わたし - みる会図書館


検索対象: スタイルズ荘の怪事件
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1. スタイルズ荘の怪事件

かれの言葉は、わたしを、ずっと以前の出来事につれ戻した。わたしは、メアのーが真っ青に なり、疲れ果ててソフアに横たわって、じっと耳を傾けて、聞ぎすましていた時のことを思い出 した。その時、下のベルの音が聞こえて来た。かの女は、びくっと立ち上がっていた。ボアロが ドアを開けて、かの女の苦悩に満ちた眼を見て、穏かにうなすいて、「そうですよ、奥さま。わた しは、あの方をおつれして来ましたよ。」といったものだった。かれは脇に立っていた。わたし は、ジョン・カヴェンディッシュが、妻を抱きしめた時の、メアリーの眼の光を見て、外へ出た のだった。 事「多分、あなたのいう通りてしようね、ボアロ。」わたしは静かにいった。「そうですね。世の中 ので何よりも大切なことですね。」 ズ 突然、ドアを叩く音がして、シンシアがのぞき込んた。 わ「あたし , ー、ーあたし ス「おはいりなさい。」わたしは、飛び上がっていった。 かの女ははいって来たが、腰をおろさなかった。 「あたしーーーあなたに申し上げたかっただけですの、あることをーーー」 「それで ? 」 シンシアは、ちょっともじもじしていた。それから、不意に、「いい方たちね、お二人とも ! 」 そういって、はじめにわたしに、それからボアロに接吻すると、また部屋から飛び出して行った。 したい、これはどういうことです ? 」と、驚いて、わたしはたすねオ 315

2. スタイルズ荘の怪事件

「それで ? 」木の葉の幕で、せんさく好きな眼から守られているところへ来るなりすぐに、わた しはたずねた。 溜め息をつくといっしょに、シンシアは、さっと腰をおろして、帽子をほうり投げた。枝の間 から射して米る日の光が、赤褐色のかの女の髪の毛を、きらきらと黄金色に変えた。 「ヘイスティングズさんーーあなたは、いつでも、とてもご親切で、それに、なんでもご存しで しよう。」 その瞬間、シンシアという娘は、本当に、ひどくチャーミングな娘たという思いが、わたしの こんなふうなことは決していったこともないメアリーより、はるかにチャーミン 事心を打ったー のグだ。 「それで ? 」かの女がロごもっているので、わたしは、やさしくたずねた イ「あたし、あなたのご意見が伺いたいの。あたし、どうしたらいいんでしよう ? 」 ス 「どうしたらとは ? 」 「ええ。ねえ、エミリーおばさまは、いつも、あたしにも遺産を残してあげるっておっしやって いらしたのよ。おばさまはお忘れになったのね。それとも、死ぬなんてお考えになっていなかっ たのかしらーーーとにかく、あたしには、何にも下さらなかったの ! ですから、どうしていいカ あたし、わからないの。すぐに、ここから出て行かなくちゃいけないと、お思いになって ? 」 「とんでもない、いけませんよ ! みんなが離しはしませんよ、間違いありませんよ。」 シンシアは、小さな手て草を抜きながら、一瞬、ロごもっていたが、やがて、いった。「カヴェ 220

3. スタイルズ荘の怪事件

奥さまはつづけておっしゃいました。『あなたが何といったって、どうもなりやしません。わた しには、どうす・れば 、、 : はつぎりわかっています。わたしの決心はきまっています。世間の 評判をおそれたり、夫と妻の間の醜聞が、わたしを思いとまらせるだろうなんて、あなたは考え る必要なんかありませんよ。』そのとき、お二人が出ていらっしやるのが聞こえたと思いましたの で、わたくしは、急いで、その場をはなれてしまいました。」 「あなたが聞いたのは、イングルソープ氏の声にちがいありませんね ? 」 「はい、旦那さま、ほかにどなたのはずがございましよう ? 」 事「それで、その次にはどうなりました ? 」 6 「後で、ホ 1 ルに戻 0 てまいりましたが、すっかり静かでございました。五時に、奥さまはベル を鳴らして、わたくしにお茶を一杯ーー食べ物はいらないからーーーお居間へ持って米るようにと とてもまっ青で、興奮しておいででし イおっしゃいました。奥さまはおそろしいお顔つきで ス た。『ドーカス。ひどいショックを受けたわ。』と、おっしゃいますので、『いけませんでございま したね、奥さま。おいしい、熱いお茶を一杯おあがりになれば、ずっとお気分がよくおなりなさ いますよ、奥さま。』と、わたくし、申し上げたのでございます。奥さまは、何か手にお持ちでご ざいました。手紙だったのか、ただの紙きれだったのか存じませんが、それに書いてございまし て、まるで書いてあることが信じられないとでもいうように、見つめつづけておいででございま した。わたくしのいるのもお忘れになったように、ひそひそと独り言をおっしやるんでございま すよ。『この二言三言でーー何もかもが変ってしまった。』それから、わたくしにおっしやるんで

