匂い - みる会図書館


検索対象: 女の人差し指
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1. 女の人差し指

勿論犬は匂いだけで人間さまが頂いてもいいわけである。私も、ドッグならぬ猫のためと称 1 て、ときどきム小にあずかっている。 このときも、ご出席の皆様のお許しをいただいて、カニ一匹分をビニール袋に忍ばせた。 許を縛る輪ゴムも用意済みである。 三つ四つに切ってあるとはいえ、カニ一匹はかなりかさばるが、私のバッグは、イザとい 場合にそなえた伸縮自在の型なので、ちょっとふくらんでいるな、という程度で、そのまま・【 ー一軒、ディスコ一軒をハシゴした。 ところが、ディスコで、私はカニの匂いがホールにただよっているのに気がついた。ニン一 クじゃあるまいし、カニはこんなに匂いが強かったかしら、と言いながらバッグを見て、ア ~ となった。薄茶色のバッグの下半分がコーヒー色に染まっていた。 くら手入 カニの脚や爪が、ビニールの袋を破り、中のものが沁み出してしまったのだ。い をしても、このバッグからはカニの匂いが消えなかった。老酒と油のついたところはカバカ。【 グになり固くなって、二度と使うことは出来なかった。 ン いつもカニが入っているわけでもないが、女のバッグには随分不思議なものが入っている , とがある。

2. 女の人差し指

どう考えても、いい匂いではなかった。 時分どきにぶつかったり、気の張る客が来ていたりすると、具合が悪いこともあった。 せいいつばい気取ったところで、人間なんて、こんなもんじゃないのかい 、と思い . 知らされ ているようで、百バーセント威張ったり気取ったりしにくいところがあった。 今はそんなことはない。 昔は、あからさまに明るい電気で照らすにしてはきまりの悪い場所だったのが、今は、天下 堂々、白一色、その気になればオシメの洗濯も出来ようかという、水洗トイレである。 見たくなければ、そのまま、水に流してしまえる。 しも ひと 他人さまに下のお世話をしていただいているうしろめたさもなく、恐いものなしで大手を振 って歩けるのだ。 男にも女にも恥じらいがなくなったのはこの辺が原因かも知れない。 がんしゅう 街からあの匂いと汲取屋が消えたのと一緒に「含羞」という二つの文字も消えてしまった のである。

3. 女の人差し指

チュニジア、アルジェリア、モロッコ。マグレプ三国と呼ばれるところを半月間旅行して、 一番印象に残るのは、この羊横丁であった。 羊はどちらかというと苦手であった。 ゥール、つまり毛織物は大好きで、やはり化繊よりいいわ、などと言っていたが、マトンの ほうは、匂いも味も、あまり有難い代物ではなかった。 昔、スキーにいって、蔵王で食べた羊のジンギスカンというのをおいしいと思ったくらいで、 あとはほとんど敬遠のフォア・ポールであった。 だが、マグレ。フ旅行ではそんなことは言っていられなかった。 羊の肉にもピンからキリまであることが判った。 やわらかく、香ばしく、香料が吟味されていて、つい手が出てしまうものもあった。シシカ ハプーの一種なのであろうか、短剣を形どった銀色の串に刺して焼いたものは、クミンシード (cumin seed) の香りがして、かなり大きい肉を残らず平げた。 あれはモロッコのチネルヒールだったかエルフードだったか。食事どきが近くなり小さいホ テルの食堂へ入ったところ、裏庭でゴミを焼いている。ゴミの中に垢じみた古着でもまじって いるのか、爪や髪の焼ける、あまり有難くない匂いがただよってくる。 「なにも食事どきにゴミを焼くことはないじゃないの」

