るための発明などは見向きもせんかったです。ところがこの頃、彼は変って来ました。空中漫歩 機はあのまま放置されている。奥さん、見ましたか、あの怪しげな床中小便取り器を : : : あんな ものは発明の中に入らん。子供だましも、 ノ ( しオく感、いしてですな、 ししところてす。それを何と彼ま、こ 特許を申請しようといい出したんです : : : 」 三無は次第に興奮して来た。 「私はそれを聞いたとき、ガクゼンとしましたな。青木は夢を失ったんです。彼はもう私と共に 語る二人となき友人ではなくなったんです。私はあの、女性用立小便器なるものを青木が握りし コト子さんの発明だよと叫んだとき めて、ニコニコと顔を輝かせて、三無、これを見ろよ , : ああ、ばくらの間はもう終ったと、ひそかに涙を飲み下しました : したか、せぬか : ばくにはその理由がわかりません 「青木がなぜ夢を失ったか ! なぜ発明の本質を忘れたか : でした。わからぬままにばくは悲しんでいましたな。空中漫歩機から落下して頭の打ちどころで も悪かったのではないかと心配もしました。しかし、それがあの坂部の奥さんと、怪しげな関係 ど れになりかけているためとは : : ばくは全く気がっきませんで 9 た」 朗三無はそういうと腕組みを解き、うーんと唸って頭を抱えた。 気「女のために発明精神が曇らされるなんて、いったいそんなことがあってよいのだろうか , ・ 「よくたって悪くたって、とにかく青木はそうなっちまったんです」
「だってしようがないだろう ? 晴天が雨になったことに対して、ことさらに何かの意見をい やっ . 奴がいつつ、刀い ? ・」 ゅうぜん 春生は悠然といった。 「ばくは自分の傘を探すだけだよ」 たた その夜遅く、朝子は表の戸を叩く音に眼が醒めた。寝巻きの前をかき合せながら時計を見る、 もう十二時過ぎている。 「青木さん : : : 青木さん : : : 奥さん : : : 」 表の声は呼んでいる。寝巻きの前をかき合せながら朝子は玄関の内側で答えた。 「どなたさまでしようか」 「荒木です。週刊流星の荒木です。遅くお邪魔して申しわけないんですが、青木夏子さんとい , 方は、春生さんの妺さんではないんでしようか」 「夏子が」 朝子は急いで玄関を開けながらいった。 「夏子がどうかいたしましたか」 もくひ ガラス格子を開けると、形ばかりの低い木扉の向うに荒木の黒いサングラスをかけた丸い顔一 こちらを向いていた。最初来たときは薄墨色のサングラスをかけていたが、その次にゴーゴー ラプへ行ったときは黄色のサングラスだった。今日は深夜だというのに真黒のをかけている。 「こんばんは、奥さん、いっそやは失礼しました」 荒木は扉の向うでいった。
422 居間へ上ると、青葉は品川氏と向き合って将棋を指しながら朝子をふり返ってにつこりした。 「や、こんにちは」 「、らっしゃ 朝子は髪に手を当ててにつこりし、ふと口紅が濃過ぎはしなかったろうかと思った。久しぶり せいかん で見る青葉は少し痩せて精悍に見える。ポーイのチップの上前をはねる質屋のじいさんとは格段 に差があるわ、と朝子は台所へ行きながら思った。この差はもしかしたら、国井弘枝と青木朝子 の女の差なのかもしれない。 おおざら 「あ、青木さん、その肉の大皿、運んで下さいな」 流しの前からふり返って品川夫人は朝子を見た。 うれ 「あら、青木さん、嬉しそうね」 品川夫人は庖丁の手を止めていった。 「嬉しそ , っ ? まあ、ど , っしてでしょ , っ ? 」 「どうしてなのか、こちらこそ聞きたいくらいだわ」 品川夫人はジロジロと朝子を見ていった。 「今日はなぜだか、とてもおきれいですこと : スキヤキの間中、品川夫人の機嫌はよくなかった。品川夫人はガスコンロの焔の燃え方が悪い といって文句をいい、牛肉の値段が高過ぎるといって怒った。 「あなたってなぜ、そう大口開けて牛肉を押し込むの、馬がマグサを食べるときだってもう少し 上品だわ」 や ほのお