4. スタイルズ荘の怪事件

わたしは、声を立てて笑った。 「紀律は、守らなくちゃいけないんですね ? 」 「その通り。あたしたちの小さなパルコニーへ出て見ましようよ。外の病棟がす 0 かり見られま すわよ。」 わたしは、シンシアとべン先の後について行 0 た。二人は、よその病棟をわたしに指し示して 、こ・、、しばらくすると、シンシアは振り返って、 教えてくれた。ローレンスは、うしろに残ってしオカ かれにも仲間にはい 0 たらと声をかけた。それから、かの女は腕時計を見て、 軒「もう用事はないわね、ペン先さん ? 」 の 「ええ。」 ズ 「ようし。じゃ、鍵をかけて、帰りましよう。」 イその午後、わたしは、ローレンスをま 0 たくちが 0 た眼で見なおした。ジ , ンにくらべて、か スれは、おどろくほど理解しにくい人物だ 0 た。ほとんどあらゆる点で、兄とは正反対で、おそろ しいほど恥ずかしがりで、内気だ 0 た。だが、その態度には、どこか魅力があ 0 たのて、誰かが ほんとうによくかれを理解するようになれば、かれに深い愛情を持つようになるだろうと、わた わたしはまたいつも、シンシアに対するかれの態度が、むしろぎこちなくて、 しは考えていた。 シンシアの方でも、かれに対しては恥ずかしが 0 ているようだと、考えていた。ところが、その 日の午後は、二人ともす 0 かり陽気で、まるで子供同士のようにしゃべり合 0 ていた。 車が、村を通りぬける途中で、わたしは、切手がいるのを思い出したので、郵便局の前て車を

5. スタイルズ荘の怪事件

すぐに、わたしは、自分がおそろしく困 0 た立場にいることに気がついた。というのは、わた しから十二フィートぐらいのところに、ジョンとメアリーのカヴェンティッシュ夫婦が向かい合 って立っていて、明らかに口論をしていたからだ。そして、わたしがすぐそばにいることに二人 とも気がついていないのも、また明らかだった。というのは、わたしが動きも、ロをきく間もな い中に、わたしの夢をさまさした言葉を、ジョンが繰り返してい 0 たからだ。 ぼくは、そんなことはいやだって。」 「ぼくがいったろう、メアリ メアリーの声が、冷静に、流れるように聞こえて米た。 事「あなたは、わたくしの行動を非難する権利を持っていらっしやるんですの ? 」 「村の評判になる 0 ていうんだ ! お母さんの葬式が、土曜日にすんたばかりだというのに、も ズうあの男と遊び歩いている。」 「まあ」と、かの女は、肩をすぼめた。「あなたが心配していら 0 しやるのは、村の噂だけしゃあ スりませんか ! 」 「いいや、ちがう。ぼくは、あいつがここらへんをうろついているのを、いやというほど見てい るんた。とにかく、あいつは、ポーランド種のユダヤ人だそ。」 と、かの 「ユダヤ人の血がまじっているからって、悪いことはありませんわ。そのお陰で」 「平凡なイギリス人の頑固な馬鹿さ加減が、少しはなおりますわ。」 女は、夫を見て かの女の眼は、火のように燃えていたが、声は氷のようた 0 た。血がまっ赤な潮のように、ジ ョンの顔に昇ったのも不思議ではなかった。 209

