聞い - みる会図書館


検索対象: 日当たりの椅子
134件見つかりました。

1. 日当たりの椅子

アベさんはナカムラさんの真似をして、地蔵の頭を三度撫でていった。 「どうか子供を一人でいいから、授けて下さい : : : 」 すると次の月、奥さんの月のものが止った。まさか、まさか、と思っているうちに妊娠三か 月と診断された。アベさんは狂喜してナカムラさんのところへ走って行った。 「おいおい、子供が出来たぞ ! 子授け地蔵さんから子供、授かったぞ ! 」 ナカムラさんは浮かぬ顔をしてノソッと家の中から出て来た。 「オランチも出来た : : : 」 ナカムラさんはいっこ。 「これで四人目だ : : : 」 ナカムラさんはアベさんに見本を示すために地蔵さんの頭を撫でて、「どうか子供を授けて : ってな」のところを聞き洩らしたの 下さい : ってな」といったのだ。地蔵さんはこの「 : ん だろうか、子供はもう沢山だと思っていたナカムラさんのところにまで出来てしまったのだ。 アベさんの次男とナカムラさんのところの六番目の女の子とは同い年、同じ月、驚いたこと神 の には日まで同じに生まれているのである。嘘ではない。 イ 私はアベさんについてその地蔵小屋へ行ってみた。 「センセ工、アタマ撫でてみろ、三回ー とアベさんはいったので、私はいわれる通りに撫でた。

2. 日当たりの椅子

と図に乗っていう。 「いや、そんなことはないと思いますがね、ばくらは行く先々で文句をいわれて、閉ロしてる んです」 「ねえ、私、今度こういうミステリイを書くわ。『なぜョウカン屋は殺されたか ! 』というタ イトルで ! 」 「なるほどー これは面白い ! 」 「殺したのは主婦作家か、編集者か、はたまた、主婦作家の子供で、もったいないから食べな さいッと叱られて、泣く泣く毎日ョウカンを食べさせられる子供かー などと、お歳暮お中元シーズンになるとその都度大騒ぎ。 そんな時に救いの神のように現れたのが、ヨウカン好きの山口センセ工なのであった。 これはホンマにうまいョウカンじゃ ! 北海道にはこんな、フまいョウカン 「このヨウカンー はないよ。ホンマモンの砂糖が使うてあるから、ネト 1 オとして何ともいえん風味がある。う 1 ん、この味、この味 ! うまいなア : : : 」 こんなに感激してョウカンを食べた人はいないので、私も感激して、以来、社のヨウカン は山口センセ工に進呈することになった。私はもう社の悪口をいわなくてもすむようになり、 担当のさんもわけを聞いて、ほっと安心してくれたのである。 前置きが長くなったが、そういう次第で私は今年も社のヨウカンを持って、不動寺を訪れ ー 42

3. 日当たりの椅子

の中には、 「キミ、あのヨウカン、あれやめてくれよ」 とハッキリ担当の編集者におっしやるお方が思いもかけず沢山いらっしやることを、私は担 当の編集者さんから聞いて驚喜した。「驚喜」というのも大ゲサな、とお思いかもしれない が、実は貰い物に文句をいう己が浅ましき心情に我ながら愛想が尽きており、こういうことは もうも、つ、決して口にすまいと思いつつも、 「サトウサ 1 ン、小包です ! 」 という声に走り出て受け取った小包の、十年間見馴れた形、ズシリと手にくるその重量。 うまいと決むしたそのシリから、 「またツ ! 」 つい舌打ちが洩れて自己嫌悪にさいなまれる今日この頃であったので、 「中には、キミ、あんなものよりゴルフのポ 1 ルの方がよっまど、 ーしいよ、といわれる方もいら 方 っしゃいますよ」 という担当さんの言葉に、ああ、私だけではなかったのだ ! 赤信号、んなで渡れば怖くン ない、みるみる元気が出て、 ( 全く作家というものは、私だけかと思ったらどの人も皆いいたウ いことをいって暮しているんだなあ ) 「もしかしたら、お中元係の人はヨウカン屋から貢物を貰ってるんじゃないの ? 」

