鉱業 - みる会図書館


検索対象: 小説 安宅産業
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1. 小説 安宅産業

佐野は三宅との会話を途中から大崎にふりかえて、気の毒 うん、まあ、と大崎があわてて曖昧に答えるのをみて三宅はあっと息をのんだ。 このプロジェクトは三宅が海外の情報にもとづいて企画し、現地と連絡をとったり、鉱業会社や金 属工業会社と交渉して、二年がかりで実現にこぎつけたのである。技術者とともに二度も現地へ出張 もした。会社がこんな状態にならなかったら、すでにニッケル鉱などの採掘をはじめていたかもしれ ない。徹頭徹尾三宅が実質上の事業主となってまとめあげた開発プロジェクトだったのだ。 だが、社長室のスタッフは、大崎の発案でこの事業がはじまったものと思っている。大崎がそう申 告したのたろう。部下の業績をまるで自分の業績のように新しい経営者へ報告する管理職が多いとは きいていたが、まさか大崎がそれだとは思ってもみなかった。 「いや、この話は三宅くんが主に ロのなかで大崎はぶつぶついった。 中年太りの顔が赤らみ、こめかみに血管をうきあがらせて歪んでいる。悲惨にみえて三宅は顔をそ むけた。大崎を非難するよりも、やりきれない思いのほうがつよかった。 「もし伊藤忠側がこれをひきとらなければ、大崎課長の事業にされたらどうですか。せつかくここま < でおやりになったんだから」 からかうように佐野は提案した。会社をやめてこの事業をやってみろというわけだ。 の 社「とんでもない、私にそんな資金力があれば苦労しませんよー 悲哀とあぶらを顔ににしませて大崎はつぶやいた。さっきから彼は、三宅の顔を正視できずにいる 月 7

2. 小説 安宅産業

大阪に支店をひらく場合、どの程度の規模でどれだけの売上げが可能か、何カ月で黒字にできるか 目設経費はどの程度かを近日中に算出し書類にして送ると約東して、三宅は 0 工芸をあとにした。経 日レ一三 せんたいとして三宅はその民芸 営者としてやや時代おくれの人物を社長にいただくのが難だったが、。 品メーカーに好意を抱き、もし支店長をひきうけても本社にいる社長とはめったに喧嘩にもなるまい と自分にいいきかせていた。 大阪へ帰った翌日、三宅は転籍を命じられた鉱業の人事部長を訪問し、自分がどのように迎えら れるのか、移ってすぐ西マレーシアの資源開発プロジェクトを担当できるのかなどを質問してみた。 鉱業が本気であの。フロジェクトに取り組む気があるかどうかを、なによりもたしかめておきたかっ こ 0 「まだよくわからないんですよ。われわれにとっても急な話でしてね。うちのトツ。フと伊藤忠の話合 いできまったばかりでー 貸しビル内の清潔なオフィスのなかの応接間で、人事部長は当惑顔をかくさなかった。 鉱業は目下ニュージーランドで銅山の開発をすすめ、社の主力をそこへ注いでいる。商社の。フロ ジェクトに加わって採掘を請負うだけならともかく、自力で外国の地下資源に手を出す余力は現在な 。西マレーシアへ乗りだすにしても、具体化ははやくて三、四年さきだろう。巨額な資金を必要と する事業でもあるので、鉱業はこのプロジェクトを伊藤忠から一時あすかったつもりでいる。伊藤 忠側も、ほかに適当な買い手があれば、よろこんで売りわたすつもりではないだろうかと、三宅にと っては残酷な説明だった。

