銀行 - みる会図書館


検索対象: 小説 安宅産業
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1. 小説 安宅産業

おなじ日、大手町にある住友銀行東京本店で全商社の抗議行動がおこなわれた。 安宅労組支援の集会のあと、全商社約五百名の男女が預金通帳を手に住友銀行本店へつめかけ、 づせいに預金引出しを要求したのである。住友銀行にたいする預金ポイコットの運動だった。金持で もない五百名が住友銀行からそれそれ口座をひきあげたところで、同行の総預金高に毛すじほどの痛 みがあるわけでもないが、おびただしい男女がいっせいに預金をひきだす光景には、、 力なりのニュ ス価値がある。住友銀行にとっては大きなイメ 1 ジダウンになりかねなかった。 知らせをきいた各新聞社から記者やカメラマンがあつまって、大よろこびですでに取材を開始して いる。銀行から行員とガードマンがとびだしてきて五百名の前へ立ちふさがり、入れろ、入れないの 険悪な押問答をさっきからくりかえしていた。 三宅は組合員の人垣の前のほうで揉みあいのなかにあった。住友銀行に預金がないのでデモ隊の前 列に出ても仕方ないのだが、うしろから押されたのと、若干の弥次馬気分の作用でそんな位置どりに なってしまったのだ。 「預金をおろさせろ。おれの金をおれがおろすのに、なんの不都合があるんだ」 「そうだ。そこを通せ。おれたちには生活がかかっている。住友銀行の横暴ぶりを日本中にさらけだ してやるからな」

2. 小説 安宅産業

支援大会は、要するに全商社に加盟する各主要労組の代表による激励演説大会だった。代表がつぎ つぎに演壇に立ち、住友銀行は安宅産業の解体作業を中止せよ、伊藤忠商事は合併を拒否せよ、安宅 労組は圧力にめげず初志をつらぬけなどの話をくりかえした。 なかでも安宅産業のメイイ ( ンクであり、合併の推進者である住友銀行が、各労組の攻撃の標的と してあっかわれた。 住友銀行は安宅産業へ重役を派遣していて、同社の経営内容をよく承知していた。破綻の直接のき つかけとなったカナダの石油会社への焦げつきについても、住友銀行は事情をよく知りながら、安宅 側の経営者になんの警告もあたえす黙視していた。つまり住友銀行は、安宅産業の経営破綻に関して、 同社の旧幹部とおなじ責任を負うべき立場である。にもかかわらず同行は、安宅にたいして適切な資 金援助をおこない再建をはかるべき義務をはたさす、強引に伊藤忠商事との合併を推進しているとい うのが、その攻撃の内容だった。 メイイハンクとしての失敗と責任を回避するため、住友銀行は安宅産業を社会から抹殺しかかって いるとの論理である。五カ月ばかり以前から安宅労組はそうした論理で合併阻止をさけんできたのた が、いまはそれが全商社のすみすみにまでひろがり、住友銀行はすべて商社マンの敵だといった一徹 な非難が、ホ 1 ルには充満し、渦巻いていた。 「どうなんだろうな。住友銀行にそれほど悪意があったんだろうか。向うだって安宅に二千億の焦げ つきが出て四苦八苦している。責任逃れがどうのという次元の話じゃないぜ」 こ 0 ノ 62

