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検索対象: バラの木にバラの花咲く
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1. バラの木にバラの花咲く

たからだった。坂口が修次に円との関係をしゃべったのではないかという疑いは、修次から の連絡が絶えたこの数日間、不吉な獣のように胸の中に居座っている。 しかし坂口は他愛のない冗談をいっては、ひとり上機嫌で笑っているばかりだったので、 とうとうたまりかねて円はいっこ。 「あなた、・ とうして今日はそんなにごきげんなの」 坂口は朗らかに答えた。 「どうしてって、決ってるだろ。君とこうして仲直り出来たんだもの」 「仲直り : : : 」 「この間はこわかったよ : : : あなたは倖せな人だわ、でもその倖せを私は軽蔑する、って怒 鳴られた時は。今日だってまた怒鳴られるんじゃないかと思って、おっかなびつくりに誘っ たら、案に相違してあっさりオッケイとなったんで、これが浮かれずにいらりようか : : : 」 「あなたって変ってるわ」 あき 円は呆れていった。 ろ「私はもう、あなたを愛していないのよ。知ってるでしよ」 「わかってる。だがオレは愛してるーー」 の 顔坂口はいっこ。 「いいだろう ? 今夜。久しぶりで朝までつき合ってくれよ」 「私は加納さんを愛してるのよ」

2. バラの木にバラの花咲く

「よう」 といって入って来ると、坂口はダイニングのテー。フルの上に無造作にオレンジの袋を置き、 ぶさた 「ご無沙汰しました」 とわざと真面目な顔を作って一礼した。 「何いってるの、今日も昨日も一昨日も、もう飽き飽きするほど、顔を見てるわ、お互い 円はにこりともせすにいい、部屋着のポケットに両手を入れて、つっ立ったまま坂口を眺 めた。 「君が飽き飽きしてるのは、プロデューサーの坂口チャンの顔だろ。今見てるのはご無沙汰 乱してる方の、坂口庸介た」 坂口は声を聞いてキッチンから出て来た旭に上着を渡し、ネクタイをゆるめながら、 「こわいね、今夜のお姉ちゃんは」 と話しかけた。 混乱 おとと

3. バラの木にバラの花咲く

坂口の誘いを断ったことははじめてたといっていい。 「坂口さんから電話がかかったら、まだ帰らないといってちょうだい」 と旭に頼んだ。 けんか 「どうしたの ? 喧嘩でもしたの ? 」 「ううん、そんなんじゃないけど、今日会うとお説教されるから」 「何をやったの ? 」 「今朝の番組、気に入らなかったのよ、彼」 そういっているところへ電話が鳴った。旭が出ていっている。 「まだ帰らないんです : : : 連絡 ? ないのよ : : : あらそうですか。お待ちにならないで召し 上ったら ? ん ? こっちへ ? 」 旭が目を向けて来る。円は両手を横に振った。 「今、思い出したんだけど、もしかしたら、お友達が : : : 北海道時代のお友達、高校の時の ・ : その人が上京して来たようだから、その人のホテルへ行って、引き止められてるんじゃ : まあそう ? : : : そんなこ ないかしら : : : えーと、あれは何ホテルだったかしら : : : えワ : ・ 年とないでしよう。そんなの馴れてる筈よ。そう ? へえ、坂口さんイガイとデリケートなの しいじゃないですか。なにも今夜会わなくても、明日はいやでも顔を合せるんたもの 少 、じゃあ、おやすみなさい : 受話器を置いて、旭はいった。

4. バラの木にバラの花咲く

284 もう夜が更けていたが、円は修次に電話をかけることを決意した。昼食もタ食もとらずに 考えて、夜更けになって漸く決心がついた。曖昧な不安と後悔を抱えて夜を明かすよりは、 ひと思いに決着がついてしまった方がいい そう思い決めてダイアルを廻した。 をしカ納です」 もう十一時を廻っていたが、いきなり修次の声が出て来た。 「修次さん : : : 私 : : : 」 落ち込んだ心のままの声が出た。 「あ」 修次は驚いたように短く声を上げ、 「どうしたの」 と声を低めた。 「ごめんなさい。どうしても今夜中にいってしまわなければならないという : : : そんな気持 になって、お電話をしたんたけど : 「何です ? 」 心配そうに声をひそめる。 「今日、局で河合さんから聞いたんです。有田牧場へうちの局から取材が行ったこと、その 秘密を洩らしたのは河合さんだとあなたが思っていらっしやるってこと : : : 」 あいまい

