加納 - みる会図書館


検索対象: バラの木にバラの花咲く
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1. バラの木にバラの花咲く

に賛成し、青山のレストランの前で坂口と別れた。今夜は無性に一人になりたかった。仕事 の疲れだけではない暗い鬱屈が、身体の底に淀んでいる。旭ともあまり口を利きたくない。 「ただ今」 といっただけで円は居間を通って寝室に入った。 「ごはんは ? と旭がキッチンから怒鳴るのに、 「いらない : : : すませて来たから と答えながら、留守中の電話メモを見た。これだけはどんなに疲れていても、酔っていて も必す見る。まるで定規を当てて書いたような旭の角ばった字が、マスコミ関係の名を連ら ねている中から、一つの名前が目に飛び込んで来た。 加納さん七時 加納さん七時五十分 加納さん八時四十分 円は自分の目を疑った。加納さんというのは加納修次だろうか。 年まさか、そんな、と意識的に打ち消した。打ち消しながら一縷の期待が胸を熱くした。居 間へ行って、風呂に湯を入れている旭を呼んだ。 少 「旭ーーこの加納さんっていうのは : : : 」 「ああ、加納さん ? もと・にいた加納ですっていってたわー うつくっ からだ いちる

2. バラの木にバラの花咲く

290 「加納修次様 いろいろ心配をしてもらいましたが、・ ほくはやつばり、死んだ方がいいと思います。 何も悪いことをしたお・ほえはないのに、な。せ、死ななければならないのか、と思う時もあ りますが、悪いことをしなくとも、生きている意味がなければ、やつばり死んだ方がいいの たと思うようになりました。 な。せ、人は生きなければならないんでしよう。生れて来た以上、生きなければならないん だ、と加納さんはいっかいわれましたが、『生れて来た以上』といっても : ほくは自分の意 志で生れて来たわけではないのですから、生きなければならないという責任はないんじゃあ りませんか。 なぜ生きなければいけないのか、生きなければならないのか、・ほくにはわかりません。自 分で選んだ仕事 ( 職業 ) があって、だから、自分で選んだんだから、それを全うしなければ ならない 、といわれるのならわかるのですが。 加納さんはなぜ、ぼくのために、あんなに一所懸命になって下さったのか、そのわけを考 えてみましたが、、 とうしてもわかりません。加納さんがぼくのために一所懸命になってくれ ればくれるほど、・ほくはだんだんシラけて行くのでした。 こんなことをいっては申しわけないのですが、加納さんにも・ほくの気持はわからないと思 まっと

3. バラの木にバラの花咲く

316 ある。円はいっこ。 「で、送っておあげになるんですか ? お金 : : : 」 「仕方ないやろ」 佐久間は苦笑した。 「女房には無心出来ない気持をお察し下さい ・ : 最後にそう書いてある : : : 」 「佐久間さんはどうして、加納さんにそんなに寛大なんですの ? 佐久間さんの人生観から すれば、加納さんのような生き方は認められないんじゃありません ? 」 「いや、それはね : : : 」 佐久間はテレくさそうにいっこ。 「確かにそうなんやがね、しかし、この・ほくにも心のすみつこに郷愁みたいなもんがあって 「郷愁 ? 「うーん、やつばり郷愁 : : : ゃね。今の時代は加納みたいな理想主義者は生きられんでしょ うて。シノギ削って生きるために妥協に妥協を重ねて、どんどん、捨てていったもんがある わけですよ。加納はそれを捨てまいとしてる。捨てまいとすると今はヘンクツになる。仕事 の上では無能ということになる。あれでは一文も儲けられん : : : ぼくはね、円さん。今はじ めて口に出すことやが、加納修次は・ほくの夢の代行者、身替り、というふうに思てるのや。 けど、考えてみたらそれかて、あの民枝さんの働きによって成り立ってることやからねえ ね」

4. バラの木にバラの花咲く

「加納は ? 」 「入浴中だからって、河合さんが : : : 」 坂口は訊ねた。 「なんでそんなところへ行ってるのか、訊かなかったのかい ? 」 円は弱々しくいった。 「訊けなかったのよ : : : 」 「何も訊けないで電話を切った ? 」 「そうなの : : : 」 「名も名乗らずに ? 」 「そう」 きゅうきょ 坂口は思った。福島県葛尾村の有田牧場。そこに郁也がいる。なぜ急遽、加納と河合が行 ったのか ? そこで何かことが起きたのだーー。何が ? : : ・ : 坂口はいっこ。 「郁也が何かことを起したんじゃないのかい ? 」 「かもしれないわね」 うわそら 乱円は上の空で答えると、坂口の思惑には気がっかないで叫んだ。 「河合さんは彼を好きなのよ ! 愛してるのよ ! 加納さんはそんなつもりじゃなくても、 混 二人で旅をしているうちに河合さんの方で、情熱が爆発するってことあるじゃない : 「加納はそんな男じゃないだろう ? 君を愛してるんだろう ? 」

5. バラの木にバラの花咲く

251 混乱 「あ、有田牧場ですね、わかりました。番号を調べてみます。ありがとうございました」 電話を切るなり、一〇五を廻した。福島県葛尾村の有田牧場というところへ郁也が預けら れたことを円は修次から聞いて知っている。有田牧場の電話番号はすぐわかった。呆気にと られて眺めている旭の前で、円は夢中でダイアルを廻した。 「もしもし」 円の声は我知らず高くなった。な。せか胸が轟いている。 「はーい。有田ですが」 「ちょっとお伺いします。そちらに東京から加納修次さんが行っていらっしやると思うんで 「あ、加納さんですか。ちょっと待って下さいよ : : : 加納さーん」 と呼ぶ声がした後、女の声が出て来た。 「もしもし、加納さんの代理の者ですが、今、加納さんは入浴中なものですから、もしお急 ぎでなければ三十分ほど後におかけ下さいますでしようか ? 」 河合花子の声だ、と思った。間違いなかった。「下さいますでしようか」のいい方に、独 特の抑揚があった。花子が料理番組の最後に、 「皆さん、おわかりになりましたでしようか」ときまっていう時の優しいへり下った声音を、 円は何度も聞いて知っている。 花子が一緒に行って、泊ってる : かつらおむら

