実春はいまにも泣き出しそうな顔をして運平の前に立った。 「心配するなよ。無理なようならもどってくる。でも、できるだけのことはやってみる 「でも、馬場グン : る わ ミリドレやよ オいからね」 「事情が事情だからな。ただの八 運平は士郎に向かっていった。 青「ばくがもどってくるまで、メアリにはなにもいわないほうがいいよ」 9 「じゃ、要くといっしょに一打こ、つ」
39 青春はいじわる いこと、シイコ。人生は戦いですよ。根性ですよ。メアリから士郎サンを取ってやるくらいの 意気がなくてどうするの。でもシイコがそんな意気地なしならしようがない。あたしがひとりで戦 います。メアリと士郎サンの間を引き裂いてみせる」 睦子はわれとわがことばに興奮し、いきなりそこにあった新聞紙を真ん中から破いた。 「こ、つい、つふ、つに引き裂いてやるわ ! 」 そうして睦子はカラカラと高らかに笑った。びつくりしている志津子の目の前で、天井に向かっ て高い笑い声を響かせた。テレビマンガの女悪党は、悪事を働いたあと、どういう理由か知らない がきまってけたたましい笑い声をあげる。笑い終わったとき、睦子はふと思った。 いまの笑い声、われながら女悪党ふうだったわ : ・
・ハーだ。メガネをコンタグトレンズにかえても、変わり ないのだ。わたしはどうせおせつかいビー ばえのしないビー・ハーなのだ。 なぜわたしがおせつかいをやくか、おせつかいをやきたくなるのか、やかずにはいられないの ほんぞん か、だれもわかってはいない。当のご本尊の久でさえもわかってはくれない : 突然初子は起きあがって机に向かった。この気持ちを何もかも久にいってしまおうと考えたの だ。少なくとも初子は久が思っているような、おせつかいに人生のよろこびを見いだしている女の 子ではないということだけでも知ってもらいたいと思ったのだ。 大庭久さま 一筆申しあげます : ・ しかし初子はそこまで書いて、もうゆきづまってしまった。初子は文章を書くのが大のニガテな のだ。 大庭久さま もうがまんできません、 、こく、ことをいわせてもらいます。 また新しく書き直した。だがどうもへんだ。これでははじめからケンカ腰ではないか。
「たから、そんなこと気にしなくていいっていってるじゃないか。さあ、起きてごらん」 「でも、あたし : : : あの : : : あたしの不注意で : : : 」 われながら知恵がなさすぎると思うカ ; 、ほかのセリフが思いっかない。士郎はちょっとあきれた ように、眉をひそめた。そのときメアリが横からロを出した。 「ペラベラのペラのペラ」 見るとメアリは睦子に向かってなにかいっているのだ。 「どこか苦しいところあるの ? 」 心配そうな士郎の声。目をあけると目の前にあるのはメアリの顔た。 「おムツ , 、、こ、じようぶ ! おムツ ! 」 やっと志津子がやってきた。 「びつくりしたわよオ、、 しきなり飛び込むんたもの・ : ・ : 」 「飛びこんだ ? 落っこちたんじゃないの ? 」 とふしぎそうに士郎がいった。 「ううん、いきなりスックと立ちあがったとにったら、ものもいわずに : : : あ、イタッ、おムツな る じんであたしの足をけるのよ」 仕方なく睦子は立ちあがった。 青「どうもありがとう。もうだいじようぶです」 「そう ? じゃあ、早く着がえなさしー 、。くも着がえるよ」
その士郎がいま、睦子と節子のへやヘ、 「失敬」 といってはいってきたのだ。睦子はおもわず、 と叫んで、それからべッドの上に平べったくなった。実はさっきから暑いので、スリップひとっ でいたのだ。その伏せたお尻の上にドシンと枕が落ちてきた。だが士郎は睦子のほうなど気にもと めず、節子に向かって、 「なんだ、まだ支度してなかったの」 「あっ、そうだわ、忘れてた」 節子は無邪気に頭をかくと、 「ちょっと待って、すぐ支度をするわ」 「なんだ、ノンキだなあ、忘れてたの ? 」 士郎はちょっと笑って、 ( ああ、その笑いの上品なこと ! 運平のニタニタ笑いとなんというちがい , 睦子は二段・ヘッドの上で下を盗み見ながら思う ) 「じゃ、待ってるよ、早く支度しなさい」 支度 ? 支度ってどこへ行くんだろう ? 睦子は内心おだやかでない。節子が英語を習っている チグショウ ! と
