なぎごえ クルクルと体に似合わぬ優しい啼声が聞えてくるのは、云い難く可愛いものである。この蝦蟇へ いちす の愛情はすぐリッ子に伝染した。私の場合は一途に幼年の日を慕う心にきざしている。それがリ ッ子に移ってゆくと、今度は例の万物相関の縁由をたどる異常な熱狂的な信仰だ。それなくては こと 一日も過せない。殊に母蟾が一匹の子蟾を負うているのに気付いてからはリッ子の信仰はいちい ちこれを私達に結えて終って、あれがお父様、あれが私、あの子蟾が私のお膸の中の子供の守り てんまっ 神と、いつのまにか決定して終っている。但し蝦蟇の時はどんなことに終ったのか、その顛末を たしかめずじまいである。多分秋深く土の中にひそんで終ったのであろう のさて迷いこんだ鶯の話だが、私もまた思いもよらず、小鳥に熱狂していた頃の私の少年の日が そ後から後からと思いおこされていって、ほんとうになっかしかった。 もえぎいろ 子落着くようにと萌葱色の風呂敷を鳥籠の上にかぶせ、二階の出窓のところに置いてやった。 「ほら。ほっ。ほちゃん。太郎の。ほっ。ほ、よ」 と太郎が目覚めた時に、リッ子が抱いていって鶯の姿を見せるのである。太郎も珍らしがって 片手に母の白く柔軟な乳房をひつばりだしながら、ばたばたと手足をゆすぶって喜んだ。 すりえ 二三日目には餌についた。蚊や蜘蛛をよろこぶようである。ところが摺餌に移る頃、ちょっと 私は旅行した。その留守にリッ子は餌人れ一杯の摺餌を与えたらしく、私が帰りついた時には鶯 はもうふくれ上っていた。すぐ死んだ。 鶯の落鳥をリッ子はひどく気に病んだ。というのはその頃大島という私の陰気な友人が一人い て少し骨相学や占いにこっていたのたが、庶民金庫の借入の連帯保証人になってくれと頼みにき
と 一奥が し、 の 覧にか し っ 差 ん で の る であ雨喰重つおす いれ いて内ふ 、あやと い子 な たの をなのな いが で赤 口を 度深 何と 、を つを てく 閉か洗檎 つは いててに のれ 御中 し私 こ本莫 って そ様 指幾方 芋る な雨 吐滴 のけ こあ 粘れ そる ち太 ばる 液ど つば いお つは きカ とち 見ら そカ せち いで いで るあ れ聞 体み のる らて 塗う るだ 辺し その とが かけ で指 私す ら目 笑に てを 引出 化う は果 込し んて かて だ母 らて みし 子を 223 リッ子・その死 ロと のる ま微みわ ら塵児せ い亀ぎが度望 。裂彗ら蜜を 物る と 眉粤か ロ も う あ け て も も う 塗 0 よ ん の ヵ、 失ぼ眼 り つ り と の る べ湯た厠る腸 力、。を う葛私は だな湯ゆはず と し、 ナこ よ う 息 力、 り を 見 し て いを石当すみがか L—上鹸け。ん っ と な い出て く と い 、で も 済 ま し てと リ ッ のが ム 、ら のがま 幺 J いで いたば るかし 根し ぎ ぎ 取、 れし な も か 0 ) 頭 の 中 に た にいをがと か め て る げ よ う フ 甲 し、 な 、分に う をうす て よ で 。舌 塗 る の 舌 の 先 手 を つ の さ し の る 林 フ ツ ブ で も う 内 を 通ナ も 何 も お さ う つ も さ っ 、な で 月 ( の あ 、腸 っ か り 腐 り て リ ツ 、葉 て っ 。よ と る を ま さ の けカ 力、 ッ子 リ様 の れ開ち 、襖 と ら ょ郎 し、 し り 、つ
