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検索対象: 小説 安宅産業
17件見つかりました。

1. 小説 安宅産業

の信用悪化を食いとめるため、両社のトップや銀行が、労組との交渉を棚あげして調印にふみきった のだ。つぶれかけている会社の社員が、この期におよんでまだ自力再建などとごねているのか。甘え るのもしいかげんにしろ。関係各社のそうした舌打ちの音がきこえるような仕打ちである。できたば かりの安宅労組は、うわべはともかく、実際には調印の当事者からほとんど相手にされなかったわけ ミ」っこ 0 ュ / ュ / 「かくて事態はレールに乗ったか。業界四位の伊藤忠と九位の安宅の合併で、業界三位の総合商社が 誕生するわけや。われわれもおとなしう行動して、三位の商社の社員に昇格するほうがええのとちが うか」 「長生きするよおまえは。合併しても、伊藤忠からみたらわれわれはおしかけ入社の社員や。歓迎さ れるわけがないよ。いやがらせの連続で、結局いびりだされるのとちがうかー 「伊藤忠にしてみたら、うちと合併するメリットは鉄鋼部門の商権が手に入ることぐらいしかないも んなあ。鉄鋼部門の連中は歓迎されるやろけど、われわれは招かれざる客や。合併前にきつい肩たた きがあるやろな」 社員たちは無力感にさいなまれて、今後のことを噂しあった。 安宅産業の社員の身分保証がどこにもなかったのだ。人員整理はないと安宅の社長は再三言明して いるが、肝心の伊藤忠商事のトップは一度もそんな約東をしていない。しかも、強引な首切りこそ実 施しないが、希望退職者の募集などの手段によって現在の人員を三分の二に減らせ、さもないと合併 はご破算だと伊藤忠のトップが言明したという噂もあった。

2. 小説 安宅産業

真実味のある噂だった。伊藤忠だって首切りなどやりたくない。だが、企業である以上、自社の足 をひつばる余剰人員があまりに多ければ、人を削らざるをえないだろう。 厖大な累積赤字をかかえた安宅産業をひきとるだけでおおごとである。その上首切りの役目までお しつけられてはかなわない。居候にくるなら、きれいな体になってこい。病気のままでは、伊藤忠の ほうがその病気に感染してぶつ倒れる心配がある。 伊藤忠のトップの本音はこんなところだろう。銀行の要請をいれて合併に応じはするものの、それ を実行するのは、やがて派遣する役員の手で肥大した安宅産業の贅肉を徹底的にこそげ落としてから のことになるのだ。 一方安宅のトップはなるべくはやく修羅場から手をひきたい。首切りのほうもおたくでどうそと伊 藤忠側に下駄をあずけ、消え去りたいのが本心であろう。人員整理についての労組への説明が、だか ら、とかく安うけあいになりがちである。はやく手をひきたい経営者の話をすなおに信じるほど、社 員たちはお人好しではなかった。 どう考えても、主力である鉄鋼部門の社員以外は、すんなりと伊藤忠商事にひきとってもらえそう もないのである。よらば大樹、将来うだつがあがらなくとも伊藤忠の一員となるほうがいいとう消 と極的な身の処し方も、ぶじに合併の一員になれたら、という前提つきの話だった。社員たちの多くは、 沈伊藤忠の港へたどりつく前に、あの手この手で巨船から海へ突き落とされようとしているのだ。 船「堺で小さな部品工場をやってる叔父が、うちへきて手つだえ、、、 ししよるんです。どないしたらよろ しいでしようか」

