川「大槻先生ってハンサムねえ」 はじめての授業参観日から帰って来て、亜矢にそういうと、 「アレがかね工 ? 」 びつくりしたといわんばかりに、頭のてつべんから声を出し、 「ポッポだね工、ハ トボッポ ! 」 「ハトボッポってなあに ? 「ハトボッポってのはハトボッポだよ。わかんない ? : バカげてる : ・つてこと」 「じゃあ母さんがバカげてるっていうの ? 」 大槻の雄チャンをハンサムっていうんだから、ハトボッポだよナア」 亜矢にそういわれても、歌代が大槻雄吉をハンサムだと思うことに変りはなか はみが 「大槻先生の歯って、歯磨きのテレビコマーシャルに出したいようねえ : : : 強そ まぶ うで、固そうで、まっ白に光ってるわ。若さそのもの、眩しいようだわ」 いうまいと思っているのに、つい、そんなことをいってしまった。 つ ) 0 子供つばくて、無邪気で
の ち 亜矢の日記 〈二月二十六日〉 カタゴト廊下の押入を ひ日曜日なので思いっきり朝寝坊をするつもりだったが、・ かき廻すうるさい音で目が醒めた。 歌代は加宮夫人に聞いた一部始終を話した。 「 : : : ですから、このお話は、もう進めない方が : 歌代がいいかけるのにひさ子はとり合わす、 「大槻さんと会えば香代子さんだってきっと好きになるわ。ハンサムだし、 人だし、爽やかだし : : : それにお互いに連れ合いに裏切られた傷を持っているん だもの、よくわかり合えると思うわ」 歌代は何かいいたかったが、あせって何の言葉も見つからなかった。
んだろ、透」 「うん。ヌリカべって図体ばかりでかくて、無能なんだよな。妖怪大戦争でも、 吸血鬼に吸いっかれてすぐにやられちゃうんだ」 「こっちのヌリカべは気が優しいらしいよ。生徒にコケにされて、泣いてるんだ ってさ。カノコがいうには、泣いて雄チャンに訴える。雄チャンが慰める : : : そ のうちに二人の間に愛が芽生える : : : そういう順序をネラってるんだろ、ってい うんだけどネ」 「そんなヌリカべよか香代子さんの方がいいよ。大槻さんみたいなハンサムにヌ もったい リカべじゃ勿体ないわ。マチガイが起きないうちに、話を進めた方がいいかもし れないねえ ? 」 ひさ子がそういうのに対して、歌代は弱々しく、 「そうですわねえ : : : 」 としかいえないのだった。
と声をひそめる。 「どちらの恋愛 ? 」 「女の方にきまってるじゃありませんか。同じ学校の先生ですって。二人でカケ オチしたんですよ : 「まあ : : : 信じられませんわ」 ご主人 「ホント、私もはじめは信じられませんでしたよ。あんなハンサムないい を捨てるなんて : : : でも本当なんですよ。魔が差したんですよね。大槻先生もい ってらっしゃいましたよ。妻は魔が差したんですって。だから、そのうちに戻っ てくるでしようって : : いーい方なのよねーエ : : : 戻って来たら許すつもりなの 「そうおっしやったんですか」 鳩「ええ、私、無遠慮だもんですから、訊ねましたの、そうしたら、何といっても ち やつばり、子供の母親ですから、って : : : 」 呶「愛していらっしやるのね : : : 」 ひ 思わず歌代はいっこ。 「そうなんでしよう ? 子供のためというよりはやつばり愛しているから許した
「私ー。ーでも自分がどの程度の女か、よく知っているつもりでした。私なんかが 期待を抱いても無駄な相手だと思ってました : : : 年も上、顔だって : : : 」 と後は一 = ロ葉を濁し、 「ですから、ひそやかに、 ただ一人、胸の中にこのアイをはぐくんでいようと思 ってたのです。そこへ奥さんの駆落ちでしよう」 安枝はそういって一一一一口葉を切り、思わせぶりに歌代をじっと見つめる。歌代は胸 がドキドキして来た。 歌代は次の言葉を待ちながら、タモッと一緒に菓子ケースの中を覗いては、箱 にケーキを詰めさせている雄吉の方を見た。 ああ、三十四歳 , すがすが 何という若い、清々しい横顔だろう。この眉の秀でたハンサムが、この、たし
とつけ加えた。 「あのチビ、可哀そうには違いないけど、可哀そう可哀そうって、みんながチャ ホャするもんだから、この頃、いい気になって手がつけられないんだってよ」 亜矢は歌代の後ろからついて来ながらいった。 「カノコがいってたけど、前は十円のアメやったら喜んで食ってたのに、この頃 はタイドでかくなって、見向きもしないんだと。雄チャンのクラスの << がよ ってたかってチャホャしてるんだと。それも雄チャンがハンサムだからっていう ってカノコも感心して から笑っちゃうよね。中年のシュミってのはわかんない、 たわ」 歌代は黙って味噌汁の鍋をガスコンロにかけ、豆腐を切って入れた。 がよってたかってチャホャしてる、という一一 = ロ葉が頭の中を廻っている。 鳩「アカボリのおばちゃんにもらったの」とタモッがいったことがそれにかぶさっ ち 「アカボリのおばちゃん」は < の一人なのだろうか ? ひ「アカボリさんって亜矢、知ってる ? 」 いうつもりはなかったのに、気がついたら口から出ていた。
