気持ち - みる会図書館


検索対象: ツナグ
59件見つかりました。

1. ツナグ

御園が続ける。 れい 「私、ギャルソンだったら川久保玲のデザインの方が好きだったんだけど、ジュンヤ もかっこいいね。どっちにしろすつごく高いから雑誌で見たことあるだけだけど。あ んなの着てるなんて、お金持ちなのかなあ」 「へえ、ジュンヤワタナベなんだあ」と復唱したプランド名は初めて耳にしたもので、 家に帰ってすぐネットで検索して、それがどんなプランドなのかを調べた。どうして 得御園はそんなに私の知らないことを知ってるんだろう、演劇部の他の子や先輩に聞い あせ たんだろうか。考えたら、焦ってしまう。置いていかれるような、そんなことも知ら の ないのって笑われてるような、嫌な気持ちがこみ上げてくる。理不尽だけど、正直な 友 親気持ちだった。 それどんなプランドなの、と親友に聞き返せないのが、私の性格のせいなのか、そ れとも御園と私の関係性のせいなのかはわからなかった。 田 5 えば、私たちはずっとそうだった。 私と御園は、同じくらいよく喋った。お互い本や漫画をたくさん読んできたせいで、 他の部活仲間やクラスメートたちより一一一口葉も知っていた。

2. ツナグ

彼女の死の直接的な要因は、私の行動にはなかった。だけど、ならば何故、御園が 命を落としたのはあの坂の下でなければならなかったのだろう。偶然と必然は、どこ までが結びついているのだろう。 のろ 私の彼女を呪う気持ちが御園奈津を殺したんじゃないと、誰に断言できるだろう。 私は後ろめたかったし、そのために死んだ後でも彼女に会いたかった。御園の方だっ て、私に殺されたと思わないでいられただろうか。 得私と話し合う気がなかった御園は、短い事実しか残さなかった。『道は凍ってなかっ た』。私を見ていたのか、水を止めたのかも明かさないし、伝一言を残したのがどんな の 気持ちに基づくものだったのかも、これではわからない。 友 親自分が殺してしまった、と思いつめる私に、事故の要因はあなたではない、と誤解 を解くため、優しさから残したものなのか。 それともやはり、私の醜い気持ちが自分を殺したことを糾弾するものだったのか。 ひょっとしたら、自分の生死は私の行為などとは関係ないのだと突き放す意味合い すらあったかもしれない。真相はもう、絶対にわからないのだ。 もし、私が今日きちんと自分がしたことを告げて謝れば、彼女は多分、伝一言を使わ なかった。アユミくんの胸に言葉を預けつばなしにして、私たちは、互いに、気まず

3. ツナグ

「あんたが誰に会いたいかは、その後で聞くよ。あんたの依頼を受けるのが、多分、 私の最後の仕事だ」 「 , ーー・父さんに会いたい ? 」 今でなければ聞けなくなる気がした。 祖母の表情はほとんど変わらなかった。歩美にちらとだけ視線を向けて「あんたが こた 決めることだよ」と応えた。口調は穏やかだったが、きつばりとした声だった。 得それを聞いた途端、歩美は自分が選択の責任を祖母に委ねようとしていたことに気 づいた。両親の死については、普段、家族の間でもほとんど話題に出ない。事件の影 の を隠すように、「兄さんはこういう人だった」、「義姉さんはこんなことをした」と、 者 使叔父夫婦もたわいない思い出話ばかりをことさらに繰り返す。 突き放すように言った後で、祖母の目が和らいだ。 「あんたの気持ちが決まったら、言いな」 気持ちなど、決まるのか。歩美は返事をしなかった。 祖母が次の依頼人を見つけてきたのは、それから二週間後のことだった。 土谷功一。都内の映像関連機器会社に勤めるサラリーマンだという。 ねえ ゆだ

