思う - みる会図書館


検索対象: ひとりぽっちの鳩ポッポ
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1. ひとりぽっちの鳩ポッポ

川「大槻先生ってハンサムねえ」 はじめての授業参観日から帰って来て、亜矢にそういうと、 「アレがかね工 ? 」 びつくりしたといわんばかりに、頭のてつべんから声を出し、 「ポッポだね工、ハ トボッポ ! 」 「ハトボッポってなあに ? 「ハトボッポってのはハトボッポだよ。わかんない ? : バカげてる : ・つてこと」 「じゃあ母さんがバカげてるっていうの ? 」 大槻の雄チャンをハンサムっていうんだから、ハトボッポだよナア」 亜矢にそういわれても、歌代が大槻雄吉をハンサムだと思うことに変りはなか はみが 「大槻先生の歯って、歯磨きのテレビコマーシャルに出したいようねえ : : : 強そ まぶ うで、固そうで、まっ白に光ってるわ。若さそのもの、眩しいようだわ」 いうまいと思っているのに、つい、そんなことをいってしまった。 つ ) 0 子供つばくて、無邪気で

2. ひとりぽっちの鳩ポッポ

128 あて だんす 歌代は洋服簟笥を開けた : とこへ行くという当はないが、外出着を着れば行く 先が決るような気がした。三年前に作った春のワンピース、思いきってサーモン ピンクを買ったら、 「何よ、いい年して」 と早速、亜矢にいわれた。それで急に着るのが恥かしくなって、手も通さずに 簟笥の肥しにしていたものだ。歌代はそのワンビースを着て白いハンドバッグを 持った。時計を見ると五時少し前である。手近の紙にポールペンで書いた 出かけて来ます。夕食は外ですませて来ますから、適当に仕度をして食べ て下さい あ 「皆さまへ」と書いた。亜矢やひさ子に宛てすに「皆さま」と書いたところに、 家族全員への挑戦がある。 誰が食事の仕度をしようと知ったこっちゃないわ ! と歌代は思った。女だか ら食事の仕度をしなければならないということはないって、新聞に書いてあった わ、と思った。そうだわ、今日からそう思うことにするわ : : : 透でもひさ子でも 健太郎でも亜矢でも、誰だっていし 自分たちで好きなようにすればいいんだ こや

3. ひとりぽっちの鳩ポッポ

どんなことがあっても、この気持を家族に吾られてはならない : : : 抑えな 0 抑えなくてはいけよ、・ ふ そう思っているうちにいっか秋は更けて、玄関脇の梅もざくろもすっかり葉を 落してしまった。毎朝、門前の道端を掃く楽しみも、あとは亜矢が中学生の時に しらか、は 北海道旅行から持って帰って植えた三本の白樺の、すっかり背が高くなった枝か ら舞い散る枯葉がおしまいになれば、終ってしまう。 たけば、つき 歌代は竹箒を動かす手を止めて、名残惜しく白樺の枝を見上げすにはいられ ない。表を掃く時間が短くなれば、大槻雄吉を待ちうける時間も短くなる。あの 日 ( 大槻雄吉が子供を保育所に預けに行くために、歌代の家の前を通ることを聞 いた日 ) から今日までの一か月余りの間に、歌代は七回、雄吉と会うことが出来 た。そんなに会えたというのも、梅やざくろや白樺などの落葉樹のおかげである。 わき

4. ひとりぽっちの鳩ポッポ

亜矢はあっさりいい 「ホンじゃあネ」 わら と立ち去る。間もなく歌代の孤独を嗤うように、賑やかな笑い声がどっと湧い 「つまりネ、我が家においては春は父さんの痔からやってくる、ってわけよ。外 はまだ冬だけど、父さんのお尻だけはもう春を感じてる : : : 」 笑い声の中から、ひときわ高い亜矢の声が聞こえて来て、歌代は健太郎のこと を思い出した。健太郎は昨日から痔の具合が悪くなって、今日も朝から二階で寝 ているのである。いつもなら座敷で寝ているところなのだが、今日は来客のため に二階の透の部屋にいる。階下の笑い声を、夫はどんな気持で聞いているのだろ ツ、つ・ . ワ・・ 鳩そう思うと急に健太郎が気の毒になって来た。妻は年下の男への想いにじれ、 ち 子供らはその持病を茶飲話のタネにしている。にもかかわらす、彼は愚痴もこば 引さず怒りもせす、ただじっと痔の痛みに堪えて働き、黙々と妻子を養っているの 自分が孤独に落ち込んだからといって急に夫を思い出すのも現金すぎるかもし

5. ひとりぽっちの鳩ポッポ

148 「私たち、散歩がてらコーヒーを飲みに出て来ましたのよ」 訊きもしないことをいってにつと笑った。笑うと桃色の歯グキが剥き出る。 し力が ? ・凩〈き、まも。こ一緒に . そういってから雄吉を見上げて、 「ねえ ? ご一緒したら ? 」 という様子はまるで夫婦気どりである。 「はあ : : : でも」 歌代は迷った。決して遠慮をしたわけではない。 さっきの無愛想にひきかえ、今のこの愛想よさは何だろう、と思う。おそらく てきがいしん は彼女は歌代に敵愾心を燃やし、 ( それは恋する者の敏感さであろうか、あるい は香代子と雄吉を見合させた張本人として歌代を憎んでいるのであろうかよくわ からないが ) 雄吉と仲のよいところを見せて、歌代に決定打を与えようとしてい るのかもしれない。だとすると、このまま誘いに乗らずに家に帰った方が、後に なって苦しまなくてすみそうだ。だがそう思いながら歌代は、 「ご迷惑じゃあ : : : 」

