本部長 - みる会図書館


検索対象: 広瀬仁紀 銀行破産
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1. 広瀬仁紀 銀行破産

奔放な声とは別人のような事務的なものだった。疲れきっている神経を彼女に慰めてもらいたいと瞬 間思ったが、尾崎敏子のそばには大石常務がいるのに違いない。 「だいぶ応接に追いまくられていたようだったな、大変だったろう おおいしゆきお 尾崎敏子にかわ 0 て自分をねぎら 0 てくれている声が、常務で営業本部長の大石悠紀夫のものであ るのは馬場にもすぐわかった。 「とんでもございません、常務。当座は、これが私の仕事と思っておりますから」 絶えまなしにとはいっても、二時間くらいの外部との電話応接で疲れているのかと上司に思われた のでは、先々のこともある。馬場は神経を張りつめるようにして、しつかりとした口調で返事をかえ 「こんなときにご苦労だが、すぐにわしの部屋まで来てくれんかな」 「本部長室のほうでよろしいのでしようか、それとも常務のお部屋のほうですか ? ー 営業本部長室なら同じ六階のフロアにあるが、常務執務室となると最上階の十四階まで登 0 ていか なければならない。椅子から立ちかかりながら、馬場は声をつづけた。 「役員応接室に来てくれたまえ」 大石は短くい 0 て電話をき 0 た。ーー役員応接室は十四階の東南の部分のスペースをゆ 0 たりと占 領して並ぶ十八の役員執務室の一番奥にあることは馬場も知 0 ているが、まだ内にはい 0 たこともな 体 ければ、前に立ったことすらない。 旧財閥系企業に澱のようによどんでいる事大主義が、馬場にそういう体験をさせていないというの死 ではなく、来客でもよほど重要な人物でないかぎり、三階の総務部特別応接室に通されて役員と面談え するのが三国物産では慣習になっているのだ。 いわば、役員応接室は重要な密談だけをする場所ということになる。馬場にもその程度の知識しか

2. 広瀬仁紀 銀行破産

〈主な登場人物〉 由利 明三国物産機械第二部長 馬場正次 同機械第一一部航空課長 大石悠紀夫 同常務・営業本部長 尾崎敏子同役員秘書 青木亘大同商事航空機器部長 野田裕同常務 熊谷慎一東和銀行丸ノ内支店長 渡海清充同副頭取 藤井政友衆議院議員・予算委員長 金丸章産業省通産局長 フランク・ウイン商社マン・馬場の友人 フランク・ウインの秘圭曰 エミリア・エルダー セルゲイ・デニソフ東京駐在ン連国営通信社特派員 安立省吾鎌倉署警部補

3. 広瀬仁紀 銀行破産

てなかったし、まして敏子の肉体を愛撫する情事の時間などはまるでない。馴れてしまえばわけもな いのかもしれない雑用に追いまくられて、まるきり性的欲望というものが感じられないのだ。 ーマンが気楽な稼業だなんて誰がいったんだ ! ) ( サラリ ( サラリーマンは気楽な稼業ではないのだ ) ということは、東和銀行丸ノ内支店の支店長室にすわって、三国物産営業本部から回送されてきた 資金計画表別紙の数字に視線をはしらせている熊谷慎一も思わざるを得ない。 麻布の料亭「かね井ーの奥座敷で、保守党の衆議院議員で予算委員長の藤井政友に紹介された産業 省通産局長・金丸章と会食したとき、三国物産が営業本部関係の当期口座の扱いと、それに関する資 金の預金・貸出を東和銀行に一任するそうだと聞かされて、熊谷は全身が虚脱したのではないかと自 分でも疑ったほどの歓喜を感じたし、これで自分の地位も将来も確保されたようなものだと思ったが、 いざ担当するとなったら、予想もしていなかった煩雑さが熊谷をおしつつみはじめた。 通産局長の金丸にいわれたとおり、熊谷はすぐ三国商事を訪問して営業本部長の大石に面会を求め た。熊谷は大石に待たされるのを覚悟していた。 三国物産の現職の機械第二部長・由利明が京都で変死したことを知っていたから、由利の直接の上 司である大石の立場は充分に察していた。長時間待たされるのは当然だし、あるいは今日の面会は無 理かもしれないとも考えていたくらいなのだ。 きゅう 」社 - が、それは熊谷の杞憂にすぎなかった。受付からすらすらと営業本部長室に案内され、大石はすぐ 取引の商談に応じてくれた。金丸の根まわしがあ 0 たにしても、これだけの巨大商社としたら、意外 なほどの容易さで大石は取引開始を承知した。 、、 0 一貝 だから、三国物産との取引開始に関するかぎり、熊谷には何の煩雑さもなかったといってしし大 からだ