4. ツナグ

ナ 本当はどうなのか、わからない。 だけど、御園は確実に私がしたことを知っていた。なのに、面と向かって、私と話 をすることを拒んだのだ。気まずい話題を避けるようにして、第三者に伝言の形で残 した。 私に真剣に取り合うのを、やめたのだ。 気づいて、今度こそ自分の気持ちにどこにも逃げ場がなくなる。 グ彼女が告げた、天袋の中の本たちは、きっと、そこから出てこない。予感があった。 あざむ これが演技なら大女優だと思った彼女の自然体な身振りは、今度こそ私を欺いたもの だった。最後に気まずい時間を持ってしまうより、何もなかったことにするほうを選 んだ。きれいな気持ちのまま、彼女は私に、もう関わりたくなかったのだ。 頭の中で組み立てた推論が正しいかどうか、わからない。 もう、今度こそ何の方法もなく、私は彼女と二度と会うことができない。これ以上 の言葉を交わすことはできない。自分の責任逃れになるのだと呑み込んだ謝罪は、彼 女に届かない。 必要なことを言わない代わりに、私たちはくだらないことばかりずっとずっと、最 後の今日まで話してしまった。私が言えなかったばっかりに。

5. ツナグ

そこのロビーに六時待ち合わせで』 「御園に会ったの ? 」 電話の向こうで、今度は彼が息を詰める気配があった。しばらくして、短く『会っ た』と答えが返ってくる。 気が遠くなりそう、と目を閉じる。自分が何をしようとしてるのか、彼女に会う度 胸があるのか、罵られ、憎まれる準備があるのかと、いざ、機会を前にしたら、途端 得に緊張する。 御園は、私に会うのだ。 の 友 親幽霊を怖い、と思う気持ちが徴塵もないことに、ホテルに向かう電車の途中で気づ いた。仲介してくれた使者が知った顔の男の子だから、というのはもちろんあるだろ うけど、今怖いのは、あくまでも生きている生身の御園で、幽霊じゃない。 本当は逃げ出したかった。御園が私をどう思っているのか。会って、どうするつも りなのか。考えただけで、気持ちが悪くなる。 この間、初めて待ち合わせした時もそうだったけど、私たちが住む都心から外れた 住宅街から、彼が指定する場所までは一時間弱かかる。もったいぶった道のりが、こ ののし みじん

6. ツナグ

と、クローゼットの奥から出してきたのに。 「使者のことは、どこで知ったんですか ? 」 「え ? 」 私の横に、彼は腰掛けなかった。芝生の前に立てられた低い柵に足を載せ、立った とっさ ままでいる。私を見下ろす視線のまっすぐさに気圧された。咄嗟に目を逸らしてし まってから、自分が最近人と満足に目を合わせていなかったのだということまでふい グに思い出して、肩が熱くなる。 たど 「ネットと、そこで知り合った人たちを辿りに辿って : : : です」 誰か特定の紹介者を必要とする話ではないのだと、その人たちに教えてもらった。 くちき 実際、この少年も、誰の口利きなのかを尋ねてこない。 深呼吸する。 随分回りくどいことをしたし、お金も使った。信頼できそうな情報とそうでないも のとの見分けがっかず、無駄にお金だけ騙し取られてしまったこともあった。真偽は ともかく、連絡先を教えてもらうところまで話が進んだのは今回だけだった。目の前 あきら にいる彼が本物だとするなら、運が良かったとしか言い様がない。諦める気持ちが半 さぎ 分、詐欺に遭っても構わないという投げやりな気持ちが半分。そう思いながら、私の ナ だま けお

7. ツナグ

ナ 軽い、出来心だったから、後ろめたい気持ちさえ薄れていた。現実感が妙になくて、 ドキドキもそんなにしない。これはそう、おまじないのようなものなんだと思った。 実際に何が起きるかなんて、私の期待したとおりには、きっとならない。 触れた蛇口が冷たかった。 しばらく触って、それでも動きを止めていると、家の中から、冗談のように大きな 声で「ワウ」と大が鳴いた。 ゝ 0 ふいに熱いものがこみ上げて、感情に歯止めが利かなくなる。背を押されたように 最後の一線を越え、腕が動いた。捻った蛇口から細く出た水が、地面に向けてチャー、 ッと小さな、震えるような音を立てて流れ出た。 私の足元まで水が届いて、靴を濡らす。 肩から嫌な力が解放されるように、全身から大きな息が出た。御園に負けてから数 日、ずっとどこにも持っていきようのなかったやるせなさが、そうすることで急に楽 になった。最初だけ小さな音を立てた水は、後は静かに細く流れ続けるだけだった。 そのまま自転車に飛び乗り、必死に漕ぐ。 やってしまってから、急に誰かに全部見られていたような気持ちになった。水道に 78 イ