4. 女の人差し指

はじめて羊横丁に足を踏み込んだときは、正直いって肝をつぶした。 スーク、ところによってはバザールともい , つらし いが、曲りくねった市場の小路一筋二筋が 軒なみ羊を売る店なのである。 肉だけの店。臓物だけの店。それも胃袋だけ腸だけ扱う店もある。 毛皮だけ、脚先だけ。それぞれ専門店になっているらしい 肉専門店には、、 しまサバいたばかりといった感じの生々しい羊の頭が、十個も二十個も板の 丁 横上にならべられて、こっちを向いている。 羊人がやっと二人通れるほど細い路は、羊の匂いでいつばいである。足許には羊の毛皮が散ら ばり、血を洗い流す水か、それとも血なのか、ヌルヌルに濡れてよく滑った。 羊横丁

5. 女の人差し指

をいっかゆっくりと歩いて見たいと思い思いしながら、つい目先の用にかまけて、お礼詣り、 産声を上げてから四十七年目ということになってしまった。 人形町を「にんぎよおちよお」と呼ぶのはよそ者で、土地っ子は「にんぎよちよお」と ? めて一一 = ロう。水天宮も「すいてんぐさま」である。水商売と安産にご利益のある町なかのお社′ さいせん けに威あって猛からず。気は心のお賽銭でも勘弁して頂けそうな気安さがある。毎月五日の 日と戌の日は、お詣りの人で賑わうそうな。 お江戸の昔から、人形町は水天宮の門前町として栄えた土地柄である。お詣りの帰りには亠 せんべい 天宮みやげで名を売ったゼイタク煎餅「重盛永信堂」へ立ち寄るのが順というものだろう。 間ロの広い角店だが、店構えはみやげもの屋に徹した気取りのなさである。お煎餅といえ て堅焼きの塩煎餅が当り前。卵と甘味をおごったやわらかな瓦煎餅は、チョコレートや生クリ 1 ぜいたく 訪 ムを知らないひと昔前の人には贅沢だったのかも知れない。い を や、それよりも、乗物に乗っ 名お詣りにゆき、おみやげを買って帰る小半日の遠出が、何よりの保養であり贅沢だったのだフ 戸う。そう思って、ここの人形焼を口に入れると、幼い頃、親戚のおばあさんが、信玄袋から山 明してくれたおみやげの味がしてくるのである。 形 ) 一が、ねいも 人ゼイタク煎餅のならび「寿堂」の黄金芋も昔なっかしい匂いがする。卵の黄身を加えた白 を肉桂を利かした皮で包み、串に通して焼き上げた日保ちのいいもので、一個百円は当節お につき たけ

6. 女の人差し指

人の嫌がる仕事をして下さっているのだから、どのご用聞きより丁寧に応対しなくてはい と教えられて大きくなった。 「ご苦労さまでございます」 と言わないと叱られた。 ところが、うちの飼猫は、自分は庭先で用を足し、お世話にならないせいか、大の汲取屋 かぶき いで、庭の冠木門の上に陣取っていて、下を通る汲取屋の頭の上にドサッと飛び下りたこと′ あった。四キロ以上もある大きな雄猫だから、飛び下りられた方は、かなりびつくりしたら 1 耳のうしろを引っかかれたというので、その人はひどく腹を立てた。 「人を馬鹿にしてる。飼主がそういう心掛けだから、猫も見習うんだ。汲まないで帰る」 と叱られ、猫の責任者である私は平身低頭して謝り、お茶を差し上げて、やっと勘弁して、 水 香「田園の香水」 とうちの父は言っていたが、あの匂いを嗅がなくなって、もう随分になる。 こゞ ) 、つ ) 0