4. 広瀬仁紀 銀行破産

「なぜ : : : でございましようか ? 」 「そう息せききって、君までがあわをくうことはあるまい」 「とおっしやられても、そんなものがマスコミに流出したら、今度の商談を継続することが不可能に なってしまいます」 「そのときは、わしも例のリストを公表する。金額の大小はあれ、やったことは五十歩百歩の同じこ となのだ」 「抱合い心中をなさるのですか ? 」 「そんな一文にもならんことをわしがするとでも思っているのかね。君も存外に正直者だな。君を呼 ぶ前に、わしは三国物産の営業本部長に電話をかけたよ」 「今度の商談は三国物産にも魅力的だとみえて、なかなか派手に金をまきちらしておられるが、当社 と比較されてどんな具合ですかな、とね」 青木は、低いが悲鳴のような叫び声をあげた。野田は自分のカードの手の内をさらすことで、相手 どうかっ を巧妙に恫喝したのだ。凄じすぎる方法だが、大石は閉ロしたに違いない。 大石が大同商事の動向をばらすというなら、こちらもそれをすると野田は宣言しているようなもの 「大石営業本部長は、なんと答えました ? 」 「かろうじて、それはお互いさまでしようと皮肉めいた返事をしただけで、電話をきってしまった 「あとは何もいわんのですか ? 」 「ああ、何もいわん。当社のリストを見たのなら、総理大臣への政治献金額が群をぬいているのに気 208

5. 広瀬仁紀 銀行破産

馬場の昇格の辞令は、すでに社内に掲示されていた。部長代行と余分な二文字がついているにして ごこち も、つい十日たらず前まで由利がすわっていた機械第二部長の椅子のすわり心地は悪いものではなか っこ 0 もっとも、湧きたつような愉悦はつぎの週にはもう消えてしまい この椅子にすわっているのが当 り前というふうな感じに馬場はなってしまった。 それでも、時どきはふっと鎌倉警察署の刑事・安立省吾の名を脈絡もなく思いだしては、一応はそ れの前後の事情というか、経緯を営業本部長で兼任常務の大石悠紀夫に話しておいたほうがいいのか もしれないと考えるのだが、本部長室で多忙すぎる大石に、そんな不急不要とも思われることを話し かける機会はなかなかなかった。 第一、このところ、どういうわけか、連日、大石には来客が多すぎるのだ。 それに馬場自身も多忙なのである。部長業務にまだ馴れていないための不手ぎわもあるが、昇進を 祝う取引先の招宴をこなすのも容易ではない。 ( 課長から部長と一格あがっただけだというのに、なんとも忙しくなったものだ ) 考えてみると、部長に昇格してからそろそろ三十日になるというのに、気のやすまる日は一日とし 立日闘 , 商社

