二宮金次郎 - みる会図書館


検索対象: 日当たりの椅子
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1. 日当たりの椅子

わーアかアいイもオのオらアのオ てエほオんンたアれエ・ 歌い終って考えた。 なるほどねえ、甘えてならぬ今日もやれ、若い者らの手本たれ、か。 実に見上げた心意気である。 しかしねえ、「若い者らの手本たれーと簡単にいわれてもねえ : : : 若い者の方で手本にして くれなければ、どうすることも出来ない。それが現代のおとなの悩みなのである。 例えば二宮金次郎。あの人は中川老人や私などの子供の頃の、「お手本ーであった。 「柴刈り縄ない草鞋をつくり 親の手助け弟を世話し 兄弟仲よく孝行っくす 手本は一一宮金次郎」 私たちは真面目に声をはり上げてその歌を歌い、柴を背負って本を読んでいる二宮金次郎の 銅像に向って、毎日、お辞儀をしたものである。だからといって、正直なところ、二宮金次郎 みたいにやろうとは思わなかった。第一私の父は小説家で、柴を刈るにも山は遠く、弟を世話 するにも弟妹はなく、親の手助けをしたくも、家事手伝いの人がいて、 「あっ、せんでもええことを、チョカチョ力するもんやから、茶碗を割りますのやがなー さ ー 62

2. 日当たりの椅子

あさあ、子供はあっちへ行ってなはれ」 などと文句をいうのである。二宮金次郎をお手本にするのはむつかしい。 私は学校の作文にそんな感想を述べて、先生から叱られた。 「なにも、実際に柴を刈ったり、ワラジを作ったりしなさいというてるのではない。二宮金次 郎のその精神を汲み取りなさい、ということです。その精神とは何か ! 勤勉の精神であるツ そして先生は、 「佐藤のいうこと、こういうのをダンゴ理窟、揚げ足とりというッ ! 」 と怒られた。 あまり素直とはいえないそんな子供であった私でも、だからといって二宮金次郎をコケにし ていたわけではない。自分に出来そうもないことをやった人には、やはり尊敬の念を抱いて仰 ぎ見ていたものである。 本 手 だが、今の子供はどうか。 「先生、二宮金次郎は・ ( 力だとばくは思います。歩きながら本を読んでると、歩くのが遅くな福 るでしよ。本なんか読まないでもっとさっさと歩いて、早く家へ帰って机の前で勉強した方が よっぽど合理的だと思います」

3. 日当たりの椅子

そう ( ッキリいわれると、先生の方もダンゴ理窟の揚げ足とりであるとはいい兼ねて、 ( 何 しろ今の先生は気が弱い ) 「いや、その意見はもっともなんだけどね、つまり、二宮金次郎は実際に歩きながら勉強をし たかどうかということじゃなくてだね : ・・ : 」 汗を流して説明するが、子供らはあまり熱心に聞かず、 「二宮金次郎のようなやり方は、ストレスが溜って、能率的とはいえないと思います」 「もしかしたら、開いてる本は、勉強の本じゃなくて、マンガだったかもネ : : : 」 とこましやくれた女の子がいえば、 「ビニ本ー と後ろの方で叫ぶマセた子もいて、先生は真面目に二宮金次郎を讃える気持を喪失してしま 「つまりね、昔はこういうのが美徳とされていたんだ。単純な世の中だったからね、ワハ ャケクソの笑い声を響かせて、憮然と教室を出て行くのである。 ところで中川老の短歌集の中には、 道路わきの空缶拾いきて一キロ半 今日は新記録の百十三個 というのがある。それなども、

