女性 - みる会図書館


検索対象: あべこべ人間
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1. あべこべ人間

204 セイをみることはあっても、茂の名も写真も一度も眼にしたことはなかった。 兵頭女史はさかんにこれからの性の問題は、男性女性の対立とか女性の独立とかいうよう 、と書いていた。これからは、男のなかにある女性的な要素、また女性 な古い問題ではない にある男性的要素を、お互いが恥ずかしがらす発展させるのが問題だなどとのべたてていた。 それがきっかけで、あちこちに両性具有論などというむつかしい活字が眼につくようにな った。あたらしい流行語だった。 時々、茂の夢をみた。 ( ま、茂さん ) そう思うぐらい夢のなかの茂は、華かなスポットライトを浴びたスターモデルとして出現 していた。 さまざまな衣装を着て彼が現われるたびに、場内ではどよめきとも溜息ともっかぬものが ひろがり、ファッションよりも茂の美しさにみな圧倒されているようだった。そしてその一 番隅の席で春江はそっとその茂の成功に拍手している可哀想な女だった。 ずっとむかし、「ライムライト」という映画があったけれど、あの老いたチャップリンの 役を自分が演しているような気さえした。恋人の華かな出世の陰に、一人淋しく立ち去って いく見すてられた芸人ーーその気持が今の自分の気持だった。そう思った瞬間、眼がさめて、 ( あ、夢だったのか ) と思うことも亠のった。

2. あべこべ人間

300 あの娘が後列に腰をかけ、杉田と同じようにキョロキョロしている。 「だから、わたしは皆さまにこう言いたいんです。むかしは、わたしたち女性が自分のなか の男性的部分をみせると、女のくせにとか、女だてらに、と言われたものですが、これから は女性も自分のなかの男性的要素をもっと発展させるべきたと思うのです。そして逆に」 と兵頭女史の話は佳境に入っていた。 「男の方たちも、恥すかしがらすに、その女性的な部分を発展なさるといいのです。男のか たが。ヒンクのブラウスを着ても、わたしたちは笑わないようにしましよう。逆に、女性が男 つぼく振舞っても、目くしらをたてないでもらいたいんです」 拍手があちこちで起った。もちろん、それは兵頭女史のサクラで講演の要所、要所でこう 拍手するために来ているのたった。 杉田はロビーの出口近くにまわり、講演が終って出てくる聴衆を待っていた。そこならば、 と思ったからだ。 ますリノを見落すことがない、 やがて、人の流れが四つの扉からあらわれ、その四つの支流が一つの主流になって出口に むかってきた。 そのなかに春江の姿もあった。 「あら」 彼女は目ざとく杉田をみつけ会釈をして、 「お久しぶりでした」

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平生は見すごしてしまうそんな記事をみると、ひょっとして茂が、このプロレスの王者に 例の薬をうったのではないかと胸がさわぐのだった。 ふしぎな事件は別にもあった。有名な女優の関野慶子の撮影が突然、中止されたという。 理由は、彼女の声が突然、男っぽいものになり、耳鼻咽喉科の医師が診ても、その原因がっ かめないためだ。この時も、春江は茂の仕業ではないかと疑って、兵頭女史に電話をかけて みた。 女史は早速、調べてみよう、と約束してくれた。 それだけではなかった。春江はその夜、奇怪なあり得べからざる夢をみた。一つだけでは なく、一つの夢が終るとまた別の夢が出てきた。 第一の夢はどこかの大きな劇場である。春江が従姉のスズ子とショーを観ていた。舞台で は山口百恵が歌をうたっている。 ( 百恵ちゃんはとっくに引退ばして、友和さんと結婚ばしたとに、どぎゃんして舞台にたっ とるとじやろう ) とふしぎに思った。 情とに角、百恵ちゃんは舞台で歌をうたっていたのだ。何曲かが終ると、今度は彼女は一曲 ごとに衣装を変えていった。何曲目かに、腿もあらわなビンクのレオタードを着て、そのう 純 しろに一人の女性のダンサーを踊らせながら歌った。 それがとっても素敵で、

