たど 「平ちゃんの話に戻るけど、どうして、アタシ ? よくわかんないけど、使者まで辿 りつくの、相当大変だったんじゃない ? お金もかかるだろうし 「お金はかからないそうです。私も気になって聞いたんですけど、そう言われまし 「へえ」 「それに、いいんです。私、貯金が趣味みたいなもので、使うあてもなかったから、 ッそれで足りるならいくらだって払ってもいいと思ってた」 「アタシに会うために ? 」 「はい」 遊び方がわからない、持っていても無駄な金だと言われ、それに傷ついてもなお、 使い道が思いっかなかった。派手な服も、プランド物も、ホスト遊びも旅行も、全部 怖い。飛び込んでいけない。将来に向けた貯金と思えばいいのかもしれないが、それ さえも思い描けなかった。自分が家庭を持ったり、仕事にやりがいを見つけたりでき ナ
るんだ」 けげん 小僧が怪訝そうに俺を見つめ返す。自然な表情に見えた。 ただ、こちらもお見通しなのだということを先にはっきりさせておきたい。 「そんなバカな話があるわけない」 ズ。ハリと言い放つ。 「死んだ人間になんて会えるわけない。ツナグだかツナギだか知らないが、どうせ大 得掛かりな詐欺の集団みたいなものなんだろう ? お袋は、信じてたみたいだが」 やすひこ 靖彦、私はお前の父さんに会ったんだよ。 の 使者の存在を聞いたのは、二年前に死んだ母親のツルからだった。死の半年ほど前、 男 長人院した病院のべッドに俺を呼び、いきなり話し出したのだ。せつかくだから教えと いてあげる、と。 「畠田さんのお母さんは、確かに使者に依頼をしています。今から二十年ほど前です 「死ぬ前に聞いた。親父に会ったと言ってたな」 うなず 小僧は頷かなかった。依頼人への守秘義務でも気取るつもりなのか、曖昧に顔を逸 らしただけだ。 おやじ あいまい
する。 「それ、『わたし』じゃなくて『あらし』って言ったんじゃないかな」 首を傾げつつ言う先輩に、私自身あっと思った。 「それなら私も、あの頃聞いたことあるよ。『嵐には敵わない』って、あの子、よく 言ってた。ねえ、親友のこと、信じてあげなよ」 得私は、御園に何をしてしまったのだろう。私はとんでもない子供で、自分が見たい ようにしか周りを見ていなかった。御園を信じなかった。 の あの子は、今日、私に会ってくれた。やり直せるかもしれなかったチャンスをまた 友 親も潰した私は、彼女を二度殺したも同然ではないのだろうか。そして今度こそ、御園 は死んでしまう。 「嵐さん、大丈夫 ? 」 アユミくんの声がする。その手を再び押し戻しながら、「お願い、行って」と繰り 返す。 「あの子に会って」 彼女が会いたかったのは、私ではなかったはずだから。 つぶ
はり「ねえ」と初めてはっきり怯えた声を出した。 「私、どうなるのかな」 大きく開いた目を、お願いだから逸らして欲しかった。歩美が思わずぎゅっと唇を 閉じた表情から何かを読み取ったのか、御園はすぐにまた「ごめん」と俯いた。 「きっと、消えちゃうんだよね。ごめん。アユミくん、困らせて」 「そんなこと : : : 」 グ「悔いがない、生き方してね」 御園が突然、ばっと顔を上げた。作り笑いかどうかも定かでない、不思議な笑み 「私にしか、これは多分、言えないことだと思うから。やりたいことは、生きてるう ちに全部やった方がいいよ。私は、全然、できなくて、心残りだらけだから」 「・ : ・ : うん」 彼女とは、ほとんど話したことがなかった。だから、歩美は御園のことを何も知ら ないし、彼女だってそうだろう。だから今は、頷くよりほかなかった。 「あの、私ーー」 歩美が部屋を出る時になって、ふいに御園が歩美を呼び止めた。瞳がまた、泣き出 ナ 372 おび うつむ
気持ちよく話ができないの」 「うるさい」 「ほら、その言い方も」 うんざりしたように顔をしかめる。久仁彦が笑いながら、俺たちのそばを離れて客 間に向かっていく。うるさい女連中相手に「お話なら、向こうでも」と穏やかな声で 呼びかけるのが聞こえた。 ・・あ グ「ご住職が来るまでなら、まだ話ができますよ。どうぞ、先にお席だけでも。 どきよう まぎわ んまり間際になると、前の方に座る羽目になって、読経の間、居眠りしてるのがバレ ちゃいますよ」 「やあだあ、それもそうね」 ふふふ、という笑い声が聞こえ、「眠っちゃいそう」とか「足も痺れるし」とか、 別の声がそれに重なる。みなが口々に好き勝手なことを話しながら、ハンドバッグを 手に立ち上がって移動する。横で祥子が「北風と太陽ね」と言った。 「ねえ、あなた。頭ごなしに怒鳴るだけじゃ誰も聞いてくれないのよ。久仁彦さんを 見習ったら ? 「うるさい」 ナ ッ しび
