思っ - みる会図書館


検索対象: あべこべ人間
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1. あべこべ人間

いたから、一向に苦にならない。むしろ、こうした家事一切からやがて解放されて、久しぶ トをたすねることが出来るかと思うと、胸がドキドキした。 りにあの新宿の茂のア。ハ そうして一週間たった。スズ子の夫の手術はもちろん成功した。 「もうそろそろ重湯をたべてもいいそうよ。赤ん坊と春江ちゃんに会いたがってるわ。でも 赤ん坊は病院につれて行かない方がいいと思うの」 と従姉は言った。 茂に会えるのも、もうじきだと春江は思った。春が来るのを待っ北国の人のように、彼女 はその日を、夜眠る前いつも考えるのだった。 梅雨だというのに、かんかん照りで八月を思わせるような日、病人が退院してきた。 「やれやれ、やつばり家が一番いいな。なにしろ、病院の飯はますくて : : : 」 とス、ズ子の夫は物珍しそうに部屋をみまわした。そのスズ子は赤ん坊に頬すりしながら、 「よかったね、 ハ。ハが退院して : : : 」 としあわせそうな声をだした。 「春江ちゃん、ご苦労だったな。なに、手術などやってみればへのかつばだったよ」 会あれほど癌ではないかとビクビクしていたくせにもうスズ子の夫はすっかり威張りかえっ ている。スズ子はうなすいて、 再 「ほんと、もう何も手伝わなくていいから、うんと東京で遊んで平戸に帰りなさいよ。兵頭 先生にも挨拶に行った方がいいわよ」

2. あべこべ人間

129 試作品 「そこが限界です。美容は五十。 ( ーセントごまかせますが、あとの五十。 ( ーセントは突き破 れません。あとの五十。ハーセントとは彼の男としての肉体です」 「もしもこの岡本茂の男を変える薬でもあれば、と思いますよ。しかしそんな薬は世界中探 してもみつからないでしよう。よくホモの男性が女性ホルモンを使ったり、手術で胸をふく らませたりしますが、ボディの線だけはどうしても改造できません」 金山は黙って何か考えこんでいた。それから押ボタンを押して、ふたたび杉田を呼んだ。 「杉田君、あの薬、どうなっているかね。もう分析は終ったのか」 「終ったと思います」 「思いますでは困る。すぐに調べたまえ、この電話を使って」 やがて杉田は電話の結果を金山に報告した。 「分析表も出来ていますし、またそれにのっとって試作品も幾つか作ったそうですー 「結構だ。その試作品をここへ持って来させなさい」 金山は秘書に命じると、回転椅子をギイと軋ませて高野と岡本茂に向きを変え、 「高野さん、今、あなたはこのリノの体を女にする薬があったらなと言われましたね」 。し、たしかにそう申しました」 「それではその薬が出来ていたとしたなら、どうします」

3. あべこべ人間

「ねえ、赤ちゃんものの売場にいってみましようか」 「そうだな」 また数カ月先のことなのに、夫婦の足は赤ちゃんの産着や可愛い靴下をならべているコー ナーに向った。 そしてそこで食いいるような眼で品物をみつめた揚句、 「少し休もうよ」 と九階のティールームで休憩をとることにした。 「ねえ、この頃はあなた、会社から晴々した顔をしてお戻りになるわねえ」 とアイスティーを飲みながら純子は言った。 「前は時々、憂鬱そうだったけれど 「そうかな。別に何も変ったつもりはないけれど : : : 」 一。田社長の金山がこの頃 杉田はお茶を濁したが、心のなかで女はやはり眼が鋭いと思った。リ すっかり変化したのだ。というより、女性的に変ったと言ってよい。その秘密を知っている のは彼だけだったから、昔のようにビクビクしなくなったような気がする。その表情が帰宅 向 訪時の彼の顔に正直にあらわれるのかもしれない。 「流行も随分変ってきたわね。わたしの娘時代と」 と何もしらぬ妻は言った。 「ほう、どう変ったと思う

