わたしよ、 いいたいと思っているほど、なかなかはっきりとはいえなかった。何度も自分で繰 り返したり、折々は、忘れていた事柄へ戻ったりした。。、 ホアロは、温い眼で、にこにこと、わオ しを見ていた。 「心持ちが混乱しておいでですね ? そうじゃありませんか ? 落ちついてくださいよ、あな た。動顧していらっしやるんですね。興奮しておいでなんですよ しかし、それも当然です よ。すぐに、われわれが冷静になったら、事実をきちんと、あてはめて見ましよう。調査して かれは、 件不必要なものはすてる。重要なものは取 0 ておいて、いらないものは、プーツと ! 」 「吹きとばしてしまいましょ 鄧天使のような顔をあけて、滑檮な口もとで、プーツと吹いて、 の 「それは、大変結構ですけど、」と、わたしは異議をとなえた。「どうして、重要か、重要でない タかをきめるんです ? それこそ、わたしにはむずかしいことですよ。」 ボアロは、力強く首を振った。今、かれは、非常に苦心をして、ひげの手入れをしているとこ ろだった。 「そんなことはありませんよ、あなたー 一つの事実から、別の事実へと導いて行くのてす そうやって、つづけて行くんですよ。その次の事実が、それにあてはまるたろうか ? こりや、 どうだ ! よろしいー いや、駄目た ! つづけて行けるそ。この次の小さな事実は こりや、おかしいぞ ! 何か足りない 鎖の一つがないのた。そこで調べて、捜す。そうだ、 あのおかしな小さな事実を、ほら、あのうまく合わないつまらない些細な部分を、ここへおくの
「そうです。」 「ああ、それならよろしい。」残忍な愛想笑いを浮かべて、ヘヴィウェザーはいった。「そして、多 額の金も、あなたは相続することになるんですね ? 」 「アーネスト卿」と、裁判長は制した。「その質問は適切ではありませんね。」 ア 1 ネスト卿は頭を下げて、つづいて、かれの矢をはなった。 「七月十七日の火曜日に、あなたは、もう一人の客と、タドミンスターの赤十字病院を訪ねまし 事 荘「あなたは ほんの二、三分の間、オオ ズ 調べて見ましたね ? 」 イ 「ぼく ぼくはーーーそうしたかもしれません。」 ス 「そうしたのでしようと、わたしは聞いているのですがね ? 」 「しました。」 アーネスト卿は、はっきりと二の矢を、かれに放った。 「一つの瓶を、特に調べましたか ? 」 「いいえ。そうは思いません。」 「よく考えてください、カヴェンディッシュさん。わたしは、塩化ストリキニーネの小瓶のこと をいっているのですよ。」 268 こっこ一人になった時・ーー毒物戸棚の鍵をはずして、瓶を
シンシアに接吻されるのは、まったく素晴らしいことだった。しかし、こう大っぴらに接吻さ れちゃ喜びの値打ちも減るというものだった。 「つまり、思っていたほど、ローレンス君がかの女を嫌っていないということに気がついたとい うことなんですよ。」と、ボアロは冷静にこたえた。 「かれが米ましたよ。」 そのとたん、ローレンスがドアを通りかかった 事「ああ ! ムッシュウ・ローレンス」と、ボアロが声をかけた。「お目出とうと申し上げなくちゃ 荘ならないようですね ? 」 ローレンスは、さっと赤くなって、つづいて、ぎこちなくほほえんだ。恋をしている男という みもの イ ものは、はたの眼からは、気の毒になるような見物だ。ところが、シンシアの方は、ずっとチャ ス ーミングな顔をしていたつけ。 わたしは、溜め息をついた。 「どうしました、あなた ? 」 「何てもありません。」わたしは、悲しげにいった。「ご婦人方は、二人とも目下大よろこびとい うところですね ! 」 「それだのに、どちらも、あなたが相手ではないというんですね ? 」と、ボアロはいってのけた。 「くよくよしなくてもいいてすよ。元気をお出しなさい、あなた。二人てまた、探し歩きましょ 316
いったと思います。母が実際にロに出した言葉など、わたしは、ほとんど気にもとめていません でした。」 信じられないように鼻であしらったフィリップス検事の態度には、法廷のかけ引きに巧みな者 の勝ち誇った色があった。かれは、脅迫状の問題へ移った。 「あなたは、この手紙を、非常に好都合な時に持ち出しましたね。どうです、この筆跡に見おぼ えがありませんか ? 」 件「わたしの知らない筆跡です。」 「あなた自身の筆跡の特徴を。ーーわざとぞんざいに変えてあると思いませんか ? 」 の 荘 「いいえ、そうは思いません。」 「本官は、あなた自身の筆跡と判定を下しますがね ! 」 タ「そんなことはありません。」 「アリ・ハイを作ろうとして、そんなでっち上げの、むしろ信じられないような約東話を思いつい て、自分の陳述を裏づけるために自分でこの手紙を書いたものだと判定します ! 」 「ちがいます。」 「人里離れた、淋しい場所で待っていたというその時刻に、実際は、スタイルズ・セント・メリ イの薬剤師の店に現われて、アルフレッド・イングルソープの名てストリキニ 1 ネを買ったとい うのが、事実じゃないのですか ? 」 「いいえ、そんなことは嘘です。」 274
