盛沢は顔をめた。 千野木は冷たく顔を横に振った。 「駄目だよ盛沢さん、こちらは本職を使って調べさせたんだから、香美子さんを、あのア・ハ トに移したのも、あんただ、それからあんたは、時々、あのアパ 1 トに通っている、暫くすると 部屋の明りの色が変る、赤いスタンドの明りにね、もう盛沢さんが変に隠しだてすると問題にな りますよ」 「問題って、何が : : : 」 「だってそうじゃありませんか、松村さんは、はっきりいって変死だ、一応過失死になってい るがね、奥さんと、あんたが深い関係だとすると、警察だって、調べ直さないとも限らない、盛 沢さん、そうじゃないかね」 千野木の言葉は鋭かった。 「分りました、ただ、千野木さんが、そんなことを調べていたとは知らなかった、あなたが、 2 社長のことを聞きに、社長の奥さんのところに来たのは聞きましたがね、何故、調べているんで 標すか、その理由を聞いたら、私も話しましよう」 なと盛沢は覚悟を決めたようにいった。 巨千野木は、松村建設の倒産には不審な点があり、河内商事の関係も含めて、或る筋の依頼で調 べているのだ、と話した。 その筋では、ひょっとしたら、松村は殺されているのではないか、と疑っていると、少しはっ
「しよっちゅう、アリーに行っていたようですから」 「奥さんは、御存知でしようが、松村さんはアリーのマダムに資金を出したんです、その店の 常連というだけで、特別な関係と推察されるのは、おかしいですね、アリ 1 のマダムは、悪い女 でしてね・ : : ・」 千野木は、松村が失踪前に、芽久美に金を借りに行って断られたらしい、という話をした。香 美子にとっては残酷な話だった。 ところが、香美子は冷たい笑いを浮べた。 「金目当で関係した女ですもの、当然ですわ、松村には、少し抜けたところがあるんです、そ うですか、断られたんですか、良い気味ですわ」 香美子の言葉を聞きながら、ここまで自分の亭主を憎めるものか、と千野木は不思議に思った。 千野木は、松村が抜けている、という意味を聞いてみた。 「金の力だけで、女と関係しようなんて、抜けていますわ」 そういう見方もあるのか、と千野木は思った。おそらく、松村と香美子の間には、長い間夫婦 関係がなかったに違いない。 それに香美子には、まだ色艶が残っている。松村に相手にされずに、香美子は長い間、女の欲 望を押えて来たのか。それとも、松村の知らない男がいたのではないか。だが、そういう男がい はず たなら、これほど松村を憎む筈はなかった、松村への憎しみは、女の生理が、原因の一つかもし れない。 しっそう
「そういうことは絶対しない」 「しかし、それをねたに、何かする積りでしよ、そうでなければ、聞いたって仕方ないじゃな 斎藤千世の言葉はなかなか鋭かった。 「調査の参考にするだけですよ」 「あなたの言葉だけじや安心出来ないわ。だって、もし笠原さんとの取引が旨く行かなければ、 河内商事さんとの関係も大切だもの、もう少し待ちなさい」 だだ 斉藤千世は駄々っ子をあやすようにいうのだった。 確かに斎藤千世の立場にしてみれば、そうかもしれない。 「しかし、今の河内商事に、金を貸す会社はないと思うがね、どういう関係かしらないけど、 旨味のない会社ですよー 「そうかしら、全な会社より、業績の悪い会社の方が、案外旨味があるのよ、幹部連中が焦 るから、たとえば、手形をパクリ屋に取られて大損したり、いんちきの投資に引掛ったりするの は、業績の悪い会社が多いんじゃないかしら」 千野木は、斎藤千世という女に、妻さを感じるのだった。斎藤千世は明らかに単なるクラ・フの マダムではなかった。女の実業家だった。しかも、経済社会の裏側に通じていた。 千野木は話題を変えた。みどりとさよりは、東京の何処かのクラ・フに勤めているのか、と尋ね た。斎藤千世は首を横に振った。