6. ひとりぽっちの鳩ポッポ

そういって雄吉は笑っている。下手に遠慮をしたりしない若々しさが歌代には 好ましく思われる。 その時から歌代の身体は、倖せがふくらんで風船のようにフワフワしているの だった。夜、眠る前には明日は何を作って持って行こうかしら、と考える。そう だ、正月のおせち料理も作って持って行こう。錦卵ときんとんと黒豆はどんな子 ゴマメは子供には向かないかもしれないが、これも縁 供でも好きにちがいない 起ものだから少し持って行くとして、ほかに煮しめ、なます、なまこ、照り焼 : とメモ用紙に書き並べては、家事の合間に眺めている。 タモッの風邪の熱は下ったが、母親のいない子供のためにタ餉の買物の帰りに 茶碗蒸しを届けに行く分には、誰も怪しみはしないのである。 「お母さん、この頃、妙に色つばくなったじゃないの」 鳩ある夜の食卓で亜矢がいった。 ち 「何だか急に若返ったみたい」 ひさ子も改めてしげしげと歌代の顔を眺め、 ひ「ほんとだ。そういえば、頬がツャッャしてるねえ」 「ねえ、お父さん、そう思わない ? 」

7. ひとりぽっちの鳩ポッポ

見上げ、小首をかしげて男に何か話しかけている。 フン、小首なんかかしげやがって : : : カマトトめ ! びたい と亜矢は思う。ああいう格好を媚態というんだ、あんな風にすれば男が喜んで 気に入ってくれると思ってる、その根性がだいたい好かぬのだ、と思う。カノコ 。ゝいたら、そういい合って、うんと軽蔑したい。女が首なんかかしげて男の気に 入られようとしている限り、日本の女性はまだまだ解放されないだろう。しかも こび その男がだよ、首をかしげて媚られるのにふさわしい男だというのならともかく そこまでひとりごちて、突然亜矢は「あっ」と声を出した。小首をかしげて男 を見上げている女は香代子で、男は雄吉であることがわかったのだ。雄吉は腕を 上げて、川端の桜の花のついた小枝を折ろうとしている。 の「こらーっ」 ち 亜矢は叫んだ。雄吉と香代子が驚いてふり返る。 「公共の桜の枝を折るのは誰だア : ひ いいながら亜矢は二人の方へ近づいて行った。 「なんだ、亜矢ちゃんか。おどかすなよ」

8. ひとりぽっちの鳩ポッポ

し / ルでーしよ、つ ? ・」 反対してもらいたいという気持からいったことだったのに、相手は一も二もな く賛成して声に熱を籠めた。 「そりやそうですわねえ、子供の母親だから、なんていってらっしやるけど、本 音はやつばり、愛しているからでしようね工、そういうもんですよ。男と女の門 ってものはねエ・ 歌代はつぶれた胸を抱いて家へ帰って来た。 きまじめ 歌代は自分の性格を生真面目な性格だと思っている。生れてから嘘をついたこ とは一度もない、などとはいわないが、少なくとも嘘をつくことは嫌いである。 相手が誰であれ、自分は人の信頼を裏切るようなことは出来ないと思って今日ま ぎた で来た。週刊誌やテレビなどで、妻の浮気が取り沙汰されているのを見ると、心 日

9. ひとりぽっちの鳩ポッポ

十二月も二十日を過ぎると、歌代は今までのどの年の瀬にもなかった胸の脹ら みを覚えるようになった。 今までは年の暮が近づいて来たと思うと、それだけでもう、いやアな気持にな ったものだ。毎日毎日が慌しくにしく過ぎ、主婦とは家庭の奴隷であるとっくづ く思うのもこの頃である。 嬉しいことといえばポーナスが入ることぐらいなもので、あとは一年のうちに 溜ったガラクタの片附けや、。 カラス拭き、障子の張替、そしてお歳暮を持って行 もら ったり、貰ったり。夫が銀行の支店長ともなると交際範囲も広くなり、お歳暮の 数も増えてくる。それらの品物を、これをあっちへ、こっちをあそこへと、のし 紙を取り替え、包み直して送ったり持っていったりするのも煩わしい。 ( そんな に煩わしいのなら、貰ったものはとっておいて、別のデ。ハートから配送させれば

10. ひとりぽっちの鳩ポッポ

104 「挈鬢つでしよ、つか」 「そうよ、男がいつまでも一人でいられるわけがないんだから : いくら教師で も男は男ですよ。それにこの頃の教師なんて、教師の自覚が欠けているからねえ。 しよせん 教師たって所詮は、食うための職業だ、なんて思ってるのが多いから : : : そのヘ んのサラリ ーマンと同じよ」 「旱、 , つでーしょ , つか : 「だから、悪い女に引っかからないうちに、と思ったんだけど、こりや、手遅れ だったのかね工 : 歌代の頭にいつだったか「アカボリのおばちゃん」といったタモッの声が浮か んで来た。「アカボリのおばちゃん」と雄吉は、やはりただの仲ではなかったの 「しかし、歌代さん、これはナンだわネ。大槻さんはその女との仲を清算しよう と決心したんだね ? だから見合に応じたのよ。ところが、どっこい女は承知し : よくある話じゃないの、これはきっと女は年上ね。年上だから厚かまし いのよ。一所懸命タモッちゃんを可愛がったりしたんだわ、きっと。それでつい つい、大槻さんも引きすられたんだろう。ほら、昔からいうじゃよ、 オし、将を射ん