考え - みる会図書館


検索対象: あべこべ人間
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1. あべこべ人間

「金山さんがそんなに私の考えに共鳴してくださってうれしいことですわー と兵頭女史は感激のあまり声をふるわせた。 「そこで先生、お宅で働いておられるこの娘さんにやはりうちのモデルになっていただきた : し力がでしようか」 いのですが : 金山は肝心の春江の方は一向に見ないで話をきりだした。それは彼のいつもの手で、ます まわりをしつかりかためてから、本丸を攻略するためだった。 「この春江ちゃんを ? お宅のモデルに ? 」 「ええ、そうですー と金山は重々しくうなすいて、 「もちろん、我々は彼女をリノ君と全国的に売り出すため、テレビ、雑誌を使うつもりです。 彼女は新しいミックスセックス時代の先駆者になるでしよう。ねえ、高野さんー と高野の同意をもとめ、 「しかし、そのためにはこの娘さんもあの注射をうっていただかねばならないのですがー 「まあ、おたくには女が男になる薬もあるのですか」 金山が自信ありげに胸をはった時、春江は横から叫んだ。 「イヤです。わたし、そんな注射うたれるの、イヤです」 だれも春江がそんな声を出すとは思いもしなかったので、一様に鳩が豆鉄砲にうたれたよ うな顔をした。

2. あべこべ人間

126 てきた。高野は突然たずねてきた非礼を詫びて、金山のすすめるソフアにきちんと腰かけ、 「お忙しいと思いますから、手つ取り早く用件を申しあげます」と要領よく本題に入った。 「金山さんはこの岡本茂君に、これからの時代はミックスセックスの時代だとおっしやった そうですね」 「ええ、言いましたよ 「そしてこの岡本君に、 ですね」 「それが : : どうかしましたか」 と金山は卓上の煙草を手にとって、相手を威圧的に見た。 「いやいや、そのお考えに私はまったく共鳴したんです。私はニーヨークで美容をやって いまして、これからの時代はおっしやる通りだとかねてから思っていましたので」 「それで : : : 」 金山は冷やかに煙草の煙を口からはきだして答えた。相手の言い分がこちらに無害とわか っても、それを無視した態度をとるのが商売のコッたと思っていたからだ。 「そこで、お願いがあるのです。あなたのミックスセックスの美容をこの私にやらせていた だけませんか」 精悍な顔だちをした高野は、顔に似合わない低姿勢で頼んだ。 「正直申しますと、私は前からこの岡本茂を自分の作品の素材として選んでいたのです。あ ミックスセックスのモデルにならないかともおすすめになったそう

3. あべこべ人間

の会話を耳にした時・ : 「タア子、妊娠したってー 「だれの子よ」 「もちろん、相手したたれかの子ー 瞬間、春江のすべての疑問はとけた。東京はおそろしい町たと、さっきの予備校の生徒が 叫んだが、そのおそろしいことがもう眼前にあらわれたのである。 眼をまわしたとん・ほのような顔をして春江は国電にのった。 平戸では考えも出来ぬことである。高校生ならとも角も、まだ完全に大人にもなっていな い女子中学生が、父親ほどの年齢の年寄りに体を売るなど、平戸ではたれも考えもしない だろう。あの狭い町では、同し年齢の男女が歩いただけで、たちまち噂のタネになるのであ る。 新宿にむかう国電のなかで、彼女はまわりにいる男たちがみんな痴漢にみえた。真面目な 顔で本を読んでいる男たちが、一皮むけばさっきのいやらしい紳士と同しような気さえして くる。 ( こぎゃん東京に茂さんは住んで、大丈夫じやろか ) と彼女は窓外に群立する新宿のビルの海をみながら、ひどく心細い気持になった。 駅を出て茂の下宿に行くまで随分、時間がかかった。新宿は平戸の町の数倍の広さがある ということを春江は知らなかったのである。

