立ちあがっ - みる会図書館


検索対象: あべこべ人間
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1. あべこべ人間

う気持ば消すこたあ出来んよ」 駄々っ子のようにそうくりかえす茂の気持が、春江には痛いほどよくわかった。しかし痛 いほどわかっても、どう慰めていいのかわからない。 「ひどか、ほんとにひどか。必ず・ほくばこうした人たちに仕返ししてやる。きっとしてや とうめくように茂はそう言った。 すでに部屋は暗くなり、窓には紫色のタ闇がひろがりはじめていた。その暗くなった部屋 のなかで茂はもののに憑かれた人のように呟きつづけた。 「きっと仕返ししてやる。きっと仕返ししてやる」 「いかんばい、そぎゃんこと」 茂は黙ったまま立ちあがった。それから一言もものを言わす、洋服簟笥から女物の服をと り出すとそれに着かえ、化粧をしはじめた。春江はびつくりしながら、すごいほど美人にな っていく茂の化粧ぶりをみつめた。 「さいなら : : : 」 一一一 = ロ、そう言い残すと茂は立ちあがって、風のように部屋を出ていった。春江はとめるひ まもなかった。 春江が従姉の家に戻った時はもう八時をすぎていて、 「あら、お帰り」

2. あべこべ人間

た。甘いムード音楽がながれていて、恋人らしい四、五組の男女が顔をつき合わせるように して向きあっていた。 隅の席で春江は茂の従妹が姿をあらわすのを待っていた。一「三人の客が入ってきたが、 いずれも男だった。五分たった。十分たった。そして十五分ぐらい経過した時、すこし体の 大きめの女性がうつむきかけんにガラス戸を押して入ってくると、こちらに背をむけて椅子 に腰かけた。 ( 茂さんの従妹かしら ) 春江はそう思ったが、しかし背中しかみえないので、どんな顔かわからない。 伝票を持って立ちあがった。そしてその女性のそばを通り抜けて、カウンターで伝票をさ し出しながら振りかえった。 眼と眼が合った。春江はもちろんのこと、相手の顔にも驚愕が稲妻のように走った。 「まア 店の客たちがびつくりしてこちらを注目するほど、春江は鋭い叫び声をあけた。眼前にい るのは茂の従妹ではなかった。まぎれもない、岡本茂その人たった。 かつら 岡本茂が化粧して、女の服を着て、鬘をかぶって坐っていた。彼は春江がびつくりするほ ど妖艶だった。 「なして、そぎゃん恰好ば : : : 」 春江の声に茂はあわてて立ちあがり、

3. あべこべ人間

ある。 「どうだい、今日は俺も美人を連れて来たろう」 と金山は店のママに紹介した。そのママは、斜視のために眼が色つ。ほくみえるような女だ 「まあ、ほんと。でもこんなお嬢さんがどうして金やんなどのお友達になったのかしらー やがて茂はそっと立ちあがってトイレに行った。何の異常もなかった。体は相変らず女性 のままである。 茂は何気なく脚に眼をむけた時、悲鳴のような叫び声をあげた。今朝よりも、もっと濃く、 もっとびっしり、すね毛がはえているのだ。脚だけはまったく男だった。 「どうしたんです」 トイレの外でママのびつくりした声がした。

4. あべこべ人間

っていただくようお願いしてみます。それでないと、あの岡本茂は、一部分だけ女で、あと は男という奇怪な人間でありつづけるのです」 「わかりました」 文子は立ちあがって、電話をかけに行った。そして戻ってくると、 「先生はまだ研究室にいらっしゃいます。今、お会いになります ? 二人は喫茶店を出て、鬼頭教授の研究室へ向った。 「わたくしも助手をやめるつもりですわ」 歩きながら文子はカのない声で呟いた。 、 - の前に立っ 研究室には小さな灯がともっていた。鬼頭教授は何か書きものをしてした。彼 た文子に、いぶかしげな眼をあげて、 「何の用だい」 とたすねた。 「先生、お許しください。わたくしはとんでもないことをしてしまいました」 事「とんでもないこと ? 」 その会話をドアの隙間から聞いていた杉田はいそいで中へとびこむと、 珍 「いや、加藤さんには何の罪もありません。悪いのは一切、この私ですー と叫んだ。

5. あべこべ人間

実験 金山広一郎をのせた外車は、その病院のなかに音もなくすべりこんだ。車が停車すると助 手席に坐っていた若い秘書がいそいでとびおりて後部席のドアをあけ、二人は午後の少し閑 散としはじめた病院に入り、受付で鬼頭教授に連絡をとってほしいと頼んだ。 「お約束ですか」 「そうですー 院内電話をかけて、教授の秘書と連絡をとった受付の女性は、 「研究室でお待ちです。研究室は : と教えてくれた。 七階までエレベーターにのった二人は、出口で迎えに来ていた秘書につれられ鬼頭教授の 研究室の前にたった。ノックすると、 「どうそー ドアをあけた向うに、本棚にかこまれた真ん中で教授が椅子から立ちあがって二人を迎え