4. 日当たりの椅子

海の色も沈んでいる。シロイトの部落は何の変りもなく、冷たい落日の中に春を待って静かに 庇を連ねている。 アベさんの店もまた、何ごともなかったかのように、棚の上に酒瓶が並び、調味料、乾物、 瀬戸物、金物、缶詰、菓子、日用雑貨が以前のまま何も変らずにあるべき場所に納っているの 「センセ工、代りにシュザイしておいたよー といって、アベさんは私に一本のカセットテープをくれた。 見るとカセットテー。フの表には、 「銀座会館ちゃん取材」 と書いてある。 「あら、やってくれたの、ちゃんの取材」 「うん、 ( マノヤさんと二人で話、聞きたいからってね。ちゃんの家に行ったんだ」 アベさんと漁師のハマノヤさんは生れて初めて「シュザイ」というものに出かけた。シュザ イはやつばりテー。フをとるもんだべと相談して、カセットを用意して行った。だがカセットを 見てちゃんが怪しむと困るということになって、カセットを紙袋に入れた。すると紙袋が大 き過ぎたので袋をカセット の大きさに切った。そしてちゃんの部屋に入った二人はそれをど こへ置こうかと考えた末、傍の棚の上にさりげなく置いて、まず、

5. 日当たりの椅子

円の罰金を取られ、その翌日は検問にひっかかった。のどかな城下町でも、警察は都会と変ら ず多忙を極めているのである。 だが町の警察ではパチンコで損をしたので店員を殴った男とか、署長の挨拶に感心して酔 っ払ってやって来た男に応対していればよいのである。スピード違反を取り締るにも、吹きす さぶ風の中で超スビードで走る車もないであろうし。 ところで町の警察では、「日当りの椅子」の記事をコ。ヒーして、署内で回覧しているとい うことである。コ。ヒーの記事とは去年の夏のこと、私の娘が車を走らせていると後ろから来て 追い抜いて行った車が、ジグザグ運転をしながら、娘の車に向って爆竹を投げた。帰って来た 娘からその話を聞いた私は、怒って早速警察へ電話で報知した。その一件を書いたものである。 「いったい警察は何してる ! 交通安全の旗ばっかり立ててもしようがないじゃないか ! 」 「だから、ナンー控えて来たわ」 「なに、控えて来たー なぜ早くいわない。すぐ電話しなさい ! 」 丁度日曜日のことで、警察に電話をかけると至極ノンビリした声が出て来た。 「もーしもし、こちら警察」 「もしもし」じゃなくて「もーしもし」というところにローカルカラーが滲んでいる。実はか ど、か / 、しかじかと一えると、 ー 86

6. 日当たりの椅子

「一〇一匹ワンちゃん大行進」だったか、犬が勢揃いしてワルモノを追いかける。あれはアニ メーションだったが、 それでもそこで私の涙は溢れたのである。 「人さまざま、涙さまざまねえ」 と相手の人は感心し、 「うちの手伝いのおばあさんは水戸黄門が印籠を出してワルモノが平伏すると泣くのよ」 と、つこ。 「私は忠臣蔵で内匠頭が切腹の場へ行く渡り廊下の場面になると、もう涙が出てくるの」 「どうして ? 」 「主君に一目会いたいと片岡源五右衛門がこっそり庭先へ来てうずくまっているのよね。渡り 廊下にふと立ち止って散りしきる桜を見つめる内匠頭。思わずにじり寄る片岡源五右衛門。互 いに見交す顔と顔。無言のうちに臣を思い主君を思う心が通い合う : : : あすこはもうたまらな いの」 「そう、あすこはホントに泣かされるわねえ。サトウさんは ? 」 私にも忠臣蔵を見て泣くシ 1 ンがある。それは東海道を早駕籠が走ってくる場面である。 海辺の道。松林の向うをェッホ、エッホ、掛声勇ましく疾走する駕籠屋。そのエッホ、エッ ホを聞くと胸にグ 1 ッとくるのだ。 2 “熱涙

