「ど , つき、れました ? 、凩〈き、ん : ・・ : 」 おび 雄吉は怪訝そうというよりは、法えた気配で歌代を見ている。 「先生 : : : 」 歌代が一歩進むと雄吉は一歩下り、 「どうされました ? 何かあったんですか、奥さん」 目が不安に光っている。 「先生・ : : ・」 私、先生を愛してしまいました : 「ああ、もう、何もかもいやになって : : : 」 という愚痴つばい一一一口葉だった。 「何もかも私の背中におぶさってきて : : : 夫は仕事以外のことは何もしてくれす、 ・ : 私一人でがんばって支えているんで 姑も子供たちも家庭のことはいっさい、 す。料理、洗濯、掃除、買物、アイロンかけ、草むしり、家計の切り盛り : : : 誰 も助けてくれず、認めてもくれない : : なぜ私ひとりが、こんな思いをしなくち ゃならないんでしよう。これが女と一一一口うものなんでしようか : 姑が好きなの でキンビラゴボウを作っていましたら、突然、カーツときたんです。こんなに大 という筈なのに、実際に出たのは、
二度と同じアヤマチを犯さないことを願うョ」 もっともらしい顔を亜矢は歌代に向けた。 「カノコのおっかさんによると、雄チャンの結婚はそもそもが間違ってたんだと。 いただいちまったんだってよ。 つまりスエ膳ってャツを据えられて、ついつい もし雄チャンがアソビ馴れた男だったら、喜んで食ったりしなかっただろうけど ね、いうならば、ナンですよ、 ハラベコの子供に握り飯見せつけたようなことに なったんだ、ってネ : : : 」 「なにをいってるの、亜矢、やめなさい : 「だって事実なんだからしようがないよ。そもそも母チャンなんかのゼネレーシ ョンは現実を直視しないことをョイコトだと信じて : : : 見ザル、聞カザル、イワ しい間チガイ ザル、が美徳と思って、それでやって来た。そのため、しなくても、 をやらかしてきた世代なんだな。ハッキリ見る、明央にいう : : : それがタイセッ なんでありンスよ」 さえぎ 亜矢は遮ろうとする歌代にかまわすつづけた。 「それにしても雄チャンはどうやって陸欲を処理してるんだろ ? ソープランド : しかしあの , つるさいチビをソープランド へ行ってるのか、愛人がいるのか ? ・
めでたい、めでたいって、何がめでたいんだろう。 新しい年が来たって騒ぐけれど、なんで、今日を一月一日、新しい年だと決め オしか。そうすれば、余計 たんだ ? 十二月のつづきで十三月一日でもいいじゃよ 刀旨でとか、年賀状とか、 なこと、オセチ料理とか、チャラチャラキモノとか、ネ = = ロ シチメンドクサイことをしなくてすむのに。 年賀状といえば、トコロ三郎から年賀状が来た。 「新しい年、新しい気持でセマリたい。 勉学とスポーツと、そして君、津島亜矢に」 ときたのには笑っちまった。 父、母、ばあさん、透と共に、八幡神社へ初詣でとやらに行き、雄チャンに会 みち 鳩帰り途、一緒にぶらぶら歩いているうちに、タモッがションペンをしたいとい つい出してとりあえす我が家に寄ることになった。 ションべンをさせたらすぐに帰るのかと思っていたら、いつの間にか父サンと ひ雄チャンとで碁がはじまって、おふくろはいそいそと、蜜柑を運んだり、ヨウカ ン切ったり。 みかん
健太郎がいうのを、亜矢は一言のもとにいなした。 「ほかに褒めるものがないからだよ」 「困ったもんだ : と健太郎は歎息したので、歌代は思わず、 「すみません」 と謝る。こんな娘に育てたのは母親の責任だ。そう思いはするが、しかし、で は歌代の、母親としての、いったい何がいけなかったのかと考えると、歌代には 何も思い当たることがなく、ただ当惑するばかりなのである。 おおしまつむぎつい 今日は歌代は五年前に作った大島紬を対で着ている。大島紬にもビンからキ リまであるが、歌代のはビンとキリの間で、どちらかといえばキリの方に少し近 きよみず いかもしれない。五年前に清水の舞台から飛び下りるような気持でヘソクリをは たいて買ったものだったが、 着る機会といえば一年に二度か三度あるかないかで、 だからせめて正月は着て、モトをとりたい、 という気分である。 住宅地の外れのだらだら坂を下りて、氏神様である八幡神社の鳥居をくぐる。 とんきよ、つ その時、亜矢が頓狂な声を上げた。 「やア、雄チャンがいるワ ! 母さん」
189 ひとりほ。っちの鳩ポッポ 家あッ 中中るクとの亜 の学 失生レあおは 笑のモる好ま を時ンがきだ 買はみ っ駅たあと度 いれいも 。のながう恋 お交男恋昔愛 巡番がなのと りのいの映い さ中いか画う 、どでも をのとうジの 好おいかヤを き巡 - つ にりて分ク験 なをはで・し 好皆もレた たき にわモ つらをが はな ってな見な カた ノ コと つあいす彼生 きるわるにの 添 れん熱時 そたなをに てのもら上 も時のジげお らもでヤた熱 ただけなのを錯覚してるんだよ、と分析してやったら、そうかなア、アヤは頭い なア、理性的だなアと感心しているのにはまた笑っちまったが、今、こう書き ながら突如、湧き出て来た憤怒に我がペン持つ手は慄える。 お安く見るなよ、トコロ ! 33