5. バラの木にバラの花咲く

ける時間だ。それで旭は金曜日には、突然坂口が訪ねて来てもいいように、坂口の好きなサ ーモンを買い、ワインも用意しておく。坂口はときどき円の寝室に泊って行く。二晩つづけ て泊ったことがあったが、坂口が帰った後で円は旭にいった。 「あーあ、やっと帰ってくれたわ ! 男がいるとうっとうしいわねえ : : : 」 うっとうしい、という一一 = ロ葉に旭はびつくりした。坂口が思っているほど、円は坂口を愛し ているわけではないことに旭が気づいたのはその時である。 「お姉ちゃん、もう坂口さんに飽きたの ? 」 旭が訊くと、円はいっこ。 「飽きるほどはじめから打ち込んでいないわ」 それで旭の、坂口をステキだと思う気持に少しヒビが入った。そしてその代りに坂口を気 の毒に思う感情が新しく生れた。それで旭は坂口が来ると、以前にも増してサービスをよく するのだった。 今日は金曜日だから、旭はサーモンを買い、料理の本を広げてタンシチ = ーを煮込んでい た。円が帰って来て、またシチューなの、という。 シチュー作ったら、おいしいって 「だって、今夜は坂口さんが来るんでしよう ? この前 喜んでくれたもの」 「名プロデューサーってのはね、初心者をおだてるのがうまいのよ。でもそれははじめのう ちだけ : ・

6. バラの木にバラの花咲く

150 大急ぎで濡れた髪を乾かしてロングスカートにサーモン。ヒンクの。フラウスを着た。。ヒンクは 円に似合わないと旭はいう。おねえちゃんは淡い色よりも、濃い色がいいのよ、という。し かし今夜は。ヒンクを着て個性の強さを柔らげたいという心が動いていた。 支度を整えて待っていると、チャイムが鳴って、旭に案内された修次が雪に濡れたズボン しずく ひげ を気にしながら居間に入って来た。うっすらと髭の伸びた疲れた頬に雪の雫が流れていた。 「さきほどは」 とだけいって、珍しいものを見るようにじっと円を見た。 「思いがけないところでお会いしましたわね」 「失礼しました」 修次は旭の勧めるソフアに腰を下ろした。そしていった。 「早速ですが : : : 実は : : : お願いに来たんです。こんなに遅く、非常識とは思ったんですが、 一日でも早い方がいいと思って : : : 」 「何ですの ? どうかおっしやって下さい」 「大体、察しはつかれてると思うんですが、郁也の問題なんですー 修次はいった。 「正直にいいます。・ほくは郁也を知っています。郁也が今、どこにいるかも知ってるんです。 今日、・ほくがあの家へいったのは、そのことを母親に伝えるために行ったんですー 「加納さんは、どうして郁也と知り合われましたの ? 」

7. バラの木にバラの花咲く

306 花子は立ち上り、 「私から加納さんに、今のこと伝えておきますわ。多分、今夜も電話があると思いますから。 円さんに連絡をつけるように、っていえばいいんでしよう ? うなず 惨めな敗北感の中で、円は肯いていた。 昨夜から降りつづいている梅雨の雨が漸くやんでいこうとしているのか、やんだ雨がまた あんうつ 降り出そうとしているのか、灰色の暗鬱な空が大きなガラス窓に貯りついていて、昼か、タ 方か、それとも夜明けなのか、円にはわからない。 そうだ、局へ行かなければ、と跳ね起きようとして、今日が日曜日であることを思い出し た。そしてべッドに寝ている自分が、昨日のワン。ヒースのままであることに気がついた。 明け方近く酔って帰って来て、シャワーも使わず、着替えもせず、カーテンも引かずにそ のままべッドに倒れ込んで寝てしまったことが思い出されて来た。時間を見ようとして寝返 じようはく よみがえ りをうっと、右の上膊に鈍痛を覚えた。突然、鮮明に記憶が蘇った。右腕の鈍痛は坂口と あか 揉み合った時に傷めたものだ。坂口の酔いの出た赭ぐろい顔が近づいてくるのを、力いつば い押し退けた。その腕を坂口が捻じ上げたのだ。 坂口と二人で何軒の酒場を飲んで廻ったか、思い出そうとするのも億劫だ。坂口に誘われ て「フランス亭」で食事をしたのは、もしかしたら修次のことを聞けるかもしれないと思っ おっくう