7. 日当たりの椅子

であると決めることが出来るのだろうか。蛸が聞いたら怒るんじゃないか。 しかし、ともかく、町史ではそう書いてあるからそうなのである。シロイトの人はんなそ う思っている。 ところでアベさんの店では野菜、魚、肉、タバコ、調味料、缶詰、鍋、茶碗、靴から文房具 まで何でも売っている。アベさんは若い頃には漁船に乗っていたこともあるが、アベ商店に婿 に入ったので漁師をやめたのである。 アベさんには札幌の大学を出て銀行員になったばかりの長男と、小学校六年生の次男がいる。 長男と次男の年は十歳も離れている。長男が生れた後、なぜか子供に恵まれなかったのだ。 ある日、アベさんが店の横にある倉庫の前を片づけていると、漁師のナカムラさんがやって 来ていった。 「アベさん、この地蔵さんは子授け地蔵といってな、アタマ三回撫でて頼んだら、子供授けて くれるんだぞ」 アベさんの倉庫の横に、小さな小屋があってその中にお地蔵さんが入っている。 「ホントかい。子授け地蔵っていうのかい。近くにいても知らなかったな」 ナカムラさんはアベさんを地蔵の前に呼んで、地蔵の頭を三回撫でてみせた。 「こうやってな、三回撫でて願うんだ。どうか子供を授けて下さいってな」 「そうか」

8. 日当たりの椅子

いわずに」 「知らなかったんだ ! : : : 欺されていた : : : 」 相手は話にならんという顔で横を向いてしまった。その頁よ、つこ、 ヒーしオしいくら税金を払って いるのかわからなかった。何度、教えられても、五分後には忘れてしまう。その頃、私は数千 万の借金を背負っていて、それを返済するために死にもの狂いで働いていた。 しかし働けば働くほど生活は苦しくなる。というのは、借金を返すために働くので収入が増 える。収入が増えるので税金も増える。累進課税というやつだから、収入が増えれば増えるほ ど税金も増える。借金の方は働けば減っていくが、税務署へ払う金は働くほど増える。借金の 方がよっぽど楽しみがあっていいと思ったものだった。 借金返済と税金の往復パンチをものともせず元気にやって来られたのも、万から上の額にな ると頭が鉄板になってくれたおかげだ。もしかしたら自己保存の本能が我が頭をして鉄板なら しめたのかもしれない。その後借金は払い終えたが、頭が鉄板になる方だけは直らないのであ ところが昨年、どういうわけか今まで売れないことでは定評があった私の本が何だかしらん斧 よく売れた。そして今年は目の玉がとび出すような税金を納めることになった。といっても、螂 私の目玉がとび出しただけであって、文壇所得十位内の常連ともいうべき遠藤周作さんや川上 宗薫さんにとっては、シャックリも出ないほどの額であろう。しかしともかく私の目はとび出

9. 日当たりの椅子

「でも、ホントに聞えたんですよ。ノッシノッシって、ゆっくり歩いたんです、この真上を」 「でもパトカーが来たときは何もいなかったんでしよう」 「ええ、家のまわりから屋根の上も、全部、調べてくれましたけど」 「じゃあ、やつばり何かの錯覚よ」 「そうでしようか : : : 」 とハマムラさんは不服そうであったが、いくら不服顔をされても、実際にその音を聞いてい ない私には何ともいたしかたがないのである。 その翌年 ( 五十一一年 ) は私は娘と二人で夏を過した。勿論、「屋根の上の足音」のことなど きれいに忘れていた。 ところがある夜、眠っていた私はふと目が覚めた。 音 頭の上で音がしている。誰かがゆっくり歩く足音だ。 足 の 何の音だろう ? : : : 多分、猫が歩いているのだろう 上 そう思ったまま、再び眠りに落ちて行ったのだったが、翌朝になって、ふと昨夜のもの音をの 思い出した。 もしかしたら、一年蔔 目、ハマムラさんが聞いたという音はあの音ではなかったのか ?

10. 日当たりの椅子

で行われた全道チンドン屋大会で丸一日叩きつづけて一一等賞を貰ったという話も私は聞いた。 そのトクさんは「岸壁の母」の歌声が鳴り響くシロイト漁港にばんやり立っていた。トクさ んはシロイトの祭に太鼓を叩きにやって来たのである。 しかし何もかもタイギになっているシロイトでは、大太鼓を倉庫から出して来るのもタイギ だったらしい 「今年は太鼓は叩かなくていい」 とトクさんは漁師から断られたのだった。 「トクさんーーー」 ムはトクさんに》肖し、ナこ。 「太鼓叩くの上手なんだってね、トクさん」 「ん ? んーーー」 トクさんは羞かしそうにチラっと私を見てすぐに海の方へと目をそらす。 「オラは樽叩くのもうまいんだよ」 海の方へ顔を向けたまま、トクさんはいった。 「八木節なんか、オラ、うまいんだ : : : 」 「八木節 ? 聞きたいねえ :