私「これ見よ , この垢 ! 」 今もその垢の大群は目に浮かぶ。 、ようがないねえ。ごらんよ , 私「こ , つなるとも , っ壮観としかいし 見られるか見られないかの景色ですそ ! 」 娘「そんなの見たくないよウ。それより、旅の思い出。ーー」 私「だから、最大最高の思い出がこの垢ですよ , り主玉す , 」 きれい 娘「汚いねえ。もっと綺麗な話をしてよ」 私「綺麗な話 ? 綺麗な話とはどういうことですか。私は常に真実を語る人間です。垢 に真実があれば垢について語る : : : 」 娘「真実もいいけど、楽しい話もいいでしよう、例えば娘の私がモテたことについてと 私「ふん、モテた ? どこで ? 」 娘「どこでって、行く先々ですよ。ポニータとか、グアパとか、いわれたでしよう ? 」 る 去 殺 私「ロンダのおまわりですか ? アスナルカーサ村の鳥打シャッポの旦那にですか ? 」 中 天娘「そればっかりじゃない。セビリアのホテルのポーイも、私の出入りのたびにじーっ この垢の中にスペインのすべてがあ これ : : : 一生に一度、
雨の中をいったいどれくらい歩いたろう。私は三十分も歩いたような気がするが、娘は そんなに歩かないわよう、せいぜい五、六分よう、という。 私は三十分と感じ、娘は五、六分と感じたこの差は何に起因しているか。私はひとり頭 からビショ濡れになり、娘の方はアマ色の髪のハンサムボーイと相合傘。ポーイの腕が娘 の背に廻っていて、階段のコンクリートの穴ボコなどに落ちないよう、エスコートしてい るさまを私は横目でちゃんと見て知っているのだ。 そりゃあ、娘の方は同じ道でも短かく感じるだろうよ , ようや 階段を幾度も曲って漸く降りたところは、幅広い舗装道路の前である。ポーイはそこで たた 立ち止った。街灯に照らされた道路は雨に叩かれて光っている。人の気配はない。車も来 ポーイは娘と相合傘のままじっと立っている。 天中殺去る ?
「なにこれは ? 」 私は娘に訊く。娘に訊いたってわかりつこないことはわかっているのだが。 「知らない 「何ですか、この女どもは」 「知らないよ。訊いてみたら ? 」 それが訊けるくらいなら、お前サンなんかに訊かないよ、とムクれる。 運転手は何もいわない。 どうせ、説明したってわかりつこないと思っているのだろうが。 私の右横の女も黙っている。助手席の女も何もいわない。 「どうしたというのだ、私は事情を説明されることを欲する」 私はいった。スペイン語が出来ないので、直訳体でいう。何か声を出せば、誰かが何と か反応するだろうと思ったのだ。ゞ ) が、 オ誰も何もいわない。 これは、もしゃ : : ? と想像をめぐらせた。 女の悪漢 ? 運転手もグル ? 交通巡査も ? だとすると、私と娘は今、かどわかされつつあるということになるのか ? り 2
と見つめて、ソワソワしてキイ取りに走ったでしよ」 私「ああ、ソワソワアバタのミコトね」 娘「それにここのフロントの」 ム「リツツ目ムキのミコト ? 」 ゅうべ 娘「それに、昨日のタブラオのポーイだって」 : しかし、こう見てくると、もてるもてたといっても、 私「ダンダン抱き寄せのミコト : 主としてポーイ群ね。その間におっさんが混ってる。貴族とか、闘牛士とか、フラメンコ ダンサーとか、ロマンチックな恋物語になりそうなのはいませんでしたな」 一一度、浴槽の湯を替えて身体を洗い流す。 「あーあ、さつばりした。元気が出たそ ! これから旅に出たいような気持だわ」 バスルームを出れば窓の向うの空が真赤に朝焼けている。 「ごらん ! すばらしい朝焼の空 ! 」 感動して叫ぶ。 娘と二人、窓に並んでしばし、無言で空を眺める。 る 去 几又 私「なかなかいい旅でしたよ。なんかかんか文句をいい通したけれど」 中 天娘「そうねえ、私もそう思う」
ふた 私「ではマントヒヒ。背中ハゲのポスがいましたね。でかい顔してドテーツと寝ていま した。メスは赤ン坊を産んだばかり。本当は疲れているのでゆっくり寝たいけれど、その 間にポスの愛情が他のメス猿に移ると困るので、片手にヤヤコを抱いたまま、ポスのそば はべ に侍って他のメスを近づけず、ハゲポスの毛をかき分けて一所懸命なめて尽していました。 実に哀しい女心 ! 」 娘「あれはね。毛の間に垢がたまっていて、それに塩気があるのでなめてるのよ」 ′ム「よこッ では自分が塩気がほしいのじゃないか , じゃあハゲポスへの奉仕では なかったんだ ! 怪しからん。見そこなっていました。しかし、それを私が見ると尽して いるというふうに見えました。私が見るとそう見えるんだ。ああ、これは実に象徴的なこ とだな ! 」 娘「猿の話はよくわかりました。。 とうかもっと別の印象をたのみますよ」 私「うーん、別の印象といってもねえ : : : 何かあったかな ? 」 以上の会話はバスルームに持ち込んだテープに入っている。私は浴槽の中、娘は便器の 蓋に腰をかけて会話を交していたのだ。 テープは突然、私の大声で断ち切られた。 あか 170
