銀行 - みる会図書館


検索対象: 小説 安宅産業
47件見つかりました。

1. 小説 安宅産業

する魂胆があまりにもみえすいている。数字でしかものを考えられない、銀行屋社長らしい発想だっ た。宝の山をあてにして退職を申しでたのち、リストをみて、自分の希望にかなった求人がなければ 8 どうなるのか。その社員は路頭にまようだけではないか。考えれば考えるほど、会社は社員の立場を 念頭におかず人減らしだけをいそいでいるのだ。 「冗談やないですよ。本末顛倒ゃ。求人リストをさきにみてこそ辞表を書こうという気にもなれるの 「そうですよ。退職をきめた者にだけみせるいうのは、つまりろくな求人がないい ) っこととちがいま すか。これはペテンですよ」 二十歳代の課員がまず疑問を表明した。 若者は万事に威勢がよい。合併反対、合理化反対と組合で強硬路線をつつばるのも若い社員たちが ほとんどである。彼らは、父親に金をせびるような態度で、わすかでも多くの利益を会社からひきだ そうとする。父親が息子の世話をするのは当然、と世の息子たちが考えるのと同様、彼らは当然しご くの顔で会社の世話を要求した。ためらわすに彼らは会社と「たたかう」ことができる。これまでさ ほどいい思いを会社にさせてもらったわけではないし、つとめた年数もわすかだし、いくらでも転職 のきく年齢だから、かんたんに会社を敵とみなすことができるのだろう。 三十歳代の三宅たちも、この求人あっせん方式にそれそれ批判的な意見をのべた。若い課員よりも 語調がおだやかだったのは、ひょっとしてすばらしい求人がリストにあるかもしれぬ期待と、上意下 達の中継をする大崎への遠慮からだったようである。

2. 小説 安宅産業

数日後、主力の五銀行立会いのもと、伊藤忠商事、安宅産業の代表者は両者の業務提携、合併など をきめた覚書に調印した。 そのあとパレスホテルでの記者会見で、覚書の内容が公表された。業務提携、合併についての事項 とのほか、伊藤忠商事から安宅産業への役員の派遣、両社協議会の発足などがとりきめられていた。合 沈併の時期は明記されていないが、安宅産業の自力再建がほぼ絶望となったいま、一、二年の提携期間 船ののちおこなわれるとみるのが常識であろう。 まだ提携、合併に反対している労組を見切り発車したかたちの調印だった。一日一日進行する安宅 さんざん睦まじくあそんだのち、二人は肩を組んでおもてへ出た。 ホテルへいくかどうか迷ったが、夜食の支度をして待っている百合子の顔が目にうかんで、今夜は 丿工をぶじに家へ送りとどけることにきめた。リエをずいぶん愛しく思いながら、彼女を抱きたい衝 動がふしぎなほど稀薄だったが、深酒のせいというより、それは前途にたいする不安の念が重苦しく 胸にしこっていたせいだろう。 女房を家で待たせたまま女と一緒にホテルへゆく資格のあるのは、まともな会社の社員だけだと彼 は感じていた。男と女にかかわる会社の拘東が消えた代わり、人生についての自信も失ってしまった ようである。

3. 小説 安宅産業

やや狼狽して三宅はたしなめていた。 団結しよう、との呼びかけの前でそんな話ができるリエのしたたかな神経に舌を巻き、苦笑いして いる。地獄のなかででも女は恋愛ができるのだろうか。 事務服に着がえるため、軽快な足どりでリエは更衣室へ消えていった。愛情を告白したせいか、三 宅と進退をともにする決心のついたせいか、彼女は肩の荷をおろしたような、さわやかで幸福そうな 様子をしていた。 「安宅産業、苦境に立つ」の見出しで会社の危機が新聞に報道されたのは、三カ月前、昭和五十年十 二月初句のことだった。 数カ月前から、一部の重役や部長を通じていやな噂が三宅らの耳にも入っていた。アメリカ国内に おける安宅産業の営業を担当する子会社、米国安宅がカナダの精油会社にたいして六百億円にの・ほる 債権の焦げつきを出したというのである。この焦げつきで米国安宅は深刻な経営危機におちいり、そ の信用不安が本社の安宅産業の経営にも波及してきた。ことはアメリカ、カナダ、イギリス三国間に 関係する国際問題でもあるだけに、銀行筋も一応は米国安宅の支援にまわった。だが、カナダ政府の 手で問題の精油会社がやがて再建され、米国安宅の債権がぶじに回収されればよし、もしも精油会社 がみはなされてそのままつぶれてしまったら、米国安宅はもちろん親会社である安宅産業も、回復不