4. あべこべ人間

298 を埋めていた。 「男女両性の具有について」というムッカしい題が、今日の彼女の講演の題だった。 まず気障な若い司会者が兵頭女史の紹介をしたあと、胸に白い造花をつけた彼女がつくり 笑いをうかべて演壇にたった。 「みなさん、今日の私の姿をごらんになって、これは男の服装ではないかとお思いになるか もしれませんねー と、さすがに講演のうまい彼女は、聴衆の興味をひく話からはしめた。なるほど、彼女は 一見、男の背広と思われる服装を少しアレンジした恰好だったのである。 一体だれがこれが男の服装で、これが女の服装だときめたの 「でもよく考えてみましよう。 、え。そんなと 、え。警察ですか、いし 、え。総理大臣ですか、いし でしよう。法律ですか、いし りきめは本当はないのです。そんな区別は、実は我々が勝手にあると錯覚している幻影なの ですねー 彼女は、そう言って皆の反応を見るように間をとった。そういう点はやはり、しゃべり上 手だった。 「それにもう一つ考えてみましよう。肉体的なちがいを除いて、男は本当に何から何まで男 の要素でなりたっているでしようか。女は本当に何から何まで女の要素でなりたっているで しようか。男の心にだって女性的な要素はありますよ。女の心にたって男性的な要素はあり ますよ。男はすべて男、女はすべて女、というほど人間は単純じゃないんですー きざ

5. あべこべ人間

元気良い声をだしたものの、胸をドキドキさせながら浴室のドアをあけると濛々たる湯気 のなかで、バス・キャップをかぶった兵頭先生の白い裸身が、こちらをむいて立っていた。 くら同性とはいえ、前を覆いもせす、生れたままの姿を 赤くなったのは春江の方だった。い みせて恥ずかしくないのだろうか。 「背中、流してくれる ? 」 先生は猫のような声をだした。 こわごわとシャポンをつけたスポンジを持って、兵頭先生の。ヒンク色の背中を洗いはじめ ると、 「だめよ。そんな恰好じゃ。あなたの着ているものがズ・フ濡れになっちゃうじゃないの」 ジーンズの裾をめくりあけ、腕まくりした恰好だったが、先生は、 「せめて、プラジャーとパンテイだけになっていらっしゃいよ。何なら裸になってもいし とよ。どうせあとであなたもお風呂に入るのでしよう」 と春江が顔を赤らめるようなことを平気で言った。 「いいです。どうせ、これ洗濯しますー 「恥ずかしがりねえ。男の人の背中を洗うならとも角、女性が女性の背中をみるのにどうし てそんなに赤くなるの」 先生はしばらく背中を洗わせてから、 おお も、つー 2 、つ

6. あべこべ人間

と杉田は思わすひとりごちた。 、 - 女にとってはエリダベス・テ 一方、若い春江はつまらなそうにそのテレビをみてした。彼 ーラーは、母親の世代の女優にすぎなかったからだ。 「プレミアショーは、来る十二日、帝国劇場で開かれます。皇太子ご夫妻もご臨席になると のことです」 そのアナウンサーの声を・ほんやりきいていた杉田は、突然、 「あツ」 と叫んだ。 ( 岡本茂はひょっとして、このエリダベス・テーラーを狙わないたろうか ) 直感的にそんな想念が稲妻のように頭にひらめいたのである。 ( 岡本茂は一応、女性になっている。女性になった以上、こういうニ、ースを見れば、世界 一の美女といわれるエリダベス・テーラーに一種の嫉妬に似た敵意を抱くだろう。もし俺が 茂の立場で、あの薬を持っていたならば、あの薬をエリダベス・テーラーにうってみたいと 思うたろう ) 方 行「そうだ」 の ートレスやポーイまでこちらを向いた。 彼の声に、春江はもちろん、ウェ 茂 「そうだ帝国劇場だ。エリダベス・テーラーだ。君、十二日に帝国劇場に是非来てください」 彼は早口に自分の想像を説明した。だが、春江は少し疑わしげに、