3. 小説 安宅産業

では、人間は良質の商権を数多く保有するための要員としてのみ評価される。西マレーシアの地下資 源についての権益を保持する上で、三宅を鉱業へ移すのが伊藤忠にとってはいちばん得策たから、 彼はそうされたというだけの話だった。三宅の希望がどうだとか、三宅よりも仕事のできないやつが 大勢伊藤忠へひきとられる不公平など、いを尸 まよ題にならないのだ。それが企業合併というものだっ た。どんなに超人的なトップがいまの事態に対処したところで、社員一人一人の立場や心情、能力な どを一々測ってことをすすめる余地はない。そうしたくても、できないのだ。 不満をいうのは、むしろ社員の思いあがりだった。三宅たちだけではなく、トップの側でもこうし た「暗黒の人事」が委細かまわず実施されてゆく形勢なのだ。以前からの安宅社員を代表する立場に ある田中専務も伊藤忠には迎えられす、解体により設立された安宅建材、安宅木材両社の社長になる という話だし、最強の鉄鋼部門をひきいていた和田、松井源太郎両専務も伊藤忠に移籍できまいとの 噂なのである。 そろそろおれも希望退職の届を出すか。ねばってみても、伊藤忠ゆきのメは完全に消えたようたし 社内をみわたしてそう判断し、三宅は総務課へいって希望退職願いの用紙をもらってくる決心をし た。伊藤忠へ移籍するべくもう一度上へ働きかけてみようという気持が、いまは完全に冷えていた。 夜 の一度きまった鉱業ゆきを再検討してもらえるほどのゆとりが本部長にも部長にもないのはあきらか だったし、有能な者が伊藤忠へゆくとはかぎらぬと知った以上、どう考えても昇進の道がとざされて いるだろう同社へなりやり割りこんでも無意味だと思われてきたのである。 r-n 鉱業へゆくか、民芸品

4. 小説 安宅産業

ビジネス進駐軍 と呼びとめた。 第二非鉄金属四課の三宅です。名乗られると、松井はふっと遠くをみる表情になり、 「四課いうと、大崎課長のとこやな」 と、つぶやいた。 大阪本社の課長たちとはまだ顔をあわせていないのに、組織図と管理者の名はおぼえているらしい。 始業前の一時間に、そ ういうことを頭に刻みこむのだろうか。 「四課はどっちゃねん。こっちのほうか」 秘書課長を追いかえし、さきに立って松井はあるきだした。 大阪本社の内部の地理をよく知っておこうというわけか。とまどいながら三宅は彼を案内した。雲 の上にいたこれまでのトップとちがって、松井弥之助の巨体はおそろしく身近なところに存在してい る。 掃除のおばさんが働いているだけで、第二非鉄営業部のオフィスは空虚にしずまりかえっていた。 経営危機をあらわすかのように社員たちのデスクは古めかしく、ひきだしに手垢のついたものが多い。 書類の整理もゆきとどかず、備品のレイアウトは窮屈で、オフィスぜんたいが息苦しく荒涼としてい る。松井はそんな光景をながめたあと、そばの応接セットの椅子へ重々しく腰をおろし、 「まあすわれや。きみ、仕事はどうやねん」 と、がらんとした建物に、 にごった声を反響させた。 腰かけて向かいあうと、息苦しいほど迫力を感じさせる人物だった。

5. 小説 安宅産業

合併のおかけで伊藤忠商事の売上けが二倍になったとしても、それで二倍の人員が必要となるわ のものでもない、伊藤忠側は現在とほぼおなじ人員で安宅産業の売上げを吸収できるというわけであ る。進駐軍に近い立場に身をおき、そのいいぶんをとくとくと代弁する市田に、三宅は猛然と腹が立 ってきた。 「えらそうにいうな。そんなことはおまえに説教されなくてもわかっているよ。大崎さんはただ希望 を口に出しただけじゃないか」 三宅に噛みつかれて、市田はむっとした顔になったが、上役たちをはばかったらしく、暄嘩を買う 様子はなかった。 彼は勤務成績が優秀で、三宅よりも一足はやく係長になった同期生だが、人柄が卑しくて伸間づき あいしたくない相手なのだ。 「いや、市田くんも大崎課長に説教する気はないんですよ。ただ社長室にいると、人員と売上げのこ とがいつも頭にあるので、つい口に出たのではないかな」 にこやかに佐野がとりなし、そうなんですワ、課長失礼しましたと市田もすなおに頭をさげた。 三宅もやっとおちつき、いちばん関心のある仕掛り中の開発プロジェクトについての質問をする気 になった。西部マレーシアの奥地に、日本の鉱業会社や金属工業会社と協力して亜鉛、ニッケルなど の鉱山を開発しようという大がかりな。フロジェクトである。 の 商「西部のマレーシアの一件は、トップにどう評価されますかね。先日提出した計画書で、だいたい判 断していたたけるはずですが」 れ 5