4. あべこべ人間

282 わぬふりをして、 「ただいま」 と言ったが、母親の硬直した顔を見るとギョッとしたように眼を大きく見開いた。 「お帰り」 母親はわざと猫なで声をだした。 「勉強、うまくいった ? 」 「今日は何を塾で教えてもらってきたの」 「な。せ黙っているの。返事が出来ない何かでもあるの。あんた、まさか塾に行かないで、他 で遊んでいたんしゃないでしようね」 「ほくは、もう塾に行かない」 突然、意を決したように叫んだ。 「もう、こんな毎日はイヤだ。朝から晩まで、勉強、勉強なんて、もう絶対にイヤだ」 「まア」 妻の顔は真っ青となり、思いがけぬ子供のロ答えに、驚愕のあまりしばしものも言えない ようだった。 「何ていうことを言うのよ。あんた、自分が将来どうなるか、考えもしないの」

5. あべこべ人間

326 「ううん、嬉しかとよ。これで、うちも : : : 茂さんと同しごと、性転換のできたもん。女に 。だから男になれるなら、 なった茂さんはおなじ女子のわたしば好いてくれる筈はなかでしょ うちは嬉しかですもん」 茫然として茂は微笑さえしている春江の顔を見た。茫然としていたのは、今の彼女の言葉 の裏にある愛情の烈しさにびつくりしたからだった。 彼は、春江がこれほど彼を好いてくれているとは今まで気がついていなかった。まして女 か男かわからぬ体になった自分を、心のなかでは嘲笑しているのではないか、と思っていた のだ。 「病院に見つかるといけんもん。廊下にだれもおらんか見てきて」 「ああ 「いけんよ、明日からはうちが男で、茂さんは女せん。男の言葉ば使わんごとして」 「うん」 茂の眼からあついものが流れ出てきた。 「最後のアン。フル : と・彼は由、、こ。 「最後のアンプルば君にうっとは考えもせんじゃった」 「男の一一 = ロ葉ば使うたらいけんと言いよるとに。コラ、使うたら承知せんそ おなご

6. あべこべ人間

252 そうとしか感しなかったのた。 。こが、今 全身でぶつかってくる春江の愛情が茂の胸にじんときた。この子は自分の性を変えてもい いとさえ一言ってくれるのだ。男になってもよい、そして茂と結婚しよう、と言ってくれてい るのだ。 ゆがんだ茂の気持に、はじめて春の水のように暖かいものがあふれ出た。 「なア」 と茂は春江をいたわるように言った。 「君のそん気持は嬉しかよ。ばってん、・ほくはこのままですます心にはとてもなりきらん。 わかるしやろ」 「それはわかるばって : 「・ほくはこの薬ばたしかに盗んだばい。それは・ほくばこぎゃん体にして、使いもんにならん と、あとは知らん顔ばしとる連中に仕返しばするつもりじゃった。ばって、今は少し考えの 変ってきたとさ」 春江はだまって茂の話をぎいていた。茂の胸は春江のそれよりはもっと豊かで、大柄な女 性を連想させた。これが二年前までは高校生の制服を着て、通学をしていた男の子だったの 「春江ちゃん。・ほくは鼠小僧次郎吉になるつもりたい」

7. あべこべ人間

「今日、高野さんという人に会いました」 と春江がその夜、兵頭先生にいっさいうちあけると、先生の眼がキラキラと光って、 「それで : : : それで : ・ とはずんた声を出し、 「やつばり、わたしが思った通りね。あなたが男の子の恰好をしたら、どんなに素敵だろう と思ったのは、わたしだけじゃなかったのね。高野さんといえば、美容界では一匹狼だけど、 ちょっとしたものよ。その人がわたしと同じ考えをもっている。これならたしかよ」 「高野先生は、わたしに時々モデルになれって」 「いいじゃないの。どうしていけないことがあるの」 兵頭先生は春江がびつくりするほど積極的に賛成してくれた。しかし、彼女が心のなかで 何を考えていたかわからない。 こうして日曜毎に、春江は公然と岡本茂のアパートをたずねるようになった。そこでは高 野が茂と一緒に彼女を待っていることもあったし、高野一人だけで、準備にかかっているこ 造ともあった。 「君、隣の部屋でこれをはいて来たまえ」 第二回目の時、高野は紙袋から男用のプリーフを出し、春江に渡した。 「まず形から男にならなくちゃだめだ」 っこ 0

