ラ・トラヴィアータ ( 道を踏みはずした女 ) 「ムーティさま」と、私はお呼びすることにしている。ときに「愛するムーティちゃん」と、呼 ぶこともある。 ずうずう 心の中での、 いけ図々しく御本尊さまに向かってそう呼び掛けているわけでは、決してない ひそやかな呟きである。 しんしよう このところ、身上もつぶしかねない勢いでオペラに淫している私であるが、そのきっかけは、 おおやけ 公には「フラシド・ドミンコ」とい、フことになっている。ドミンゴのファンクラフにも一応、 入っている。 し - カ を 寉かに、きっかけはドミンゴだった。しかし、ドミンゴだけでここまで異常な事態が出来した で れ とは田 5 えない あ 最初にドミンゴを追い掛けてニューヨークまで行ったときには ( 追い回したわけではありませ ん、彼の出演するオペラを観に行ったのです。念のため ) 、ヴェルディの『オテロ』しか観て来五 なかった。「ワーグナーもロッシーニもやっていたのに ! 」と、あとから本当のオペラ・ファン にさんざん罵倒されたが、そのときはそう勿体ないことをしたとも思わなかった。 しゆったい
今なら、思う。切実にそう思う。十日間もニューヨークにいて、たった二回しか ( メト ロポリタン歌劇場 ) に行かなかったなんて、信じられないー そう思うようになったのは、二回目の「追っ掛け」ツアーからである。 二回目に行ったのはヨーロッパだった。今度は一人旅ではなく、ファンクラブの面々と一緒で、 オペラ鑑賞のプログラムはあらかじめ組み込まれていた。モデナ、ミラノ、ウィーンとそれぞれ の街でオペラを観て回る。勿論、ドミンゴ出演のオペラがメインであるが、ドミンゴばかりとい うわけではない。 ミラノのスカラ座では、レナート・プルゾン主演の『リゴレット』を観ることになっていた。 実を言うと、私は、少々大儀に感していた。 レナート・フル オペラ初心者の私には、『リゴレット』の有り難みなどまったくわからない。 ゾンは、名前しか知らなかった。私の観たいのは、ドミンゴの芝居だった。オたオオ の歌が聴きたかった。ほかはどうでもよかったのである。 しかし、そのどうでもよかったはずの『リゴレット』に、私はいたく興奮させられてしまった。 スカラ座の熱気に当てられてしまったのだ。 明かりが落ちる。指揮者が登場する。劇場はまだ熱くない。観客の反応は冷ややかにさえ感し られる。 240