気がつい - みる会図書館


検索対象: 広瀬仁紀 銀行破産
253件見つかりました。

1. 広瀬仁紀 銀行破産

事態の経緯に不審があれば警察は捜査しなければならない。渋い顔をしていても、課長自身がそう 思っているのは安立にもわかった。 あの日の朝の海上に浮かんでいたモーターポートの存在を確認したことで、安立も半分までは、鎌 倉の小町通の喫茶店で大石に聞かされた話を信じてもいいと思うようになってきていた。 0 自分一人で捜査する手順をきめたあとで、安立は京都府警五条警察署に電話をいれた 電話口に出てきた年輩の捜査刑事は、安立の名前を忘れずにいた。最初のときの安立の問合せの率 直さに好感をいだいているのであろうが、それ以上に一向に進展しない由利の足取りにも閉ロしてい るらしい。 とびはなれすぎている所轄署同士だが、糸ほどの手がかりでも欲しいのか、安立の話に耳をすませ ているのが受話器のこちらにいてもわかった。もっとも、安立としたら現在の段階では、先方の捜査 に協力できそうな材料は何もないのだ 。ソ連製のモーターポートの話などもちだしたところで、 ますます相手を混乱させるのが関の山にきまっている。 相手の期待を裏切ることに、詫びるような口調になって安立は由利明の死亡原因を訊ねた。安立の くぶんかは失望したようだったが、それでもてきばきと 困惑を相手はすぐに察したようであった。い ぎようけっ 要領よく説明した。その説明は安立の漠然としていた疑問を鮮明に凝結させるのに充分なものだった。 「な、なんですってに」 はなれた席にすわっている刑事課長が驚いてこちらを見たほどの声で安立は叫んだ。 けいどうみやく 「致命傷は、頸動脈に射込まれたという、その麻酔銃に似た特殊な弾丸だったわけなのですか ? 「そういうことになりますね。はじめはわれわれもどういう型式の小銃から発射されたのかわからん で、銃器の研究家に訊ねるやら大騒ぎしたのですが : 「国防省の兵器科学研究所に問合せて、その種のものだとわかったわけですね ? 」 166

2. 広瀬仁紀 銀行破産

しはん 「す、すると、常務」 「そのとおりなのだ。警察からの連絡では、由利君は他殺の疑いが濃厚だといってきている」 「濃厚 : : : というのは、まだ確証がとれていないというだけのことなのですか ? 」 「まず、他殺であるのは間違いないと思っていいようだ。死亡推定時刻は今日の午前二時前後らしい 死斑はまだあらわれていないが、青酸性毒物の反応はすでに顕著に見ることができると、先方から連 絡があった」 死斑というのは、人間が死亡したのち、六時間から十二時間を経て皮膚組織にあらわれる紫紅色の 斑点だということは、戦中派で空襲の経験がある馬場の記憶に、こびりついている知識といってもい だから、午前二時前後が由利の死亡時刻ということであれば、まだ死斑があらわれていないという うなず のは容易に頷くことができる。 、刀 ( そんな時間に、部長はなぜ木屋町通など歩いていたのだろうか ? ) 東京発十三時二十四分、広島行ひかり一三五号の座席にすわってからも馬場の疑問はつづいている。 麻布六本木あたりの街路を歩いているわけではないのだ。午前二時などという時間、木屋町通を上 おいけ って御池通に出るあたりとなったら、酔客ならいざ知らずひとり歩きをする人間などほとんどいない に違いないのは、学生時代の四年間を京都ですごした馬場はよく知っていた。 体 由利が宿泊していたのは御池通を渡ってつきあたりのホテルだったから、その道を由利が歩いてい読 たこと自体には何の不思議もないのだが、翌日、早朝から重要な会議に出席するはずだった由利がそえ ばんとちょう の時刻までバーやクラブのたぐいを飲み歩いていたとは考えられないし、祇園か先斗町あたりの茶屋 ということであれば、深夜に客を帰すのに車の手配をしないというはずがない。 あが