て、すべすべする。 香美江の舌は細長く、それだけが一匹の生物のように千野木のロの中で動く。 しゅうちしん 香美江には、セックスへの羞恥心など、全くないようだった。 香美江の身体は、微かに汗ばんだような匂いがした。如何にも、しなやかな若い身体に似合っ た匂いであった。千野木は、直ぐ香美江の身体に没入するのが惜しくて、抱きながら、女の身体 あい の色々な部分を愛撫した。 せつぶん 「ね、背中に接吻して、一番感じるの」 かす と香美江が掠れた声でいった。 今夜、千野木はどうしても香美江を満足させなければならなかった。 香美江は、電話の秘密を知っているのだ。 まくら うつぶ 香美江は俯伏せになると、両腕を伸し、べッドの枕止めを握った。 香美江の盛り上ったヒッ、フが、ひんやりと千野木の腹部を圧迫した。 もだ 千野木が香美江の背中に接吻すると、香美江は叫び声をあげて悶え始めた。 わぎ 香美江の敏感な場所は肩の上部から腋の下にかけてであった。 千野木は、その部分をしつように愛撫した。香美江の身体はすでに、男女の悦びの極致を知っ ていた。 ことが終ると、香美江は充血した眼を千野木に向けて、若い男より、中年の男の方が良い、と いうのであった。 よろこ
196 男性を先に風呂に入らせるような気持は、香美江には全くなかった。香美江は、千野木の見え るところで全裸になると、・ハスルームに行った。千野木も服を脱ぎ香美江に続いてパスルームに 入った。 香美江はもう湯につかっていた。 「どうだ、君の身体、洗ってやろうか」 「良いわよ、めんど臭いもの」 「めんど臭いって」 「だって、お店に来る前、お風呂に入って、身体洗ったもの」 よくそう 二人が充分入れる浴槽なので、千野木も湯につかった。自然、身体が触れる。千野木が抱き寄 ふともも せると、別に抵抗もせず、千野木の太腿の上に、香美江の身体が来た。千野木が香美江の頬に手 くちびる を掛けると、自然のように唇を寄せて来た。香美江のような女は、どんな会話をしていても、或 る瞬間からセックスのムードに身をゆだねることが出来るようだ。 千野木はそれが出来ない。 湯と汗で濡れた顔を合せているうちに、香美江は身体をよじった。手を伸して千野木の身体を まさぐった。千野木は漸く欲情を覚えた。香美江の身体も、湯とは違った粘で濡れていた。汗が、 香美江の顔から流れ落ちた。 一時間後、千野木と香美江はべッドで煙草を吸っていた。 香美江との情事で、千野木の身体は予想した通り最高の条件を備えていた。 ねばり
そうはいったが、香美江は、自分の感情を耐えているようだった。そのうちテー・フル庸が空い た。そっちに移った。千野木は、香美江に、もっと大きな店に移る積りはないか、と尋ねた。香 美江は窮屈だというのだった。 香美江はあっという間にコークハイを飲むと、もう一杯注文した。何時か千野木の腕に、自分 から の腕を絡ましている。 それに千野木にもたれるような坐り方だ。 千野木には、香美江の気持が理解出来ない。香美子と違って、香美江は、千野木を全然警戒し ていなかった。 それどころか、興味を抱いているような気もするのだった。 「私ね、一つだけ勤めたいお店があるわ」 「ほう、何という店だい ? 」 「アリーよ」 と香美江はいった。 これには千野木の方が吃驚した。 アリーのマダムは松村の女であり、香美江は電話で、それを知っている筈だった。 「だって、君はあのママがお父さんと関係したことを知っているんだろう」 「ええ、知っているわ、だって遣り手な女だというもん、見習いたいのよ」 「向うのママ代理を良く知っているから、紹介しても良いけど、ママの方が、君のことを知っ