しっとしん といったけれども、歌代には嫉妬、いも妄想も起きたことがなかった。なのに、 今、ヌリカべによって惹き起された嫉妬心が次々と淫らな想像をかき立てる。身 体が熱くなり息苦しくなる。歌代はそれから逃れようとして、あてもなく足早に 歩いた 気がつくと、いっか自宅の前に立っていた。門灯がいつもと変りのない平和な 光を灯している。歌代が帰って来ると思ってか、玄関に錠は下りていない。哥仁 はカなくガラス戸を開けた。こうなったら開けるよりしようがないのである。 「ただいま」 そらぞら 明るくいうつもりが空々しい大声になっていた。 「おや、帰って来たよ」 ハチリ、健太郎が独り碁を打 奥でひさ子の声がした。玄関を上ると、パチリ のっている音が聞こえる。肉を焼いた匂いが廊下に残っている。 ち っ 「ただいま」 レ」 もう一度いって茶の間に入った。何の変化もない、昨日もその前もまたその前 ひ も、ずーっとつづいて来た津島家の夜の顔がそこにある。健太郎は碁を打ってい る。ひさ子は本を読んでいる。透は寝そべってテレビゲームをしている。亜矢も
ら会ってごらんなさいよ」 ひさ子はたたみかけて行く。 「そりや美人なのよ。ご主人が交通事故で亡くなって子供はないのよ。すぐお隣 ここの家でお会いになればいいわ」 だから、気軽に、 「まア . 「先生だってこのまま、すーっと一人でいるわけにはいかないでしよう ? 」 「それはそうですが : 「なら早い方がいいわ。タモッちゃんが小さいうちの方が : : : 」 「それはそうですね」 「ね ? そ , っ思 , つでしょ ? 「そうですね」 鳩雄吉はだんだんその気になって行くようだ。 ち っ 「実は一番困るのが、やつばりタモッのことです」 引「そりゃあそうよ。子供を育てるには絶対女手がなくちゃ : ひ「そうですね。それは痛感します」 しいですね ? お話進めても ? 」
「やめてもらいましょ , つか : 皺を集めたお握りみたいになっていった。 「せつかく、楽しんでいるんだ : ぶぜん 歌代は憮然として一一 = ロ葉もない。家族のことなんか何も考えない男だと思ってい たが、案外、優しいところもあったのだ。 しかし、案外優しいところがあったことがわかったとしても、それによって健 太郎への新しい愛情が生れるというわけではない。気の毒だけれども、なんてジ ジムサイ男なんだろう、と思う。この人に何の病気が似合うかといえば、やつば り痔病みというイメージなんだわ、と思う。 おののくような幸福感を一度も味あわせてくれたことのなかったこの男。その 鳩代り、不幸な目にあわせたということもないこの人。どこといって文句のつけよ ぜいたく 。うのない夫。もしも文句をつけたら、それはお前の贅沢だと八方からやつつけら れることはわかっている。幸福でもなければ不幸でもないといった生活の、その とばんよう 凡庸さに不満を持つのは「悪い妻」なのだ。 「悪い妻」でもいし
。それは敗戦直 クと、ロに入れるとポサポサしてへんな匂いのした黒いバン : 後の殆どの日本人の食卓風景だったが、子供時代のそんな貧しい食卓を思い出し 歌代は自分で自分がわからない ては、今の幸福に感謝する毎日だったのに : とら なぜ、妻に逃げられたという高校教師にこんなに心が捉えられてしまったのだろ おも 弋ま自制せずに、その想いの中に身を : なせ ? なせ ? と思いながら歌イ。 沈めていくのだった。 歌代は六時に起きてすぐに表を掃く習慣を変えた。大槻雄吉が八時になると、 三つの男の子を私設保育所へ預けるために、歌代の家の前を通って行くことがわ かったからである。 「この間雄チャンに会ったよ。うちの前で」 ある日、亜矢がひょっこりいったので歌代は顔が熱くなった。 鳩「チビを連れて歩いてたよ。可哀そうに、権藤さんチに預けてるんだとさ。権藤 「のおばさんてのはそりや、きついんだからね。三歳児のしつけとやらに情熱燃や 第してるんだってよ。何でも若い時、男に捨てられて、そのハライセというか、情 ひ 熱の吐けロというか : : とにかく、子供の保育に全生涯を賭けているんだと。他 人の子供の保育に情熱を注ぐというのも、考えてみたらサミしい話だわなア」 ほとん
あちゃんとはちがうのよ : : : と呟いている。ひさ子は年寄りのくせに気が若くて 家事が嫌いである。本好きで議論好きでどんなににしくても茶碗ひとっ洗ったこ とがないが、歌代はそれにも馴れた。 この人も姑としてはいい方かもしれないわ : うぶゅ 子供が生れても、産湯ひとっ使わせてくれたことのない姑で、歌代は透を産ん だ後、三歳の亜矢を抱えて過労で倒れたこともあった。けれども家事も家計も育 児も、すべて自分の思う通りにして来られたことは、有難かったと思っている。 イ、なるほど、そういう 何かにつけて一家一言あるその癖を呑み込んで、ハイ、ハ ひところは、ああ、こ 考え方もあるんですねえ、と感心していれば機嫌がいい の人がいなければ、私の生活ももう少し楽しいものになっただろうに、と思った ものだったが : だから、私は幸福なんだわ : 編棒をあやつりながら、改めて歌代は自分に向っていってみた。 何も不足はないわ : それなのに歌代の心は、大槻雄吉への思慕でいつばいになっている。 いったい、なぜ ? どうして ?