はちみつ 私は早速蜂蜜を指につけて、舌と喉の奥に塗ってやった。 「どうお ? 加減は」 うめ 「オーオー」と相変らす泣くとも呻くとも知れぬ声を立てている。 「さあ、菠薐草の裏ごしスープだ」 ふる 吸呑に口をつけてふるぶる顫えながら、それでもいくらかは飲んでいた。 「足をさすってあけようか ? 」 うなす うむうむと肯いている。足を交互にさすってやるが、おそらく知覚も何もなくなっているにち 】を、のこ のがいない。足とは思えなかった。巨大な乾茸の類に思われた。足窪のあたりからポロポロとぎ そ 崩れてゆくような足たった。 子 この足の昔の姿を私ははっきりと覚えている。結婚まもない旅の温泉の中だった。私の足と並 べて校べてみたのである。殆んど同じ大きさのようだった。十文だと云っていた。 「そんな細い歴をしているくせに、なんだ、足だけ末端肥大症だろう ? 」 とその時私は新妻をいだきとめ得たよろこびにわざと声を挙げて笑ったが、第な予言に変って 終った。湯の中から、足窪の馬鹿に可愛く刳れていたことを覚えている。それにましてゆたかに ゅぶねひぎす なたれでた雪のまぼろしのような大模様な女体の肌たった。その足首から湯槽に引曳りおろして お湯の中でかるがると抱え上けたことを覚えている。顫える肌のずっしりとみなぎる重量を覚え ている。 むざん 今あの時の「末端肥大症」を覚えているかしら、とふっと無慙な感慨でリッ子を見た。 のど
くや 「リッちゃん。きっかったな。可哀そうじゃった。どげんあんたは口惜しかつつろう。やつばり そうじゃったなあ。今朝方、あんたが夢枕に立ったとき、正道と二人おき上って、ああ、あんた に何か間違いがあつつろうと思うて、お父様のお位にお燈明を上げたが、やつばりそうじゃっ たな。ああ、情なか。残念か。こげな処で死なしてなあ。立派な家もあり、蒲団もあるとにな あ。 リッちゃん。あんたは器量もよし、人柄もよし、どげないい処のお嫁さんにでも、と皆から : こげな : : : 」 云われ惜まれとったのに ふの悪うして、こけな : 大声で云いかけて、それからもう感極わまり、咽喉がひからびて終ったものか、言葉はとぎれ 死 のた。この母もあわれと私は鎮まって、何でも云ってくれればよいがと思ったが、後はただおいお そ いとむせび泣くばかりだった。 子 やがて何を思いかえしたのか、 「何もかも戦争が悪かとたい。この戦争が悪かとたい」 泣き終って、それから私をふりかえると、 「檀さん。リッ子のロを閉めてやっときなさしゃよかったのに」 あらた そう云われて、更めてリッ子を見た。ロの辺りが少しゆがんでひきつっている。半開きのロの なかに白い歯が生きたままにのそいていて、それが白日のなかではむごかった。そうか、かくし てやろうと私は近寄って、指で、そっとリッ子の上下の唇を押えたが、もう全く硬化して終って 「閉しますまいが」
とでした。よかったらもう一二度お目にかかりたい、先生の話を伺うと何か心の澄み徹るごとあ 、るが、と昨日も遅うまで、なあ、おばあちゃん」 老婆は声には出さす、相変らすいつもの笑顔で、その静子の声にゆっくりと肯いた。出まかせ のその場つくろいのこととて、どんなことを云ったろう、と昨日の青年との談合を思いおこしな がら、私は赤面してゆくのである。 っ 「ああ、ああ、そうだした。先生に煙草のお礼があっとりますが。納屋に吊るして、持ってゆく 死とば忘れて終いましたと」 の静子に先生と云われるのも、これまた、戸惑った。青年の言葉から反応したままに云うのたろ そ うが、くすぐったい。静子は洗い髪のしすくのしたたりを手拭に絞りながら、納屋の方に駈けた ひるがえ 子 した。