3. 広瀬仁紀 銀行破産

ものではなかった。 「私は第二部航空課長の馬場ともうしますが、由利部長は不在でございます。よろしければ私が代理 でうけたまわっておきますが : 「由利さんはお休みになっておられるのでしようか ? 」 、え、部長は本日から関西に出張しております . この名刺は今朝の男のものではなかったのか、一種の失望感を感じながら安立は思った。 関西に出張している由利が、見当はずれの材木座海岸で倒れていたりするはずがない。あの男は多 分由利と交換した名刺を落しただけなのであろうか ? それにしても、安立としては引っこみがっか ないような具合でもある。 「いや、それならば結構なのです。ちょっと気になることがあったので、ぶしつけにお電話をしたの ですが、関西にご出張ということなら、私の思い違いでした。どうかお気になさらずに聞きすててく どさし 「部長にかかわりあるようなことが、何かございましたのでしようか ? 」 馬場が驚いたような口調でいったが、安立にしても、自分の失敗を見ず知らずの人間に話す気には なれない。相手につまらぬ不安を残さないように、 「まったく私の勘違いだったのです。どうかご心配なさらないように。本当に失礼しました」 と、丁寧に詫びてから電話をきって、溜息をついた。 だが、翌日の朝、宿直室のテレビを寝ぼけまなこで見ていた安立は、今度こそ飛びあがるほどに仰 天した。 それが第一報であるらしく、顔写真までは画面に出てこなかったが、職業的な調子でアナウンスさ れているのは、三国物産の機械第二部長・由利明が、その朝はやく、京都市中京区御池通に出るあた おいけ

4. 広瀬仁紀 銀行破産

もしおもわしいものでなければ、相応以上の報酬を渡して、以後は相手にしなければそれでいいのだ。 セルゲイも文句はいわないだろう。 「わかりました」 微笑をうかべながら、馬場は返事をした。 「われわれにしても、無報酬で貴方の情報を聞かせていただこうなどとは考えておりません。おそら く、ご満足いただけるだけのものを用意します」 「日本の商社マンは、理解が早すぎますね。なるほど、あなた方の依頼で新しく調査するのなら、私 も相応の経費は請求しますが、私が現在まで取材したことを提供するのならば、格別の報酬などいり ません」 「まさかそういうわけにも : : : 」 いかないだろうーー・ー自分の予想がはずれたことで軽い狼狽を感じながら、馬場はうっすらと笑って いるセルゲイの表情をながめた。 「フランク・ウインは私の特別な友人です。馬場がフランクの友人であるからには、あなたも私の友 人ですー ( 特別な友人 : : : ? ) とは、どういう意味なのか。馬場は判断に苦しんだが、そんなことを訊ねるわけにもいかなし このとき、それを訊ねなかったこ 必要もあるまいと思いなおして、馬場はべつのことをいった。 とで、フランクとセルゲイ : 、 カそれそれ仕掛けてきている罠にはまりこみはじめたことは、無論、馬 場は気がついてもいなかった。 「ミスタ ・デニソフ、そうおっしやっていただければ、私も気が楽になります。それでは率直にお 訊ねしますが、貴方はわれわれに何を望まれているのですか ? 」 130

5. 広瀬仁紀 銀行破産

取引を拡大させる方法など三十年ちかくも銀行員の生活をしていれば、渡海の知恵をかりるまでも なく、熊谷にもわかってはいる。だが、ここで渡海に相談せずに独断で工作をすすめ、万が一という・ 事態が生じたりしたら、これは間違いなく熊谷だけの責任になってしまう。 いくら副頭取の意向に従う決心をかためたにしても、いざという場合には責任を分散させる″保険 4 をつけておかないことには、熊谷だけが袋だたきにされるという破目になりかねない。 そんな破目には : なりたくない。 銀行員らしい細心な自衛本能が、熊谷にそう囁きかけている。 ( 何をするにしても、指示さえされればそのとおりにはする。が、そのかわり、副頭取も俺の共犯者 にしておくことだ ) そういう熊谷の打算にまるで気もついていないらしい渡海は、ゆっくりと熊谷がこれからとるべき 策について語りだしたが、それは熊谷が ( あるいは : : : ) と想像していた方法に類似はしていたが、 ずっと大胆で強引なものであった。 「君の役員昇任と将来のポストがかかっていることをしてのけるわけだが、わしがもし君の立場なら こうするよ : 自分ならこうするといっている以上、それは渡海の命令に近い指示にちがいない。熊谷はなんとな くほっとするような気分になった。 ス 「いいかね、三国・大同および関連各社の預金総量をますます当行に引きこむのは当然としても、そ れよりはます、多少の無理は承知の上で、この際、貸出総額を急速に増加させるのが先決問題たろう献 「つまり、そうすることで一般企業に対する金融資本の優位性を確立してしまおうということでござ ささや