4. 小説 安宅産業

もすくない。それそれ胸の内をあかさず、目を光らせて周囲に気をくばり、十円でも損をすくなく、 巧みに立ちまわろうと画策している。 そういう大阪の風土が、あらためて三宅は好きになった。合併に反対も賛成もない、既成事実をう けいれて身の安全をはかるのが妻子にたいする責任である。 プリッジ 東京本社は、沈みかけた巨船の船橋であった。いろんなやつが計器や舵の前で、進路についての議 論をしている。だれかがだれかをやつつけようと躍起である。 そして大阪本社は、沈みかけた船の後部甲板だった。船尾はすでに水中へ没しかけている。乗組員 はポ 1 トをおろしたり、近づく他船の動きをみたり、やや安全な場所へ避難したり、思い思いに行動 していた。船は西から沈んでいる。今後の進路がどうあろうと、わるいやつはだれだろうと、すでに みんなの念頭にはなかった。大阪本社の三宅たちは沈没を予知するネズミの群のようにおろおろと自 分のことだけ考えていた。 「三宅はん、また東京いってくれんかな。執行部がえらい強気なんや。こんどは住友銀行やのうて伊 藤忠商事を槍玉にあげるらしい」 代議員の笠松が、ある朝うすら笑いをうかべて三宅の席へ近づいてきた。先日の全商社の集会へ、 ら妹の結婚式を理由に三宅を身替りに送りこんだ男である。 。冗談じゃないよ」三宅はななめ前の席にいるリエをちらとみた。「おまえ、代議員 炳「また東京 没のくせにまたサポるのか。まさかこんども妹の結婚ではあるまいな」 「そうはいわんよ。ほかの用事や」笠松もリエの顔へ目をやった。「三宅はんはあの手の運動が好き 173

5. 小説 安宅産業

の世の中の仕組みにたいする造反を、一時にせよ住友銀行をあわてさせる程度でとめおかねばならぬ、 ごく不自由な成人男女なのだった。 佐久間リエは、まだ顔をしかめながら一人の若い男につきそわれてあるいていた。 三宅が近づいて声をかけると、リエは大仰にわき腹をおさえて痛がってみせ、 「損しました私。係長、たすけにもきてくれんと、どこにおられたんですか」 と、二人の間柄にしてはよそよそしい言葉づかいをした。 そばの男を意識しているのだろう。その若い男は、伊藤忠商事とほぼおなし規模の大商社のバッジ を上衣の襟に光らせ、上品で、やさしそうな顔立ちをしていた。彼はリエが足蹴にされたとき、とび だしてたすけおこし、人垣のなかへつれ帰って、以後すっとリエの介添役をつとめてきたらしかった。 「どここ 冫いたって、きみを蹴った男をぶんなぐっていたんじゃないか。仇は討ったそ」 三宅がいうと、ほんまですかア、とリエはひどくあかるい声を出した。 よろこびと、いくぶん疑いのいりまじった声である。三宅はだれか証人をさがしてさっきの事柄を リエに納得させたい衝動にかられたが、おとなげないので自分をおさえた。そして、きようおこった すべての事柄が結局はおとなげなかったのだとつぶやいた。闘争とはそんなものかもしれない。集会 から抗議行動をともにした感想を一口でいうと、だれもかれもが問題の現実的な解決よりも、自己主 張や糾弾の快感にとりつかれて、声をからしているとしかみえなかった。 抗議行動が解散したのち、三宅とリエは東京本社の同僚とわかれて、打合せどおり銀座の大きな喫 茶店で待ちあわせた。安宅労組がきようから四日間、合併反対のストを打っことにきまったので、二 6