「早速、手配して下さいよ、青木さん」 品日夫人はいっこ。 こ主人にいって下さい」 「今日のうちにでも迎えに来てもらうように、、 「ああ、ダーリン、大丈夫よ、心配しないで : : : 」 送還の企てがなされているとは知らず突然、弘枝が叫んだ。 「気長に : : : 気長に : : : 気長にやればいいわ : : : 」 朝子は思わず弘枝を見つめた。 「そんな哀しそうな顔しないで : : : 」 弘枝はいった。 いつまでだって待つわ : : : 」 「あたしは : 「何を待つんですよ、何を ? え ? 」 品川夫人は詰め寄った。 「気長に何をやるんですよ ? 」 弘枝は品川夫人の大声に薄く眼を開いて、ばんやりと夫人の顔を眺め、 「まだ若いのよ。六十代なんて、若いのよ。きっとあたしが蘇らせてあげる」 朝子は国井氏に電話をかけた。 「やあ、やあ、青木さん、その後は如何です、アッハッハッハア」
品川夫人は叫んだ。 「たとえ離婚した夫であれ、隣家の夫であれ、男の浮気を撲滅する ! 乎贋懲 ! 私はこれをなでしこ会の合言葉にしたいと思っています」 「はあ : : : 断乎膺懲ね。何ですか、戦争中を思い出しますわね」 「戦争ですとも ! 戦いですよ、奥さん。これは世界女性史に残る戦いにしなければなりませ 「わかりました」 朝子はいった。品川夫人の演説がこれ以上続かぬよう深く肯いてみせた。 しいですか、奥さん、それには奥さんはます、家へ帰る必要があります」 「えつ、家に帰れとおっしやるんですか」 「そうです。帰宅してご主人を監視し、浮気の邪魔をします」 「そんな : ・ 朝子は思わす叫んだ。 「私はそんなこと、したくありません」 ど 品川夫人は厳しい顔つきで朝子を見た。 朗「奥さんは夫が恋しくなっておめおめと帰るんしゃありませんよ。なでしこ会の一員として、使 気命を背負って家へ帰るんです。あなたはもう今までの青木朝子ではない。なでしこ会の青木朝子 8 品川夫人は握り拳で空を打った。 いですか、奥さん、断
「ふーむ、急性めまいですな。やはり打ちどころが悪かったかな」 「とんでもないところを打ったにちがいありません。きっとこのへんをね」 朝子は心臟を押えてみせた。 「心臟ですか ? しかし空から落ちて心臓を打っというのも珍しい落ちかたですな」 「そうじゃありませんのよ、三無さん、私のいうのはね、主人は何やら怪しい気持になって来て いるということですわ」 「怪しいキモチ ? 」 「主人はあの未亡人と : : : 」 朝子は三無を睨んだ。 「日に日に関係が進んて行っているように私には田 5 われます」 「えつ、青木が : : : 母家の奥さんと : 三無は腕を組んだ。 「ふーむ : : : 」 「気がっかれませんでした ? 三無さん」 : 私はどうもそのう、色恋の方は不案内でしてな。しかしそういわれれば : 思い当る節がないでもありませんなあ : : : 」 「思い当る節 ? どんな節ですの」 「例えばですな、青木は発明に対する対決のしかたが変りましたな」 三無はいった。 もう 「かっての彼は発明にその夢を托しておりました。特許を取って儲けたり、日常生活を便利にす
「例によって豪遊してますね」 どこかで見た顔だ。朝子がそう思 そういいながら近づいて来た男を見て朝子はオヤと思った。、 ったのと同時に、向うもオヤという顔になった。 : ミスウェディングドレスの・ : ・ : 青木君の・ : ・ : 」 「ああ、あなたは : : いっかの : 田刀はいっこ。 「その節はどうも : とせつかちにビョコビョコと二、三度頭を下げた様子で朝子も思い出した。 「ああ、あのときの、週刊流星の : : : 」 「荒木厳です : ・・ : 」 あのときはたしかうす墨色のサングラスをかけていたが、今日は黄色をかけている。肥った丈 顔の丸い鼻の下に薄いヒゲを生やしかけている。 「知ってるの ? お一一人・・・・ : ? 」 「ええ、青木春生くんがコンクールで一等をとったときに取材に行きましてね」 だれ 荒木は誰も勧めもしないのに、勝手に椅子を引き寄せて坐りながらいった。 「いやあ、なかなかの賢母とお見受けしました。その後、春生くんはどうしました ? 」 こ来られたのよ、私のところへ : れ「そのことで相談し 朗女史はいった。 気「だから私、いったの。 " 奥さん、ゴーゴークラプへ行きましよう。その一言が私の返事です上 わかる ? 」 「はーん、なるはど : : : わかりません」