「今まて話していただけませんでしたね。」わたしは、責めるようにいった。 ボアロは、弁解でもするように両手をひろげた。 「ごめんなさい、あなた、あなたは、まったく思いやりがない方ですね。」かれは、熱心にわたし の方を向いて、「どうですー・ーーかれが逮捕されちゃならないということがおわかりでしよう ? 」 「多分ね。」わたしは、あやふやにいった。というのは、アルフレッド・イングルソープの運命に ついては、実際はまったく無関心だったし、うんと驚かしても、かれには害にもなるまいと思っ 件たからたった。 事 わたしをじっと見つめていたボアロは、大きな溜め息をついた。 荘「ねえ、あなた」と、かれはいって、問題を変えた。「イングルソープ氏のことは別にして、検屍 審間ての証言はどうでした ? 」 イ タ 「ええ。ほとんど想像していた通りてしたね。」 ス 「特別に気になったものは、何もありませんでしたか ? 」 わたしの考えは、メアリー・ カヴェンディッシュに飛んで行ったが、わたしは、はっきりした ことはいわなかった。 「どんな風にです ? 」 「さよう、たとえば、ローレンス・カヴェンディッシュの証一新は ? 」 ったしは、ほっとした。 「ああ、ローレンスね ! いえ、そうは思いませんね。あの人は、いつも神経質な男てすよ。」 164
で、偶然がーー・偶然と、わたしはいいます・・・。・ーその二分間の間に、塩化ストリキニーネに、あな たの『自然な興味』を表わすことになったというのですね ? 」 ローレンスは、哀れにも口ごもった。 「わたしーーーわたしは 満足そうな、意味ありげな顔色で、アーネスト卿はいった。 「もう、あなたにたずねることはありません、カヴェンディッシュさん。」 件 この反対訊問は、法廷に大きな興奮を捲き起こした。傍聴の流行の装いを着飾 0 た多くの婦人 怪たちは、互いに顔を寄せ合った。そして、その囁き声があまり大きくなったので、裁判長は、即 荘刻静粛にしなければ、退廷を命じますと怒りを浮かべておどかした。 ズ レ 後はもうごくわずかしか証人もなかった。筆跡鑑定の専門家が、薬屋の毒物台帳に署名した ーイ 『アルフレッド・イングルソープ』の署名についての意見を述べるために呼ばれていた。かれら はロをそろえて、これは疑いもなくイングルソープの筆跡ではないと断言した。そして、被告の 偽筆ではないだろうかという意見を述べた。そして、反対訊問を受けて、これは手際よくにせた、 被告の筆跡であると認めた。 アーネスト・ヘヴィウェザ 1 卿の弁論は、長いものではなかったが、カ一杯に強調した態度が 援けていた。かれは、自分の長い経験の生涯に於いても、このような取るにも足りないほどの証 拠によって殺人犯として起訴されたのは、一度も知らないことであると述べた。その証拠という ものも、もつばら情況証拠であるばかりでなく、証拠の大部分が、実際には、確証されていない 270
「あなたの手て ? 」 いえ。わたくしは、ホールのテープルの上におおき申すだけでございます。そういう仕事を なさいますのは、ミス ハワードでございます。」 イヴリン・ ワトが呼ばれて、他の点で質問された後で、小包みについてきかれた。 「おぼえていません。小包みは沢山米ます。特に一つだけといっておぼえていられません。」 「それが、ウェ 1 ルズに旅行中のローレンス・カヴェンディッシュに送られたか、かれの部屋に おかれたのか、わからないのですね ? 」 「転送したとは思いません。送「たものなら、おぼえているはずです。」 の「仮りに、ローレンス氏宛てに小包みが着いたとして、後でなくなったら、なくなったことに、 ズ あなたは気がっきますか ? 」 イ 「いいえ、そうは思いません。誰かが預かったのたと思います。」 「ミス・ハワード。この茶色の紙を見つけたのは、あなたでしたね ? 」かれは、ボアロとわたし とが、スタイルズ荘のモーニング・ルームて調べた、あのうす汚れた紙を差し出した。 「はい、そうです。」 「どうして、これを探すことになったのです ? 」 「この事件に雇われていたベルギー人の探偵が、わたしに探してくれと頼んたのです。」 「それて、どこで見つけたのです ? 」 「上てすーー衣裳簟笥の。」 260