6. 広瀬仁紀 銀行破産

雑さは、そのあとで押しよせてきた 最初は熊谷の報告、つまり三国物産の営業本部にかぎってではあるが、預金・貸出をふくむ当期ロ 座を開設することになったと聞かされても、副頭取兼東京事務所長の渡海清充はなかなか信じようと しなかったが、それが事実だとわかると熊谷の手をにぎり、ロをきわめて熊谷を賞讃した。その瞬間 から熊谷の多忙がはじまったのだ。 「よくそこまでの手筈をつけてくれた」 せかせかとした昂奮をおさえきれない口調で、渡海はいった。 「営業本部となれば、三国物産にかぎらず、商社の中枢だよ。その営業本部との直接取引となったら、 天下の三国物産を丸がかえに抱きこんだようなものじゃないか。機を逸すべからずだ」 大阪を本拠にしていた東和銀行が、財務省の第二次金融再編成に便乗して、関西を地盤にする地方 銀行、相互銀行の下位三行を強引に合併して都市銀行に昇格し、東京に進出したのは数年前だった。 だが、旧財閥系、先発の大手筋都市銀行の本店が軒をならべている東京で、後発都銀の東和銀行が超 一流といわれる企業との新規取引をはじめるのは容易な芸当ではなかった。 どだい、割りこな隙がないのだから、仕様も法もないといってもいい 預金総量は三兆五千億円前後で頭うちをして伸びない。それはまだ後発都銀の悲哀と辛抱すること ができるにしても、辛抱してすませるわけにいかないのは、預金総量と貸出総額の比率、いわば銀行 経営の良否を決定する預貸率が、六十。 ( 1 セント台に低迷してうごかない事実であった。 財務銀行局が、第三次、第四次の金融再編成を考慮し、懸案としている以上、事態がこのまま推移 すれば、今度は東和銀行自体が上位の都市銀行に呑みこまれる破目にもなりかねない。三行吸収の実 績をかわれ、次期頭取のふくみで副頭取の椅子にすわっている渡海にしても、そうなったら頭取就圧 どころの話でなくなるのは眼にみえている。

7. 広瀬仁紀 銀行破産

あの死体は由利自身だと安立は確信しているにしても : ・ ( こう辻褄が合わない話も珍しい ) 安立は、舌うちでもしたい気分になった。死んだ人間が新幹線で京都まで行けるわけがないのに、 由利明の死体は、それをしてのけたことになるのだ。 「まだまだ、あたらなきゃならん先がありそうだな」 砂地を歩きぬけながら、安立は独り言をもらしていた。 生前の由利明とは何のかかわりもなかった安立が、そのように由利の周囲を洗いつづけていたにし ても、肝心の三国物産営業本部の各部課では由利はすでに過去の人であるにすぎなかった。 営業本部長の大石の日常をべつにすれば、それどころではないという緊迫感が部屋中に張りつめて エージェント いる。ーー米国政府は正式な外交ルートではなく、諜報官を使って三国物産と国政府との商談を妨 害するつもりでいるらしい。フランク・ウインからそういう妙な科白を聞かされた日から数日間は憂 うず 鬱な気分でいた馬場ですら、そんなことはいつのまにか忘れて熱気の渦の中心に立っていた。 前夜、尾崎敏子を抱いたときも、容赦なく責めたてられて嗚咽を間断なくもらしながら、敏子はい っこ 0 「このごろのあなたって、とても素敵よ。タフで自信に満ちているんですもの」 ( そうかもしれない ) 敏子と頻繁に逢瀬をかさねることに不安がないわけではない。もしかしたら、敏子は妻の座を狙っ ているのかもしれないのだ。最近の敏子の言動からもそのことが感じられぬでもない。 せりふ 192

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るわけだ。 冫をしかない。各社とも取引の もっとも、それだから「赤字決算になるだろう」ときめつけるわけこよ、 あるのは東和銀行だけではないから、べつの銀行での当期口座は黒字にな 0 ているという場合もある。 ( そういうことだろう ) と、熊谷は無理に自分を納得させた。 東和銀行自体の預貸率は、熊谷が手筈をつけた「ドレ ' シング」をつづけることで、ほぼ理想的な ( ランスをたも 0 ている。これからも、それさえ巧妙にしてのければ、熊谷の将来のポストは保証さ れているのだ。 ( 何も気にする必要はない ) 羅列されている受取手形と支払手形の数字をながめながら、熊谷は内心で呟いた。六社ともに製造 加工業種に属している。設備投資に追われて、一時的に支払分が過剰になるということも考えられる し、現に融資中込書に添付されていた財務諸表のほかに、設備投資の今後の計画を説明している書類 もつけられていた。 それより何より、三国物産営業本部が六社の営業内容の将来性を評価しているらしいのは、当の営 業本部長・大石悠紀夫がかけてきた電話からも熊谷には察しがついている。心配することは何もある 戦 中 空 そうは思ってみたが、それでも熊谷には妙にひっかかるものがあった。 六社とも東和銀行以外に取引銀行があるのは間違いないが、貸付額から考えれば、東和銀行が六社な の主力銀行、過少に判断しても準主力銀行の立場にいることもまた間違いないのだ。にもかかわらず、見 六社の受取手形は、自社の支払手形を各個に割引、再割引して買戻すことで、手形用紙を発行した三 国銀行中央支店にあらかたが集中してしまっている。 、 0

