ひとりだけの卒園児 もちろん、先生達の服装は、朝のように式服でなく、トレーナーとジャージのズボンである。 しかし、ホールは午前中、卒園式を済ませたままである。五十六の卒園児の小さな椅子も、整 然と並べられている。舞台中央の花瓶も、桜の花びらをかたどったピンクの色画用紙に書かれた 「おめでとう」の文字もまったくそのままである。 さあ、今からたったひとりだけの卒園式の始まりだ。 入場の曲も、朝と同じ「野に咲く花のように」のカセット曲が、流れる。 ひとりだけの卒園児、恵理ちゃんは、少しだけ緊張した顔で、ホールの入口から歩いてくる。 真紅のカーネーションを舞台の端で受け取ると、中央の花瓶にさした。それから、自分の椅子に 座った。園長は、所用で不在であった。私は、ホール中央の園長の席に立った。主任の先生が、 司会進行をしてくださる。 「卒園証授与。服部恵理 恵理ちゃんは、大きい声で返事をすると立ち上がり、中央まで進んだ。 私は、園長先生の代理で、卒園証書を読み上げる。 「服部恵理。当園で、一一年間保育したことを証する 恵理ちゃんは、卒園証書をしつかりと受け取ると、再び、自分の席に戻った。 さあ、今度は、歌だ。先生達の出番である。先生はピアノに向かわれた。
「そう。たいしたことなくて、よろしかったですね」 一私は、ほっとして大きく息を吸い込んだ。 きようは卒園式だった。午前中に終了した。 普通なら保母たちが一年のうちで、最もゆったりとした気分になれる、唯一の午後であるはず ヾ、 ) 0 しかし、きようは違う。卒園式が始まる五分前のことだった。今か今かと、待ち構えているそ の時に、園長より、恵理ちゃんが交通事故で来れないという連絡をもらった。 私は、気が気でない思いでなんとか卒園式を済ませた。 「恵理ちゃん、だいじようぶかしら」 式の時もずっと恵理ちゃんのことを思い続けていた。 こんなことは、二十数年保母をしてきて、初めての体験だ。 お昼過ぎに電話が入り、だいじようぶだから午後、卒園証書を取りに来園すると言う。 いつもと変わらない恵理ちゃんを目の前にして、やっと少し安心した。 「恵理ちゃん、卒園証書を渡すから、ホールへいらっしゃいね 「うん」 私は、職員室で渡さないで、わざわざホールへ行こうと誘った。 事情を察した他の保母達も、ホールへ一緒に来てくださった。
その場にいた八人の保母と恵理ちゃんは、声を揃えて歌った。 ) 冬の花、見つけた。ふきのとう見つけた 寒い雪の下で、じっと我慢してた ) 花の歌は、ホールいつばいに流れてい 保護者席のお母さんと妹は、こちらを見つめておられる。 ノンカチを取り出されると、そっと、涙をぬぐわれた。 お母さんは、、 ーっ越しをして、一年生は、地元の小学校に通わない。 恵理ちゃんは、さっそく明日、リ 私は、花の歌を歌いなから、祈るように思う。新しい所でもお友達がいつばいできて、ランド セルを皆に、駆けていく恵理ちゃんの姿を心に描いた。
ひとりだけの卒園児 「恵理ちゃん、まだかしら」 様子がよく分からないので、やきもきした気持ちで、私は職員室の時計を見つめていた。 三時を少しすぎている。 「服部さんいらっしやったわよ」 同僚の声に慌てて、振り返る。ガラス越しにお母さんと妹、恵理ちゃんの三人の姿が見えた。 私は、外へ飛び出した。 「どうでしたか 「はい。たいしたことはありません。追突の拍子に、子供たちは頭を打ちましたが、お医者さま に診ていただき、大丈夫だと言われました」 ひとりだけの卒園児 黒宮朝子 昭和二一年生 ( 三重県 ) 保母
、つ人よ 母「あっ。私なのかい。そうだったね、フミ子は親孝行だね。泣けるよ」 水戸の大空襲の晩に小さかった姉一一人の手を両手に引き、私をおんぶして市内を戦火から逃げ 命が助かったのです。私も無力となった母の命に まわった母。私達姉妹はかすり傷ひとつなく、 添って介護をしてきました。母の頭の中は水戸に帰りたい気持ちでいつばいです。ですから母が 水戸に帰りたい気分の時に、私が佛にいないと母は一人で外に出てしまうかも知れません。その ゝつも密着介護をしなければなりません。今のところ、母 ため私は母の言動を受け止めるのに、し はいかい は一人で外に出ても、家の周囲を見まわし、掃除したりして、徘徊しないで戻ってきますので、とて も助かってます。このようなやり取りを一日中しております。 母「フミ子、夜になったね。水戸に帰るの、忘れてしまったよ。今晩泊めてくれるかい、どこ で寝るのかな」 私「眠くなったのね、さあ、こっちょ、ふとんは湯たんほ入ってるわよ」 母「すまないね、ありがとうよ」 と私「パジャマ着ましようね、さあ」 の夜になると母は赤ちゃんです。着がえをさせ、心理的に安心させる言葉がけをして、朝までぐ っすり寝てほしいのです。日中、太陽の下の二人での買物・散歩ー積極的徘徊と呼んでいるーの 147