4. あべこべ人間

「どう言われた ? 「宝塚の男役になったらよかしやろうってー 「そうだろうな、あの人の言いそうなことだ。君、ちょっとここへ来なさい」 高野は手まねきをして、春江にそばに来るようにいった。 「私は美容師だ。ニ = ーヨークの五番街にあるエリザベス・ガーデンで働いている。しかし 私は、男性、女性を超越した新しい人間美をつくってみたいと思っているのだ。今もこの岡 本茂の顔に自分の美をつくろうとしていたのだ」 「もし君が差し支えなければ、その君の顔を素材にさせてくれないか。君の顔は私の芸術欲 をそそる」 と彼は食い人るような眼差しで春江をみつめた。 「高野さん」 と横から茂は、 「じゃあ、この子にも化粧してみたらどうでしよう。そして、・ほくのスポーッシャツをちょ 造っと着せてみたら」 「無理たろう」 と高野はちょっと思案したが、 「君、やらせてくれるかい」

5. あべこべ人間

140 しかし彼はその願望をぐっと堪えた。秘書のそんな気持に気づかぬ金山は、 「リノ、これからはゲイ、ポーイとしてではなく、女として一カ月間、休暇のつもりで、うん と楽しみたまえ。女として」 と ~ 戊に一一 = ロった。 いつもとはちがって、二人が帰ろうとすると、金山はわざわざエレベーターまで送ってき てくれた。それは今日、彼がいかに満足しているかをよく示していた。 「ところで、金山さん、女が男になる薬もお持ちだと言っておられましたね」 と廊下を歩きながら高野は急にたすねた。 「ええ、それがどうかしましたか」 「茂が女に変化したように、一人の娘を男に変えてみたいと思いませんか」 「もちろん、思いますよ。しかし、そういう物好きな娘がいますかね」 「物好きかどうかは知りませんが : : : 承知してくれそうな女の子を知っています」 と高野は答えた。 「ほう、面白い。ぜひここへ連れてきてください。あなたのおみたてならリノ同様、うちの 専属モデルになってもらってもいい」 と金山は微笑を浮べた。 ビルの外へ出た時、茂は突然、高野に言った。 「先生、わたしここから一人で帰ってみたいと思います。女になった自分を、一人でしつく

6. あべこべ人間

230 「馬鹿なまねをするな。誰かが入ってきたらどうする 金山は必死で冷静を装ったが、相手はせせら笑って、 「二人を便所のなかで同性愛をやっている連中だと思うだろうね。今日、・ほくは男ものの服 を着てきているから、まともな人間は、おカマだと想像するだろう。そうすりゃあんたの名 に泥がつくよ 「やめてくれ。話し合おう。話せばわかる」 金山はもう必死だった。情けないことだが、そう言った時の声がふるえていた。 「君の条件は金か」 「金じゃないよ」 「何た」 「この薬をたしかあんたの研究所で何本かもっと強力なものを試作するといっか言っていた ね。その薬はどこにある。全部もらいたい」 「全部といっても、研究所に七本しかない」 「じゃ、こっちへ来い。もし変な真似をすると注射液を注入するそ。もう半分注入したけど 金山はズボンのチャックを開いたまま、ゆっくりと便器から体を離した。そして大便所の ポックスのなかに入れられた。 「いい、刀

7. あべこべ人間

152 「春江ちゃん、何を言うの」 ます兵頭女史がたしなめた。 「折角、金山さんがあなたを一流のモデルにしてあげるとおっしやっているのに 「うち、別に男なんかにならんでよかです。おなごのままでよかです。いくら流行だって、 そぎゃん流行についていきとうなかですー 「そう興奮しないで。他の客がこちらを見るわ、春江ちゃん」 とあわてて女史は金山の方をチラッと見た。 「いや、この娘さんが心配するのはもっともです」 と金山は苦笑しながら、 「春江さん、君は注射をうてばもう二度と女に戻れないと錯覚しているのではないかな」 「もしそう思っているのなら、し配はいらないよ。男になった君に、今度はリノ君にうった 女になる注射をうてば、君はふたたび女に戻れるのだから。だからいやになった時はまた、 元の女になれるのだ」 「まあ」 春江の代りに兵頭女史が驚きの声をあげた。 「その薬、そんなに自由自在に性を変えることが出来るのですの」 「そうですー