9. 広瀬仁紀 銀行破産

あわをくって礼をいう熊谷の顔をながめながら、微笑をうかべて金丸は言葉をつづけた。 「熊谷さんにそういっていただければ、私も藤井先生に面目が立っというものですよ。ではそういう ことで、明日にでも熊谷さんご自身で三国物産の営業本部長・大石常務のところまで挨拶に出むいて ください。ご足労でしようが : : : 」 ばち 「ご足労などとおっしやられては罰があたります。これからでも出かけて行って、三国物産本社ビル の前で徹夜してでも大石常務のご出社を待っていたいほどです」 熊谷は正直に自分の気持をいって、金丸に感謝した。 営業本部だけの当座といっても、差入れの預金が定期預金証書二億円を含めて七億円。それに応す 、わば東和銀行丸ノ内支店開業以来の大取引になるのだ。 る貸出額が五億円という、し 金丸はさらにこうもいった。 三国物産は銀行側に一方的に有利な預貸条件で応するばかりでなく、現在三国物産が扱ってい る、新聞用語でいえば「商社金融」先の三国系列企業まで、東和銀行丸ノ内支店に任せてもいし っています。 ( 徹夜くらいなら幾晩でもたな : : : ) たか 最初の歓喜の昂ぶりから、次第に虚脱感につつまれはじめた頭脳に刺激でも与えようとしているふ うに、熊谷はそう考えた。 金丸が今晩会うことになっていたのは熊谷だけではないらしい。ろくに盃も手にとらず、食膳がひ 行 とわたりすむとすぐに立ちあがった。 料亭の外まで金丸を送 0 て、走りさる車の後部のライトを見送りながら、熊谷はそのときはじめて和 かすかな疑惑を持った。 ( それにしても、そんな望外といっていい好条件を、三国物産が提示してくれる真意は何なのだろう

10. 広瀬仁紀 銀行破産

「 : ・ : ・そういう予感を由利君もまた抱いていたのかもしれません。一機が七十二億で二百機、総額一 兆四千四百億円の巨大な、それも一回での取引となったら、商社マンにしても一生一度の大仕事とい っていいのです」 「それはそうでしようね。もっとも、私には一兆四千四百億などといわれても想像がっかぬ金額では ありますが : 安立は苦笑しながら大石に相槌をうった。 神奈川県警察本部どころか、関東六都県の警視庁・県警察本部の年間予算を合計しても、その金額 にはおよばないに違いないのだ。実感がもてるような数字ではなかった。 ( が、だからどうだというのたろう ? ) 安立は唇をとじて、大石のつぎの言葉を待った。 「当り前ならば、由利君は夢中になって、この商談をまとめようと張りきってしかるべきたったので 「しかるべきだった : : といわれるのは、由利部長はそうではなかった、というふうに聞こえます 社 が」 「そのとおりなのです、安立さん。私が、由利君がある予感を抱いていたのではなかろうかといった対 行 のは、そこいらあたりに気がついたからなのです。極度に反共論者である彼が、アメリカ製の新鋭戦銀 闘機が再輸出されて、共産圏諸国の軍需を強化するタネに使われると予知したら、この商談に熱心に 9 なれるはずがなかったのですー