3. 小説 安宅産業

「どけどけ。金をおろさせろ。こんな銀行には一円もあずけたくないんた」 全商社の男たちに罵られながら、行員やガードマンは、帰ってください、一度に大勢の引出しには 応しかねますと必死の面持でくりかえし、人垣の前進をおしもどしている。 だが、三宅の学生運動の経験からみて、この程度の揉みあいなど、紳士淑女のおしくら饅頭にもあ たいしないさわぎだった。みんなスーツにネクタイをつけ、きちんと整髪して、服装がみだれぬ程度 に揉みあっている。カメラを意識し、照れ笑いをうかべて前の男の背中を押す一流商社の社員たちも 目についた。三宅はきのう本社の廊下へすわりこんでいたジャン。ハーや作業衣姿の子会社の男たちを 思いだし、だれにともなく恥ずかしくなった。事情の切迫度ではあの子会社の男たちも自分たちもお なじなのに、 この取付けさわぎには、どこか世間の目を意識した思いあがりが感じられた。大企業安 宅産業の社員を中心とする抗議行動である以上、マスコミもほうっておくまいといういい気な計算が 感じられるのだ。 あのジャンパ 1 や作業服の男たちのようにどこかで黙々とすわりこむのなら、三宅にもまだ共感が あっただろう。命がけでガードマンや機動隊とやりあったとしても、それはそれで納得がいく。だが 漫然と押しあって預金をおろすとさわぎ立て、住友銀行を多少狼狽させたところで、同行が合併を中 止するわけもなく、三宅たちの職場が保証されるはずもなかった。このさわぎが報道されればたしか 炳に住友銀行のイメージダウンになるだろうが、考えてみると、安宅産業関係だけで千三百億円もの資 没金を動かしてきた住友銀行にと 0 て、「ス「ミに働きかけてその = = 1 スをおさえるくらい、造作な いことかもしれなかった。

4. 小説 安宅産業

きり、求人リストに堂々と目を通して、輸出課長の権利を確保せねばならなかった。 だが、その焦燥と併行して、電機への情熱が急速にうすれてゆくのを彼は感じた。自分のカで、 いやリエの世話で輸出課長になったつもりが、もともとは銀行の圧力でできたポストだったのだ。再 就職あっせんを餌に社員をやめさせようとするきたない手口を拒否したつもりで、結局三宅も銀行の 大きな掌のうちでうごめいたにすぎなかった。 しかも、電機で輸出課長はそんなに必要とされていないのだ。いま退職を決行して電機へ入っ ても、へたをすると伊藤忠商事へ寄生する安宅産業の社員よりもめいわくがられる存在になる。それ に本部長に屈したかたちで退職を中しでるのが、なんとしてもなさけなく屈辱的行為に思える。 考えあぐねて、三宅はしばらく辞表の提出をみあわせた。いや、なんとか未練を断とうと、心の底 であがいていたようだった。そして三宅は待っていた。事態の自然な決着がやがておとずれるはずで あった。 待っていたものは翌週のはじめにやってきた。夕刻三宅が外まわりからオフィスへ帰ると、目を赤 くした佐久間リエが彼を廊下へつれだして、他人の目もかまわずにしやくりあげた。 「ごめんなさい。さっき伯父からことわりの電話が入ったの、急に事情が変わったといってーーこ 竸争者が電機をおとずれたのだ。 「いいんだ。気にするな。日本中に会社はゴマンとあるよ。なんとかなるさ」 三宅はリ = をなぐさめながら、肩の荷をおろした気分であり、同時にやはり痛切に残念だった。 だが、後悔はしないつもりである。 110

5. 小説 安宅産業

自分自身がまるでゴミ同然の、ちつぼけな存在に感じられた。運命が他人の手に握られている。そ の改善のために自分はなにもすることがない。難破客船の乗客のように、船長や航海士の腕にすべて をまかせてじっとしていなければならないのだが、その船長たちの腕ときたら、おくればせに土地プ ームに乗ろうとして非不動産部門にも土地の買いしめを実行させ、会社ぜんたいで七百億もの土地を かかえこむほどのものなのだ。 土地は売れば金に変わる。だが、不況でめったに買い手はなく、地価も下降気味である。処分の目 途が立たぬ物件もかなりあるという噂だった。そして、土地取得のため銀行から借りた資金にたいし て容赦なく金利負担がかかる。月七、八十億円が、だまっていても銀行への金利となって消えるので ある。 「やれやれ。銀行に儲けさすために働いているようなもんやないか」 「アホらしい。どうしまつをつける気かな。うちが倒産すると社会的影響も大きいから、銀行がほう っておかんとは思うけど」 「こうなると借り勝ちかもしれん。うちが倒産したら銀行は元も子もないから、うつかり手をひくわ けにいかんやろ」 喫茶店や食堂で、社員たちは寄るとさわるとその種の噂をした。 社長以下の重役たちは雲の上で必死の策を立てているのだろうが、情報がほとんど流れてこないの で、なにがおこなわれているのか社員には見当もっかないのた。大小の新聞記事だけが手がかりだっ た。安宅産業と取引のある五銀行の調査ではカナダの精汕会社の再建はおぼっかないらしいとか、安