6. あべこべ人間

珍事 お茶の水の喫茶店で、杉田は久しぶりに加藤文子を待った。契茶店はもの憂い音楽がひく く流れ、学生や勤め帰りの客で満員だった。それら若い客を見ながら杉田は自分の学生時代 うらや のことを思い出し、羨ましい気持になった。 すまじきものは宮仕えというが、彼は金山の命令に従って、自分の意に反した仕事をやら される時がイヤだった。たとえばこの間のように、加藤文子の心を惹きつけて薬をもらった 時のような自分がイヤでたまらない。 金山には人の感情などは平気で無視する二代目の強引さがある。その強引さが繊細な杉田 の神経を傷つける時があるのだ。しかしそれも妻を養うために、じっと我慢しなければなら ないのだ。 間もなく遅れた加藤文子の姿が、夕暮に曇った喫茶店の外にあらわれた。 , 彼女は少し悲し そうな顔をしていた。 「しばらく と杉田は椅子から立ちあがって頭をさげた。そして心のなかで、いっかのことをひそかに

7. あべこべ人間

「あの : : : 原宿の予備校ばたずねてきいたとですよ」 春江はまっ赤になり蚊のなくような声で答えた。 「すいません。そぎゃんつもりじゃなかとですけど、予備校に行って、こんにちはと言おう と思うたとですけど。この頃、学校にはこらっさんという話でしたせん」 「君も親切な人ばいね」 茂は皮肉ともっかぬ調子でつぶやいた。 二人はしばらく沈黙していた。 「あの店でアル。ハイトばしとっとですか」 「うん、東京は金がいるもんね」 「どぎゃん仕事ですか」 「平戸娘は昔から好奇心が強かな」 と茂は苦笑して、 「ポーイの仕事。さあ、行かなくちゃ。まだ東京におるとや」 「ええ、 いつまでもおられんし」 「残念だなあ。もうちょっとおれば、東京の面白い所ば案内したとに」 彼は伝票をつかんで立ちあがった。恨めしい、悲しい気持で、春江はそのあとをついて外 に出た。そして茂は自分のことなど路傍の石ぐらいにしか思っていないとしみじみ感じた。 女の心は微妙なものだ。

8. あべこべ人間

と春江はます弟に一喝してから、 「ばって、母さん。うち、東京で自分のお婿さんば見つけてきたよー とわざと静かに一 = ロった。 「え ? 予想したように狼狽と驚きの表情が顔にうかんで、 「あんたが ? 自分で ? どぎゃん人ね、それは」 「母さんも、知っとる人ー 「母さんが知っとる人。誰ねー 「平戸観光ホテルのすぐ近くにいる岡本さんところの息子ー 「岡本さんの息子 ? 」 狼狽した顔にやっと安心の色が覆いかぶさって、 「それで向うもそん気になっとらすとね、お前と結婚するっていう : ・ 「そんでなかったら : : : 」と春江はゆっくりと返事をした。「こぎゃんこと、母さんに言わ 向 方母ははねるように立ちあがって、 「父さん、父さん」 と今のことを父親に知らせにいった。父が寝そべってテレビを見ている茶の間で、二人の ひそひそとした話声が聞えてきた。春江の顔には勝利者の快感に似た笑いがにしみ出ていた。

9. あべこべ人間

武見太郎先生も、お出来にならないたろうー 杉田は絶望を感して眼をつぶった。小心な彼は、茂が苦しんでいる姿を、これから毎日見 るのは耐えられないと思った。 「そうですか : : : 有難うございました」 肩を落して彼は椅子から立ちあがり、頭をさげると研究室を出た。 「杉田さん、お待ちになって うしろから文子が追いかけてきた。 「絶望しないで。わたくしからも先生にお願いして、一日も早く、第三の薬をつくっていた だきますから : : : 。清をご覧になりますか」 「ええ」 文子はポケットから鍵を出して、実験室のドアをあけた。飼育された動物や藁の臭いがむ っと鼻についた。 「可哀想な清」 と文子は呟いた。隅の檻のなかで、その可哀想な清が頭をかかえてしやがんでいた。確か 事に清は隣の檻の牝猿にくらべると、牡のようなたくましさをもっていた。しかし何かその全 身にコンプレックスが感しられた。 珍 「清は恥しているんです。恥しるたびに、こうして頭をかかえているんです」 「何を恥じてるんですか」

10. あべこべ人間

「どうだ、考えてみないか」 「実は、・ほくはほんとうは予備校生なんです。自分の将来について迷っているのですが、も し金山さんが・ほくの将来について、ある保証をくださるのなら : : : 」 「もちろん、その保証はするさ」 「でも・ほくは実際にそのミックスセックスの人間になるため何をしたらよいのですかー 「うん、まず、体ががっちりしているわりに、部分部分が非常に女性的だからちょっとした 手術で、君は今とちがった人間になるだろう」 金山はまるで馬の値ぶみをするように、茂の体をジロジロと見た。 「えツ、美容手術をうける ? 」 「もちろんさ。それも、いわゆる美容整形とちがう特別のやり方でねー と金山はこともなけに答えた。 「しばらく考えさせてください」 と茂はうなだれた。どのような手術を受けるのか知らないが、顔や体にメスを入れられる のはこわかったのである。 画 「ああ、 計 業意外とあっさり金山はうなずいて、 事 「よく考えた上で、・ほくに電話をくれ給え」 それから彼は立ちあがって、勘定書きをとりあげた。そして、意外にも。ハーを出てそのま