白ゴリラはどこを見ればいいのか。空か。空はただ青く、時として白雲が流れて彼に せきりよう 寂寥と孤独を教えるばかり。彼は我と我が孤独にもぐってフテ寝のふりをするしかない のです。私は白ゴリラに向っていいたカった 白ゴリラよ、汝の心を開きなさい 外へ向って開きなさい。 私をごらん。 私の微笑をごらん。 そして私のように笑ってごらん : : : 」 娘「ゴリラが微笑するとどんな顔になるのかねえ」 私「それは優しい、悲しい顔でしよう。そしてその微笑は生きることとは耐えることだ と語っている微笑でしよう : 娘「わかった。白ゴリラのことはわかりましたから、どうか次を」 私「白ゴリラのキモチをも考えずにこれ見よがしにイチャついている黒ゴリラは怪しか らん。彼らは自分たちはナミの猿であると思っている。しかし白ゴリラはただ一匹だけ、 る レし力に悩んできたか ! 天を恨んだか、親を限んだか ! 」 殺・目〈刀が・らとちが , っことこ、ゝ 中 しし力、ら」 天娘「白ゴリラはもう、 169
娘は遅れがち。左脚を引きすっている。 「痛いの ? 」 「 , っ′ん」 、よ。ジーンズの破れから膝小僧が見えるのを気にしているものだか ホンマに痛いのかしオ ら、はかばかしく歩けないんじゃないのか。私の眼力はたいていいつも真実を射ているか ら、この場合も多分当っているだろう。だがそれもこの際、あえて口に出さぬという有難 い親、いは我が愚娘にはわからぬであろう。 仕方なく私は娘の分の荷物も持っことにする。といっても両手はもはや一杯である。そ こで布製の大きな袋を肩から斜に掛けた。 「やあ、雪国の郵便屋さんだア : と娘は脚の痛いのも忘れたように喜ぶ。 右肩からハスカイに布袋を掛け、更にショルダー と交叉させて掛ける。 上 「今度は幼稚園の遠足 ! 」 仕 総 と娘はまた喜ぶ。 中 天喜んでいる場合ではないのだ。 バッグを左肩から、胸の前で布袋の紐 ひも
「灰色に固まった冬のアンカレッジも荒涼たるものがあって心に染み入るけれど、春の訪 れの中のアンカレッジもまたものがなしく胸に染みますな」 と娘に話しかける。人は何と感じるか知らないが、外国の旅の中で一番強く旅清を覚え るのはこの待合室から見るいつも決った構図の風景である。 「いよいよ帰るのか」 と娘。 「いよいよ帰るのです」 と私。あとは沈黙してそれそれの想いにふける。 再び日航機に乗って東京に向った。 「東京は初夏のあたたかさだそうです」 という声が後ろで聞える。 「半袖着てお花見をしたといい ますからね」 私と娘は思わず顔を見合せてニイと笑う。 寒い寒いで通したスペイン旅行の後でこういう一一 = ロ葉を聞くと、やつばりホッとする。私 たんのど の咳はいくらか鎮ってはいるけれど、痰が咽喉にからんで、寝苦しいのである。 東京へ帰れば風邪もすっかり治るだろう。それで天中殺も幕を引くことになるだろう。 198
っこちたのである。 「なにをしてるのツ ! 」 思わず怒る。こういう火急の際におっこちるなんて許せない しかもウォークマンを頭 につけて。娘は必死の形相で立ち上る。ジーンズの膝が横に裂けて向うズネに血が滲んで いる。本来なら立ち上りも出来ないくらい痛いのだろうが、そこが「カッコつけ」のつら さ。しかもここは彼女、れのロンドンだ。必死の力をふり絞ったものにちがいない 荷物を引きすってバスに乗る。最前列に坐った。坐るなり娘はいった。 「皆、こっち見てる ? 」 ハスの中には五人の男性が乗っている。私は娘に答えるべく、ふり返って五人を観察。 「人のよさそうなおっさんが一人だけ、心配そうにこっち見つめてる。あとの四人はどこ 吹く風よ。転んだことなんか、気がっきもしなかったみたい」 と慰める。娘は少し安心したようだが暫くするとまたいった。 「ホントに気がっかなかったかしら : : : 私が転んだとき、皆、見てたんでしよう ? 」 そんなこと知らんよ。娘が転んだ時に、娘の方を見ないでまわりの人の方を見る母親が いるものかね。そう、 ししたいが、この際だから抑えて、 「さあ ? 見てなかったんじゃないかな」 ひざ
男、何やら教える。 娘、肯く。 ( ホンマにわかってるのかいな ) 娘「サンキュー」という。 私も「サンキュー」とい , つ。 サンキューと、つこ。ゝ、 しオカ一向にターミナル 2 はわからないのである。行けど行けど、そ んなところは出て来ない。人気のない通路がつづくばかり。何人目かの人に訊いて、やっ とターミナル 2 はバスに乗って行くことがわかった。 「なんだ、バスなの。なぜそれが今までわからなかったの」 それは娘の語学力の問題か、教えた人のミスなのか、判定出来ぬのが我ながら困るので ある。 やっとバスの乗場が見つかった。建物の外についている階段を下りるのである。バスが もう来ている。 仕「早く早く」 ドシャーン ! ものすごい音がした。驚いて 先に立って降りて行く私の後ろで、突然、 中 天ふり返ると荷物を山のように持った娘が頭にウォークマンをくつつけたまま、階段からお