6. 広瀬仁紀 銀行破産

あだちしようご 神奈川県警鎌倉署の公安刑事、安立省吾が、早朝の材木座海岸の波うちぎわに倒れている人影を発 見したのは、まったくの偶然だったといっていい。 その日、安立は独身者の気安さから何となく朝の海岸を散歩したい気分におそわれ、まだ五時半を こさっ すぎたばかりだというのに寝床を抜けだしたのだ。ぶらぶらと道を歩いて、鎌倉の古刹光明寺の山門 正面あたりから右に曲がり、細い道をとおって浜辺まで出た。 いつもならまだ砂浜をうずめているはずの海の家はあ この年の夏が異常なほど涼しすぎたために、 らかた店じまいをしていたので、安立が久しぶりに出てきた八月末の海岸はがらんとした感じにつつ まれていた。 安立は胸いつばい潮風を吸いこんで深呼吸をしながら思いきり背をそらせた。そのとき、眼の端で 葉山町から海岸そいに稲村ヶ崎にぬける有料道路に外国人が一人立っているのを捉えた。 その足もとにゴルフ・ ッグがおかれている。鎌倉でなら珍しい光景でもない。稲村ヶ崎から走り死 つづけて茅ヶ崎の先のカントリー・ クラブにでも行く仲間の車でも待っているのだろう。安立は格別え 消 気にもとめず、姿勢をもとにもどして背筋をのばした。 まだ六時前だというのに、波うちぎわから百メートルほど先の海面に、一応はキャビンのついたヨ 消えた死体

7. 広瀬仁紀 銀行破産

ったわけだ。 当の馬場がうまく手をきっていたつもりでいた尾崎敏子の「妊娠した」という嘘を大石が信じたこ とで、支社長と現地採用社員三人きりの、支社というよりは出張所といったほうがいいところに、馬 場が左遷された事情など、安立はまるで知らない。なかばうらやましいような気分になって、もう一 度、声にはしないで呟いた。 ( まったく、いい商売だよな : : : ) そのとき、安立の視線の先の海上をモーターポートが速度をあげながら走りぬけた。 それが、あの日の朝、ゆっくりと遠のいていった船型のように、安立には見えた。 安立は思わず腰をうかしかけたが、すぐに苦笑をうかべてすわりなおした。 あの朝に見たと同じものであれどうであれ、それはすでに、安立には手のとどかないものなのた。 江の島のほうに向いながら、次第に黒い点になって消えていく船影がエミリア・エルダーからセル ゲイ・デニソフに返却されたものであるのは知らないままに、安立はいつまでも白い航跡を見送って 260

8. 広瀬仁紀 銀行破産

社員といっても、秘書兼経理兼タイビストのフランクとは同国人の女性と、日本人の社員二人、フ ランク自身をふくめて四人。ほっきりといわれては、馬場も苦笑するほかはない。 その程度の規模としては相当な利益をあげてはいるらしいが、フランクがいうとおり、三国物産と くらべたら数万トンの豪華客船とゴムボートほどちがう。比較にも何にもなったものではあるまい。 現に、フランクがそれをいいだしたのだ。 「このあいだ、東京駅から新幹線で一緒に京都まで来た由利さんにも、馬場と同じことをいわれて弱 ったよ。馬場にならいいやすいのたが、由利さんは手きびしいことをいうからね」 クをうけた。 馬場は、突然、頭をなぐりつけられたようなショッ 「ゆ、由利部長と一緒だったという外人は、君だったのか ! 」 「なんで馬場は、私と由利さんが一緒にいたことに驚いているのだ ? 」 馬場の異常な驚きかたにきよとんとなりながら、それでもフランクは馬場をなだめるように言葉を つづけた。 ステーツ 「合衆国の三国物産欧米総支社で、私を英語の教師にしたのは君だけではない。由利さんは、君より 数年前の私の生徒だったのだ」 「その由利さんは、京都についた翌日に死体で発見されたのだ。フランクは知らなかったのか ? 」 ジイズクライズ ン 「馬鹿な ! フランクは叫んだ。事実、フランクは何も知らなかったらしい。日本語に不自由のない外人でも、 新聞は英字のものを読むので、フランクが由利の死に気がっかなかったのは当然といってもいいのだ。ク 馬場は手みじかに前後の事情をフランクに語ってやった。こうなれば、フランクにしても母国語のラ ほうが話しやすくもあり、聞きとりやすいのはきまっている。事情の説明はすべて英語でかわされた。 悪い冗談を馬場がいっているわけでないのを、フランクはすぐに理解したようだった。茫然とした

