いことには馴れているので、雄介は一向に意に介さず説明をつづけている。 しあわ 「友田は偉いやつだ。偉いやつだ。オレは友田のような友人を持てたことを一生の倖せと思って いるな、友田三無か ! 妻なく子なく金もなしー いいなあ、みごとだ ! 徹底しておる ! 男 の理想を貫いた男だ」 「で、その一穴パ・チンコとやらは出来上ったんですか」 朝子は聞いた。 「ああ完成だ。すばらしいものだ。右にバネ、左にハンドル、実に面白いものだよ。右手でバネ を弾きながら左手でハンドルを操作して、落下してくる玉を穴へ入れるわけだからな。いうなら ば宮本武蔵両刀使いというところだ」 もう 「じゃあ、友由の小父さんは今年は儲かるな」 春生がいった。 「はやれば一億くらい軽いでしよう ? 」 ゅうぜん すると雄介は悠然といった。 「それはわからん」 「わからんって ! どうして ? 」 「特許の権利が取れん」 「取れんってどうして ? 」 「金がない」 雄介はいった。 「しかし友田は儲けることが目的じゃないんだ。ただ産み出す。創り出す。夢を見る。それを実
「どうするんです、上っていただくの ? 」 朝子の声はオクタープ上った。友田三無は朝子の歓迎しない客である。友田三無のおかげで雄 介は働く意欲を失ったのだと朝子は確信している。三無というその名は妻なし子なし金もなしと いう彼の人生の理想をもじって自らつけた雅号である。雅号といっても俳人というわけでもなく 書家でも画家でもない。友田三無は発明家なのだ。いや発明家というよりは発明狂といった方が 。この二十年間、丁度、雄介が信用金庫に勤務した歳月を、友田三無は発明に明け暮れた。 三無と雄介は生死を共にした戦友で、ニューギニアの負けいくさで最後のカタバンの半カケラを、 更に半分に割って食べ合ったとき、彼が小さい方のカケラを取ったというので、三無のためなら 命も捨てるというのが雄介の口癖になっているのである。 三無が来たと聞いて雄介は急いで丹前の前をかき合せながら寝室から出て来た。 「いよう、三無か。まあ上れ」 と、若者のように ( といっても現代の若者ではなく、旧制高校時代の若者 ) どなった。そもそ そろ も朝子にはそれが面白くない。せめて元日ぐらい親子四人が揃って屠蘇を祝いたいという妻のさ さやかな願いは平気で無視するが、友田三無が来たと聞くと飛び起きる。 三無は「いやあ、おめでとう」といいながら、朝子の案内も待たずノコノコ上って来た。 ど「奥さん、年始のご挨拶までに : そういって紙にくるんだものをさし出した。 朗 晴「まあまあ、いつも、お珍しいものばかり頂戴しまして : ・・ : 」 天お珍しいものばかりという朝子の言葉には皮肉がこめられている。友田三無は全く口クなもの くう / 一う を持って来ない。ベルトはバックルの中が空洞になっていて小銭を入れられるようになっている
の伯母の強引な勧めで見合をし、慌ただしく結婚した相手だった。 「とにかく何でもいいから掴まえなくっちゃ、今に日本には目ばしい男はいなくなっちまうよ」 と伯母に嚇かされて慌てて結婚した。伯母がいうほど目ばしい男とは思わなかったが、それで も最高学府を出てうるさい係累はなく、故郷の四国には幾らかの山林も持っているという。 「それにご面相の方だって、なかなか捨て難い味があるし : と伯母はいった。連れ添う者に死に別れた後、生花師匠をして気ままな後家暮しをして来た伯 母の佐伯まきは、そういうヒネった表現をするのがうまい。捨て難い味というのは雄介の場合、 ゅうぜん 何となくノンビリと面積の広い頬やどっしりと構えている丸い鼻のあたりに漂っている悠然たる 風格のようなものをいったのであろう。 