北海道 - みる会図書館


検索対象: 日当たりの椅子
15件見つかりました。

1. 日当たりの椅子

「私たちはアイコみたいにマメやないのよ。北海道へ行くなんて、たいへんなことなのよー そうして彼女たちは、アイコは自分で不精だ不精だっていつもいうけれど、私たちから見た らほんとにホントにマメよ、と口を揃えていう。 「よくまあ、北海道くんだりまで、毎年毎年、出かけて行くと思うわア。考えただけでもたい へんやのにねえ : 「どうしてたいへんなのよ。飛行機に乗れば一時間半で千歳に着く。そのあと車で二時間とち よっとなんだから、簡単よ」 「簡単やてエ ! だからアイコはマメだっていうのよ。北海道へ行くのを簡単だっていうんや から 「だって羽田から四時間で充分、家まで来られるんだから」 「たいへんていうのは所要時間のことやないのよー つまり、旅行に出るという決心をするまでがたいへんなのだという。夫は行ってこいという。 息子も嫁も勧める。金の心配はない。家事は嫁の手に移ったから、暇をもて余しているくらい である。だが、決心が出来ない。 なぜ出来ないのかっ なぜだかわからないが出来ないのだという。 「つまり何となく億劫なんやわねえ」 工 70

2. 日当たりの椅子

ッタイ、北海道・、 力いい。北海道の人間は人情がこまやか、親切、淳朴、きっとあんたの気に入 るよと勧められて、それでもはじめはそう乗気じゃなかったんですよ。ところが、忘れていた 頃にいきなり電話がかかって来て、これから日高方面の牧場を廻るから一緒に行こうっていわ れましてね。断り切れずについて行ったんです : : : 」 とそもそものはじまりから丁寧に答えていたのだが、だんだん面倒になり、 「知人に勧められたんです」 の一言になってしまった。相手の人は私の気持にはかまわず、 「しかし、それにしても、まあ、こんなところを : : : 勧める方も変っていらっしゃいますが、 女の身でここへ家を建てようと思われた方もやつばり変っていらっしゃいますわねえ。電柱だ って、この家一軒のためにひイ、ふウ、みイ と数え出す。 「十本立ってます」 ( 面倒くさいな。これをもう何十回いったことか ! ) 「まあ、十本もー ・ : で、水道は」 「四百メートル引き上げるので、結局、モーターを四か所につけなくちゃならなくなりました」 ( これもいい飽きてる ) 「井戸はダメなんですか」 「ここは岩盤が深くて水が出ないんです」

3. 日当たりの椅子

この町で、私は「山の上のセンセ = 」と呼ばれている。この「センセ = 」は「先生」ではな く、あくまで「センセ = 」である。「先生、という呼称には道を知っている人、学芸に長じた 人、師事する人といった尊敬の念が籠っているが、私は「先生」ではない。あくまで「センセ ェ」である。「横丁のセンセ = 」用心棒の「センセェ」あるいは何を職業としているのか判明 しないが、何だかでかい顔をして悠々 ( と見える ) と暮している得体の知れぬやからを何とい って呼べばいいのかよくわからないから、とりあえず「センセェ」と呼ぶことにしたその「セセ ン セ ンセェ」 の 上 私の場合はまあ、そこいらへんの「センセェ」なのである。 の 山 この町は北海道の南、歌で有名な襟裳岬に近いという町である。人口は二万足らず。牧場 と漁業の町だ。 山の上のセンセ工

4. 日当たりの椅子

あざ 私がこの町の字シロイトの「山の上」に家を建てたのは昭和五十年の夏である。隣家といっ ては眼下、四百メートル余りの山の裾にある馬の種ッケ場が見えるだけ、という場所である。 眺望絶佳ではあるが、いったいなぜ、こんな淋しいところに家を建てる気になったんですかと、 東京から来る人はみんな訊く。私は同じ返答をくり返すのに飽きてだんだん答え方がぞんざい になって行った。始めの頃は、 「とにかく、東京の暮しがほとほといやになりましてね。最初は人里離れた九州の島へ行きた音 いと思っていたのです。けれど、いざ、土地を買うという段になって予想外に値段が高かったの ものですから : : いや、本当はそれほど高くないのかもしれないんですけど、つまり私の分際の としては、ですよ。高過ぎたんです。それで断念していましたら、ほら、五冠馬シンザンの調屋 教師として有名な武田文吾さん あの人がそれを知って、それなら北海道にしなさい。ゼ 屋根の上の足音は