9. 広瀬仁紀 銀行破産

だが、馬場がそんなことを詮索したところで何にもならないのだ。馬場自身は、順調すぎるといっ ていい昇進をつづけてきているといっていいが、だからといって、これから先、常務はおろか平取締 役になれるかどうか、馬場の自負心をべっとすれば未知数なのだ。まして、いまのところは三国銀行 の何人かの常務たちが「三水会」で、何を大石常務に要望したにしても、馬場にはなんのかかわりも ない。馬場としたら、大石に命じられることを忠実に実行すればよいのだ。 どちらにしても、時間をつぶし、頭をいたくしてまで、自分とは関係のなさそうな大石の呟きを思 案する必要などないといっていい。 ( へたな考えやすむに似たりか : : : ) 馬場が机の上につまれた未決書類に視線を向けようとしたとき、電話が鳴った。 「もしもし : : : 」 とりあげた受話器に向っていった馬場の低い声が、妙に秘密めかした響きを交換手にあたえたらし よくよう 、。いつもの抑揚をおさえた無機質なものではなく、驚いたような声で交換手が聞きかえしてきた。 「ご気分でもおわるいのですか ? 」 、う・かい 「いやいや、気分はいたって爽快だよー 馬場はあわてて口調をかえていった。 「それならよろしいのですが、馬場部長に鎌倉の安立様とおっしやる方からお電話でございますが 「安立さん ? ああ : : : 」 一瞬、とまどったが、馬場はすぐに気がついて口早にいっこ。 「その人なら大事なお客様だ。かまわずにつないでくれたまえ」 カチカチと回線を接続させる特有の音が聞こえてすぐに安立の呼びかけが馬場の耳にはいってきた。 162

10. 広瀬仁紀 銀行破産

午後の日ざしが弱まってきた鎌倉材木座の海岸の砂浜にしやがみこんでいた安立省吾もまたゆっく りと立ちあがった。 先月、三国物産に電話をして、馬場から由利明の死体に凍傷らしい痕跡があったと聞かされたあと、 安立はさまざまな仮説をたてて思考を一本にまとめあげようとしていた。その結果、いまでは干満の 関係で波うちぎわではなく水面になっているあたりに、あの日の朝、倒れていたのは三国物産の由利 部長であったろうことは確信に近くなっている。 モーターポートで江の島のヨットハ --% ハ ーまで死体をはこび、それを岸壁に横づけしていた氷菓子 運送用の中型冷凍車に積みこみ、そのまま早朝の人通りの少ない道路を走って湘南。ハイバスに入り、 大井松田のインターチェンジで東名高速の車線にすべりこんだに違いない。 ( あの種のトラックだから、スビードは出せまいが : : : ) それでいいのだ。 夏の日長のことだから明るいうちに京都についたところで、死体を高瀬川に 浮かべることはできない。普通乗用車で東名・名神を大井松田から走って、山科のインターチェンジ を過ぎ、五条口から市内に入るとしてほ・ほ九時間前後はかかる。それが冷凍トラックということにな れば、走行速度から考えると、十一時間近くにはなるはずだ。 あの日、午前六時前後に江の島を走り出したとして、大井松田のインターチェンジに入るのが七時 過ぎになったであろうから、午後六時をまわったあたりに京都市内についた計算になる。 それにしても高瀬川に死体を浮かべるにはまだ早すぎるが、交通違反さえ用心すれば、冷凍庫に横 たわっている死体が腐臭を発するはずがないのだから、運転手は安心して市内を走りまわって時間を かせげばいい。 氷菓子運送の冷凍車が走っているからといって、疑う者がいるわけがない。 あるいは、一度、大阪市内にでてから、大山崎天王山の中腹を抜ける高速道路でも経由して京都に もどったのかもしれないが、いずれにしても、死体を始末するまでの時間は充分すぎるほどあったの