「さあ、何をしてるんでしよう。昼寝でもしてるんじゃありません ? 」 二人は食事をはじめたらしい。箸と茶碗の音がしていたが、やがてひさ子の声 「けど困ったもんねえ。亜矢にも」 いうことすることとても女とは思えません 「いったい誰に似たんでしようねえ。 ひど いや男の子というよ 「それもだんだん酷くなる。女の子じゃなくて、男の子 : ・ り、中年のおっさんと一緒に暮しているような気がすることがあるよ」 「亜矢だけがああでしようか。今はみんなあんなふうなんでしようか」 「お友達がいけないんじゃないの ? あのカノコとかいう : : : ひどく気が合って るみたいだけど。 : オーイフレンドでも出来れば、もう少し女らしくなるんだろう のけどねえ」 ち 「所さんが亜矢のこと好きだっていってくれてるらしいんですけどねえ」 あご 「所さん ? ああ、あの人ねえ。いい人らしいけど少し顎が長すぎやしない ? 」 かあ ひ 「お姑さん、男は顔じゃないってこの間、おっしやったじゃありませんか」 「そりやそう。大槻さんみたいなハンサムだって、女房に浮気されるんだから」
アカボリのおばちゃんって誰なの ? 今すぐにでもタモッに向ってそう訊きたかった。もしかしたら : : : 雄吉の新し い恋人ではないのか : 箒を持つ手からカが抜けた。 恋人が出来ても不思議はないわ、と思った。あんなハンサムなんだもの、爽や かなんだもの : 「母さん : ・ : ・母さん : : : 」 家の中で亜矢が呼んでいる。 「お父さんの痔のクスリ、どこオ ? 亜矢が後ろを踏みつぶしたスニーカーを突っかけて出て来た。 「母さんたら、聞こえないのオ ? お父さんが痔のクスリ持ってこいって : : : 」 ためいき 鳩ああ、なんという : : : 思わす歌代は肩で大きな溜息をついてしまった。 ち っ 「早くしろってトイレの中でオヤジ、怒ってるわよ、母さん」 呶「そんな : : : クスリぐらい、自分で持って入ればいいのに・ ひ「ムにいわないで、オヤジにいってよね」 たんす 歌代は家の中に入り、簟笥の上の座薬の箱を持って手洗いの戸をノックした。
「わたしねえ、奥さま、ごめんなさい。気を悪くなさらないで : : : 大槻先生って、 ハンサムだし気のいい方だから、モテるんてすのよね。いろんな女の人が訪ねて 来るんですけど、奥さんもそのうちの一人かと思ってましたの」 「そのうちの一人って ? 」 「まあ、ごめんなさい : いえね、大槻先生を囲む女性 : : : っていうのかしら、 うちの主人なんかは大槻先生を狙う女たちっていってますけど、オホホホ」 「私もそのうちの一人だとお思いになってらしたの」 「ごめんなさい。だって、ひと頃、よくいらしてたでしよう ? ・ 「ええ、なんだかタモッちゃんが可哀そうで : : : 」 「そうですよねえ : でも皆さん、そうおっしゃいますわ、ホホホホ、でもな んですわねえ、大槻先生もやつばり男ですわねえ、ついこの間までは妻は魔が差 のしたんです、ばくは戻るのを待っています、何といっても子供の母親ですから、 「なんていってたのに、美人が現れるともう別人。でも、ここだけの話ですけど、 奥さん、今度の若いあの綺麗な人、タモッちゃんがなっかないんですよ。ですか ひ あの人は美人だけど、子供好きという顔じゃあ ら、 , つきノ ( 打くかしらね , ん : りませんものね : : : 」 ねら
212 とになった。 原宿のとあるサロンに足を運んだ。私は本能的にいちばん優しそうな田辺さん の隣に席をとった。岸さんは一瞬驚いた表情をみせたが、熱をこめて歌い続けて 下さった。 手拍子を取りながら、田辺さんと中山さんははしゃいでいたが、佐藤さんは毅 ぜん 然とした姿勢のまま、楽しんでる様子はなかった。噂どおり、怖いという先入観 のままに私は縮み上がっていた。 だが、何曲目か、アップテンボの曲に変わった時、私はふと、佐藤愛子さんの 様子の変化を感じとった。手拍子の代りに足拍子を取っていたのである。その風 情をかいま見た時、私の先入観はたちまちのうちにふっ飛んでしまった。 佐藤さんの楽しみ方の表現はこうした形なんだと思った時、世間でいう怖さは 誤解だったのだと、私なりに了承できたのである。 それから十年余り名誉あるコンビを組ませていただいている。 「ひとりばっちの鳩ポッポ」は、優柔不断な男が故に巻き起こした女の戦いの物 語である。 ごく平均的な家庭のぬくもりの中で、ふと芽ばえてしまう恋心に戸惑う主人公 、。はるか齢下の子持ちでハンサムな気弱な男 ( 娘の元担 歌代がおかしくも切なし 任 ) 大槻雄吉への愛情が、いけないと知りつつもふくらんでゆくプロセスが女の