8. ツナグ

ナ 土谷は必ず、この近くまで来ているはずだ。もし歩美でも、きっとそうする。 駅までの短い道のりの中で、目についた喫茶店やレストランを端から覗いた。逃が してたまるか、という気持ちだった。目の前で人が不幸になるのを見てたまるか。歩 美は当事者ではないが、嵐美砂の時のような後味の悪さは二度と味わいたくなかった。 きっと、歩美がしようとしていることはルール違反なのだろう。 ポケットの中で震え始めた電話はおそらく祖母からだ。 グ何のために、どうしてこんな余計な世話を焼いているんだろう、と自分自身にも苛 立ち、雨に打たれるうちに、ふいにすべてがどうでもよく、投げやりになってきた。 彼を探すことは、もはや、誰かに言い訳をするに似た単純作業に感じられた。 こんなことをして、何になるのだろう。 雨は降り続き、夕方に品川駅に着いた時よりもさらに音も勢いも激しさを増してい あきら た。もう、諦めようか。探すとすれば、後は駅の反対側になるが、そうまでして と、気持ちがくじける。 ホテル前の横断歩道まで、歩美は戻ってきていた。ホテルに戻るか、駅を目指すか。 突っ立ったままの歩美を多くの傘が素通りする中、ふいに正面から、「あの」と声が した。 引 0

9. ツナグ

自分でも驚くほど、声が荒かった。携帯を持ち、通話している間にも、ホテルの扉 いらだ が開き、そこから人ってくる相手が土谷でないことに苛立ちが募っていく。部屋で事 情もわからずただ待っ輝子の気持ちはそれ以上だろう。 かけら 彼女は今日が終われば、それが魂であれ、生きた欠片であれ、本当にもう消えてし まうのに。 「近くまでは来てるはずだよ。一晩中でもいいから待つんだ」 得「でも」 「歩美」 の 「ーーあの人、今日会わなかったら、依頼したこと自体を一生悔やむ羽目になる」 者 使黙々と舞台裏で小道具を片付ける嵐の横顔が何故か浮かんで、雨が降る外の暗い道 に重なる。電話を切った。祖母が何か言いかけたのがわかったが、そのまま携帯をポ ケットに人れて、ホテルの外に出た。 彼が臆した、気持ちがわかる。逃げたのだとすれば、それも、よくわかる。 人り口を抜けてすぐにある横断歩道を渡る途中で、ロビーに傘を忘れたことに気づ いた。戻る気はしなかった。今戻ったら、飛び出してきた気力も勢いも失ってしまう。 頼りになるのは、祖母の一一一口葉と、直感だけだった。 おく

10. ツナグ

使者は、依頼人の依頼を受け、依頼人が会いたいと希望する死者に交渉する。 会うつもりがあるかどうか、気持ちを確認して、承諾が得られれば、その人と依頼 グ人を会わせることができる。 祖母が説明する詳細を、歩美はぼかんとしながら聞いていた。 途中から、話の内容よりも、祖母のことが気がかりになる。話を聞く姿勢の方がお ざなりになったことがバレたのか、祖母が「私は別におかしくなったわけじゃない よ」と言い放った。 「信じてないだろ。失礼な子だね」 「だって」 占いは統計学の一種だと聞いたことがある。大伯父がどんな種類の占いをしている のかは知らないが、それでも彼の場合と違い、祖母の使者の話はあまりに唐突で根拠 378 ナ 「頼むよ」ともう一度、今度は頭まで下げて言われた。