だがその時より閲した歳月は、その″捨て難い味みを風化し、今や雄介の頬はその面積の広さ そうしんそうく 分だけたるみが増し、七十八キロの大男が五十六キロの痩身痩驅となって覇気を失い ( もっとも ひょうひょう その方は昔からあまりなかったが ) 風格も失って飄々とタ風に吹かれる物干場の浴衣のような 男になってしまった。初老の域に入って若者のように朝寝坊だというのではない。布団の中で目 が覚めているくせに、夢ともうつつともっかずモゾモゾしているのが好きなのだ。 「ごめんください 玄関の格子がカラカラと開いて、朗々たる声が家中に響いた。 「おめでとうございます。友田です」 さんむ 名乗られるまでもなく、その楽天的な大声は友田三無であることはわかっている。 「ほら、友田さんですよ、お父さん : : : 」 朝子は襖越しに隣室に声をかけた。 ふすま おど ほお
「昨夜はあれから腰が痛まれましてねえ。ようお休みになれませなんだんです。ようやっと今し ; た、お眠りになられたんですから、もうちょっとこのままに・ おしろい 坂部未亡人の白粉は、気のせいか昨夜より濃い 「昨夜のお医者さんではたよりのう思われますので、今日は専門の先生をお呼びしようと思うと りましたのですが」 「それなら帰りに病院へ寄ります」 「でも : : : お連れ出来ますやろうか。ひどいお痛みのようで : : : 」 「かといって、いつまでもここにご厄介になるわけにはまいりません」 朝子は少しむっとしていった。坂部未亡人のねたりねたりとまつわりつくようなもののいいカ たが朝子にはじれったく、 いやらしく思われる。そのとき、雄介が身じろぎをした。 「奥さん : ・・ : 奥さん」 と坂部末亡人を呼んだ。 「お目がさめましたか。奥さまがお見えでございますよ」 「そうですか : 雄介は一向に感情のこもらぬしわがれ声でいった。 「すみませんが、奥さん、友田を呼んでいただきたいんですが : : : 実はあの空中漫歩機の失敗の 朗一つの原因がですな、今、うつらうつらしている間に、夢とも現実ともっかぬ形で、突然、頭に 気ひらめきましてな。それを友田に話したいんですが : 「ハイハイ、じきにお呼びしてまいります」 坂部未亡人は目にしみるような白足袋の、小さな足をチョコチョコと運んで部屋を出て行った。
「ほう、数の子か ! 高かったろう ! 」 いったらどうなのだ。 その一言くらい 昨日までの朝子なら、そう思ったらとっくにそうどなっているところである。しかし今夜の朝 子はちがう。ただ「ふン ! 」と思っただけだ。この「ふン ! 」 には「△フにみろ」とい、つ」刄持がこ もっている。 「しかし友田という男はあれは偉い男だなあ。今日、オレはつくづくそう思ったね。奴が偉いの は才能ばかりじゃなくて不屈の闘志というものを持っている点だ。今度の一穴パチンコだって試 作品を作るまでの苦労といったら並たいていのものじゃなかったんだからなあ。設計図をメーカ ーに渡して作らせるとたいへんな金がかかる。だから友田は全部、ひとりだ。ひとりでコッコッ とやる。ひとりでコッコツやっても五十万はかかる。中古のバチンコ台を一万円くらいで下取屋 から買って来之それに手を加えるわけだが、レールとかネジとかハンドルは、自分で全部作った んだからなあ : : : ネジの一つ一つを自分で作る ! これはどんなに大へんなことかお前たちには わからんだろう」 あんどん 発明の話になると雄介の顔は輝く。いうならば行燈に灯が入った感じになる。その灯が入った 感じになることが朝子には面白くない。朝子の提供した話題に対していまだかって、雄介の顔に れ灯が入ったためしはなかったのだ。しかし今夜は朝子は面白くないその気持を「造反」という心 つぶや 朗中の呟きで殺すことが出来た。灯が入ろうと入るまいと無視するのだ。 : ゴミが何したって腹 気空気 : : : チリゴミ : ・・ : そう思うのよ、という弘枝の声を思い出した。 天 立てることもないもの : だれ しかし聞いてもらえな 四雄介は一穴式バチンコの説明を始めた。娘も息子も誰も聞いていない