4. 日当たりの椅子

「ではデパ ートなどで買物をなさった時のレシートを取っておくことぐらいならお出来になる でしよう ? 」 トへ行った時はいろんな買物をします。万年筆も買うし、鍋も買う。カマボコも買う し原稿用紙も買うしパンテイも買います。それらのレシートのうち、これがカマボコ、これは 原稿用紙、これは仕事打ち合せのためのお菓子、こっちは打ち合せのためではなく、子供に食 べさせるお菓子、などと区分けしろというんでしようー・三文といえども作家のハシクレ。そ んなことばっかりしてたら小説なんか書けませんッ ! 」 いかな親切なそのお方も、ついに匙を投げて、 「ですから、そういうことがおいやであれば、やむをえません : : : 」 税金の額に文句いわずに払えばいいのだ、という顔になった。 つらつら世間を眺めるに、我々はみな税金を「納める」といわず「取られる」といっている。 考えてみれば情けないことだ。恥ずべきことだ。私は高潔の詩人、福士幸次郎先生のことを思 わずにはいられない。 福士先生は収入が低いので納税義務を免れていた。すると先生は自ら税務署へ行って、私も斧 の 税金を納めたいといわれた。 「あなたは収入が低いので納めなくてもいいのです」 税務署の人はそういったが先生はネパった。

5. 日当たりの椅子

なってしもとるので、そんで押したら痛いんじゃ」 「はーン」 と私はいうばかり。まあ、とにかく、治って元気になったんだからよろしいのである。と、 そういう気持で納得する。 「あんたは胃の中にデケモンが二つある。しかし癌ではないな。一見して十二指腸たいなも んじゃ」 といわれていたおばさんがいたが、「十一一指腸みたいなもん」が胃の中に二つもあるとはど んな様子なんだろう ? しかし、その人も元気になったから、それでよろしいのである。 山口センセ h はコカコ 1 ラ撲減論を唱えている。 「マッカーサーは日本を滅ばすのは原子・ハクダンではおつつかんと考えて、コカコーラで日本 をダメにしようと考えたんじゃ。田中角栄はコカコ 1 ラ一本につき一円あげますからといわれ て、コ 1 ラの会社の上陸を許した。あんなものを飲んでいたら、今に日本人はみなホネがグニ ャグニヤになってしまう」 というのが山口センセ工の論旨である。 山口センセ工はまた、大臣が靖国神社へ参拝すると問題が起るのは、戦死した人のタマシイ を神さんにしたからいかんのじゃ、という意見を持っている。 「あれを神社じゃのうて寺にしたらええのんじゃ。靖国寺 ! どうや ! 寺なら文句なかろう。

6. 日当たりの椅子

と心の中で思いながら。 見ると舞台に樽が二つ置いてある。樽は一つでいいのだが、怒りんばうの山の上のセンセ工 が怒ったというので、皆が必死で樽探しに走った揚句、樽が二つも来たのである。そこへトク こ。トクさんは私よりも背が低い。脚が短くて、顔は坊主頭の小判型で さんがニコニコと現れオ ある。トクさんは挨拶をして樽を叩きはじめた。樽を打っ固くて軽快な響きが霰のように飛び 散り、トクさんは歌い出した。 「ア、、アまたも出ました三角野郎が お山の上のセンセのおかげで 音頭とるとは おおそれながら : : : 」 トクさんの八木節には「お山の上のセンセェ」が何度も出てくるので、集落の人はその即興 の才にびつくりしたり感心したり。 「トクはたいしたもんだア」 改めてトクさんを見直したのだった。 、いいんだなア」 「ガッコへ上ってなくても、あれでモトはアタマ とアベさんもしきりに感心し、トクさんに対する差別意識は尊敬に変ったのであった。 九月も末近くなってくると、風が勢いを増して、入江の水際は白く泡立ってくる。西の空の

7. 日当たりの椅子

「そうよ」 トイレの手洗いの管が二つに分れていたのも : : : 毎朝ツッカケが遠くへ飛んでいたのも : 「それに、あの、シーツや荷物がなくなっていたのもですか ? 」 「そうよ」 「じゃあ、どこへ行ったんです ! あのシ 1 ツや荷物は : ・ : こ 美輪さんは泰然自若として、 「三次元と四次元の隙間に入ったんです」 「そんなことって、ほんとうに : いいつつ一瞬、私の目にはまっ青な空中を飛んで行く白いシ 1 ッとその後を追うダンポール の箱が浮かび、ダリかキリコの世界に連れ込まれた気持がしたのであった。 「それでは、つまり、私は神サマに見込まれたということですか ? 」 念を押すと美輪さんは笑って、 「まあそういうことね。だから、善処しなくてはいけないのね」 善処といっても、つこ、、・ しオしと、つす・ればいいのか。 「神サマに謝って、草むらから出て新しい社におさまっていただくのよ」 「へえ。私が謝るんですか ? 」 「誰か、カのある人、つまり神の道の修行を積んだ人がいいんですがねえ。とにかく部落の人

