珍事 再会 仕返し・ 純青 鼠小僧次郎吉 茂の行方 : ロ 意外な方向 : 解説にかえて佐藤愛子 ・ : 三 0 九
322 ていた。 「すみませんー と春江は声をかけた。 「何ですか」 「掃除婦の恰好をした人がここを通りませんでしたか、 「え ? 掃除婦 ? 」 けげん 看護婦は怪訝な顔をして、 「あなた、どなたですか。面会なら、もう時間はとっくに終りましたよ」 「エリダベス・テーラーさんの病室ば教えてください」 「ファンの人ね、帰ってください。ファンの人の面会は禁止されてます」 「そぎゃんことじゃなかです。大変な事です」 と春江は必死でたのんだ。 彼はトイレのなかで石護婦の = = ホームに着かえていた。 = = ホームは帽子さえ別にすれ ば、どこの病院の看護婦もたいてい使っている標準型だった。 彼は掃除婦の上っ張りをトイレのなかにおいて人影のない廊下に出た。 ポケットにはもちろん注射器とあの薬のアンプルとが入っている。 アンプルは最後の一本だ。鼠小僧次郎吉となった彼は、他のアン。フルを弱い者を苛める奴
鼠小僧次郎吉 彼等はこの界隈にある暴力バーがどんなに その若いサラリーマンたち二人は不運だった。 , こわいところか知らなかったのである。 小雨のなかを、焼鳥屋で飲んだ二級酒がすっかり彼等をいい気持にさせていた。気が大き くなった二人は、ついフラフラとキャッチガールの誘いにのったのだ。 「ねえ、飲んでって。二千円で飲めて、そして、さわらしてあげるからー 「さわらせるって、どこを ? 」 「わかってるしゃない、 ーマンは無邪気に顔を見あわせ、 二人の若いサラリ 「行くか」 次と小声で相談しあった。女は二人の腕にぶらさがるようにして、雨にぬれた路を案内した。 彼等が連れ込まれたのは、ギラギラと電気が。ハラフィン紙に反射し、そのくせ四方の隅が 洞窟のように暗い店たった。すり切れたテープが三年前の藤圭子の演歌を鳴らしていた。ポ ックスに二人が腰をおろすやいなや、今まで見えなかった隅の暗闇から、化けもののような
「鼠小僧次郎吉 ? 」 なんのことだろう、一体 : 「こん薬あ人間の性を変える奇蹟的な薬ばい。今までアインシタインも湯川秀樹博士も考 そん薬が存在し、そればこん・ほくが持っとるとば知っとると えたことのなか世紀の薬ばい。 は、春江ちゃんのほか三、四人しかおらんじやろ」 「ほくはこん薬ば使うて、世のなかばアッといわせることもでくるたいね」 彼女は自分がみた夢のことを思いだしていた。山口百恵がステージで男になり、力士が女 ひょっとして、茂はそのようなことを行い、世間をアッと 性に変ったあの奇怪な夢を : ・ いわせるのたろうか。 「どぎゃんことば : : : 、茂さん、するつもりねー 「どぎゃんこと ? なして春江ちゃんはそう言うとね」 春江は仕方なく、自分のみた夢のことを告白した。顔を赤らめて、然るべきところは言葉 情を濁しながら : ・ 茂は笑いだした。それはあの日以来、彼がはじめてみせた笑いだった。 「そりゃあよか」 茂の笑いはとまらなかった。 253
252 そうとしか感しなかったのた。 。こが、今 全身でぶつかってくる春江の愛情が茂の胸にじんときた。この子は自分の性を変えてもい いとさえ一言ってくれるのだ。男になってもよい、そして茂と結婚しよう、と言ってくれてい るのだ。 ゆがんだ茂の気持に、はじめて春の水のように暖かいものがあふれ出た。 「なア」 と茂は春江をいたわるように言った。 「君のそん気持は嬉しかよ。ばってん、・ほくはこのままですます心にはとてもなりきらん。 わかるしやろ」 「それはわかるばって : 「・ほくはこの薬ばたしかに盗んだばい。それは・ほくばこぎゃん体にして、使いもんにならん と、あとは知らん顔ばしとる連中に仕返しばするつもりじゃった。ばって、今は少し考えの 変ってきたとさ」 春江はだまって茂の話をぎいていた。茂の胸は春江のそれよりはもっと豊かで、大柄な女 性を連想させた。これが二年前までは高校生の制服を着て、通学をしていた男の子だったの 「春江ちゃん。・ほくは鼠小僧次郎吉になるつもりたい」
「ええ」 「一体、その薬を君は何に使うつもりなの」 「ほくは鼠小僧次郎吉になるのですー と茂はニャニヤ笑いながら答えた。春江とちがって杉田にはその意味がすぐわかり、 「あの薬を使って、次郎吉の真似をするの ? 狙う相手は ? 」 「今の世の中にはいくらでもいるでしよう。人を踏みつけにする奴、威張っている奴、人の 悲しみのわからない奴。その中からターゲットを決めるつもりですー 茂の答えに杉田はだまった。 彼はこの時、茂を非難するよりは羨ましいとさえ思っていた。金山広一郎の下で杉田は毎 日、宮仕えの辛さを味わわねばならなかった。たとえば、金山の命令であの加藤文子を傷つ けねばならなかったし、その時のいやな記憶は杉田の胸から消えることはなかった。 ・こ , かり 茂があの薬を盗み出した時、狼狽した金山の姿を見て、彼は心の中で痛快な気分さえ味わ ったのだ。 情金山が事業のため、利益のために使おうとしている薬を茂が奪いとった、そして鼠小僧次 郎吉になろうとしている。 純 「リノ君、よくわかったよ」 と杉田はうつむいた顔をあけた。