今日の面談が終わったら、後はどうなったってよかった。 生前のサヲリにあてた手紙に、私は、死にたいです、と書いていた。 退屈で、くだらない日常。いてもいなくてもいい私。死んだところで、誰にも、家 族にも悲しまれない。水城さんの姿を見ることで救われた気持ちになる、とも書いた。 ゆいいっ それが唯一の楽しみだと。 「自惚れてないよ。アタシが死んだからって、そのせいで平ちゃんが死ぬなんて考え たわけじゃない。だけど、義務は果たしに来た」 の「義務 ? 」 ル 「アタシ、返事、書かないまま死んだでしよ。だから伝えに来た。違ったらごめんね。 ツナグ アだけど嫌な予感したの。使者を使うのって、相当お金かかると思ってたし、機会は一 回きりだって言うし。なのにそれでも、自分の身内とかじゃなくアタシを指名してく る以上、きっともう全部、惜しくないんだなって」 「来ちやダメだって。こっちは暗いよ」 サヲリが歯を見せて笑う。 「それだけ、伝えたかった」 うぬに
重にならざるを得ない。了承してくださいー 「ええ」 「それから、その条件はあなたにとっても同じです」 彼がノートから目を上げて私を見た。 「私も ? 」 「一人の人間が、『この世』にいるうちに、『あの世』の死者に会える機会は一人分だ 畴けです。今ここで水城サヲリさんに会ってしまったら、あなたはもう二度と、誰かと の面会することはできません」 ル 「『この世』にいる時と、『あの世』にいる時、一度ずつなんですね」 ア「はい。ただし、水城サヲリさんが断った場合、その依頼はあなたにとっても一回に はカウントされません。あくまでも実現し、面会がきちんと果たされた場合に限られ ます。別の相手で再度依頼することは可能です」 じちょう 私が死んだ後、誰かがこうやって彼に依頼することはあるのだろうか。自嘲気味に なって、つい苦笑する。結果があまりに見え透いている。それに、水城サヲリ以外、 私には、他に会いたいと思えるような人がいない。おそらくは、この先もずっと。 厳しいが、いい条件なのかもしれない。
「あんたが誰に会いたいかは、その後で聞くよ。あんたの依頼を受けるのが、多分、 私の最後の仕事だ」 「 , ーー・父さんに会いたい ? 」 今でなければ聞けなくなる気がした。 祖母の表情はほとんど変わらなかった。歩美にちらとだけ視線を向けて「あんたが こた 決めることだよ」と応えた。口調は穏やかだったが、きつばりとした声だった。 得それを聞いた途端、歩美は自分が選択の責任を祖母に委ねようとしていたことに気 づいた。両親の死については、普段、家族の間でもほとんど話題に出ない。事件の影 の を隠すように、「兄さんはこういう人だった」、「義姉さんはこんなことをした」と、 者 使叔父夫婦もたわいない思い出話ばかりをことさらに繰り返す。 突き放すように言った後で、祖母の目が和らいだ。 「あんたの気持ちが決まったら、言いな」 気持ちなど、決まるのか。歩美は返事をしなかった。 祖母が次の依頼人を見つけてきたのは、それから二週間後のことだった。 土谷功一。都内の映像関連機器会社に勤めるサラリーマンだという。 ねえ ゆだ
ナ 足しながらエレベーターを降りた後、思いがけず謝られてびつくりした。 「変なこと聞いて、悪かった」 いえ」 畠田の姿を見送ってから、急に、今自分がしたのがとんでもなく子供つぼい、嫌な まね 真似だったのではないだろうかと、唇を噛んでしばらく立ち尽くした。 彼の母親に、さっき、一足先に部屋で会ったばかりだった。あの気にくわない親父 でも、あの人に、会うことを楽しみに待たれていた。 けんお 胸の中に、絵の具を水で溶くようにして自己嫌悪がじんわりと広がっていく。 ロビーに戻るために乗り込んだエレベーターの中で、畠田靖彦がドアを開ける音が 聞こえた。 平瀬愛美は、その後すぐに現れた。 おとなしそうな人だ、という印象だった。真面目で、自己主張がうまくなくて、人 づきあいもあまり得意ではなさそうなタイプ。けれど、水城サヲリが一言うように深刻 な「死」を考えているようにもまた、歩美には見えなかった。 死ぬつもりとは、どういうことなのか。水城サヲリには、あれ以上聞けなかった。 まじめ
分悪いんですかって。それ聞いて、悔しくなっちゃって。だったら、毎回、嫌がるほ どしつこく、ギリギリまで見送ってやるって決めたんだ」 「へえ」 「だから、歩く練習。お兄さんには、迷惑かけちゃって悪かったね」 「いいえ」 三十も半ばを過ぎたのに、未だにおじさんではなくてお兄さんと呼んでもらえるの グか。尤も、彼女から見れば、たいていの人間はまだまだ若く見えるに違いない。ひさ しぶりに、ゆったりとした時間が流れているように感じた。 老婆が「会いたい人がいるんじゃないですか」と問いかけてきたのは、私がみかん ツを半分ほど食べ終えた頃だった。 とっさ 声が出なかった。咄嗟に落ちた沈黙はあまりに長かったと後から反省した。ただす れ違うだけの他人同士の会話としたら、充分に意味深な間合いだった。 「やつばり」 答えてもいないのに、老婆がにこにこと笑って言った。 「どうしてそう思うんですか」とようやく返した声は上ずっていて、我ながら不格好 だった。老婆はなおも徴笑みながら「なんとなくね、わかるの」と答えた。 ナ もっと いま