8. 日当たりの椅子

その漁火で夜空は赤く染まる。 漁のない夜は、漁師たちが酒を飲みに来る。これが実に楽しい 耳垢が溜ってコルクの栓を詰めたようになっていたじいさんの話を聞く。 「長年、ツンポだと思ってたんだよな。本人も思ってたし、皆、そう思ってたんだよな」 「ところがそうでなかったんだべや」 「お医者が耳垢取ったら、普通に聞えるようになったんだ」 「いったい、いっから溜ってたの ? 」 「生れた時からだべ」 「今年、七十五か、六か : : : 」 「七十五年の耳クソ詰めてたんじゃ、そら聞えないわナ」 と一同、真面目に感心する。 また、こんな話もある。 「 x x のじサマ、あれは八十三つていってつけど、ホントは八十一なんだよな」 光 「どしてだ ? 年のサバ逆によんでんのかい」 の 「 >< x のじサマの兄貴に為吉ってのがいたんだ。それが二つで死んじまったんだ。死亡届け出子 長 さねでいるうちに、あのじサマ、生れたんだ。死亡届け出したり、出生届け出したり、いろい ろすんのメンドくせえからって、そのまま、為吉を継いだんだよ」

9. 日当たりの椅子

「ヤマグチさんは ? 」 「うん、ヤマグチさんでも、秋アジよかったしね」 「シロイトの人、みんな変りないっ 「うん、変りない」 変りはないのは結冓と、 キししたしが、それでは当方は困るのである。シロイトはいつも平和な んだなあ。集落二つに別れての殴り合いとか、不倫の恋とか、何か話の種になるようなことは 起らないのか。するとアベさんはいった。 「センセ工、あのこと書けばいいじゃないか。ほら、タカノさんのじいさんのこと」 「タカノさんのじいさん ? 」 「センセ工来てたとき、ほら、朝早く起されて、キゲン悪かっただろ」 「ああ、あのこと : : : 」 私は思い出した。 あれは八月の中頃のことだったかしら。早朝、私はチャイムの音に起された。時計を見ると、 まだ六時を少し廻ったところである。しぶしぶ起きて玄関を開けると、シロイトの漁師たち、 皆顔見知りだが、名前を知ってる人、知らない人、皆で七、八人が立っている。 「朝早からすまないけど、じいさん見かけなかったべか」 と代表の人がいう。 ー 48

10. 日当たりの椅子

という声が聞えて来た。アベさんはあたふたと戻って来て、 「い、今、樽、探しに行ってつから と報告する。「樽探してこい」「樽ないかい」という色んな声が裏の方から聞えて来た。 「トクさん、大丈夫だから楽屋へ行っていなさい」 と私は席へ戻ってトクさんにいった。 「今、樽を探しに行ってるから」 「うん」 トクさんは楽屋の方へ立って行く。 歌や踊りが二つ三つつづいた後、漁師のオオクポさんが幕の前に現れた。オオクポさんは漁 師の中での論客で、また美声の持主でもある。こういう会の司会はいつもオオクポさんに決ま っている。オオクポさんはいった。 節 「えー今夜は皆さまに珍しいお客さまをご紹介します。ウラカワ町で有名な太鼓の名手、小林 の 徳太郎さんが見えました : : : 」 ん さ ハチパチと皆、手を叩く。 ク 私も力をこめて手を叩いた。 なにが珍しいお客さまをご紹介いたしますだ、さっきイジワルしたくせに : ぞー