126 朝子が声をはりあげるとやっと気がついて、 「これはこれは、奥さん」 といって、足もとのガラクタを踏みまたいで来た。 「いやあ、残念でした。全く無念とも何ともいいようがありません。青本君のあの発明は、我が 国発明界に重大なるエボックをもたらすと期待しておりましたが : いやあ、無念です。我が国 現今の発明界は、ただただ現実の利便のみに追われ、発明の本質というものが全く見失われてお ります。人々は何を目的に発明をするか ! 特許を取って金儲けをせんという考えです。そもそ も発明とは何であるか ! 発明の本質たるものは : 「あのう、友田さん、主人はどこに : さえ 朝子は三無の言葉を遮った。見渡したところ、一間きりのこの家には雄介の姿はない。 「あっ、そうでした」 三無は漸く気がついて、 「ではご案内しますかな」 と下駄をはいた。 「あの主人はどこに ? 「坂部夫人のところです」 「坂部夫人 ? 」 「私の家主です。この奥に母家がありましてな。娘さんと二人で暮しておりますが、いや、親切 な人でしてね。部屋が余っておるので青木君はひとまずそこに寝かせてもらいました。いや遠慮 はいらんのです。いらんのです」 かね - もう
ないねえ。夢があるよ。夢が : : : 」 その声は久しぶりに聞く友田三無の声である。 「しかし、ばくの夢はね、水の上を歩くことにあるんだよ。水の上の散策。しかも、この自分の 足を交互に前に出して地面を歩くように歩くんだよ。それこそ君、人間の誰しもが幼年時代に描 く夢じゃないかね」 雄介の声がいった。二人は話に聞く水上漫歩機とやらの発明に夢中になっているのだ。庭から 上って来ると座敷に電灯が灯っていることも怪しますに、早速畳の上に図面を広げる音がしてい る。 ゅうちょう 「いや、水の上を歩くなんて君、悠長すぎるよ。それよりこっちのアイデアの方がいい」 のぞ 朝子はそっと座敷を覗いていた。大きな図面には丸みを帯びた縦長の板が三枚並んだ図が書か れている。それが夢の水上漫歩機というものなのか。三無は顔を覗かせた朝子に気がついて、目 を丸くした。 「やあ、やあ、これは、これは、奥さん : : : 」 その声に雄介は図面から顔を上げ、慌てて老眼鏡を額にすり上げた。 ど 「朝子か」 朗一言そう言うと、再び老眼鏡をかけ直し図面に顔を寄せながらいった。 気「いっ来たんだ」 「さっき、三十分ほど前ですよ」 朝子は図面にかがんだ雄介の頭の真ん中が薄くなって来ているのを見下ろしながらいった。
「開けっ放してどこへ行ってらしたの、用心が悪いじゃありませんか : : : 上ってみたら誰もいな : どこを見てもゴミだらけ」 いんでしよう。それに家中の汚いこと : というロ調は、半年前のあのロやかましい丈夫で長モチする主婦の口調である。 「この板と板のつなぎ目はラチェットでつなごうと思うんだよ。風が吹くとラチェット、ロ 。、、題ま波のないときだ : 走る。波に揺れてここが動くんで走るんだカ尸。、、 雄介は照れ隠しのようにひとりでしゃべっている。 「そこで三輪車の。へタルを取りつけて、それを踏んでラチェットを廻すことを考えたんだが 「何ですか、それ」 朝子はいっこ。 