6. 小説 安宅産業

スケールは大ちがいだが、住友銀行は安宅産業と同様、電機にとってもメイイハンクである。そ の住友銀行が、安宅産業の合理化、社員のうけいれに協力してほしいと三カ月前、熱心に申しいれて きた。メイイハンクの依頼をたやすく無視するわけにはゆかない。 電機の幹部は、会議をひらき、 正直いってまだ時期尚早の輸出課を開設して、その課長に安宅マンをうけいれようと結論したのだ。 こうして電機は、求人を住友銀行に依頼した。そして三宅の採用にあたっては、当然彼が求人リス トをみてきたものと考えていたのである。 「そうですか。輸出課はむりやりつくったセクションなんですか。銀行の圧力でーー」 倒産企業の社会的責任、という言葉がこのときほど切実に思いだされたことはない。 とんでもないめいわくを三宅たちはよその会社におよぼしていたのだ。銀行のカで、押しこみ販売 そのままのかたちで、安宅産業の社員は不況に苦しむさまざまな企業のなかへ割りこんでいるのだっ こ 0 「いや、そんなこと気にせんといてください。輸出課は近い将来どうせ必要にーー」 「十二月にほんとうにぼくは採用されるんでしようね。中止は困りますよ」 「それは大丈夫。私が責任をもちます。十二月には体制ができあがります」 いそがねばならない、 と三宅はあせった。 職はやくしないと本部長に説得されて退職届を出し、求人リストに目を通した社員が電機へ乗りこ むかもしれないのだ。正規のルートをへていないだけ、その場合三宅は不利になる。銀行の鼻息をうの かがって、電機は三宅の竸争者のほうをきっと大事にするだろう。三宅はさっさと希望退職にふみ

7. 小説 安宅産業

三宅は、場内の熱気に溶けこみきれない自分を感じてリエの耳にささやいた。 住友銀行や伊藤忠商事のトップの非情な思考法を知るから東京の労組は尖鋭化するのだとは思うの だが、三宅の感覚では労組側の主張はあまりに一方的、独断的だという気がした。大阪の平衡感覚と はかなりちがう。大阪の商社マンが組合を握っていたら、だれが敵だれが味方の区分けよりも、一人 でも多くの社員を失業させない方向へ交渉をもっていこうとしたにちがいなかった。 「でも、住友銀行が二千億の不良債権を背負ってくれれば、安宅は合併されずに済んだんでしよ。新 聞にそう書いてあったわ」 めすらしくリエは反論した。支援大会の雰囲気に呑みこまれ、組合の論理にすっかり影響された様 子である。 「ばかをいうな。なんの義理があって銀行がそこまでよその会社のめんどうをみるんだ」 「でも、メインバンクなのに」 「それは向うのいうことさ。面倒をみてもらう側がそれをいうのは甘ったれているよ」 リエは三宅の言葉には上の空で、熱にうかされたように演壇をみつめ、演説に区切りがつくと熱心 に拍手を送っていた。 ら三宅はなにか正視に耐えない気分だった。 西 たかが二十二、三の女子社員に銀行と債権の関係を論じさせるような事態はやはり異常なのだ。女 殻性の社会進出意欲がどうあろうと、商社の女子社員はやはり職場の花でいてくれるほうが自然でもあ り健康でもあると、リエをうかがいながら思った。

8. 小説 安宅産業

「そういうわけだ。向うは買う立場だから、なんとでもいえる。足もとをみて住友銀行を値切り倒し ているんだろうよ」 「住友銀行のほうの評価はどうなんだ」 「安宅の売上高半期一兆円のうち、利益のあるぶんは五千億だといっているらしい。のこりの五千億 の半分が赤字取引、半分は収支ゼロの取引なんだそうだ」 「笑わせるよな。銀行のほうが心やさしい感じではないか。ふしぎな話だ」 「住友銀行としては、われわれ社員を一人でも多く伊藤忠へひきとらせたい一心で、どうしても甘い 判定になるんだろうな。しかし、それにしても伊藤忠はアコギだ。自分のところの利益になる部分だ け吸いとる気さ。われわれ非鉄金属部門が向うさんのお気に召すかどうか、これからがみものだよ」 伊藤忠商事がひきとりに応じる人員は男女あわせて七百名。現在安宅産業には二千四百名の社員が いるから、四人のうち一人しか伊藤忠商事へ入りこめない勘定になる。 「この話はほんとうか。ほんとうに伊藤忠は七百人しかひきうけない気なのか」 「そういわれると困る。あくまで噂だよ。あるいは会社側が一人でも多くの人間に見切りをつけさせ ようとして、わざとシビアな数字をながしているのかもしれない」 人員の件については話すほど気が滅入るので、三宅も相手もそれ以上しつこく話題に乗せようとし よ、つこ 0 そして東京の社員たちは、大阪の社員たちよりはるかにつよく組合を支持し、合併反対、自主再建 の方針に同調していた。三宅ら大阪の社員が「いまさら自主再建など」と事態を悲観的にみるのにた