8. あべこべ人間

「もち、茂さんたいね」 「ばって、どぎゃんしたらよか ? みんなの眼の前で手渡せんもん 「うちは郵送するつもり」 とみえ子は言った。 「自分の名前ば書いて ? 」 「そりや、そうたい、ほかに方法はなかもん」 ようし、こちらは、この何も知らぬ友だちと違った方法をとらねばならん、と彼女は頭を ひねった。 彼女たちはバレンタインデーにそなえて、茂の住所を互いに交換しあった。狭い町で、ち よっと歩けば必す顔見知りの人に会うような平戸だから、茂の住所など、調べるまでもなく すぐわかった。茂の家は観光ホテルのすぐ真下、オランダ商館の石段をおりたところにある 工務店だった。 「近いうちに、あなたが倖せになるような知らせがあります」 これが春江の茂にたいする第一報だった。 端春江の考えは、この手紙によって、茂が言いようのない興味をおこすことだった。彼が手 紙を学校へ持っていって、友人たちに見せ、話題にしてくれれば、しめたものだ。 発 二通目は、それから一週間後に出した。 「ふたたびくりかえします。あなたの倖せになる日が近づいてきました。楽しみにお待ちく

9. あべこべ人間

伯母の怒るのは無理もなかった。平戸のような町で生活するには、人から陰口を言われす、 実直一方な男の人にかたづくのが一番だった。そんなことは母親や伯母に言われなくとも春 江にはわかりすぎるほどわかっていたのに、見合いをした三人の青年は、彼女の心の琴線に 少しもふれないのだ。 「あんた、そのうちにだれからも相手にされんごとなるよ」 と母親も嫌味を言った。だが、。 とうしても気持が動かない。 ( わたしはまた茂さんば好いとるとやろか ) たが、東京で茂のやりはしめていることや、彼をとりまいている人たちの考えには、とて もついて行けなかったのだ。だからこそ春江はこの平戸に戻ったのではなかったか。 ( 今頃、茂さんはまだ東京であぎゃん人たちの言いなりになっとるとしやろか ) せまい平戸の町では、どこからも入江を渡るフェリ ーポートが見え、そのエンジンの音が 聞える。夜の八時になると、小さな商店街がすっかり戸を閉じてしまい、そしてあけはなし た窓からは潮風の匂いが入ってくる。 海鳴りの音と共に、大きな楠の葉すれの音も聞える。この町にはあちこちに楠の大木があ 窓辺に腰かけ、春江はその葉ずれの音を聞きながら、フ = リーポートが入ってくるのを眺 めた。入江の向うには、平戸城が照明に照らされて・ほんやり浮びあがっていた。そしてまだ

10. あべこべ人間

「失礼ですが、金山さまでいらっしゃいますか。光栄です」 と挨拶すると、 「気に入ったよ と意外に謙虚なポーズをとった。それから水割りを飲みながら、連れてきた二人の男に、 「君たち、よくここを見ておき給え。・ほくの考えでは、これからの若い世代には、男性とか 女性の区別が、なくなるそ。服装や態度で、どんどん消えていくと思うのだ。すでにその傾 向ははじまっているが、もっと極端化されると思うね。だからファッションなどにも、思い きって新しいものをとり入れるコーナーをうちの店につくってみたいのだ」 「しかし、それはまだごく一部の趣味だけでしよう : ・ と男の一人が反対すると金山は首をふって、 「だめだな。この間、三宅一生さんや山本寛斎君と話したけれど、あの先生たちはこの・ほく の計画に両手をあげて賛成してくれたよ。うちのデザイナー部はどうも保守的でいけない。 それじゃ、まるで他のデ。ハ ートと感覚が同しじゃないかー 彼等はしばらくそんな商売上の話に熱中していたが、やがて茂に気づいて、 「いや、失敬。野暮な話をしたな」 そう言って茂の手を握った。 茂には経験上、ほんとうにホモの客と、そうでない客との区別が、 . 手を握った時の感触で わかる。