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「勝一平氏は最近、自作の芝居のはねたあと、新宿駅に向う途中、酔っぱらい女にからまれ、 背中を何か針のようなものでさされたという。氏はおカマ論争でホモ族の恨みをかっていた ので、その女性 ? にからまれたのではないか : : : 」 兵頭女史はそのゴシップ欄を読み終った春江に、 「ねえ、この女って、ひょっとしたら、あなたの探している茂しゃないかしら」 「どうしてでしようか 「わたし、思いあたるフシがあるの」 と兵頭女史は声をひそめた。 「実はね、昨日、わたし雑誌の企画でこの勝さんと対談することになっていたのよ。ところ が、対談の場所に行っても、彼がなかなか現われないでしよ。四十分ぐらい待たされたんだ けど、やっと彼が現われた時、様子が変なんだ」 と兵頭女史は思い出し笑いをしながら、 「あの人は、平生は気の強い人なんだけど、その日は何だか元気がないの。そして、どこと なくいつもの彼とちがった体つきをしているの。それはわたしだけでなく、同席した編集者 も速記者も感したわよ」 「じゃあ、その人、注射で女になったとですかー 「どうもそうらしいね。首から肩の線が丸味をおびて何となく女つ。ほくなっているのよ。そ の上、あれほど嫌いたった筈のおカマを、認めるような口ぶりさえしたんだものね」

8. あべこべ人間

聴衆は、噛んでふくめるような女史の話しぶりに聴き耳をたて、引きこまれていった。 「男のなかにも女の部分があります。女のなかにも男の部分があります。それを無視して、 男の世界、女の世界とはっきり区別する時代はもう過ぎたのです。男のなかの女の部分を成 長させてもいいじゃありませんか。逆に、女のなかの男の部分を大いに刺激してもいいじゃ ありませんか」 それから、彼女は自分の胸をゆびさして、 「だから私はあえて今日、こんな服装でここに参ったのです。いかが、宝塚の男役より素敵 でしよう」 と聴衆を笑わせた。 兵頭女史が熱弁をふるっている間、杉田の眼は四百人ちかい聴衆のあいだを動いていた。 そのなかにリノーー岡本茂の女装した姿がないか、と追い求めていたのである。こういう 言いかたは悪いかもしれないが、聴衆のなかの本当の女性たちにくらべて、リノのほうがも っと女らしく、もっと美しいから一眼でそれは見わけがつく筈だった。 杉田の視線は前列から真ん中に移動し、そして後列のあたりで。ヒタリととまった。 方 行 ( おや ) の と彼は眼をこらした。 茂 それはリノではなかった。いっか兵頭女史が新宿の酒場につれてきた 四したーーあの娘たった。 たしか春江とか

9. あべこべ人間

ニューヨークに独立した店をもって、アメリカの女性を相手に活躍しているんだ」 おなご 「そりや、女子の人ですかー 春江は、あのアパートで聞いた言葉を思い出しながら、たすねた。茂が一緒に住んでいる 女は、一体、だれだろう。 「いや、男。でもどうして女だと言うの ? 」 「さっき、うち、茂さんのア。ハートに行ったとです。そしたらそこの人の、茂さんの女子の 人と一緒に住んどらすって言よらしたですー 「・ほくのアパートに、君が ? ・ほくが女と一緒にいるって ? 」 きようがく その瞬間、茂の顔に狼狽と驚愕が走り、 「うそだよ しかし次になぜかうれしそうな顔をして、 「何をまちがっとるんかな。ああ、そうか」 そう言ってニャニヤと笑った。 「親類の女の子が時々、来るもんね。洗濯や掃除に」 春江はその親類の女の子に嫉妬心を感した。男の部屋にノコノコ入る彼女が不潔なような 気持がする。そして女の直感で、彼女と茂との間に何かロで一 = ロえない関係も出来ているよう に思えた。 「なして・ほくのア。ハート のわかったとね」 しっと

10. あべこべ人間

と茂は皮肉を言った。高野は男性の茂を愛してくれたが、女性に変ってからは指一本触れ ようとしなくなったからだ。 「少しならっきあおう」 と高野はうなすいた。例の薬を茂が盗んだかどうか聞きただしたかったからだ。 以前に二人がよく行った大久保のホテルにタクシーを走らせた。 それはこの界隈にいくつでもあるホモ専用の旅館の一つだった。顔なしみの女中が一一人を いつもの部屋に案内してくれた。 窓から新宿のネオンが空を赤く焦がしているのが見え、 「なあ、茂。俺にだけは正直に言ってくれよ」 その窓から新宿の灯を見ながら高野は話をきりだした。 「本当のことと言うと ? 」 茂はうすら笑いをうかべて、 「何のことですか」 「例の薬のことた。金山さんから、例の薬を盗んだ者がいる。犯人は誰かわからない」 「へえ、そうですか」 「茂、率直にきくが、お前は何も知らないのかね」 「どうして、そんな疑いをかけるのです」 「かけるというわけではないんたが、お前がそんな体になったことで、金山さんに恨みを抱