「また、役にも立たないものを考えて : : : 」 一つの感情がーーー役にも立たぬ発明にウッツをぬかす夫への、あの燃 そのとき、馴染み深い え上る憤りが久しぶりで胸になっかしく湧きひろがって行くのを朝子は感じたのだった。 「同じ発明するなら、もう少し現実性のあるものを考えたらどうなのかしらねえ。空中漫歩機か ら墜落してやっと空飛ぶ夢から覚めたと思ったら、今度は水上漫歩機ーーーサルマタの前にワレ目 をつけただけで一億儲けた人だっているのよ。発明するからには儲かるものを考えたらどうなの かしらねえ : : : 」 すわ 。しいながら雄介の前に坐った。それはかって友田三無が訪ねて来て、雄介の顔がみるみ 朝子ま、 じようぜっ ひるあんどん が廻って
こうとうむけい の荒唐無稽な空中漫歩図である。朝子は世間では一家団欒の日とされている日曜日をその日に当 てた。日曜日をその日に選んだことに朝子はこれ見よがしなレジスタンスを掲げたつもりなのだ しかしレジスタンスというものは、相手が鋼鉄の壁のごとく、断乎たる権力をもってそばだっ いうならば出 ている故にこそ充実感を味わうことが出来るのだ。しかし朝子のレジスタンスは、 来損ないのコンニヤクの山を相手にしているようなものだった。朝子の一突きをそれは決しては ね返さぬのである。平気でその一突きをめり込ませ、抜き取ったあとはヘこみは元へもどってケ ロリとしている。 朝子は何となく面白くない気持で美容院から帰って来た。帰れば友田三無が来ていて、雄介と 炬燵で酒を飲みながら空中漫歩機の話をしているところだった。 「エンジンはね自動車工場へ行けば、ポロポロで軽いのが買えるよ」 三無はそういうとふり返って朝子を見、 「いやあ、これは ! 」 と声を上げた。 「いやあ、奥さん、今日はお美しいですなあ、どこの別嬪さんが入って来たかと思いましたよ」 朗しかし雄介はちらと朝子の方を見たきりで、髪の変っているのにも気がっかない。 気「ところでこのガソリンなんだけどね。どんなものに入れたらいいだろう」 「それは君、ほら麦茶なんかを冷蔵庫で冷す容器があるだろう。ポリエチレンの : : : 」 「ああなるほど、あれは軽くていいや、一 リットル入りのがたしか、うちにあったな」 こたっ だんらん べっぴん
えたまま、片手で年賀状をより分けているさまは、この娘に痴漢よけカンザシを持って来た友田 三無の常識のなさが改めて思われるのである。そこへ春生が起きて来た。 「お母さん、おめでとう」 と、この方は少しは人並の挨拶をする。新しい紺の、びったりと下腹にくつついたバンドなし のズボンをはいて、レンガ色に銀モールのついたルバシカのようなものを着ている。 「どうしたの、おかしなもの着てるわね」 「うん、頼んで作ってもらったの、沢くんのねえさんに : 「暮にお母さんが買って来たセーターがあるでしよう」 ーゲンだからねえ : : : 」 「あれ、せつかくだけど、 春生は女のように細いしなやかな髪の毛を肩近くまで垂らして、前髪をびたりと横に撫でつけ たた ている。雄介の出た大学へ二浪で入って今三年だが、学校の紛争をよそにドラムばかり叩いて日 を暮しているのだ。朝子は正月そうそうの、この息子のいでたちには、夏子の場合とちがった文 句がある。娘が電気工夫のような格好で現れたかと思うと息子の方はトランプのジャックという ところだ。髪の裾を巻毛にしていないだけ、まだマシだと思わねばならないのかもしれない。 朝子が座敷へ酒を運んで行くと、三無は机の上いつばいに図面を広げて、何やら雄介に説明を している最中だった。 新型移動式一穴パチンコ台 と図面には書いてある。 「なるほど、なるほど」 うなず と雄介は盛んに肯いている。 あ