「おいおい、お互、妙なことを考えるのは止そうじゃないか」 「何も妙なこと、考えてないわよ、千野木さんだって、若い女性と二人切りになるのは、矢張 り楽しいでしよう」 そういう言葉は何時もの真由美らしくなかった。真由美は、カウンターの端の方に移った。そ の時、香美江が入って来た。 香美江は腰を掛けずに、この店から出よう、というのだ。 「一杯位、飲んで行ったらどうだい ? 」 「早く踊りたいのよ、ね、出ようよ」 香美江は全く自分本位の女だった。世界が自分を中心に廻っている、と思っているようだ。最 近の若い女性には、香美江のようなタイ。フが多いようだった。 「車を呼ばなくっちゃ」 「御堂筋に出れば拾えるじゃないの、千円出せば行くわ」 E 千野木がぐずぐずしておれば、香美江は千野木を置いて、出て行きそうだった。 標真由美は、登美と話をしている。 な千野木と香美江のやり取りを聞いて滑稽に思っているかもしれない。まさか、幾ら真由美でも、 巨千野木と香美江との間に肉体関係があったとは、想像出来ないだろう。 仕方なく千野木は、香美江を連れて外に出た。香美江は、ミナミのゴーゴークラ・フに行きたい らし、。 こつけい
これも取材費として請求出来るだろうか、と一瞬思った。一寸無理なようである。 千野木が階段を下りると、香美江は車の外に出て煙草を吸っていた。千野木は香美江を呼んだ。 タクシーの中で金を渡すのは具合悪かった。 ありがと 香美江はそれでも有難う、といって受け取るとハンド・ハッグにしまった。 「ね、阿倍野のホテルに行ってよ、帰るのに便利やよって」 と香美江はいった。 香美江の住居の傍には連れ込みホテルが沢山あった。普通なら住居の傍のホテルは嫌ゃな筈だ った。つまり、香美江には、千野木と関係を結ぶことに、罪の意識など、全然ないのであった。 千野木は、完全に気が楽になった。 じゅうたん 二人は、香美江の住居の直ぐ近くのホテルに入った。階段を上り、絨毯を敷かれた廊下を歩き、 案内された部屋は、二間の大きな部屋であった。女中が・ ( スに湯を入れて出ると、香美江は、 ( ンド・ハッグから、さっき千野木に貰った金を出して、勘定した。 「君は時々、浮気しているんじゃないのか」 と千野木はいった。 香美江の若い身体には魅力があるが、香美江の態度を見ていると、何となく欲望が消えて行く ような気がする。 「そんなことないわよ、あんなチンケなお店のお客に、五万円も出す人、居れへんわ、阿呆ら しゅうて、浮気なんか出来へん、あの店に入ったのは、水商売の空気になじむためよ」
と香美江はいった。 千野木に、テ 1 ・フルの上の煙草を取って来てくれ、といっているようだった。 「テー・フルの上にあるじゃないか」 「嫌やよ、あなた取って来てよ」 「じゃ、ジャン拳で決めよう、負けた方が取りに行く」 この千野木の提案に、香美江はあっさり承諾した。 ジャン拳の結果、千野木が負けた。 千野木が仕方なく取って来ると、 きよう おもしろ 「あなたって、面白いわね、気に入ったわ、今日会ってから、一番気に入った」 というのであった。 それは千野木に取っては思い掛けない幸運であった。ジャン拳を提案したことが、香美江の気 持を開いたようだった。 香美江のような女は、セックスで満足させられても、その気持を開こうとしないのだ。 つまり、セックスが男女の結びつきではないのであった。 千野木は、香美江に電話の内容を尋ねた。香美江がその電話でショックをうけて遊び始めた以 上、忘れている筈はなかった。 すると香美江は、べッドから下りた。千野木には、何も告げずに・ハスル 1 ムに入って行った。
「よし、五万円出そう」 と千野木はいった。 死んだ松村の娘と関係を持っという、うしろめたい思いが、五万円という金額で消えるような 気がした。 「もう一つ、条件があるわ」 「えつ、まだあるのか」 「そうよ、アリーに紹介して」 と香美江はいった。 「そりや、紹介しても良いけど、松村さんの娘だということが分るとまずいな」 「内緒にしておいたらええやないの」 と香美江は簡単にいった。 けん ジャン拳 千野木は香美江が指定した近くのスナックで待っていた。十一時半に香美江がやって来た。香 巨美江もトンポ眼鏡を掛けている。 大きな眼鏡で、下にずらして掛けているのだった。そういう香美江は深夜クラ・フでたむろして いるフーテンじみた女達の一人であった。