6. 小説 安宅産業

揉みあいのなかで、三宅はそんなふうにシラけた気分におちいっていた。 すると、そんな三宅を鼓舞するように、かん高く佐久間リエの声が耳に入った。 「お金をおろしたいのよオ。私のお金よ。住友銀行はお金を返してくれないんですか」 十人ばかりのオフィスガールの先頭に立って、リエは手の通帳を突きだしていた。 応対する中年の行員は、困惑して、必死に手をふって彼女らを追いはらおうとする。 うしろの人垣に押され、通帳をもったリエの手が行員の顔を突いた。反射的に行員がそれを払った はずみに、通帳がリエの手をはなれ、他の行員の足もとへとんだ。その若い行員はなにも知らずに通 帳をふんづけ、人垣との応対に夢中でそこを動かなかった。 「いやあ。なにするのよ、あんた」 リエは大阪の娘だった。 悲鳴のようにさけんで人垣をはなれ、若い行員の足もとへとびこんで通帳をひろいあげようとする。 混乱のなかなので若い行員はリエの姿がみさだめられず、足もとへとびこんでくる彼女を反射的に 足蹴にしていた。モスグリーンの服を着た彼女の体が地へころがり、ガードマンや行員ははっとした 面持でリエをみつめ、三宅は夢中で前へとびだして、リエを蹴った行員の顔へ二、三発フックを見舞 ったあと、おなじように彼を足で蹴り倒していた。 すぐに三宅はガードマンたちに両腕をとられて、身動きできなくなった。リエはだれかにたすけお こされ、ようよう通帳を回収すると、痛そうに顔をしかめて人垣のなかへ逃け帰った。つめかけた商 社マンたちは、仲間のオフィスガ ールが足蹴にされたのを憤って、たちまち怒声を発しはじめる。

7. 小説 安宅産業

二週間ばかりのち、西マレーシアの開発。フロジェクトをめぐってまたおどろくべき事態が発生した。 会社が商事との仮契約を破棄し、。フロジェクトぜんたいを西島常務へゆすりわたすことになったの である。 その話を、三宅は、例によって本部長に別室に呼ばれて通知された。 「上のやることはわからんで。西島常務が個人であれを事業化するんやそうな。商事は一億二千万 であれを買いかけだが、常務は一億四千万ほど手当てしたらしい。さすが安宅ファミリ ーの中心やで。 0 個人財産もさることながら、事業のめんどうをみてくれる銀行もおるそうや」 呆然として三宅は話をきき、ついで大崎のことを思いだした。 商 大崎さんはどうなるんですか、常務の会社へ入れるんですか。勢いこんで三宅が訊くと、さあ、わ 表 た 送をた M が 別出。商、宅 会し十事転さ のて日は職ん 夜、ば西のは も盛かマロい 大りレをい 宅なの一大人 は送ちシ崎や 泥別 M アに 酔会商のゆと しを事開すリ たへと発 がて安プたは 、会宅ロなく も社産ジどり うを業工とか 愚去のク太え 痴つあト平し をていを楽た つつで結 たた、局妻宅 り。権一のは 利億前む は し譲二でし な渡千とろ かを万て妻 つめ円もの ぐでな百 た る買ら合 仮いべ子 契とるの 約るわひ がこけざ かとに枕 わにはで さない眠 れつかり 、たなた 大とかい 奇のつメ ( は話たが し

8. 小説 安宅産業

真実味のある噂だった。伊藤忠だって首切りなどやりたくない。だが、企業である以上、自社の足 をひつばる余剰人員があまりに多ければ、人を削らざるをえないだろう。 厖大な累積赤字をかかえた安宅産業をひきとるだけでおおごとである。その上首切りの役目までお しつけられてはかなわない。居候にくるなら、きれいな体になってこい。病気のままでは、伊藤忠の ほうがその病気に感染してぶつ倒れる心配がある。 伊藤忠のトップの本音はこんなところだろう。銀行の要請をいれて合併に応じはするものの、それ を実行するのは、やがて派遣する役員の手で肥大した安宅産業の贅肉を徹底的にこそげ落としてから のことになるのだ。 一方安宅のトップはなるべくはやく修羅場から手をひきたい。首切りのほうもおたくでどうそと伊 藤忠側に下駄をあずけ、消え去りたいのが本心であろう。人員整理についての労組への説明が、だか ら、とかく安うけあいになりがちである。はやく手をひきたい経営者の話をすなおに信じるほど、社 員たちはお人好しではなかった。 どう考えても、主力である鉄鋼部門の社員以外は、すんなりと伊藤忠商事にひきとってもらえそう もないのである。よらば大樹、将来うだつがあがらなくとも伊藤忠の一員となるほうがいいとう消 と極的な身の処し方も、ぶじに合併の一員になれたら、という前提つきの話だった。社員たちの多くは、 沈伊藤忠の港へたどりつく前に、あの手この手で巨船から海へ突き落とされようとしているのだ。 船「堺で小さな部品工場をやってる叔父が、うちへきて手つだえ、、、 ししよるんです。どないしたらよろ しいでしようか」