しいかける上に、母がおおいかぶせた。 「とにかく値段が高すぎますよ、一万円だなんて : : : もう少し値下がりするまで待ちなさい」 「チェッ、サンマの値段とはちがうのよ、おかあさん : : : 」 ともみ すると隣町の銀行へ勧めている姉の友美がいった。 「ハッちゃんみたいにそそっかしいのはダメよ。寝る前にとり出して、きっとなくすにきまってい るわ。それをさがさせられるのは私なんだから、いまのうちから反対しておくわ」 「ねえ、おじいさん、ねーえ」 初子は仕方なく、最後のたのみの綱であるおじいさんに向かってハナを鳴らした。 「おじいさんは初子の味方してくれるわねえ ? 」 するとおじいさんは、古ズッグのくたびれた顔をのびちぢみさせてこういった。 「初子の顔にはいまのメガネがよう似合っているよ。わしはメガネをかけた女の子が大好きじゃ あーあ、いくらおじいさんが好いてくれたって、おじいさんじゃあしようがない。 だが家族の総反対の結果、コンタクトレンズを買おうという初子の決心はますます固まったので ある。
「あら、またきたの」 と安べ工はあきれた顔をした。 「まったく、おハッちゃんのおせつかいときたら、すごいのねえ、ものまねのど自慢より、おせつ かい大会っていうのがあれば、もうひとっコンタクトレンズが買えるのにねえ」 「それより、彼はどうしてる ? 」 「相変わらずよ。きようは朝からハチマキして天井にらんでるわ」 初子はそっと窓から久のへやをうかがった。久は窓ぎわの机に向かっている。勉強しているの か ? それともなにがし氏の手紙でも書いているのではないだろうか ? おもわず身を乗り出した 初子のほうをふと久が見た。 「なんだ、またおせつかいか」 久は、つんざりしたよ、フに、 , つ。 ー、ほっといてくれよ、チラチラされると気が散ってかなわない」 「たのむよ、ビー 「勉強してるの ? それとも手紙書いてるの ? なにがし氏の : : : 」 章 ってしまった。 序とついし 「なんだって ? 」 っ 久はとがめるように初子を見た。 せ お「なにがし氏だって ? だれにきいた : 「だれにつて、大庭クンがいってたんじゃないの」
と叫んだ。 「見て。おムツ。あの女の子じゃないの、メアリって : : : 」 志津子の指さしたほうを見ると、アメリカ人らしくノビノビと均整のとれたからだに、オレンジ 色のビキニを着た少女が長い髪の水をしばりながら、 川からあがってこちらへ向かって歩いてく る。 「あの子でしよ、おムツ」 そういわれて、睦子は返答に困った。ほんとうはメアリを見たことなんかない。 「ひとりらしいわね。彼はいないわ」 志津子はすばやくあたりを見まわしていった。 「きっと待ちあわせてるのよ。いまに来るわ」 金髪の少女は暑そうに川原の石を踏みながらのばってくると、アカシアのかげにタオルを敷いて 横たわった。 : とてもあたしに勝ち目ないわ」 「くやしいけれどきれいだわねえ、あの横顔、ハナの線 : る わ 志津子は素直にため息をついた。 「勝ち目なんて、はじめからないわよ。メアリがやってくる前から」 青睦子はつつけんどんにいった。睦子のなかにまたもやおもしろくない感情がわきあがってきた。 この感情がわきあがると、手近のだれかをいじめたくなる。
るかな、というたのしみがあるわ」 とクラスの女の子がいっているのをきくと、初子はおもしろくない。 「おもしろいけど、ちょっと度がすぎやしない」 という者がいると、むっとする。 「男であんまり軽薄なのっていやアねえ」 ときくと、おなかのなかが熱くなってくる。 「でも、大庭クンの笑い顔つてかわいいわねえ」 「ロもとがかわいいのよ」 「目が澄んでいるのね」 こう評価が変われば変わったで、また別のおもしろくなさがこみあげてくる。 「彼、足が悪くなかったらもててしようがないわよ」 このひと言で初子の怒りは最高潮に達する。だがその怒りはだれに向かっての怒りなのか。初マ にはよくわからない。久の品定めをしている女の子たちへの怒りのようでもあるし、そんな品定」 をされている久への怒りのようでもあるし、久の悪い左足にたいする怒りのようでもある。そこ一 初子は混乱し、突然久の前に立ちふさがって、 「オッチョコチョイ ! 大キライ ! 」 ついそうどなってしまうのだ。 二学期の行事もすべて終わってしまうと、あとは期末テストまで平凡な秋の日がつづく。そし )