素足の裏が。 ( タ。 ( タと白く飜ってゆく後ろ姿が殊更になまめいて見えるのである。帰って きて、 「あら、また乾いて終うとるが、先生」 黄ナ葉の大きい葉柄の東を二東持ってきた。 「海で沈められた船から浮んだとだすたい。浜の若い衆が小舟を漕ぎつけて拾うたとだすが、お 礼に大分配給のあった模様だす。潮気を洗いおとして、濡れたうちに拡げて、剪ると大層おいし 可也さんが自分で濡らしてみてくれましたとい、もうほら」 ゅうこざすげな 貰って手に取ると成程、いつのまにか。 ( サ。 ( サに乾いて終っている。どうしたわけたろう。納 ? そう思いながら、それでもうれしく、手 屋が何かの乾燥の為にでもっくられてでもいるのか てぬぐい とお
やがてむらむらと反抗的な意志が燃えたってきたのか、しばらく眼に生色を取戻して、それか ふとん ら、投げやりに、くるりとあちらを向いて終った。蒲団をひきかぶった。私は掃除をやめて、そ のままドンドンと畳を蹴って階下に降りてゆくのである。 又、何処かで喋りこんでいるのだろう。リッ子の母はいつまでも帰って来なかった。私は太郎 ~ かまと の汚れ物の洗濯を済ませると、竈の湯が沸り上っているので、洗面器に移し、二階に持参した。 この頃すっと母が拭ってやる習慣だが、自分でリッ子の枕元に運ぶのである。 リッ子は黙って大井を見つめている。思いつめたような、真面目な顔だ。私も黙ってリッ子の 死その顔を拭っていった。新聞は読んたに相違ない いつもと違って今日は四ッ折に小さく折り、 の 枕元から遠くはずして終っている。 そ あおしら 静脈の透くような蒼白い額から頬、頬からロと、湯気の上るタオルでむすから、拭きとると、 子 こうふん ッ見慣れぬ異常な美しさだった。思い決した風情の、朝の昻奮が感じられる。それから手を拭っ た。繊い指の股をそっとひろけながら静かに拭ってゆくと、 「お父様」 「何 ? 「ほんとうに、御免なさーい」 さわや 爽かな昻奮の面持が、急にくすれ、涙がキラリと滑り落ちるのである。リッ子はそれを湯気の まつわる指先で、拭うでなく、ただ、頬の上にたしかめてあそふふうで、 なお おっし 「でも、私、癒れるのかしら ? ほんとうを仰言って下さらない」 132 たぎ
口を真一文字に閉じて、際限もなく泣きつくすのである。私は黙った。不用意の言葉がかもし い、その迷信が、私にまで感応していっ だした、後悔よりもリッ子が心に抱きよせていたらし て、何かむごい、まざまざとした実感に移るのである。 ほとん リッ子の食物に対するムラ気は次第に激しくなっていった。私とは、もう殆ど直接には言葉を 交わさない 0 しこう あさ 母に甘えて、昼夜の別なく嗜好の変った物を漁りたがる。 ミリンのにおいのちょっと入ったような、小 「お母さんラッキョウが喰べてみたい。 ッキョウ」 すると私は太郎を負うて小粒ラッキョウとミリンを探して歩かねばならないのである。 カリッとするような五分漬よ」 「ねえ、五分漬が喰べてみたい、 「ねえ、シラスが喰べたい。橙 6 酢をおとして」 三月十九日の朝たった。毎朝のきまりで下のおばさんが新聞を階段のところに置いてくれたの かまど を、珍らしく竈の前で拡げてみて、ちょっと面白い記事だった。 「親馬鹿、子を殺ろす」 という見出しだが、南方からようやく帰りついた帰郷の兵士を迎えて、その親達が嬉しさの余 うなぎ かゆ り、いちどきに鰻を喰わせ、鶏を喰わせ、卵を喰わせて、粥ばかりしかすすったことの無い帰還 たちま 息子は忽ち死んで終った、というのである。その注意書に某医学博士語るとして、腹は薄い粥か うれ っちゃいラ
