思い - みる会図書館


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1. 非色

ートを探し廻っているのだが、 し、馴れないせいかなかなか眠れない。起きては条件のいいア。ハ ニ = ーヨークは住宅難で、ハアレムの中でさえいい部屋が見つからないのだ。それでもやっと 月に二十ドルという格安のところを見つけたので、一秒たりとも忘れたことのない笑子に手紙 を書いている。メアリイは元気か。会いたい。笑子を愛している。笑子もまた僕を愛している のが分る。二人でニューヨークへ来なさい。春には旅費を都合するから。笑子も働けば、きっ と楽しく暮せると思う。ニューヨークはムス日本より寒い ざっとこういう文面だった。 溜息をついて私が読み終ると、母はもどかしそうに私にせついて内容を知りたがった。 「ニューヨークは寒いんですってさ ートのように温かなんだろう 「そりや冬だろうからねえ。それでもビルの中は、青山のア。ハ よ。なんといったってアメリカなんだもの」 「トムは看護夫になったんですってよ」 「看護夫 ? なんだってまた」 「なかなか仕事が無いんだって」 「笑子に来るようにと言って来なかったのかいフ 「春までに旅費を送りますって。メアリイと二人で来なさいってー 「そりやよかったじゃないか」

2. 非色

168 えき こういう人が同じ日本の女かと思うと、眼が覚めるような思いになった。小さなひとだが肥満 していて、躰中が闘志の塊りのような女だった。怒ると痛烈な皮肉が機関銃で撃出されるよう に飛出してきて、ウェイトレスたちはもとより、一世の支配人や二世のポーイたちを圧倒した。 万事アメリカ式に慣らされた彼らと仕事の方針で対立すると、彼女はすぐに癇癪玉を爆発させ て叫ぶ。 「アメリカがなんですか。ニ、ーヨークにあっても、この店の中は大日本帝国ですよ。いっ まで戦争に敗けた気でいられるものですか。日本式が嫌ゃな人は、日本料理屋で働く資格はな いのだからさっさと出て行きなさい」 たんか 彼女の威勢のいい啖呵は私を奮い立たせた。私は自分自身が叱られるときでさえ、心が洗わ れるようでいい気持たった。私は日本にいるときでさえ日本式の礼儀作法をわきまえる暇なく 育ってしまったので、客との応対や一一一一口葉づかいをびしびし直される度に、遠くなっていた日本 が叩き込まれるような気分になった。私はこの店に来てから、日本人であることをよかったと 思うようになっていた。ニグロの妻であり母であるということで、ともすればハアレムの空気 にのめり込みそうになっていた私には、全く有りがたい生活たった。 だが使用人の全部が私のようであったとは限らない。 ウェイトレスの中では彼女の叱正に辟 易している女たちも少くなかった。叱られることを好まないという女たちもいたが、叱られて もどうにもならないという種類の女たちもいたのである。前者の中に志満子がいた。 / 後者の筆 へき

3. 非色

110 りアメリカへ行くことは、メアリイのためにいし 、ことだったのだと肯くことができて、何より 有難かった。 志満子の子供のジャミイが空いている二階のべッドを占領したので、竹子も私もそれそれの 子供を、狭いべ ッドの中で抱いて寝ることになった。その夜、私はメアリイの耳に口をあてて、 「よかったね、友だちができて」 と一一一一口うと、メアリイも同しように私の耳に口を寄せてから、 「マミイ、あの子、黒いね」 と言って私を驚かせた。まだ幼いメアリイは、自分の姿に充分気がついていないのか、それ とも早くも肌の色を見較べてそういうことを言ったのか、私には分らなかった。 船の中の生活は時間通りに食事の知らせがあるだけで、見渡せば青い水ばかりでそれを見倦 きれば、あとは単調なものであったのだが、竹子・カリナンのおかげで私たちは少しも退屈す ることがなかった。 竹子が気のいい女だということは間もなく分ったが、万事が闘争的で、およそ我慢などとい うことは生涯するまいと心に決めているらしかった。彼女はまず留学生たちのエリ ト意識が むやみと腹立たしく思えたらしく、彼女たちが私たちを避ければ避けるほど猛り立って喧嘩を 売りつけるのだ。 「なんや、その、私たちは特別でございますちゅう構えは。留学生がそんなに偉いのか ?

