エレベーター - みる会図書館


検索対象: ツナグ
16件見つかりました。

1. ツナグ

得鍵を渡され、エレベーターを待っ間、ロビーに立っ少年を振り返った。ホテルでも の らったタオルで髪を拭きながら、つまらなそうに顔をしかめてこっちを見ている。 人「悪かった」と謝ると、「いえ」と元の他人行儀な口調に戻り、気まずそうに下を向 待いた。 「僕の方こそ、すいません。失礼なことを言って」 「いや、おかげで決心がついたよ」 泣き疲れた後のように、気持ちがすっきりしていた。 エレベーターに乗る時、手を上げると、ドアが閉まる直前に少年が髪を拭く手を止 めた。「いってらっしゃい」と、そのロが動いた。 乱暴な言い方で、彼が言った。険しかった顔つきがふいにゆるみ、それからまた、 思い出したように丁寧に、小声になった。 「会ってください。お願いします」 かぎ

2. ツナグ

「ああ」 聞いたことも忘れていたが思い出す。学校にきちんと行っているかどうかも尋ねた はずだが、それを指摘するより早く、小僧が続けた。 「僕、親がいません。小さい頃に会ったきりなんです」 ひどく落ち着き払った声だった。同情を引くようにも、感傷に浸るようにも聞こえ なかった。 得返す一一一口葉に迷い、顔を見つめ返す。エレベーターが一階に止まる、チン、という高 い音が場違いに響いた。 の 「二人ともか」 男 とっさ 長咄嗟に、間の抜けたことを尋ねてしまう。小僧が頷いた。嘘をついているようには 見えなかった。 「はい」 「それはーーー」 今度こそ一一一口葉を失い、黙っていると、エレベーターの扉が開いた。小僧がスタスタ と中に人って行く。他には、誰も乗っていなかった。互いに沈黙したまま、エレベー ターは目的の九階まで、一度も止まらず一気に上昇した。 うそ

3. ツナグ

ナ 「はい」 彼が答えた。 グ「下にいますー 「わかりました」 彼が再びエレベーターの方に戻ってしまうのを、心細く思う。 廊下に敷きつめられた絨毯に、歩くたび私の靴の低いヒールが埋まってしまいそう ひざ な錯覚を覚える。この期に及んで膝が震えだした。 唾を呑み込み、部屋に向かって歩き出す。迷路のように曲がり角が現れ、一つ過ぎ ると使者の少年の背中が見えなくなった。指定された部屋は、東側の一番端だった。 ドアの前に立って深呼吸する。 本当にいるのか。この瞬間を迎えてもまだ半信半疑だった。 最悪の事態を想像しながら、ドアを二回ノックする。結果を見た時にがっかりしな ね」 エレベーターが十一階に着いた。彼が言う。 「水城サヲリさんはすでに待っています」 「ーーどうしてこんなことができるか聞いても、原理は説明してもらえないんですよ つばの じゅうたん

4. ツナグ

ナ 足しながらエレベーターを降りた後、思いがけず謝られてびつくりした。 「変なこと聞いて、悪かった」 いえ」 畠田の姿を見送ってから、急に、今自分がしたのがとんでもなく子供つぼい、嫌な まね 真似だったのではないだろうかと、唇を噛んでしばらく立ち尽くした。 彼の母親に、さっき、一足先に部屋で会ったばかりだった。あの気にくわない親父 でも、あの人に、会うことを楽しみに待たれていた。 けんお 胸の中に、絵の具を水で溶くようにして自己嫌悪がじんわりと広がっていく。 ロビーに戻るために乗り込んだエレベーターの中で、畠田靖彦がドアを開ける音が 聞こえた。 平瀬愛美は、その後すぐに現れた。 おとなしそうな人だ、という印象だった。真面目で、自己主張がうまくなくて、人 づきあいもあまり得意ではなさそうなタイプ。けれど、水城サヲリが一言うように深刻 な「死」を考えているようにもまた、歩美には見えなかった。 死ぬつもりとは、どういうことなのか。水城サヲリには、あれ以上聞けなかった。 まじめ

5. ツナグ

この間と同じ声で、私を先導して行こうとする。 「すごいホテルですね」緊張しながら声をかける。 「びつくりしました。あの、本当にお金を払わなくてもいいんですか」 うなず エレベーターに向かって歩き出しながら、彼が頷いた。 「ボランティアですから」 「会わせてもらう日は満月って決まってるんですか ? 」 「はい。別の日でも可能ですが、一晩まるまる時間が取れるのは、今日のような満月 のの夜です。説明が遅れてすいません。水城さんの承諾を得てからお話しようと思って いました」 ア「月が、関係してるんですね」 「それより、荷物は重くないですか」 「あ」 今日の私は大荷物だった。指摘されたことで、自分の不格好さを思い出し、肩から かけた。ハッグをぎゅっと胸に寄せた。 「大丈夫です。気にしないでください」 彼はそれ以上は荷物に言及しなかった。沈黙に耐えかねて、私が尋ねる。