3. 小説 安宅産業

では、人間は良質の商権を数多く保有するための要員としてのみ評価される。西マレーシアの地下資 源についての権益を保持する上で、三宅を鉱業へ移すのが伊藤忠にとってはいちばん得策たから、 彼はそうされたというだけの話だった。三宅の希望がどうだとか、三宅よりも仕事のできないやつが 大勢伊藤忠へひきとられる不公平など、いを尸 まよ題にならないのだ。それが企業合併というものだっ た。どんなに超人的なトップがいまの事態に対処したところで、社員一人一人の立場や心情、能力な どを一々測ってことをすすめる余地はない。そうしたくても、できないのだ。 不満をいうのは、むしろ社員の思いあがりだった。三宅たちだけではなく、トップの側でもこうし た「暗黒の人事」が委細かまわず実施されてゆく形勢なのだ。以前からの安宅社員を代表する立場に ある田中専務も伊藤忠には迎えられす、解体により設立された安宅建材、安宅木材両社の社長になる という話だし、最強の鉄鋼部門をひきいていた和田、松井源太郎両専務も伊藤忠に移籍できまいとの 噂なのである。 そろそろおれも希望退職の届を出すか。ねばってみても、伊藤忠ゆきのメは完全に消えたようたし 社内をみわたしてそう判断し、三宅は総務課へいって希望退職願いの用紙をもらってくる決心をし た。伊藤忠へ移籍するべくもう一度上へ働きかけてみようという気持が、いまは完全に冷えていた。 夜 の一度きまった鉱業ゆきを再検討してもらえるほどのゆとりが本部長にも部長にもないのはあきらか だったし、有能な者が伊藤忠へゆくとはかぎらぬと知った以上、どう考えても昇進の道がとざされて いるだろう同社へなりやり割りこんでも無意味だと思われてきたのである。 r-n 鉱業へゆくか、民芸品

4. 小説 安宅産業

わかれの夜 二次希望退職募集の締切りが近づくにつれ、去る者のこる者の区別が最後まで曖昧だった非鉄金属 事業部においても、社員一人一人の色わけがしだいに鮮明になっていった。 った。三宅は屈辱にかられながら、人事部長の言葉をもっともだと思った。甘かったようだ。自分で は有能なつもりでも、外からみれば三宅は四千億の損害をつくる片棒をかついだ一人の男にすぎない のである。 その男のために r-n 鉱業がしかるべきポストを用意する義務はなかった。名門の安宅産業も、いまは ただの倒産会社なのだ。資本金百十七億の巨大商社は、そうした意味でもいまは巨大な幻想の楼閣に すぎなかった。三宅は、安宅に在籍したことをもって世間がいまだにそれなりの敬意をはらってくれ るだろうとの錯覚が、自分のうちにしつこく根をおろしていることを思い知らねばならなかった。 八月かおそくとも九月には受入れ準備もととのうと思う。あらためて連絡するまで、安宅で残務整 理をつづけてください。そう部長に念をおされて、三宅は鉱業から退散した。 雨にぬれた御堂筋の銀杏並木が、雲の切れ目からさしこむ東の間の陽光をあびて、目にしみる新鮮 な緑色を呈している。が、うしろに立ちならぶ新旧さまざまなビルは、すべて幻想の楼閣であるかの ように気味わるい、底知れぬ静寂をはらみ、いまにも崩れ落ちそうな灰色の巨体でひしめきあってい こ 0

5. 小説 安宅産業

希望退職者の募集のあと、安宅産業の社員たちは、新しい経営者の手による一方的な選別作業に身 をさらすことになった。 希望退職には結局九百名が応募し、安宅産業の社員は現在二千五百名になっている。 その二千五百名の男女社員が、本人には手のとどかぬ雲の上の社長室で、毎日数十名ずつ、必要、 不必要の二種類に仕分けられてゆくのである。必要とみなされた者は来年の企業合併のおり、相手先 の伊藤忠商事〈横すべりで入社できるのだが、不必要、の烙印をおされた者は、まもなく失業するの を覚悟しなければならなか「た。二千五百名のうち何人が不必要とされるかはま 0 たくわからないの だが、新聞や週刊誌は伊藤忠商事にひきとられる人員をせいぜい千二百名、わるくすると千名を割る かもしれないと、きわめて悲観的な推測をくりかえしている。 商社の 0—< 1 月