6. バラの木にバラの花咲く

254 加納さんが : : : 」 いうつもりはなかったのにいきなりその一言葉が出た。父親に訴える子供のようだった。 「加納さんが福島県の葛尾村へ行ってるのよ」 「加納が ? それがどうかした ? 」 泣き出す前の子供のように円の顔は歪んだ。 「河合さんと一緒なのよ」 「河合さん ? 」 「河合花子よ : : : 」 坂口は呆気にとられたように暫くの間円を眺めていてから、並んでべッドに腰を下ろした。 優しく円の手を取った。 「それで妬いているのか ? 」 笑いを含んだ声でいし 、円の横顔を驪イた。 「仕事なんだろう ? 河合くんなら安いから頼んだんじゃない ? 」 「でも、河合さんは、彼を好きなのよ : : : 愛してるのよ、ずっと前から。加納さんの仕事に お金を出すとまでいったんですもの : : : 」 「じゃあ、その仕事で行ったのか ? 」 坂口は膝の上に置いた円の手を撫でながらあやすように、 「。ハ力だなあ : : : 頭痛はそのためかい」

7. バラの木にバラの花咲く

「」、つい一つ」 意味だ ? 」 押し出す・ようにいオ 「愛してるって、どういう意味だ ? 」 「加納さんがいやがることはしたくないの」 「加納とはどういう関係なんだ」 坂口らしくズ、、ハリと訊いた。 「もう寝たのか ? 」 うなず 円は坂口の強い視線を受け止めた。黙って肯いた。 「寝た ? 」 信じ難い、というようにもう一度訊いた。円が肯くのを見て、円から視線を外した。 「そうか」 気落ちしたようにいった。ブランデーグラスを手にして、意味もなくそれを透し見ている。 「加納はどういうつもりなんだ」 暫くしていった。 乱「どういうつもりって ? 」 「それは本気の恋愛なのか ? 」 混 「ごめんなさい。そうなっちゃったの」 「すると ? 俺はどうなるんだ ? 」 すか

8. バラの木にバラの花咲く

暫くしてまたいった。 「君がラジオにいた頃ーーーオレは気鋭のディレクターだった頃ーー」 「あなたにも理想はあったわね。マスメディアにたずさわる者としての」 「うん 坂口はいっこ。 「君はオレを尊敬してた : : : 」 「あなた、加納さんにしゃべったの ? こ 唐突にいった。思い出の感傷に流されまいとして、攻撃的な口調になっていった。 「私たちのこと、加納さんにしゃべったの ? 「加納に ? いわないよ、そんなことは : : : 」 「いっか、彼にいうっていったじゃないの」 「いったかもしれないが、本気じゃないよ。青二才じゃあるまいし、おとなの男がそんなこ といえるわけないだろ」 ろ「いわない ? し 、ってない ? 」 「いってないよ」 の 顔「ならどうしてなの、どうして ! 」 円は叫んでいた。 「どうしてあの人は : : : 逃げてるの ? 」

9. バラの木にバラの花咲く

114 の持ってるものをまだ十分引き出してないんだってさ 「君は「円の朝』のキャスターやってるだけじゃ勿体ないっていってたよ。もっと思い切っ ほんばう た使い方が出来る筈だっていうんだけどね。オレにはわかるんだな。君の奔放な面をオレは 抑えよう抑えようとしてる。佐久間重吉はその逆を考えてるんじゃないのかな。しかし、そ いつは危険なんだよ。日本の女の大多数は、同性の抜けた奔放さは許すが、頭のキレる女の 奔放さは絶対許さないんた。それが許されるのは、そうだな、まず六十になってからの女だ 坂口の酔いの照りが出ている顔が、ドレッサーの中でこっちを向いている。 「会ってみるかい ? 考えてることがあるらしいよ」 おっくう 「そうねえ、いやだという理由は別にないけど : : : でも何となく億劫ね」 「そういうだろうと思ってたよ。君はそう見えて、案外野心家じゃないからね」 坂口は仰向けになって煙草をふかしながら天井を見ていたが、ふと思い出したようにいっ 「しかし、佐久間ってのも変った男だな。加納の面倒を見てるんだからね」 「加納 ? 加納って : : : 」 「加納修次さ。この前やめた : : : 」 円はヘアーブラシを置いて、ふり返った。 もったい

10. バラの木にバラの花咲く

もっていた。それを口にしようと思っただけで円の心臓は破れそうになった。呼吸が詰って 今にも倒れそうだった。「加納さん」と円は呼びかけた。しかし次に円がいったのは「おや めになるって本当 ? 」という言葉だった。衝動は消えた。 ・ほんやり横顔を見せて立っていた彼は、驚いたように円を見て、 「え ? 」と反問してから、 「ええ」 と肯いて徴笑した。 「どうして ? こ 思わず立ち入って訊こうとしたが、加納修次は円を見下ろして、 と笑っただけだった。 「残念ですわ、私 : : : 」 円はムキになっていった。 「加納さんには、 しいお仕事していただきたかったのに : 」んとうに・ 円 彼はてれくさそうにもう一度、同じことをいし ・ : 私、期待していましたのよ、ほ