4. 非色

228 みずみず を強調するものであった。トムは若かった。トムは瑞々しかった。お金にも物にも不自由して いなかった。私に惜しみなくそれらを与えた。 考えてみると、井村とのデイトは、私が生れて初めての日本の男とするデイトなのである。 同じ血の流れている男に、かりそめにもせよ近寄られ、手を握られているというのに、私はな んの感激も呼びさまされなかった。 映画が終ると、私たちは黙って外へ出た。 「飲み足りないな。付きあってくれませんか」 「そうね、少しならー そこから遠くないスタンド・ハアで、井村はバーポンウイスキーを注文すると矢つぎ早やに三 杯の水割を空けた。早く酔うための魂胆と見えた。私は戦争花嫁なら。ハン。ハン上りだろうと悪 態をつかれた同僚のいたことを思い出して惨めな気持になった。私はいったい何をしているん だ、と舌打ちしたい思いになった。それならば席を立って帰ればいいのに、私は長い柄のつい たカクテルグラスを持って、その縁を舐め舐め井村の傍から離れようとしないのである。そん もてあま な私を、私は持余した。自分が何を求めているのか、わけが分らない。 「私もウイスキーにしようかしら」 「あ、どうそ、どうそ 一息にコツ。フ半分をあけて私は眉をよせた。苦い。こんな不味いものを、人はただ酔うため まず

5. 非色

351 った。むしろ、長椅子でいぎたなく眠っているシモンや、とろんとした眼で帰ってくるトムに 出会うことから解放されるかもしれないという期待で胸もふくらむ思いなのた。私はこの環境 から逃出したいという一念あるばかりで、もはや子供たちの母であることさえ疎ましく思い始 めていた。 朝、メアリイが学校へ出かける前に、私は彼女に事情を話した。弟妹の面倒一切をみること になるのだから私が住込みで働くとなれば彼女の諒解は得ておく必要があったのである。 メアリイは朝食の甘い。ハンを頬ばりながら、眼はテープルに立てかけた鏡を見つめ、両手は せっせと頭にブラシをかけて私の話を聞いていた。彼女は毎朝時間のギリギリまでそうやって 髪の形を揃えるのに苦心するのだ。彼女が年頃になるまでにチリチリの毛がすんなりなるもの ならばと、私この朝は一緒に祈りたかった。明日から彼女は出かけるまでにサムにミルクを 与え、、、ハア、、ハラとべティの着替えをさせなければならないから、髪の毛にかかすらう時間も少 くなるたろう。そう思うと、私の身勝手をこの子にだけは詫びたかった。 だがメアリイの方は、ごくあっさりと私の話を受取ったようである。あるいはサムが生れた ときすでにその覚悟ができていたのかもしれない。彼女は朝食と整髪を同時に終えると、もう 片手に手提鞄を持って私の顔を見上げた。 そのまま飛出して行ってしまった。

6. 非色

393 「笑さん、御苦労さま、疲れたでしよう ? 」 しいえ」 「食事をする暇はあったのかしら。何か食べてフ 実際には私は一口だって食べてはいなかった。が、もうかなり更けているというのに、一向 に空腹ではなかった。奥さんの様子から気がついたのだが、もうお客さまはみんな帰ったらし く、家の中は森閑としていた。 「今晩中に片づけなくてもよかったのに。疲れたでしよう ? 」 「そのプローチは気に入って ? 」 「、 ( 。フがね、笑さんによく似合っているから上げたらいいって言うのよ」 私は思わず胸許の。フローチをはずして手に取って眺めた。黄色と白の硝子が裏に貼った金属 のために、まるで宝石のように眩く光っている。 「受取って頂だい。今日の御礼よ」 「いりませんー びつくり 自分でも吃驚するほど激しい声が出た。私はプローチをステンレス張りの調理台の上に置く

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「すつ。ほかすより会ってさんざん金を使わして、最後のドタン場で引っぱたいてやるとい 「駄目駄目、とてもケチなんだから、いきなり自分のア。ハートへ連れて行こうとするのよ。 すつ。ほかす方がいいわ。それで文句言ったら、私がそうしろと言ったって言いなさいよ」 「麗ちゃん、こんなエ合のが多いんだから、よっ。ほど気をつかわないと馬鹿をみるわよ。 麗子は黙々として食べながら、先輩たちの話を注意深くきいている。私も気がついたが、麗 子はナイトオで働く女の中では目立って器量よしだったので、若い男が何かと話しかけたり、 帰りがけには麗子の手を握りしめてチップを渡したりするのである。あんまりもてすぎるのも 身をあやまるものたと思うから皆が自分たちの経験にてらして注意するのだが、それも麗子が いかにも育ちがよさそうに見えるからに違いなかった。 しかし船の中と違って、麗子は実によく食べた。痩せの大喰いという一一 = ロ葉があるけれども、 まるで飢えた者がいきなり丼飯を与えられたときのように、丼に顔を突っ込むようにして、箸 色 を動かしている。 非私はそっと竹子に訊いた。 「あのひと、いっから来ているの ? 「ええと、そうやな、まだ五日になれへんで」