6. 小説 安宅産業

リエにもそんな月なみな期待の念はあるはずだった。そして、月なみな期待を抱くかぎり、三宅と の関係がときにはわずらわしく感じられて当然である。鉱業ゆきを告げたとき、リエのみせた表情 に、三宅は彼女が一年半におよぶ自分たちの仲をそろそろ重荷に感じはじめていることの兆候をみた と思った。三宅自身がそうだから、リエのそんな表情をみのがさなかったわけである。そして、いま のリエの泣き顔にたいしても、彼は皮肉な目を向ける気はなかった。三宅がよそへゆくときいてリエ かほっとしたのも事実なら、一緒に r-n 鉱業へゆきたいと彼女がいうのも、正真正銘の本音にちがいな いのだ。 「そんな無理する必要はないよ。すなおに伊藤忠へいって適当な結婚相手をさがせばいいんだ。そう するほうが自然だと思う」 できるだけすなおに三宅はいった。 リエにたいして、あらゆる点で狭量であってはならないと彼は自分にいいきかせる。東京で全商社 の総会があったとき知りあった商事の若い社員とリエがまだ交際をつづけているのも知っているが、 そのこともまだ口に出したことはなかった。 「そんなら、私らの交際も三宅さんが鉱業へいくまでのことですか。そんなん私いや。会社はべっ でも、月一回は会いたいわ」 の「月三回でも、おれはかまわないよ。それにまだ鉱業へゆくときめたわけじゃない」 「そうそう。民芸品メーカーの支店長のほう、どうするんですか。鉱業とどっちがお給料いいのか わ しら」

7. 小説 安宅産業

「つまり、この。フロジェクトが伊藤忠に継承されなくなった以上、私の伊藤忠ゆきの可能性も消えた というわけですか」 「いや、そらちがう。ここだけの話やが、きみには o ・— 0 の門をくぐってほしい思うとるのや。 しかし、あのプロジェクトを動かせるやつはきみしかおらん。 O —に籍をおいても、鉱業から要請 があった場合どうせ出向せざるをえんようになる」 「鉱業はそら小さい会社やで。しかし、きみは向うでプロジェクトの責任者として好きなように仕 事ができる。 O —で外様あっかいされるよりマシやないかと思うてな」 三宅を乗せたポートは予想外の方角へ走りだそうとしているようだった。 。フロジェクトの主宰者である強みが逆に弱みになりはじめていた。商権の鉱業への譲渡がきまる と同時に、三宅という人間の譲渡も決定したとみるべきだった。慎重な表情ではあったものの、部長 はほとんど三宅の意向を考慮に入れす、伊藤忠できみはあまり歓迎されない、鉱業へいけと命令し たも同然だったのだ。いったん伊藤忠へ入り O—社員として出向することもできるような口ぶりだっ たが、それは言葉の綾というもので、すぐ子会社へ出す人間を伊藤忠が一時自社へひきとるなど考え られない事柄だった。 「あの。フロジェクトに私がすでに興味を失ったとなると、私はクビですか。伊藤忠入りのメはありま せんか」 「それならそれで、きみの処遇を再検討せないかんやろな。われわれは、きみをあのプロジェクトと