6. 小説 安宅産業

能の大打撃をうけることになるのだった。 「冗談やないで。わしらせっせと堅気の商売しているのに。えらいさんがカナダくんだりに手工出し て六百億もふみ倒された」 「カナダの政府が一私企業の面倒を徹底的にみる保証はないからな。ひどいことになった。立ちなお りは不可能かもしれんそ」 「まったくうちのトップは商売勘がわるいわ。やることが。ヒントはすれや。土地投機の推進もそれや った。安宅ぜんたいでかかえこんた土地は、噂によると六百億とか七百億とかいうやないか」 いやな噂は、新聞報道により動かしがたい事実となって社員につきつけられた。社員の知らないと ころで、いつのまにかおそろしい事態が進行しつつあったのだ。 自分たちの乗っている巨大な客船が、安全に航行しているはずの海上でとっぜん機雷にぶつかった ようなものだった。会社の苦境を告げる新聞記事を最初みたとき、三宅は会社のビルがずるずると地 中へ呑みこまれてゆくような錯覚におそわれた。 しばらく仕事に身が入らなかった。がんばって働こうという気持の根拠が、生まれてはじめてくず 、、。しかも、自分たちの手のとどか れ去った。会社がやがてつぶれるなら、働いてもむだ骨ではなしカ とぬ雲の上で、この危機はつくりだされたのだ。一般社員は危機の乗り切りのために働こうにも、格別 沈することがなかったし、また事実、三宅たちがどう足掻いても事態の建てなおしに貢献できるという 船ものでもなかった。 型どおり仕事をかたづけながら、三宅は虚脱した気分で日をおくった。

7. 小説 安宅産業

三宅は、場内の熱気に溶けこみきれない自分を感じてリエの耳にささやいた。 住友銀行や伊藤忠商事のトップの非情な思考法を知るから東京の労組は尖鋭化するのだとは思うの だが、三宅の感覚では労組側の主張はあまりに一方的、独断的だという気がした。大阪の平衡感覚と はかなりちがう。大阪の商社マンが組合を握っていたら、だれが敵だれが味方の区分けよりも、一人 でも多くの社員を失業させない方向へ交渉をもっていこうとしたにちがいなかった。 「でも、住友銀行が二千億の不良債権を背負ってくれれば、安宅は合併されずに済んだんでしよ。新 聞にそう書いてあったわ」 めすらしくリエは反論した。支援大会の雰囲気に呑みこまれ、組合の論理にすっかり影響された様 子である。 「ばかをいうな。なんの義理があって銀行がそこまでよその会社のめんどうをみるんだ」 「でも、メインバンクなのに」 「それは向うのいうことさ。面倒をみてもらう側がそれをいうのは甘ったれているよ」 リエは三宅の言葉には上の空で、熱にうかされたように演壇をみつめ、演説に区切りがつくと熱心 に拍手を送っていた。 ら三宅はなにか正視に耐えない気分だった。 西 たかが二十二、三の女子社員に銀行と債権の関係を論じさせるような事態はやはり異常なのだ。女 殻性の社会進出意欲がどうあろうと、商社の女子社員はやはり職場の花でいてくれるほうが自然でもあ り健康でもあると、リエをうかがいながら思った。