6. スタイルズ荘の怪事件

「二人が顔を合わせたら、そんなにひどいことになると、お思いですの ? 」 「え、あなたは、そうじゃないんてすか ? 」と、ちょっとびつくりして、わたしはいった。 、こ。「わたくし、すごく、ばっと燃 「思いませんわ。」かの女は、かの女らしく穏かにほほえんでしオ オ今のところじゃ、わたくしたち え上がるのを見たいものてすわ。空気がす 0 とするてしようュ。 みんな、むやみに考えてばかりいて、ち 0 とも口に出さないんですもの。」 「ジョンは、そう思 0 ていませんよ」と、わたしはい 0 た。「かれは、二人をはなしておこうと気 にしているようですよ。」 事「あら、ジョンがね ! 」 の かの女の調子に含まれた何かが、わたしを興奮させた。わたしは、だしぬけに口を滑らせた。 ズ「ジョンは、昔風の、おそろしくいい奴ですよ。」 かの女は、一分か二分、物珍しそうに、わたしを、じ 0 と見つめた。それから、驚いたことに スは、こんなことをいった。 「あなた 0 てば、友だちに忠実な方ですのね。だから、わたくし、あなたが好きですわ。」 「あなたも、わたしの友だちじゃないんてすか ? 」 「わたくしは、とても悪いお友だちょ。」 「どうして、そんなことをいうんです ? 」 「だって、ほんとうのことですもの。わたくしってば、今日、お友だちを、す「かりうれしがら せたと思うと、あくる日は、す「かりそんな人のこと、忘れてしまう女なんですの。」 117

7. スタイルズ荘の怪事件

また、かの女は、わたしを押しとどめた。そして、かの女の言葉が、ひどく思いがけなかったの で、シンシアのことも、シンシアの悩みまても、わたしの胸から追っぱらってしまった。 「ヘイスティングズさん」かの女はいった。「わたくしと夫の間が幸福だとお思いになりまし わたしは、ちょ 0 と不意を打たれて、そんなことを考えるのは自分のすることではないとか何 とか、ぶつぶつロの中でいった。 「そうね」と、かの女は、落ちついてい 0 た。「あなたのなさることでも、なさることでなくても、 事わたくし、わたくしたちは幸福ではないと申し上げますわ。」 のわたしは、何もいわなかった。かの女がまだいい終ってはいないのだなと思 0 たからだ。 かの女は、部屋の中をあちこちと歩きまわりながら、ゆ 0 くりと話しはじめた。頭を心持ちう イなたれて、そのほっそりとした、しなやかな姿は、歩くにつれて、おもむろに揺れた。かの女は、 タ スふと立ちどまって、わたしを見上げた。 「わたくしのことは、何もご存じないのでしよう ? 」と、かの女はたすねた。「わたくしの生まれ 本 たところも、ジョンと結婚するまでは、どういう女だったかもー - ーー何もご存じないでしよう、 ) ョに ? ・ ええ、お話しますわ、あなたを悔聴問僧だと思って。あなたは、ご親切なんですものー ーそうですわ、あなたは、ほんとうに、おやさしいんてすもの。」 どういうものか、わたしは、前のような得意の気分では全くなか「た。わたしは、シンシアも 同じような調子て、打ち明け話をはじめたのを思い出した。それに、懴悔聴問僧などというもの