生きていてこそ るのです。これほどのぜいたくはありません。こうして今奥さんとお話出来ることがこんなに幸 せに感じることはかってなかったのです。病気の痛みも苦しみも、そしてこのような喜びも生き ていてこそ感じるのだとわかったんです。死んでしまったら何もかもなくなるのですから、今こ の命ある幸せを噛みしめ、一日一日を大切に過ごしたいと思っています、と彼女は話を結びまし 私はこの女性の話を聞きながら「そうですそうですーと自然にうなずいていました。 ふと顔を上げてその人を見ると、実に幸せそうに、笑顔がとても美しく輝いて見えました。そ して『私も今この苛酷な運命を受け入れ、この与えられた命を大切に毎日精一杯生きて行かなけ れば』と思ったのです。 この時から私はもうコバルトの部屋へ行くのが苦痛でなくなりました。 命あってこそ本当に、春は満開の桜の花を見て、夏には真青な空に浮かぶ入道雲と青い海の波 しぶきを満喫し、秋になると真赤に色づいた紅葉に射す太陽の光を浴び、また冬には墨絵のよう な雪景色の中で積った雪をギュッと踏んだ感触ーーーその時以来、私はこのような美しい自然の四 季の姿を見て幾度感激の涙を流したことでしよう。 『ああ私は今生きている』と。 病との闘いが始まって七年が過ぎようとする今、どんな高価な物より生きて自然の恵みを受け ること、これほどのぜいたくはないと痛感しております。そして自然こそ誰も、平等に与えられ 261
しやくねっ ほす。だが若者のいのちが空に散った特攻隊の歴史は、わたしの心に灼熱の焼きごてを押した ように焼きついている。頬を伝う複雑な涙で心は乱れる。それにしても、患者たちと違う環境で こっぜん 十分すぎる治療をうけていて、なぜ忽然と命は消されるのだろうか。わたしは人の死が謎である。 さん 患者たちは、昭和が終わった感傷も平成の世に移った感慨もないかのように、浴室での苦心惨 たん 澹ぶりの様子もかわらない。 これは、家族との縁が次第に薄れてゆく患者が、家族の迷惑な存在 になったことを意識せねばならぬ寂しさだけに心が奪われているからだろうか、とわたしは推測 する。それはわたしが家族の迷惑を思って、自分の入院を誰にも知らせていない心理と同じでは なかろうかと考えることからの推測である。 離婚をしたわたしは、若い日に四人の子を養育した。その子は現在、責任の重い親となって、 核家族を懸命に守っている。したがって忘れ去られたようなわたしだが、愚痴は言わぬ。責めも しない。ひたすら迷惑にはなるまいと頑張っている。患者たちと同類項である。それで話しかけ たくなったり、閉ざしている心をわたしの心で開いて笑顔をよみがえらせたいと思ったりするの だろう。孤独が友達を欲しがるのだろう。何か実際の役に立ちたいと思うのだ。だが湯殿で背中 を洗う他は役立たずである。それは身障を忘れ去ったような患者の強い自立心には近づくすべが ないからだ。不運な人生をかたい殻に閉じこめて、決して開いて見せない。実際に役立っ方法は ないものだろうか 夕飯は精進料理ではなかった。国の象徴が亡くなった一日だけでも、家庭的な野菜料理のなっ ほお 228
密教は率直に現世の利益と幸せを祈る宗教。炎の行円 池ロ恵観 密教の秘密 者が起死回生の奇跡と共に綴る人間救済の実録。 弘法大師と共に年ーー夫師の霊に導かれながら多円 浅野妙恵 霊界の秘密 くの人々を救ってきた著者の数奇多彩な人生遍歴。 この深遠、劇的な内部世界、ここにはあなたの知ら円 て深層心理の世界鴨志田恒世 ない世界、人間にとってもっとも重大な領域がある。 著者は医者で神道の研究家、優れた心霊治療家であ円 を 鴨志田恒世 幽玄の世界 代 る。神と共に、祖霊と共に生きる神道の真髄。 時 一人の卓越した行者の生涯を通し、奇跡としかいい 逆境を転じる龍神の霊カ寺林峻 ようのない龍神信仰の不思議な世界を紹介している。 と 芸能人には霊体験者が多い。林家師匠がその広い交円 時木久蔵の心霊教室林家木久蔵 友の中からあの人この人の不思議体験を訪ねる。 インべレーターの霊訓近藤千雄訳ズ《 0 ・ ( イプ ~ として愛読されてきた訓〕 0 続編。 ・カミンズバウロ回心の前後ーイエスの弟子達の信仰ゆえの苦円 イエスの弟子たち 山本貞彰訳難に満ちたドラマチックな行跡を伝えた霊界通信。 〔 B 6 判〕
潮文社・健康法シリズ 〔 B 6 判〕 薬や医者に頼らず、人間に本来備わる自然治癒能力喟 樫尾太郎 西式健康法 を活かす独自の方法で知られる、ユニークな健康法。 頭のよい子は正しい食事によって育まれる。すぐに円 0 歳からの英才食蓬田康弘 実行できる愛情食の決定版ー実績が示す驚異の方法。 生き生きとした瞳をよみがえらせるためにメガネの円 一眼がよくなる健康法常松美登里子ことから慢性病まで最先端の治療法を解説した好 g 書。 円 薬はもとの病気よりこわい病気を誘発しかねない。 薬の副作用に 田村豊幸 副作用の実態と予防の書。 やられないための本 指圧とは「てこの原理」のように、智をもって幅を円 スジとッポの健康法増永静人 動かす巧の業である。スジとッポのコツを伝授。 日本の死亡原困の第一位を占めているガン。この難円 柳達男病も食事によって予防でき、食事いかんで明暗が分 ガンは食物で決まる れるガン対策の本。 心身の異常から起こる肥満の原因をとり除き、無理円 沖正弘 やせるヨガ美療 なく美しく健康的にやせるヨガ美容の秘法を公開。 化粧品での皮膚障害が増え続けている中で、安全で喟 間違いだらけの化粧法早川律子 効果的な化粧法の決め手を解説した汝性必読の書。 たくみ