8. あべこべ人間

284 だが、近所の人のいぶかしけな視線に気づくと、彼女は急につくり笑いをうかべ、 「さあ、早く入って、ご飯にしましようね」 と、とってつけたように笑った。その夕食の時間、気まずい気持で彼は箸を動かしていた が、妻のほうはさすがに夫と子供に怒鳴りすぎたと思ったのか、近所の噂話を一人でしゃべ っていた。 「あんな贅沢なことを子供にお・ほえさせてどうするのかしら、ほんとうに橋田さんの奥さん の気持がわからないわよ。幼稚園の子供に大人のつけるようなアクセサリーをつけてよろこ んでいるんだから」 食事が終ると、彼は黙って立ちあがり、 「ちょっと煙草を買ってくるよ そう言って外に出た。いつも以上に自分のみしめさが感しられ、息子の痛烈な批判が胸に ひっかかって仕方がなかったからである。 坂をおりると、そこは商店街になっている。煙草屋は既にしまっていたが、時々行くスナ ックで買うことができた。彼は憂さをはらすために水割りの一、二杯を飲んで戻ろうと思っ 「今日は元気がありませんね」 と店の若い主人がビーナツツを入れた小皿を出して話しかけた。 「ああ、イヤなことがあってね

9. あべこべ人間

118 「でも、・ほくは、髪を切った春江ちゃんのほうが素敵たと思うよ」 と茂が横からそう言ってくれた。 その茂はすっかり若い女性の恰好をしていた。娘の服を着て、かつらをかぶり、顔に化粧 をして : こうして高野は茂と春江とを彼の素材にして彼のイメージを具現しようと何回もこころみ その二人に化粧しながら、高野は外形ではなく、心も別の性になりきらなくてはいけない と言いつづけた。砂袋を股につけた。フリーフを春江にはかせるのも、感覚的に男が毎日、ど んな気持で歩き、足を動かしているかを味わわせるためだった。 「いいかい。今日からはできるだけ男になった気持で生活してごらん。自分は今、女じゃな 、男たったらと思うんだよ 春江はそんな高野の要求に抵抗を感じた。しかしはじめは面白がって茂と一緒にやってい たこの遊びが少しずつ春江のなかにも特別な感覚を植えつけてきた。 「どうだい。女になりきった茂と男になった春江ちゃんが二人っきりで一時間をすごしたら 何回目かの日曜日、二人をそれそれ「女ーに変え「男ーにした高野は満足そうに自分の作 品をながめていたが、急に煙草を灰皿にもみ消してプイと立ちあがった。 「私は一寸、そのへんを一まわりしてくるよ

10. あべこべ人間

336 そこにはすっかり牝に変ってしまった一匹の猿が いや、そうではなかった。清はふんそりかえって威張っていた。彼はまわりの牝猿に自分 の力を誇示するように、尾をビンとたてていた。 「どうしたんです。清がまた牡に戻っている 「そうですわー 「あたらしい薬ができたのですね。元に戻れる薬がー 、え。そうじゃないんです」 と文子は微笑して答えた。 「今までの薬はある期間しか効力のないことがわかったんです。効力期間がすぎると、薬効 は解消し、もとに戻るんですー 「もとに戻る : : : 」 「だから清はもとの牡にかえったんですわ。御安心なさい。おたくの副社長さんももうしば らくすると、また男に還りますー 杉田はそれをきくと、イヤな気持になった。またあの金山広一郎が人使いのあらい、我ま まな男になると思うと : 春江と茂とは東北の平泉の駅でおりた。 昨日の夜行で上野を発って、夜汽車のなかで二羽の小禽のように肩をすりあわせて眠った。 、」とり・