9. 小説 安宅産業

見出しだけながめ、経済面に目を通して、やがて彼は胸をつかれた。きのうの午後東京で記者会見が あったらしく、「安宅産業、社長に xx 氏」という見出しで、社のトツ。フの交代が報じられていた。 社長には松井弥之助でなく、住友銀行から派遣された重役が就任していた。二人の専務のうち一人 は安宅産業生えぬきの人物、もう一人はやはり銀行出身者である。 松井弥之助は会長になっていた。社長とともに代表権を有する会長、と記事には注がついていたが、 記者にとっても松井の会長就任はそれだけ意外だったのだろう。 松井弥之助は、経営の頂点から一歩しりそき、今後は銀行出身の社長を補佐ける側にまわったので ある。伊藤忠商事の合併意欲が、それだけうすらいだとみるべきだった。労組の反対にいや気がさし たのか、松井が安宅内部へ乗りこんでみて、安宅のおかれた状態が予想以上に絶望的だと判断したの か、合併に慎重な伊藤忠の態度に銀行が業を煮やしてしやしやりでたのか三宅にはよくわからないが、 ともかく伊藤忠商事が合併に二の足をふみはじめたのはたしかなのだ。 松井が安宅産業をみはなしたのだろうか。それとも彼の意に反して、伊藤忠商事のトップが一歩後 退を指示したのだろうか。真相をたしかめたい意欲に三宅はかられた。三千七百人の社員とその家族 を救う使命感ですがすがしく気負っていた経営者を、心の内からうしなうのに耐えられなかったのだ。 駐会って話をききたかった。若い社員との歓談が好きな松井のことだ、たすねてゆけばきっと会って スくれるだろう。さいわいきようは日曜で、彼は大阪の自宅へ帰っているはずだった。日曜でも、昼間 の予定はいつばいなのだろうが、早朝なら空いているはずだ。三宅のようなありふれた人間が松井を つかまえるためには、彼の毎朝五時起床の習慣を利用する以外に方法はなかった。

10. 小説 安宅産業

「ほなこうしよう。リストをきみにだけみせるわけにいかんが、たとえばこの程度の求人がある、と う程度ならいえるぞー 本部長はまた刺すような目で三宅を一瞥したあと、資本金八千万円の薬品会社が貿易課長を、資本 金三億の金属会社が販売課長を、といった具合に事例をならべはじめた。いずれも三十歳代の有能な 人材が希望で、待遇も水準以上だという。 三宅は耳をそば立てた。本部長がまだ二、三の事例をならべたあと、やっと思いだしたという表情 で、 「そうや。電機部品メーカーの輸出課長の求人もあったな。資本金たしか三億の会社や。これなんか、 きみにびったりとちがうか」 いったのである。 「資本金三億の電機部品メーカーですか。それ、なんという会社ですかー 三宅は心臓がさわぎはしめた。リエの紹介であの会社へ就職したつもりだったが、住友銀行はもと もとあそこをリストアップしていたのか。銀行の世話になど絶対ならぬつもりできたが、電機の輸 出課長のロはもともと住友銀行の掘り起こした求人だったのだろうか。 「名前は教えられんよ。きみが先方と直取引したら、こちらの推せん者とぶつかる。収拾がっかんよ 職うになってしまう」 卸「鶴見区のほうの会社ではないですか」 「そこまではおぼえとらんよ。きみ、なんか心当りがあるんかいな」