8. スタイルズ荘の怪事件

ソディッシュ夫人は、そうしてよ。あの人、あたしを憎んでいるんてすもの。」 「あなたを憎んているって ? 」驚いて、わたしは、叫ぶようにいった。 シンシアは、うなずいた。 「そうなの。何故だかわからないけど、かの女、あたしに我慢が出来ないらしいの、それに、か れもそうなの。」 「そりや、あなたの間違いですよ。わたしは、暖かくいった。「それどころか、ジョンは、とても あなたを好いていますよ。」 第「ええ、そうよ ジョンはね。あたしのいうのはローレンスのことよ。もちろん、ローレンス が、憎もうと憎むまいと、あたしは、気になんかしないの。でも、誰にも愛してもらえないなん ・ k て、おそろしいことじゃなくって ? 」 イ「だって、みんな愛しているんですよ、シンシア。」わたしは、心をこめていった。「あなたは、確 ワー・トこ それから、ミス・ハ スかに誤解しているんですよ。ねえ、ジョンがいるでしよう シンシアは、むしろ陰気にうなずいた。「ええ。ジョンは、あたしが好きだと、あたしも思う わ。それから、もちろん、エヴィも、あんなぶつきら棒だけど、誰にだって不親切じゃないわね。 でも、ローレンスは、用がなければ、決してあたしにものなんかいわないわ。それから、メアリ ーは、あたしに仲よくするなんてことは、ほとんど出米ないらしいの。かの女は、エヴィにはず っといてもらいたいって、かの女に頼んでもいるわ。でも、あたしにはいわないの。それて それでーーーあたし、どうしたらいいかわからないの。」不意に、可哀想な子供は、泣き出してしま 221

9. スタイルズ荘の怪事件

突然、かれは、わたしを抱きしめて、両方の頬に心から接吻した。そして、驚いて呆然として いるわたしをおき去りにして、部屋を飛び出して行ってしまった。 そこへ入れ違いに、メアリー・ カヴェンディッシュがはいって来た。 「どうなすったんですの、ボアロさんは ? わたくしの横をすっ飛ぶようにぬけて、大声でどな っていらっしたんですよ。『車庫てす ! 後生ですから、ガレージはどっちです、奥様 ! 』って。 そして、わたくしが、まだへんじも出来ない中に、通りへ飛び出して行っておしまいになったん ですのよ。」 事わたしは、急いで窓のところへ飛んで行った。その通り、帽子もかぶらずに、表の通りを、む のやみに身ぶりをしながら、素っ飛んで行くのだった。わたしは、あきれたというように、メアリ ズ ーの方を向いた。 イ「すぐに、巡査に捕まりますよ。ああ、角をまがって行ぎますよ ! 」 ス わたしたちの眼が会った。そして、どうしようもないというように、お互いの眼を見合った。 したい、どうなすったんでしよう ? 」 わたしは、首を振った。 「わかりませんねえ。トランプの家を作っていると、いきなり、思いついたことがあるといって、 あの通り飛び出して行ったんです。」 「そうですの。」と、メアリーはいった。「タ食の前には、帰っていらっしやるのでしようねえ。」 だが、夜が更けても、ボアロは戻って来なかった。 278

10. スタイルズ荘の怪事件

「いいえ。そうではございません、旦那さま。ですが、わたくし思いましたのです、『お坊ちゃま ジョンとローレンスも、ドーカスにとっては、まだ『お坊ちゃま方』だった 方』が」 裳箱』といっておいてになる箱のことを。それは、表側の屋根裏においてございますんですよ。 大きな簟笥で、古いお洋服や仮装の服や、ない物がないくらい一杯につまっておりますんです。 それで、その中に緑色のドレスもありはしないかと、そんな気がふっと、わたくしにしましたん でございます。それで、もしも、あのベルギーの旦那さまにおっしやっていただければー・ー」 「話しておこう、ドーカス。」と、わたしは引き受けた。 事「どうもありがとうございます、旦那さま。あの方は、とてもご立派なお方でございますね、旦 6 那さま。あのロンドンからいらしたお二人の刑事さんたちとは、まるきりお人柄がちがいます 以ね。あの方たちと米たら、そこらをせんさくしてまわ 0 たり、うるさいことをたずねまわ 0 たり イしていますのですよ。わたくしは、どうも外国のお方には気が許せませんのですが、新聞のいっ スておりますところからしますと、ああいう勇気のあるべルギーの方たちは、並の外国人とはなさ ることがちがいますし、たしかに、あの方は、とても上品にものをおっしやる紳士の方だと、そ わたくしは存じましたのですよ。」 かわいい老ドーカス ! 正直な顏をわたしの方に向けて、そこに立っているかの女を見て、も うすぐに滅びようとしている古風な召使の、なんとすばらしい見本だろうと、わたしは田 5 った。 わたしは、すぐに村へ行って、ボアロを訪ねる方がいいと思った。ところが、途中で、邸へや 2 って来るかれに会った。それで、すぐにドーカスのことづけを伝えた。