8. 小説 安宅産業

ダの石油会社へ一千億円もの焦げつきをつくり、会社をいまの状態に追いこんだ旧社長らにたいして、 胸から噴出しそうな熱い怒りをおぼえた。 三宅は、同期生など親しい社員を代わるがわる喫茶店へ呼びだして、 「どうなんだ東京の情勢は。非鉄金属の商権はどの程度伊藤忠商事に移されるのかね」 と、似たような質問をくりかえした。 「わからないよ。見当もっかない。情勢の変化がこう急激では、ちょっと対応する方法がみつからな いね」 東京の同僚たちは一様に無力な笑みをうかべて、たばこをふかした。 さしあたり転職のあてはない、伊藤忠商事にも未練がある、もうしばらく事態の推移をみようとの 心情は、東京だろうと大阪だろうと変りはないみたいだった。 だが、やはり東京の社員たちはトップに身近な場所にいる。合併をいそぐ住友銀行と、不利な合併 は避けたい伊藤忠商事のあいだで、安宅産業の評価をめぐる大きな食いちがいがあることを知ってい る者が何人かいた 「非公式情報だけど、伊藤忠商事は安宅産業の健全な商権は鉄鋼、化成品程度としかみていないらし ら 。半期売上高にして二千八百億円、これに見合う人員は男子五百人、女子二百人ぐらいなんだそう 「二千八百億ーー・。まさか、いくらなんでもそれではすくなすぎるよ。現在の売上高のた 0 た三分の ないか。あとの三分の二は利益のないカラ商売だというのか」

9. 小説 安宅産業

の成員はもう二百名以上になるのである。 彼らは社内各所で目を光らせ、トツ。フを批判したり、反会社の行為があったり、労働組合の結成に 動いたりする者が出ると、ただちに上層部へ報告する。告発された者は、三宅がもうすこしでそうだ ったようこ、 冫ただちに左遷されるのである。こうしてトップは下の批判を封じ、みずからを安泰にし、 労働運動を圧殺してきた。その結果が今日の安宅産業なのだ。ファミリーはただの派閥でなく、会社 の体質を徐々に弱体化させた、役立たすの 0 — < にひとしい組織だった。 「なるほどね。おれは一度昇進しそこなったけど、市田、おまえが指したんだな」 「冗談いうなよ。おまえを指したことなんかないで。第一、おまえはどこへも飛ばされなかったやな いか。ファミリ 1 にきらわれた者はかならず左遷されたんや」 大崎が抵抗してたすけてくれたのだ、と、 しいかけて三宅はロをつぐんだ。 わざわざ喧嘩する必要もない。 ともかくここはファミリーに加わったような顔で、彼の行動をゆっ くり見学すべきだった。 プロジェクトの展開について、時間をかけて討議をかさねた。いちおう親睦の度を深め、満足した 西島の笑顔に送られて料亭を出ると、もう十時になっていた。 リエと待ちあわせたスナックバ ーへ三宅は入っていった。そして、奥のカウンターの前で、やあ、 と店中にひびく声をあげた。 リエと一緒に大崎が飲んでいる。元気そうだ。会社に裏切られて焦悴している人物の顔にはとても みえなかった。

10. 小説 安宅産業

「いや、うちのトップがあのプロジェクトを一億五、六千万円でよそに売るときめたとしよう。その とき、おまえどうする」 「よそからおれに買いが入るというわけか」 「そうや。あの。フロジェクトをどこが買い入れるにせよ、最初から仕事をすすめたおまえを欠いては やっていけんやろ。商権ごと移籍しろ、いうてくるにきまってるそ」 「それなら、おれは移籍するよ」すこし考えて三宅は断言した。「伊藤忠商事は資源開発にあまり 心じゃなさそうだしな。向うへ移ってまま子あっかいされるのもいやだ。買ってくれるところがある なら、プロジェクトごとそっちへ輿入れしたいよ」 どこかの商社があの。フロジェクトを買いにきているのか、と三宅は昻奮して市田の顔をのそきこん いや、そんな具体的な話やないけど、と市田は曖昧にかぶりをふった。彼の表情には余裕と優越感 がみなぎっている。なんといっても社長室勤務は、さまざまな情報の宝庫に身をおく立場なのだった。 「教えろよ。他社から引合いがあったんだろう。利益の出るのはおそいが、あれは相当有望な事業な んだから」 西部マレーシアーー通称サラワクという地方の山中に亜鉛や銅、ニッケル、さらには石炭などの鉱 0 脈があるらしいとの情報をつかんだのは、二年前のことだった。 社さ 0 そく安宅産業の系列下にある鉱業会社に技師を現地へ派遣してもらい、しらべたところ亜鉛、 ニッケルの鉱脈が有望だとわかり、三宅はプロジェクトの組立てにかかった。資金は安宅産業が出し、 ミ」 0