9. 小説 安宅産業

の信用悪化を食いとめるため、両社のトップや銀行が、労組との交渉を棚あげして調印にふみきった のだ。つぶれかけている会社の社員が、この期におよんでまだ自力再建などとごねているのか。甘え るのもしいかげんにしろ。関係各社のそうした舌打ちの音がきこえるような仕打ちである。できたば かりの安宅労組は、うわべはともかく、実際には調印の当事者からほとんど相手にされなかったわけ ミ」っこ 0 ュ / ュ / 「かくて事態はレールに乗ったか。業界四位の伊藤忠と九位の安宅の合併で、業界三位の総合商社が 誕生するわけや。われわれもおとなしう行動して、三位の商社の社員に昇格するほうがええのとちが うか」 「長生きするよおまえは。合併しても、伊藤忠からみたらわれわれはおしかけ入社の社員や。歓迎さ れるわけがないよ。いやがらせの連続で、結局いびりだされるのとちがうかー 「伊藤忠にしてみたら、うちと合併するメリットは鉄鋼部門の商権が手に入ることぐらいしかないも んなあ。鉄鋼部門の連中は歓迎されるやろけど、われわれは招かれざる客や。合併前にきつい肩たた きがあるやろな」 社員たちは無力感にさいなまれて、今後のことを噂しあった。 安宅産業の社員の身分保証がどこにもなかったのだ。人員整理はないと安宅の社長は再三言明して いるが、肝心の伊藤忠商事のトップは一度もそんな約東をしていない。しかも、強引な首切りこそ実 施しないが、希望退職者の募集などの手段によって現在の人員を三分の二に減らせ、さもないと合併 はご破算だと伊藤忠のトップが言明したという噂もあった。

10. 小説 安宅産業

酒場で飲んでいても、あれは安宅産業の社員だときくと、まわりの客が好奇心と憐みにみちた視線 を投げてよこした。安宅はん、しつかりやりやとからかわれたり、気楽に飲んでられる場合やないや ろ、といやみをいわれたりする。三宅とおなじ若い社員は、もうすこしで口説きおとせるところだっ たスナックバーの女に逃けられた。会社がだめになることは、サラリーマンの拠って立つべき信用が すべて消減することだった。社宅の隣人であるあの山本という中年社員は、数日前また一緒に乗りあ わせた通勤バスのなかで、小学生の息子までが級友に同情されて帰ったとこぼしていた。 「おまえんとこのパパの会社、つぶれるのやてなあ。おまえんとこ、貧乏になって大学いかしてもら えんようになるそ」 と息子はいわれたそうである。 かろうじてポーナスが出て、まもなく不安な正月になった。島根の実家へあそびに帰るのが三宅の 家での毎年の例だが、ことしはとてもそんな気分になれなかった。 松の内がすぎてまもなく、事態をみかねたかのように、伊藤忠商事と安宅産業の社長が共同で記者 会見をおこない、両者の合併を前提とした業務提携を実施するむね発表した。両社のメイイハンクで ある住友銀行のあっせんによる提携であり、安宅産業に巨額な貸付金のある住友銀行は、自己防衛の ためもあって、安宅の経営再建のため役員を派遣し、商社の再編成にとりかかるということである。 これで安宅産業の倒産はなくなった。三宅たちの信用は回復したはずだった。 が、合併を前提とする提携という表現が、安宅産業の社員たちをかえって深刻な不安におとしいれ る結果となった。吸収合併となれば、伊藤忠商事は当然安宅産業に大量の首切りを要求してくるだろ