7. 女の人差し指

さかな と、多少頬っぺたのあたりが引きつるにしても、笑っていられるものがいし 口がいやしいせいであろう。私は、ひとり暮しのくせに、膳の上に品数が並ばないとさびし いと思うたちである。父が酒呑みだったので、幼いときからものは粗末でも、二皿三皿の酒の 肴が父の膳に並ぶのを見て育ったこともある。私自身、晩の食事には小びん一本でもアルコ ールがないと、物忘れをしたようでつまらないので、集る瀬戸物も自然に大きいものより、手 塩皿のようなものが多くなった。小さいものは、大きいものより原則として値段も安い この皿にのせてうつりのいい料理が眼が浮かぶも 眼があったとき、「あ、いいな」と思い のだと、少し無理をしても財布をはたいた。料理といったところで、茄子のしぎ焼とか、風呂 そうぎい ふき大根とか、貝割れ菜のお浸しとかのお惣菜だが。 うちにあるものは、こんなふうにして一枚、二枚、三枚とごく自然にたまってゆき、気がっ こく自然に姿を消していた。 いたら、アパートに入ったときに買い求めたクラフト類の一式は、、 気に入って買い求め、何日か使ってみる。客にも出す。すると、これは何ですかとたずねら れるようになった。自分でも、多少、知りたいという気持にもなった。 陶磁の本を買い、展覧会にも足を運び、染付がどうの、古伊万里がどうのと、聞いたふうな 口を利くようになったのは、あとのことである。 どうしても欲しいなと思い、靴を買 何が何だか判らないけれど、見た瞬間にいいなと思い

8. 女の人差し指

戦争が終って、英語が解禁になった。食糧不足で英字ビスケットどころか、ろくなお八 ? なくなってしたが、 、 ' その頃、不思議なものを食べた記憶がある。 主食代りに配給になった進駐軍のレーションのなかに入っていたお菓子である。 レーションといっても、若い方にはお判りないかも知れない。兵隊用の非常食糧のことで + る。食パンを焼いたラスクが二切れに肉の缶詰。コーヒーと砂糖に粉末ミルク。汚れた水を 毒する白い錠剤まで入っていた。その中に問題のお菓子があった。 せつけん ムは、はじめ石かと思った。 黒くて四角くて、キャラメル一粒の四倍ほどの大きさである。匂いをかいでみると、どう 7 石ではなく食べられるらしい 口に入れて噛んだら、ニチャリとして、歯の裏にくつついた。味は正直いっておいしくな、 った。昆布の粉にバターをまぜ込んだといったらいいカ 私たちは、昆布石詒といってした。・ 、 ' とう考えても、ほかのチョコレートやピーナツの入っ ヌガーのようにおいしいという代物ではなかったが、 食べられるものならなんでもよかった 石それと、生れてはじめてコカコーラをのんだときと似たような、妙に気持をそそる味もした 昆舌で接するアメリカの味というのだろうか。

9. 女の人差し指

様なので、髪もからだも垢じみていたのであろう。 今の学生たちは、毎日お風呂にも入れるし、セーラー服の替りもある筈である。それなのに、 昔の私たちと同じ匂いがする。 あれは多分、ものが育っときの匂いなのかも知れない。 自分の気持やからだの変化が不安で、現実や未来をどう掴み取っていいか判らない。明るい ような暗いような不思議なものが、セーラー服の内側にあった。寝押しをするスカートの襞の 奥にかくれていた。 それにしても、学生服は陸軍、セーラー服は海軍の服である。学生に軍服を着せる習慣は、 いっ頃どうして生れたのだろうか。

10. 女の人差し指

グハグで、叱られているほうも身が入らない。父も拍子抜けがしたらしく、 「・も , っ いいムフ日はこれくらいにしておく」 と途中で打ち留めにしていた。 学校を出たか出ないかの時期だったと思う。男友達のうちに招かれたことがあった。 両親や兄弟たちも在宅と思い込み、身なりなどにも気を遣って出掛けていったら、家族全員 お芝居に出かけて留守である。 、 ' ヘートーベンか 居心地悪いような、嬉しいような気持で、応接間でレコードを聞いてした。・ モーツアルトか、その手の鹿爪らしいものだった。 そのとき、例の匂いが漂ってきた。 汲取屋がきたのである。 気取って音楽の解説をしていた男友達は、急に調子が乱れて来た。クラシックとあの匂いは、 全く似合わないということがよく判った。 彼はムッとした顔で、黙り込み、坐っていた。 私はこういうとき、運が悪いたちである。良縁を取り逃し、オョメにゆきそびれたのも、こ の辺に原因があったのかも知れない