あいづち と酒井夫人が相槌を打つ。 「女性上位時代といわれる現代でさえ、この有様ですもの、私たちの年代の者が泣きの涙で過し て来た月日の惨めさ、苦しさといったらまるで地獄でしたわ」 「でも、本当に青木さんはお偉いわ、こうして敢然と夫に背を向けて自分の道を歩いておられる んですもの : : : 」 「何のかのと、 しいながら、やはり夫に扶養してもらっている生活から抜けられないのが日本の妻 の実体です」 車谷夫人はそういって、恥じ入るようにうなだれた。 「ほんとうにそうですわ。青木さんこそ、数少い勇気ある女性ですわ」 「でも、私はまた、こうも考えるんです」 品川夫人は声をはり上げた。 「みすみす夫にこれ以上の自由と楽しみを与えるよりは、そばにくつついて邪魔してやろう 「なるほどねえ」 車谷夫人と酒井夫人は深く肯いた。 「夫のもとを出ていくのは簡単です。しかし出て行けば一番喜ぶのは夫です。自由に女を追いか ますから 朗け女をくどく , 中年以上の男の夢は、連れ添った女房が消えてしまうことだといい 気ね ! どっこい そうやすやすと夢を実現させはしない ! 」 「なるほどねえ : ・・ : 」 「さすがは品川さん・・・・ : 」
ンドバックの中の手帳に出ているわ : : : 」 「。こ ~ 病人いかが ? 」 縁側で声がして、品川夫人が入って来た。 「熱ありました ? 」 「三十七度八分もありますの」 「三十七度八分ね。ちょっと高いですね、いったい何したんですよ ? 」 と、うさん臭そうに弘枝を見下ろした。 品川夫人はまだ立ったままだったのである。その手に白い封筒を握っている。品川夫人は気【 ついたよ , つに、つこ。 「青木さん、来ましたよ。来ましたよ。彼女からの手紙です」 「彼女 ? 」 いぶかしんで上げた朝子の顔の前し 」こ、品Ⅱ夫人はぬっとその手紙をつき出した。 「青木朝子さま、みもとに。坂部コト子ーー」 朝子は手紙を受け取った。クリーム色がかった華奢な和紙の細身の封筒に、 " 水茎のあとも わしく。という表現がびったりの毛筆の手紙である。朝子はそれを帯の間に挾んだ。品川夫人 ( とんなことが起きるかわかったものではない。 いる前でそんなものを開けば、・ 朗「ああ、会いたし : ・ : 会いたい : : : 早く会わせてよ、朝子さーん」 気布団の中で弘枝が上すった声を出した。 「まっ、真赤な顔 : ・・ : 」 「また、熱が上ったんじゃないかしら」 きやしゃ
そのとき突然、どこからともなく歌声が聞えて来た。 「ああ日本の空明けて あした 光輝くこの朝 母なる大地は揺れ動き 邪者をば呑まんとす : : : 」 歌声は十人近い合唱である。車谷夫人の作曲になる、あのいかにもダラダラと活気のない歌声 が、近づいて来たと思うと、横丁から一団の婦人団が現れた。先頭に立っているのは品川夫人と 車谷夫人で、 「女の幸せを守ろう」 と横に書いたプラカードを、アーチのような具合に二人で高々と掲げている。プラカードの頭 には、いっか品川夫人が考え出した男根に矢のつき射さっているなでしこ会マークが、描かれて いるのである。 「あらつ、青木さん ! あなた ! 」 みとが 品川夫人はす早く朝子と画伯を見咎めていった。 「いや、ついそこで偶然出会ってね。青本さんはお友達のところへ行かれた帰りだそうだ。オレ はこの通りベビイの散歩だ」 いっぺっ 弁解がましくいう画伯にジロリと一暼をくれ、品Ⅱ夫人はいった。 「これから公園へ行きます。青木さん、参加して下さい」 。し」