「いや、消炭はまだ少し残っとるばってん、やつばり消炭しやト = ン ( 効かぬ ) なあ」 あて すると何処を探したらいいだろう、とまた当のない新しい当惑を感しるのである。 「あなたの十俵が焼きそこのうとらんとなあ」 母が残念そうに云っている。私も苦笑した。支那の旅行の時に炭焼部隊としばらく起居を共に かま して焼いたことがあ「たから、それを頼りに、先日静子の山で一竈ついて大自信で焼いてみた が、天井が陥ち、静子の好意の楢を全部灰にして終っている。 「そうたい。静ちゃんに聞いてみてごらん」 死 「いかんよ。お母さん、迷惑よ。静ちゃんにばかり、何もかもお願いしては」 そ「何処で焼いとるか聞くだけじやけん、良かりそうなもんな」 子「聞いてみましよう」 と私は云った。 「そうたい。桜井の可也さんのあたりにはひょっとしたらありますよ」 母の声に私は月谷行の思いがけない機会に近づいたことをよろこんだ。あ 0 てくれればいい 願うのである。山間の谷だというから一軒ぐらい炭竈を築いている家がありそうだ。 「お天気だったら、明日にも行ってみましよう」 かまと 私はそう云「て、そのカトリ ' クの部落というのを様々に想像してみながら、炊事の竈の方へ 降りていった。
「今、眠っておりましたと ? 」 うなす 私は黙って肯いたが、格別なことはなさそうだ。可也君はしばらく視線を外して開け放った海 を見渡していた。リッ子は次第にはっきりとした模様で、 「御免なさい。つい、うとうととして終って」 私は肯きながら、何げないで言葉のつぎ穂を探し、急いで可也君に向って語をついた。 「お姉さん、いくっ ? 」 云って終って、何か醜聞に気を奪われてでもいるような自分の言葉が嫌だった。 死 「はあ : : : 二十五、でつしよう」 の そためらいながら、急に青年の面が染む。言葉がとぎれたまま、私はしばらくたてつづけに青年 子の煙草を手に取って吸うのである。 はくとっ 青年は間もなく朴訥に礼を述べながら帰っていった。リッ子はそれを、自分のうたたねのせい しやペ のように気にしていたが、実は余りもう青年と喋り合う必要はなかった。それでも全体の印象は ひどくよく、私は自分の心が久方ぶりに和められ、慰められていった心地である。人生などと、 何も摸索するがものはない。海辺の吹き通しの微風のすべる病室に今しがた交わし合った言葉 が、そのままの音調だけで、ふわりと信じられてくるようたった。 「いい方ね」 「ああ」 いや はず
「どうして ? 」 「電話で坊主頭とお母さんが云うてあるでしよう」 「坊主頭の強盗か ? 」 美代福はふふと笑ったが、 「でもやつばり、あんたは強盗ゃない」 「どうして ? 」 「やつばり強盗より何となしに品がある」 ひばち 死 ふざけているのか本気なのか、そう云って火鉢の上の私の手をとった。頭からぐるりと左耳に の ことさら ひたいぎわ おおい そ蔽をかけている。思いなしか今夜は殊史蒼ざめていて、薄くひ弱そうな額際のあたりしみじみと 子リッ子に似ているように思えてきた。 「どうしたその耳は、中耳炎かフ 「あの晩から悪いとよ。今夜も休むつもりやったとえ、あんたやろ、と思うてわざわざ来ました と」 「耳どんな ? 」 と私は美代福の頭を手にとって、 「はずしていし 「うん。ばってん、ほんとうに痛いとよ」 みみたぶ 耳蔽を除けてみた。ばかに白いほっそりした耳朶が、おさえをはすしたせいかほんのりと紅さ