8. 非色

非色 実際、他のアメリカ人も多分そうなのであろうが、女性優先の国のトムは、私と結婚すると 結婚前よりもっと私に仕えるようになっているのは事実だった。彼は帰ってくると、食事の支 度を手伝い、食後の皿洗いをして、私には殆ど後片付けをさせなかった。仕事以外の外出はい つでも私と一緒で、映画もダンスも私の手を握ったまま片時も離そうとしない。母が訪ねて来 ても、この態度は少しも変らなかったから、昔者の母など仰天するほど感心してしまったもの らしい。トムは、私の母に対しても大層忠実に仕えて、お茶も自分で淹れたし、キャンディな どもしきりに勧めた。そして笑子と結婚したことを今も喜んでいると幾度でも繰返した。 母が帰るときには彼も、 「ママさん、ハイ」 と言って、幾足ものナイロンストッキングを手渡したりした。砂糖や缶詰も高く売れたが、 こういうものはそれ以上にいい商品たったので、母は狂喜して卑屈なほどに頭を下げたもので ある。 へちよくちよく出入りしていたから、私が相談するに こんなわけで、母は私たちのア。ハート も、私の方から出かけて行く必要はなかった。 「こんにちは」 いつものように顔を出した母が、人口のドアを閉めてからショールをとり、 「アメリカさんの家は温かくていいねえ。今日みたいに風のある日は、日本の家の中には、 レディ・ファースト

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非色 387 「そうですか : : : 」 「あなたの御主人は ? 」 「今日は来ておりません , 「それはまことに残念です」 これはガーナ人との最初の会話だった。背は高い方ではなかったが肉づきのよいがっしりと した体格をしていて、黒い顔が大きく、眼も鼻も口も大ぎく堂々とした青年だった。彼と、そ れから彼と同じ皮膚を持ったチ = = ジア人だけが独身なのか一人で来ていた。声も大きく、ロ を開くと生々しく赤い舌が緩慢に動いた。神経がかなり太いらしくて、彼との会話には間もな へきえき く人々は辟易し始めたらしい。それを見てとったレイドン夫人はホステスの役どころとして彼 の相手になりながら、 「笑さん、笑さを と私を呼んだ。もうカクテルもスープも終って、テー・フルには食物が豪華にならび、人々は 皿とフォークを持ってその前に小さな行列を作っていた。給仕をする私の用事は殆ど終ってい たと言っていい 私が奥さんの傍に寄って行くと、恰度チ = ニジアの青年が皿に料理を山盛りにしてレイドン 夫人の傍に寄って来たところだった。 「これは日本料理でしょ ?

10. 非色

366 いるが、子供を抱くには堅い。フラジャーは不都合なので、上半身は丸裸だった。白人は女同士 の間では日本人のような羞恥心を持たない。大きな乳房を揺がせながら、彼女は戸棚をあけて 小型のスーツケースを取出し、そこいらに散らばっている彼女の持物をその中に投げこみ始め 「どうしたの、ナンシイ」 「出て行くのよー 本気で出て行くつもりらしかった。私は慌てて奥さんの部屋に入って、ナンシイが病院へ帰 ると言っていると告げたが、奥さんの方でもまだ眼を吊上げたままで、 「勝手にしたらいいわ。私の我慢にだって限度があるのですもの。私はアメリカ女の強情で 思い上ったところが大嫌い ! 出て行ったらどんなにさばさばするかしらとずっと思っていた のよ と、手のつけようがない。 子供部屋に戻ると、ナンシイはもう明るい緑色のワン。ヒースに着替えていた。、、フラジャーで 整えた乳房の先がビンと胸の上に突出ている。部屋履を脱いで薄茶色のハイヒールに替え、そ れからすっくと立上ると、清潔を旨とすべき子供部屋で彼女は金髪にブラシを当て始めた。 「私は始めからこんな家には来たくなかったのよ。いっ飛出そうかってそのことばかりずつ と考えていたわ」