8. 小説 安宅産業

合併のおかけで伊藤忠商事の売上けが二倍になったとしても、それで二倍の人員が必要となるわ のものでもない、伊藤忠側は現在とほぼおなじ人員で安宅産業の売上げを吸収できるというわけであ る。進駐軍に近い立場に身をおき、そのいいぶんをとくとくと代弁する市田に、三宅は猛然と腹が立 ってきた。 「えらそうにいうな。そんなことはおまえに説教されなくてもわかっているよ。大崎さんはただ希望 を口に出しただけじゃないか」 三宅に噛みつかれて、市田はむっとした顔になったが、上役たちをはばかったらしく、暄嘩を買う 様子はなかった。 彼は勤務成績が優秀で、三宅よりも一足はやく係長になった同期生だが、人柄が卑しくて伸間づき あいしたくない相手なのだ。 「いや、市田くんも大崎課長に説教する気はないんですよ。ただ社長室にいると、人員と売上げのこ とがいつも頭にあるので、つい口に出たのではないかな」 にこやかに佐野がとりなし、そうなんですワ、課長失礼しましたと市田もすなおに頭をさげた。 三宅もやっとおちつき、いちばん関心のある仕掛り中の開発プロジェクトについての質問をする気 になった。西部マレーシアの奥地に、日本の鉱業会社や金属工業会社と協力して亜鉛、ニッケルなど の鉱山を開発しようという大がかりな。フロジェクトである。 の 商「西部のマレーシアの一件は、トップにどう評価されますかね。先日提出した計画書で、だいたい判 断していたたけるはずですが」 れ 5

9. 小説 安宅産業

「いや、うちのトップがあのプロジェクトを一億五、六千万円でよそに売るときめたとしよう。その とき、おまえどうする」 「よそからおれに買いが入るというわけか」 「そうや。あの。フロジェクトをどこが買い入れるにせよ、最初から仕事をすすめたおまえを欠いては やっていけんやろ。商権ごと移籍しろ、いうてくるにきまってるそ」 「それなら、おれは移籍するよ」すこし考えて三宅は断言した。「伊藤忠商事は資源開発にあまり 心じゃなさそうだしな。向うへ移ってまま子あっかいされるのもいやだ。買ってくれるところがある なら、プロジェクトごとそっちへ輿入れしたいよ」 どこかの商社があの。フロジェクトを買いにきているのか、と三宅は昻奮して市田の顔をのそきこん いや、そんな具体的な話やないけど、と市田は曖昧にかぶりをふった。彼の表情には余裕と優越感 がみなぎっている。なんといっても社長室勤務は、さまざまな情報の宝庫に身をおく立場なのだった。 「教えろよ。他社から引合いがあったんだろう。利益の出るのはおそいが、あれは相当有望な事業な んだから」 西部マレーシアーー通称サラワクという地方の山中に亜鉛や銅、ニッケル、さらには石炭などの鉱 0 脈があるらしいとの情報をつかんだのは、二年前のことだった。 社さ 0 そく安宅産業の系列下にある鉱業会社に技師を現地へ派遣してもらい、しらべたところ亜鉛、 ニッケルの鉱脈が有望だとわかり、三宅はプロジェクトの組立てにかかった。資金は安宅産業が出し、 ミ」 0

10. 小説 安宅産業

ようにリエが追ってきて、ほんまにどうかしたの、心配そうに呼びとめる。ビルの外の喫茶店へ三宅 はリエをつれだし、 「鉱業へいけっていうんた。例のマレーシアの資源開発を手がけるためにね」 と、くわしく事情を説明した。職場の事情をよく知っているだけ、こんなときリエは妻よりもずつ といい話し相手だった。 「鉱業ーー。すると三宅さん、伊藤忠にはいかないんですか」 リエはまた目を大きくして三宅をみた。 頭のなかでなにかあわただしく思案にふける表情だった。おどろいてはいるが、打ちひしがれたり 悲しんだりしてはいない。むしろ重荷をおろしたような、ほっとくつろいだ気配で頬の線がなごんで が、リエはすぐに泣きそうな顔になって、 「いややそんなん。三宅さんのいない伊藤忠へいっても意味ないわ。私、なんとかして一緒に鉱業 へいきます」 と、しおらしい台詞をいった。 非鉄金属部門の女子社員はすでに退職したり希望退職を中しでた者が多く、のこった二十何名かは ほ・ほ全員伊藤忠の同部門へひきとられるだろうとみられている。きようまでねばってよかった、とひ そかに祝福しあっている娘たちもいるようだった。伊藤忠へ移籍すれば給与水準は上がるし、有能な 大勢の独身男性と知りあうことができるからた。