5. 日当たりの椅子

痩せても枯れても女一匹、人生の曲折を生き 佐藤愛子 抜いてきた年輪をにじませ、男と女の心理を 枯れ木の枝ふり軸」、迷」と不安に」ら立「世相を斬り、身 辺の話題にもふれながら、切れ味鋭い筆致で つづった、著者の面目躍如の好ェッセイ集。 北海道で出合った珍談・奇談をおりませなが 佐藤愛子 ら、遠く都会を裏から表からながめつつ、笑 、怒り、とまどい、世間のシラケ、巷の甘 一天にわかにかき曇り えに痛烈な一矢を報いる。イライラも吹きと 定価七八〇円 び、胸のつかえがおりること請け合い 恋愛は人生にふりかける香水のようなもの、 田辺聖子 タ アフォリズムは恋愛に不可欠な香辛料ーー人 苦味を少々 生の美食家、お聖さんの、おいしい小説から 抜き出した味わい深い言葉の数々、甘いばか 定価八五〇円りとは限らない、苦味も少々 : のアフォリズム 定価七八〇円

6. 日当たりの椅子

と図に乗っていう。 「いや、そんなことはないと思いますがね、ばくらは行く先々で文句をいわれて、閉ロしてる んです」 「ねえ、私、今度こういうミステリイを書くわ。『なぜョウカン屋は殺されたか ! 』というタ イトルで ! 」 「なるほどー これは面白い ! 」 「殺したのは主婦作家か、編集者か、はたまた、主婦作家の子供で、もったいないから食べな さいッと叱られて、泣く泣く毎日ョウカンを食べさせられる子供かー などと、お歳暮お中元シーズンになるとその都度大騒ぎ。 そんな時に救いの神のように現れたのが、ヨウカン好きの山口センセ工なのであった。 これはホンマにうまいョウカンじゃ ! 北海道にはこんな、フまいョウカン 「このヨウカンー はないよ。ホンマモンの砂糖が使うてあるから、ネト 1 オとして何ともいえん風味がある。う 1 ん、この味、この味 ! うまいなア : : : 」 こんなに感激してョウカンを食べた人はいないので、私も感激して、以来、社のヨウカン は山口センセ工に進呈することになった。私はもう社の悪口をいわなくてもすむようになり、 担当のさんもわけを聞いて、ほっと安心してくれたのである。 前置きが長くなったが、そういう次第で私は今年も社のヨウカンを持って、不動寺を訪れ ー 42

7. 日当たりの椅子

「へーえ : といったきり、暫くは言葉もない。アベさんは私が驚くのを見て、 「センセ工、知らなかったかい、新聞に出たしよう。読まなかったかい ? 」 そりゃあ北海道の新聞には出たかもしれないけれど、町字オニウシの片隅のスナックのマ マが心中したからといって、東京の大新聞が記事。 こするわけはないのである。私がそういうと アベさんは、 「それもそうだな」 と肯いて、心中事件のあらましを話してくれた。 心中をした仔馬のママは名前をヨシ子といった。もと・ ( スガイドをしていたとかで、テキパ キとものをい 人をそらさぬ娘だった。年は二十六、七になっていただろう。肉づきのい 引き緊った身体つきで、少しの間もじっとしていなかった。カラオケを歌い、客とダンスをし、事 冗談口を叩き合い、酒やツマミを運んだ。ヨシ子がママになってから、仔馬は俄かに客が増え心 マ マ そこまでは私も知っているヨシ子像である。去年の秋、いよいよ山の上の家を閉めて東京への 馬 帰る前日に私が仔馬へ行くと、ヨシ子は別れを惜しんで、 「したら来年、待ってるから」 といってくれた。そのヨシ子はそれからひと月も経たないうちに死んでしまったのだ。