「そんなら、・ほくのこれからすることに、ロば出さんね。・ほくがあの薬ば使うてやることに、 ロば出さんどけよ。・ほくは鼠小僧次郎吉になるせん」 「一体、何ばするつもりですか」 「それは今は言えんよ。ばってん、春江ちゃんだけに一つ教えとこう。やがて、この東京で、 とてつもなか事件のおこるそ。テレビでその事件ば見たら、このぼくの仕業だと思うてもか まわんよ。そしてその上で、ぼくの行為ば判定してくれー 茂はそれだけ言い終ると、あとはロ笛を吹きながら引越しの荷物をつくりつづけた。 それ以上、春江が何を質問しても、微笑するだけで答えてはくれない。 「ばってん、茂さんはおそろしかことばするのではなかでしようね」 「大丈夫さ。・ほくはこれでもへマはやらん」 「警察につかまるようなことではなかでしよね 「さ、それはどうじやろか」 何を言っても茂はそれ以上、秘密をあかしてくれす、 情「春江ちゃん、お寿司でもとろうかい」 春江は東京に来てはじめて、茂とこの部屋で食事をした。お寿司の魚はどれも生気がなか 純 「こぎゃんものを食べとる東京の人に、平戸の魚ば味わわせてやりたかね」
たちをこらしめるために使ったのである。 あの新宿の暴力、、ハ 1 の、、ハーテン。あの男は以来、店で、、ハーテンをやめ、ホステスとなった が、客たちも相手にしないそうだ。 、彼女はどこかに去ってしま ストリップ劇場で後輩をいじめていた意地悪なストリッパ あの気弱な夫、彼は今、大威張りで家庭のなかで父として、夫として当然の地位を確保し ている。すべて、めでたし、めでたしになった。 そしてこの最後の一本。この一本を彼は鼠小僧次郎吉としてではなく、自分の欲望のため に使おうとしている。天下の美女といわれたエリダベス・テーラーを、今から男性に変えて しまうのた。 これほどの大魔術が世にあるだろうか。 これほどの世界的な魔術は、故引田天功だってできなかっただろう。 エリダベス・テーラーが男になる。全世界はびつくりする。世界の大新聞 , ーー・・イギリスの タイムスも、アメリカのニーヨーク・タイムスも、フランスのル・モンドも、中国の人民 着日報もこの大ニ = ースにとびつくにちがいない。 それほどの大魔術の秘密がこの小さな、可愛いアンプルひとつにかくされている。 結 ガランとした廊下に出た。時刻は八時半だが、夜の病棟は医師も見舞客もなくて空虚だっ
306 ていた。「肩こりにポッキリ、ソレキリ。ハン」や「世紀の美女エリダベス・テーラー、来 日ショー」のが画面に出ていた。 「一体、彼はどこにいるんだろう」 と杉田はカなく呟いた。金山からどうしてもリノを探して来い、と厳命されたのに、もう 手がかりになるものはすっかりなくなった。このまま手ぶらで帰れば、あの我儘な副社長は きっと腹をたてるにちがいない。 さび ( だが、身から出た錆じゃないか。こうなったのも、元々、あなたのせいなんた ) 杉田の心には、自分を毎日抑えつけている金山広一郎に、リノがもうしばらく不安な眼を 味わわせてほしいという、やや陰険な願望もないではなかった。 ( 鼠小僧次郎吉なら、我々サラリーマンのために、横暴な上役たちをみんな女にしてもらい そんな馬鹿けたことを考えながら、彼は・ほんやりとテレビの方に眼をむけた。 ニュースの時間で、実直そうなアナウンサーがしゃべっていた。 「世紀の美女と言われたエリダベス・テーラーが、彼女の最後の主演作品ともいわれている 映画『春の愁い』のプレミアショーに出席するため、今日、日本に到着しました」 画面には成田の飛行場から、新聞記者や関係者に迎えられ、笑みをうかべタラツ。フをおり てくる大スターが映っている。 「老けたなあ、彼女も : : : 」
鼠小僧次郎吉 261 さ は か - ー 1 ーー 1 - ー 1 無けノくおカ 日音・ っ 断 で何 ポあそ と 儿 や 茶た ー客劇闇 い談ー んう と ノ、 の 隅サ さ を じイ う ァ たは やが し な にそ ァお て ン ん サ フ ン連 か 暗 な 紅 & いカ、 も が じ リ の ん . フ っ 、時だ カ ; は リ ゆお いにく な と や で っ勘待眼 オよ マそ五 り らし 頼ぼん く 。万持よ ン のお つを 冫こ し、 女客みけヵ て光姿が ン り こ日」 力、 で つ がさ も のと いらをそんをて たお は ぼ ぼん し 。飲 かたせ消 な越 う 0 く 人人 はな み 、し怒勘 のき く し はがの に別し た鳴定たさ り 0 . る っ数さ ビ な ビかサ ち し 冫こ が断 字 ら と / し せ て フ 、あを み らノレ を た 回 リ て ノレ 窺 今 る 圭 つな を の をし く ど ま も い れ いか コ 獣 し つん ッ て、 でのて ン 、の か持 プ の 甘 よ よ つ え や持 う て て 杯 オよ あ も ら た た で か な は た が け か く な を り と ひ 立 ろ ち か れ = 一口