6. ツナグ

そりゃないだろう、とロの中で声が洩れた。 繋がらない電話を繰り返し何度もかけているうち、三十分ごとにベルを鳴らすロビ ーの柱時計がチン、と音を鳴らした。七時半。 つい、エレベーターの方向に目がいった。 約束の時間に遅れる婚約者を、あの部屋で彼女がどんな気持ちで待っているのかを 考えた。指輪を鏡に映し、髪型や身だしなみを整えている姿を思い出したら、怒りが グこみ上げてきた。 使者を通じ、死者に会うことで人生を先に進める。それは確かに、生者のエゴかも しれない。だけど、そのために覚悟を決め、現れた相手から逃げるのは、あまりにも 卑怯じゃないのか。 病院に電話をかけ、ナースステーションから祖母に繋いでもらう。事情を話すと、 祖母は「あれまあ」と深いため息をはき出した。 「どうすればいい ? ばあちゃん」 「ーー待ちなさい、歩美。きっと、相手だって来る。そうじゃなきや最初から依頼な んかしないだろう」 「俺、許せないんだけど」 ナ ひきよう

7. ツナグ

ナ 「鍵をお渡しします」 差し出した厚紙に、ホテルの名前とロゴが人っていた。カードキーが挟まれている のだろう。仕事がらみの旅行で泊まったホテルで使ったことがある。カードを通すの が逆方向だったのか、何度もエラーの赤ランプがついて、うまく開けられなかった。 できれば普通の鍵がよかったが、こういう場所は今はもう全部カード式なのかもしれ ない。 グ「ああ」と頷いて受け取る。 「金の調達はどうしてるんだ」 こんな高級ホテルに設定する必要があるのだろうか。小僧が首を振る。 「心配してもらわなくても大丈夫です。お金は一切もらいません。 少し早いけど、 行きましようか。確かめたら、もう上がっても大丈夫だそうです」 席を立ち、一緒にエレベーターまで歩く。その時ふいに、小僧が「あの」と口にし こ 0 「何だ」 「この間の答えです。僕の仕事。こんな怪しげな真似をしてることを、お前の親は 知ってるのか ? の答え」 72 イ

8. ツナグ

冬でよかった。夜明けが遅い。 並んで一緒に上る太陽を見ていたはずなのに、ふと横を見ると次の瞬間には彼女が いなくなっていた。 広げたたくさんの記事のファイルと、飲みかけの缶ビール。持ち上げると、中味が 空に近いくらいに、きちんと減っていた。その軽さに、何だか涙が出そうになって、 缶をなかなか手から離せなかった。 空つぼの部屋に向けて、出る時、できるだけ丁寧に頭を下げた。 の ル エレベーターで一階に降りると、使者の彼がソフアに座っていた。私の姿に気づい アて立ち上がる。まさか一晩中起きていたわけではないだろうけど、昨日と同じ表情の まま、疲れも感じさせない。 「鍵を」 事務的な声で言う彼にカードキーを返しながら、もう一度だけ、答えなんか欲しく ないし、期待していないけど聞いてみた。 「どういう仕組みなんですか」 「そっくりさんにでも見えましたか ? 」 かぎ

9. ツナグ

顔つきが、明るくなっていた。泣きはらしたように赤い目をしていたが、表情はむ しろすっきりとして、前向きに変化していたように見えた。 それが、伝言でひっくり返ったのだ。 ひょうへん 歩美は言われた通りに伝えただけだった。しかしその一言が嵐の顔を豹変させた。 からだ みるみる、彼女の顔が白く血の気を失っていく。細い身体がぐらりと揺れて、次の瞬 ひるがえ 間、風に翻るように彼女がエレベーターの方に向けて、走り出そうとした。 得御園の伝言がどんな役割を果たすものだったのか、はっきりとはわからない。しか し、それはどうやら、彼女が命を落としたあの事故に関するもののようだった。 の 会わなければ、嵐はそれを聞かずに済んだのだ。 者 使「お願い、お願い」 御園ーーー 切れ切れの声を叫び続ける。歩美は混乱しながら、懸命に彼女の腕を押さえた。今 くずお にも頽れそうな身体を支えた。 祖母からは、一度面会を終えて部屋を出た依頼人を、また戻してはいけないと言わ れていた。「ダメなんだ」と必死に答えても、嵐は収まらなかった。 「じゃあ、あなたが行って。御園と一緒にいてあげて。あの子が消えるまで、一緒に

10. ツナグ

なった私を、アユミくんが気づいて手を伸ばし、支えようとする。嵐さん、とまたロ が動いた。 目の縁が痛くなるほど、自分が瞳を見開いていることが、他人のことのような気が とっさ した。咄嗟に引き返し、エレベーターの方へ駆け出そうとした私を、アユミくんの手 が止める。 離して、と私は彼の手を払った。 得離して。御園にもう一度、会わせて。 「嵐さん ! 」 の アユミくんの声がすぐ耳元で放たれて、身体がさっきとは別の針で突かれたように 友 親しゃんとなる。そうなってもまだ、私はアユミくんの手から逃れようともがいた。細 はば く見えた手は、意外なほど強いカで私を阻んでいた。 「行かせて。御園のところに、もう一度。少しでいいから」 ダメなんだ、と困惑した声が言う。涙を何度も拭った頬が引き攣ったように痛い。 お願い、お願い、と私は叫ぶ。 じゃあ、あなたが行って。御園と一緒にいてあげて。 「まだ御園がここにいるなら、渋谷くん、あの子が消えるまで、一緒にいてあげて。 279