8. 日当たりの椅子

てたんだ。そしたらテレビが消えて棚から物が落ちて来たりしたもんだから、大きいなと思っ て身体を起したらやんだんだ」 この話にも私は呆れるより感心する。 あくるひ 「翌日、センセ工の家、見に行ったら、雨戸は全部外れて冷蔵庫と電子レンジがひっくり返っ てた。それから食器棚も前に倒れて、食器やウイスキーなんかが割れたよ」 「それだけ ? 」 「それから壁にヒビが入ったね、あちこち」 それからモンべッさんはいった。 「シロイトで一番、被害を受けたのはアベさんだね、ほかの家は何ともない」 私はびつくりした。 「棚の上に酒や醤油を並べたのが全部落っこちて割れて、店ン中は酒浸しだ。表通っただけで 酒の匂いがプン。フンするんだ。それに瀬戸物なんかも置いてるしね。たいへんだったよ」 「へーえ、そんなだったの ! 」 アベさんはクズノのじいさんの棺桶の話や階段コロコロの話をして喜んでいたではないか。 自分の家が酒浸しになっていたというのに、そんなことは少しもいわず。私はまた呆れるより = は感心した。 四月の末になって漸く私はシロイトへ行った。北海道はまだ一面の枯色で、山の上から見る 9 アマグチュード 7.1

9. 日当たりの椅子

上げて、雨戸を鳴らしていることだろう。 寒くなったから ( マノヤさんは ( ゲ隠しの ( チマキを、帽子に替えただろう。アベさんの店 では石油スト 1 プがあかあかと燃えて、今頃アベさんはカラオケの練習をしているかもしれな 北海道といえば、そうだ、出発の朝、町の中川八次郎さんという人から手紙が来ていた。 私はそれを飛行機の中で読むつもりで鞄の中に入れたまま、忘れていたことを思い出した。 中川八次郎さんは「町のマラソンじいさんーとして知られている七十六歳のおじいさんで ある。 大病をきっかけに「頭の体操」と考えて短歌を作るようになったのが十年前。中川老人の短 歌が町の相互銀行に貼り出されているのを見て面白く思い、雑誌で紹介したら、それに対 する礼状が送られて来たのである。手紙の中には、礼状の外にガリバンの短歌集が同封されて いて、はからずも台湾の東海岸を走る長い汽車の旅の無聊を慰めてくれたのである。 夜明け前の沖一面にスケソウ取りの ミツイシサマ一一 舟の灯り見ゅ三石様似の沖までも ごうごうと荒波よせてくる岸に

10. 日当たりの椅子

「きっとおばあちゃんの根性ワルが遺伝してるのよ、これツー ッわよ ! 」 と殴ったりする。 わかってもらえない孤独にいよいよ暴れる子供と同じように、気の毒な竜神はとことん暴れ たらしい。そして一方漁師たちは相談に集まってはただ途方に暮れるばかりであったという。 ところがある日、一人の男が夢を見た。夢枕に竜神が現れて、自分を祀らなければもっとも っと暴れるそ、と憤怒したのである。男がその夢の話をすると、全く同じような夢を見た者が 四人も五人も出て来た。 そんなら、というので早速、竜神を祀ったところ、不思議なことに崖が崩れて道が塞がると いうことはなくなった。しかし、その祭を忘れると、必ずまた大雨が来て崖が崩れるというこ とも伝えられているというから、この竜神はよくよく怒りつぼい竜神なのである。 昨年の夏、北海道を襲った颱風は、四十・四メートルという風速でシロイトを通って行った。 しやもう、とにかく、「ものすごい」としかいいようのない景色だった。 海は低く垂れこめた雲に包まれて、泥色に濁ってひっくり返り、柏の林からは一斉に吹きち ぎられた柏の葉が、黒い灰のように渦巻きぶつかり合いながら空間を横切って消えて行く。牧 場の赤い屋根、青い屋根が一か所剥がれたと思うと、るみるめくれ上って屋根は裸になる。 いけません ! きかないと・フ