け出せないとーー」かれは、重々しく首を振った。 「一番はじめに、ジョン・カヴ = ンディッシ = を怪しいとお思いにな「たのは、いつです ? 」一 二分してから、わたしはたずねた 「あなたは、ぜんぜん、かれを怪しいと思いませんでしたか ? 」 「ええ、、せんぜん。」 「カヴンディッシ = 夫人と、老夫人との会話を小耳に挾んてからもですか ? また検屍審間 ( 時に、カヴェンディッシュ夫人に率直さが欠けていると思った時でもですか ? 」 事「ええ。」 「あなたは、かれこれ綜合して、老夫人と口論をしたのがアルフレッド・イングルソープでは一 かったとしたらーーおぼえておいででしよう、検屍審問で、かれが極端に否定したのをーー、そ = イすれば、口論の相手は、きっとローレンスかジョンのどちらかだろうと、考えて見なかったの一 タ カヴェンディッシュ スすか ? ところで、口論の相手がローレンスだったとしたら、メアリー・ 振舞が、まったく説明がっかなかったんです。だが、反対に、ジョンだったとしたら、ごく自 ~ に、一切の解釈がついたんです。」 「すると」と、叫ぶようにいオオ 0 こわこしには、光がさして来るようだ「た。「あの午後、夫人と 論したのはジョンだったんですね ? 」 「その通りです。」 「そして、あなたは、はしめからすっと、ご存じだったんですね ? 」 253
んです。そして、もし、すでにきちんとなっていたのなら、もう一度、なおす必要はなかったん です。その間に、誰かほかの人間が手を触れない限りはね。」 「なるほど」と、わたしは呟くようにいった。「あなたの、ひどく変った振舞は、そのためだっ たんですね。スタイルズへ飛んで行って、まだそこにあるのを見つけたというわけですね ? 」 「そうです。一刻を争いましたからね。」 「しかし、まだわからないんですが、どうしてイングルソープは、あれを破毀する余裕がたっぷ りあったのに、馬鹿見たいにほったらかしておいたんですかね。」 件 囀「ああ。ても、かれには余裕はなかったんですよ。わたしが、そういうふうに骨を折 0 ていたん の ズ 「あなたが ? 」 「そうです。この問題について、家中の人に秘密を打ち明けたといって、わたしを非難なすった ス のをおぼえていらっしやるでしよう ? 」 「ええ。」 「つまりね、あなた、チャンスはただ一つだと、睨んだのです。イングルソープが犯人であるか ないかは、あの時には、まだ確信はなかったのです。しかし、もし犯人なら、その手紙を身につ けていないことは確かだが、どこかに隠していることだけは確かだ。それで、家内中が一致すれ ば、うまくかれがその手紙を破毀するのを防げると、わたしは考えたのです。かれは、すでに怪 しいと思われていたのですから、事情を公表して、わたしは、約十人の素人探偵の助力を獲得し 306
かれの陳述の最後にのぞんで、かれは、ちょっと間をおいてから、こういった。 「一つたけ、はっきりと申し上げておきたいことがあります。アーネスト・ヘヴィウェザー卿が 弟に対して遠まわしに述べられた点だけは、不賛成だと申し上げて、全面的に否定したいのであ ります。弟は、わたし以上に、この犯罪に無関係であることは、わたしがよく承知しております。」 アーネスト卿は、ただ徴笑しただけで、ジョンの抗弁が、陪審員の心証を非常に良くしたこと を、鋭い眼で見てとった。 それから、反対訊問がはじまった。 対「あなたは、検屍審問廷で、証人たちが、自分の声をイングルソープ氏の声と聞き違えるなどと のは思いもよらなかったと、そういわれましたね。それは、非常に驚くべきことではないのてす ズ 「いいえ、そうは思いません。わたしは、母とイングルソープ氏の間に口論があったと聞かされ 一スましたので、そんなことがほんとうにあり得ないという気が、わたしには決してしなかったので 「召使のドーカスが、その会話の一部分を繰り返した時にもーーその一部分は、きっと、あなた も気づいたにちがいないのだが、その時にもですか ? 」 「気がっきませんでした。」 「あなたの記憶力は、珍しく貧弱ですね ! 」 「いいえ、ですが、わたしたちは二人とも腹を立てておりましたので、いうつもりもないことを 273