8. バラの木にバラの花咲く

肥イクを握って歌を歌ったり、ろくに古もしないでコントにも出た。そんな慌ただしい毎日 の中でも、喫茶室へ行くとやはり花子の姿を習慣的に捜している。 ある日、円はエレベーターで黄八丈を着た花子と出会った。花子は新日本髪に結い、鹿の 子の手絡を懸けている。びつくりするほど若くて可愛らしかった。 「あら、おはようございます」 珍しく花子の方から声をかけて来たのは、思いのほか着物とヘアースタイルが似合ったこ とに、気持が華やいでいるために違いなかった。 「まあ、可愛い ! よくお似合いになるわ ! 」 円。かい一つと、 「そうかしら ? でも、何だか落ちつかないんです。これ、借着」 げんろく といって元禄袖の袖口を今更らしく合せたりした。 「新春の録画撮り ? 」 「ええ、今、終ったんだけど、今日はこのまま帰ろうと思って」 「アタマは鬘でしょ ? 」 「これも借りてますの。でも今日は私の誕生日だものだから : ・ 帰っておどろかしてあげようと思って : : : 」 「誰を ? 反射的に訊いていた。 てがら : 。だから、このまま借りて

9. バラの木にバラの花咲く

「簡単にいわないでちょうだいよ、勝手に : : : 当り前みたいに : : : 一方的に決めないでよ、 私はあなたのワイフじゃないのよ ! 亭主みたいないいかたしないで : : : 」 一瞬絶句した後で、落ちついた坂口の声が聞えて来た。 「どうした ? 何を怒っているの」 「怒ってなんかいないわ。ただ不愉快なだけよ 一気呵成にいった。 「私をあなたの何だと思ってるの ? 私は独立した一個の人格ですよ。来たいのなら、まず 私の都合を聞いてからにして下さいな。私たちは対等だってこと、忘れないでね ! 」 それにしても、どうしてこんなに急にもの狂おしい気持に駆られたのだろう。慢性化する ことによってなだめられていた病気が、気候の変化で突発的に熱を出したように。 重苦しい眠りから覚めると、日曜日の朝が来ていた。 今日の仕事は何もないわ、日曜日だわ・ : 目覚め際のまどろみの中で、その日の仕事を頭に浮かべるのが習慣になっている。そうし て仕事を思うことによって、目覚し時計のベルを聞いたように、たちまち眠気がふき払われ るのだが、ひと月のうちの二日か三日、ああ、今日は何の仕事も入っていないわ、とまどろ みの中で思う時の、あたたかなお湯に浸っているような弛緩した一瞬に円はいつも幸福を感 じる。 しかん

10. バラの木にバラの花咲く

「どうしたの、何かあったの」 「ううん、そうじゃないの、ごめんなさい。突然、人が来たものだから、慌てたの」 「どうした ? さっきと声が違うね」 鋭敏に修次はいった。 「そう ? こ 円は一心に取り繕った。 「実はね、坂口さんが突然、来たのよ」 「坂口さんが ? 何の用で ? 」 「だから、これから話を聞くの」 「今日のことで彼にやめたいなんていったんじゃないの ? 」 「ええ、まあ・・ : : ちょっと : : : 」 「だから心配して来たんだな」 修次は簡単に納得していった。 「じゃあ、切るよ。安心した : : : 何ごとが起ったのかと思って驚いたよ : : : 」 乱「ごめんなさい」 「また明日、電話するよ」 混 「ええ、きっとね」 受話器を下ろすまで、坂口はじっと円を見つめていた。